- 【ピアノ】片手のためのフーガ作品ガイド:年代順にたどる
- ► はじめに
- ► 年代順にたどる作品紹介
- ‣ カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」(1831年頃)
- ‣ ライネッケ「2つの性格的小品とフーガ Op.1 より フーガ」(1837年頃)
- ‣ レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 より 前奏曲とフーガ」(1901年)
- ‣ サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より Alla Fuga(フーガのように)」(1912年)
- ‣ ドホナーニ「左手、または両手のためのフーガ」(1913年)
- ‣ ゴドフスキー「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」(1929年)
- ‣ ポンセ「前奏曲とフーガ」(1931年)
- ‣ タカーチュ「左手のためのトッカータとフーガ Op.56」(1950年)
- ‣ ボントフト「前奏曲とフゲッタ」(1958年頃)
- ‣ ヴィルヘルム・マーラー「前奏曲とフーガ」(作曲年不明)
- ‣ バッハ/ソーザ編「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」(1989年編曲)
- ‣ カプースチン「左手のための7つの対位法的小品 Op.87」(1997年)
- ‣ デュビュニョン「左手のためのフーガ Op.46」(2009年頃)
- ► 作品一覧表
- ► どの作品に取り組むか
- ► 終わりに
【ピアノ】片手のためのフーガ作品ガイド:年代順にたどる
► はじめに
片手作品の中には、複数の独立声部を同時に扱う「フーガ」を、わずか5本の指だけで成立させた作品が数多く存在します。
本記事は、1830年代から2000年代まで、およそ180年にわたって書かれた「フーガ」「フゲッタ(小さなフーガ)」を含む片手作品を、作曲年の古い順に取り上げました。それぞれの成立背景や聴きどころを簡潔にまとめたので、選曲や学習の手がかりとして役立てていただければと思います。
なお、記事内で示す成立年は、原則として作品の作曲年を記載し、それが確認できない場合や編曲作品については、出版年など確認できる年代を示しています。
► 年代順にたどる作品紹介
‣ カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」(1831年頃)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-8小節)

パリ楽壇で一世を風靡したピアニスト、フリードリヒ・カルクブレンナー(1785-1849)が、自身の教則本Op.108の第8曲として書いた一曲。腕を固定して指の独立を鍛えるという彼の指導理念を反映した内容で、左手だけのために書かれたフーガとしては最初期の例とみられています。
テンポの速い4声のフーガでありながら対位法は平明にまとめられており、ツェルニー30番修了〜40番入門あたりの実力があれば取り組めるでしょう。演奏時間は1分半ほどとコンパクトで、左手フーガの入り口として選びやすい作品と言えます。
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【ピアノ】左手作品から読み解くカルクブレンナー:左手のための最初のフーガを遺した名ピアニスト
‣ ライネッケ「2つの性格的小品とフーガ Op.1 より フーガ」(1837年頃)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、フーガ 1-4小節)

シューマンと親交を結び、ライプツィヒ音楽院で長く教授を務め、晩年には院長も務めたカール・ライネッケ(1824-1910)が、まだ10代の頃に手がけたとされる初期作品。「2つの性格的小品」自体は両手のための曲ですが、続くフーガのみが左手独奏用にまとめられています。
連打を含む味のある主題からポリフォニックに展開し、終盤で響きが単純化しながらピカルディ終止で幕を閉じます。ツェルニー30番修了〜40番入門あたりの難易度ですが、手の大きさを要する箇所があるため、演奏者によって体感難易度に差を感じることでしょう。演奏時間は約2分です。
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左手作品から読み解くカール・ライネッケ:19世紀に左手ソナタを書いた先駆者
‣ レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 より 前奏曲とフーガ」(1901年)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、フーガの冒頭 19-21小節)

J.S.バッハとブラームスの伝統を意識した作風で知られるマックス・レーガー(1873-1916)による、全4曲の性格的小品集の最終曲。半音階を多用した重厚な和声はいかにもレーガーらしく、3声のフーガとして書かれました。
4曲中もっとも規模が大きく、前奏曲もあわせて約7分を要する長さがあり、難易度もツェルニー40番修了を超える水準が求められます。この「前奏曲とフーガ」だけを独立して演奏する例も少なくありません。
レーガーの著作を詳しく知る
【ピアノ】「Modulation」(マックス・レーガー 著)レビュー:アレンジ初中級者に有益な転調の虎の巻(姉妹サイトへリンク)
‣ サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より Alla Fuga(フーガのように)」(1912年)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-6小節)

70代を迎えたカミーユ・サン=サーンス(1835-1921)が最後に手がけた練習曲集の第2曲。
やや速いテンポで2つの声部を弾き分ける必要があり、旋律とスタッカート、旋律とシンコペーションなど、声部ごとに異なるアーティキュレーションを扱う技術が問われます。
難易度の目安はツェルニー40番中盤程度で、演奏時間は約2分です。
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【ピアノ】サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135」:作品の背景とエチュードとしての価値
‣ ドホナーニ「左手、または両手のためのフーガ」(1913年)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、フーガ 1-5小節)

ハンガリーの巨匠エルネー・ドホナーニ(1877-1960)が1913年に書き上げ、没後の1962年になって出版された一曲。原題には「熟練した左手一本のため、あるいは未熟な両手のため」という洒落た副題が添えられており、片手で弾きこなせる技量があれば両手で弾くのはむしろ容易なはずだ、というユーモアが込められています。
半音階的な進行を持つ4声のフーガで、提示部のあと転回やストレッタ、拡大といった対位法の技法が次々に導入され、後半にかけてホモフォニックな響きへと移り変わっていきます。
難易度はツェルニー40番修了程度で、演奏時間は約4分半です。
‣ ゴドフスキー「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」(1929年)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)
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「左手の使徒」と呼ばれたレオポルド・ゴドフスキー(1870-1938)にとって、記念すべき最初のオリジナル左手独奏作品。
無窮動風の前奏曲に続き、B-A-C-Hの音型を主題としたフーガが置かれる構成で、前奏曲の末尾でフーガ主題を先取りし、フーガの結尾では前奏曲を回想するという仕掛けが取り入れられました。バロック時代の書法との共通点も見られますが、ゴドフスキー独自の対位法的・半音階的な書法、そして広い音域と大きなダイナミクスの幅が相違点として挙げられます。
演奏時間は約5分半、難易度はツェルニー50番入門以降が目安となります。
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‣ ポンセ「前奏曲とフーガ」(1931年)
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、フーガ 1-4小節)

メキシコの作曲家マヌエル・ポンセ(1882-1948)による、ヘンデルの主題を用いた左手独奏作品。パウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれた可能性が指摘されています。
前奏曲はギターを思わせる線的な進行で旋律を紡ぎ、フーガでは半音階的な動きと嘆きを帯びた動機が印象を残します。
前奏曲とフーガを合わせて約5分半、難易度はツェルニー40番中盤程度です。
‣ タカーチュ「左手のためのトッカータとフーガ Op.56」(1950年)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
「左手だけで本当に演奏できるのか」という友人からの問いかけに応える形で生まれたという逸話を持つ、イェネー・タカーチュ(1902-2005)の作品。J.S.バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」を思わせる構成を取りながらも、書法自体は現代的な語法で貫かれています。完成後にヴィトゲンシュタインへ送られたものの、「現代的すぎる」という理由で返送されたというエピソードも残っています。
トッカータは拍節感の薄い即興的な部分と落ち着いた部分が交錯し、フーガは無調から始まりながら最終小節でハ長調の主和音へと着地する、意表を突いた結末を迎えます。
全体で約7分弱、難易度はツェルニー40番修了程度です。
‣ ボントフト「前奏曲とフゲッタ」(1958年頃)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
経歴の詳細があまり伝わっていないイギリスの作曲家、フレデリック・S・ボントフト(1896年生、没年不詳)による新バロック様式の左手作品。
前奏曲は滑らかな16分音符の中に旋律を織り込みながら進み、静かにフゲッタへと橋渡しをします。フゲッタの主題は半音階的でコラールのような性格を帯び、3声を思わせる書法ですが、厳格な対位法というよりトッカータに近いと言えるでしょう。終盤では両曲の主題が重ね合わされる場面もあり、静けさの中で曲を閉じます。
全曲合計の演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番中盤程度。
‣ ヴィルヘルム・マーラー「前奏曲とフーガ」(作曲年不明)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
ハンブルク音楽大学の学長も務めたドイツの作曲家、ヴィルヘルム・マーラー(1902-1976)による作品で、右手演奏用の代替運指が付されているのが珍しい点と言えるでしょう。
前奏曲は16分音符が全体を支配するバッハ風の書法をとり、拍子記号が3/4と4/4の間を揺れ動きながらオクターブと対位法的な動きが絡み合います。フーガはバッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番」を思わせるリズム素材による3声のフーガで、片手の中でのトリル処理も要求されます。
演奏時間は全体で約4分、難易度はツェルニー40番中盤程度。
収録:「片手で弾くピアノ曲集」(編:ヴァルター・ゲオルギイ/音楽之友社)ほか
‣ バッハ/ソーザ編「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」(1989年編曲)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
右手の負傷をきっかけに左手独奏の道へ進んだラウル・ソーザ(1939-)による、J.S.バッハ原曲の左手編曲版。
独自のアーティキュレーションを加えることなく、原曲の構造と声部をできる限り忠実に片手へ移し替えることを目指しており、「片手化に伴う妥協が最小限」と評されてきました。1990年3月に初演され、ソーザ自身の録音も残されています(【ピアノ】ラウル・ソーザ「An Anthology for the Left Hand」レビュー)。
演奏時間は約13分と規模が大きく、難易度はツェルニー50番入門以降が目安です。
ソーザについてさらに詳しく知る
・【ピアノ】左手作品から読み解くラウル・ソーザ:右手の負傷が開いた、もう一つのキャリア
‣ カプースチン「左手のための7つの対位法的小品 Op.87」(1997年)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
ジャズの語法を古典的な形式に組み込んだ独自の作風で知られるニコライ・カプースチン(1937-2020)による、全曲ポリフォニックな作品集。
フーガ、フゲッタ、カノンという異なる形式を組み合わせた全7曲で構成され、ジャズ的な和声と対位法が同居しています。中でも第7曲(2声のフーガ)はもっとも親しみやすく、カプースチン特有の「再現部前の準備」も体験できるため、最初の1曲として選ぶのに向いています。
全曲合計の演奏時間は約11分半、難易度はツェルニー40番修了程度。
| 番号 | 形式 | テンポ |
|---|---|---|
| 1 | Fuga (a 3 voci) 3声のフーガ | Allegretto(二分音符=92) |
| 2 | Fuga (a 3 voci) 3声のフーガ | Moderato(♩=104) |
| 3 | Canone alla Quarta 4度のカノン | Moderato(♩=96) |
| 4 | Fughetta (a 3 voci) 3声のフゲッタ | Andantino(♩=116) |
| 5 | Canone alla Terza 3度のカノン | Allegro(二分音符=88) |
| 6 | Fuga (a 3 voci) 3声のフーガ | Sostenuto(二分音符=76) |
| 7 | Fuga (a 2 voci) 2声のフーガ | Allegro(二分音符=120) |
‣ デュビュニョン「左手のためのフーガ Op.46」(2009年頃)
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
コントラバス奏者としても活動するスイスの作曲家リシャール・デュビュニョン(1968-)が、ピアノ・キャンパス・コンクール2009年度大会のために書いた委嘱作品。
ペダル使用に関する注記など、楽譜中に言葉による指示が比較的多く記されているのも特徴と言えるでしょう。無調の語法によるフーガでありながら、主題や応答の出現箇所が楽譜上に明示されており、構造をたどりやすい配慮がされています。前半はシンプルな主題提示から始まりますが、後半にかけて響きが徐々に厚みを増し、フォルティッシモに至るクライマックスを築きます。
演奏時間は約6分半、難易度はツェルニー40番修了程度。
► 作品一覧表
| 作曲家 | 作品 | 成立年 | 演奏時間 | 難易度目安 |
|---|---|---|---|---|
| カルクブレンナー | 左手のための4声のフーガ | 1831年頃 | 約1分30秒 | ツェルニー30番修了〜40番入門 |
| ライネッケ | Op.1 より フーガ | 1837年頃 | 約2分 | ツェルニー30番修了〜40番入門 |
| レーガー | 4つの特別な練習曲 より 前奏曲とフーガ | 1901年 | 約7分 | ツェルニー40番修了以上 |
| サン=サーンス | Op.135 より Alla Fuga | 1912年 | 約2分 | ツェルニー40番中盤 |
| ドホナーニ | 左手、または両手のためのフーガ | 1913年 | 約4分30秒 | ツェルニー40番修了 |
| ゴドフスキー | 前奏曲とフーガ(B.A.C.H.) | 1929年 | 約5分30秒 | ツェルニー50番入門以降 |
| ポンセ | 前奏曲とフーガ | 1931年 | 約5分30秒 | ツェルニー40番中盤 |
| タカーチュ | トッカータとフーガ Op.56 | 1950年 | 約6分50秒 | ツェルニー40番修了 |
| ボントフト | 前奏曲とフゲッタ | 1958年頃 | 約5分 | ツェルニー40番中盤 |
| ヴィルヘルム・マーラー | 前奏曲とフーガ | 不明 | 約4分 | ツェルニー40番中盤 |
| バッハ/ソーザ編 | 半音階的幻想曲とフーガ BWV903 | 1989年 編曲 | 約13分 | ツェルニー50番入門以降 |
| カプースチン | 7つの対位法的小品 Op.87 | 1997年 | 約11分30秒 | ツェルニー40番修了 |
| デュビュニョン | フーガ Op.46 | 2009年頃 | 約6分30秒 | ツェルニー40番修了 |
※難易度表記はあくまで目安です。左手演奏への慣れや手の大きさなどによって実際の難しさは変わります。
► どの作品に取り組むか
これから左手のフーガ作品に挑戦してみたい方は、まずカルクブレンナーやサン=サーンスなど、比較的コンパクトな作品から始めるといいでしょう。そこからライネッケやドホナーニ、さらにレーガーやタカーチュ、ゴドフスキーへと進むことで、「左手一つで複数声部を弾き分ける」という課題が、時代とともにどのように発展してきたのかを実際の演奏を通して体験できます。
特に、カルクブレンナー、レーガー、サン=サーンス、ゴドフスキーのフーガは左手音楽史としても重要な作品なので(【ピアノ】左手作品の歴史:誕生から現代までを年表でたどる完全ガイド)、一度は取り組んでみることをおすすめします。
► 終わりに
片手だけでフーガを成立させるという試みは、19世紀から現代まで、時代や作風を変えながら続いてきました。カルクブレンナーの教育的な練習曲から、レーガーやゴドフスキーのより発展的な対位法、さらにカプースチンやデュビュニョンの現代的な語法までをたどると、同じ「フーガ」という形式でも、片手一つで多声的な音楽を成立させる方法が大きく変化していることが分かります。興味を持った作品から実際の響きを確かめてみてください。
当サイトでは、作曲家・作品ごとに左手作品を整理した「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」を公開しています。フーガ以外にも「どんな左手作品が存在するのか知りたい」「特定の作曲家の左手作品を調べたい」といったときには、ライブラリーもあわせてご覧ください。
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