【ピアノ】左手編曲版のショパン「プレリュード Op.28-6」:2つの編曲を比較
► はじめに
ショパンの「プレリュード Op.28-6」は、原曲の時点ですでに左手が旋律を担う、特徴的な作品です。実際、両手で演奏する原曲が、ケーラーの「左手のための教本 Op.302」にも収録されています。左手の音楽的な役割が大きい作品だからこそ、こうした教材にも取り上げられたのでしょう。
この作品には左手だけで弾くための編曲もいくつか存在しますが、今回は、その中から2つの編曲を比較しました。一つはジョン・W・ショーム(John W. Schaum, 1905-1988)による編曲で、「LEFT HAND SOLOS for the piano BOOK2」に収録されています。もう一つはツェーザル・ホーホシュテッター(Cäsar Hochstetter, 1863-1928)による編曲で、「Album für das einhändige Klavierspiel」に収録されています。
同じ原曲から出発しながら、2人の編曲者がどのような判断で仕上げたのか、その違いを見比べていきましょう。
► 2つの編曲を比較
原曲とホーホシュテッター編曲版の冒頭
ショーム版は著作権保護期間中のため、譜例の掲載は控えています。そこで、ここでは原曲とホーホシュテッター版の冒頭を掲載しながら、ショーム版については比較表と本文でその特徴を見ていきます。
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

‣ 比較表
原曲のテンポ表示は Lento assai となっており、調はh-moll(ロ短調)、小節数は全26小節です。今回取り上げる2種の編曲は、どちらもこの調と小節数を変えることなく、原曲では右手が担っていた和音を間引くという方法で、左手一本での演奏を実現させています。
| 項目 | John W. Schaum版 | Cäsar Hochstetter版 |
|---|---|---|
| 収録曲集 | LEFT HAND SOLOS for the piano BOOK2 | Album für das einhändige Klavierspiel |
| テンポ表示 | Lento | Assai lento.(原曲のLento assaiと語順が異なる) |
| 運指の記載 | あり | あり(左右どちらの手でも弾けるよう、部分的に両方の運指を併記) |
| ペダリングの記載 | あり | なし(曲頭にcon ped.の意味で一度のみ記載) |
| 発想標語 | dolceなど、原曲にはない独自の書き込みあり | 独自の書き込みはほとんどなく、音の変更を除けば原曲にかなり近い |
| 和音の間引き量 | 多め | やや少なめ |
| 難易度の目安 | ツェルニー30番中盤程度 | ツェルニー30番修了〜40番入門程度 |
| 手の大きさ | それほど要求されない | 音程の広いアルペッジョなどがあり、多少要求される |
‣ John W. Schaum版について
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
ショーム版は「左手のための編曲」であることを明確にうたっており、運指もペダリングも詳細に書き込まれています。テンポ表示はLentoとされ、原曲のLento assaiよりもやや軽やかな指定になっている点が目を引きます。また、dolceのような発想標語が随所に書き加えられており、これは原曲にはない、編曲者独自の解釈が反映された部分と言えるでしょう。
難易度としてはツェルニー30番の中盤程度が目安となり、もう一方のホーホシュテッター版と比べると、やや弾きやすく感じられる仕上がりです。
原曲の右手が担っていた和音を大胆に減らしているぶん、取り組みやすいアレンジになっているのが特徴です。はじめて左手だけの演奏に挑戦する方には、こちらのほうが入りやすいかもしれません。
楽譜の入手方法
楽譜の入手方法は、以下の記事で紹介しています。
【ピアノ】John W. Schaum「LEFT HAND SOLOS for the piano」シリーズ 完全ガイド
‣ Cäsar Hochstetter版について
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)
1-4小節.png)
元々、「Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)」という献呈がある楽譜集「Album für das einhändige Klavierspiel」に収録。
ホーホシュテッター版のテンポ表示は Assai lento. とされており、原曲の Lento assai と語順は異なるものの、基本的には同じテンポ感を示しています。
興味深いのは、左手用の運指だけでなく、右手で弾く場合の運指も部分的に併記されている点です。これは、単に「左手用に編曲した作品」というだけでなく、片手であれば左右どちらの手でも演奏できるように配慮された楽譜だったことを示しています(曲集の序文にもその旨記載あり)。一方でペダリングについては、ショーム版とは異なり、曲頭にcon ped.の意味で一度記載されているのみで、書き込まれていません。
難易度はツェルニー30番修了から40番入門程度が目安で、ショーム版よりもやや弾きにくく感じられるかもしれません。
音程の広いアルペッジョが用いられている箇所もあり、ある程度の手の大きさが求められます。また、原曲の和音の間引き方がショーム版ほど大胆ではないうえ、メロディよりも高い音域で伴奏が同時に鳴る場面もあり、単純に「最も高い音=メロディ」と考えて弾くことができません。そのため、指先のタッチや音量のバランスによって旋律を浮かび上がらせる工夫が必要になります。
締めくくりにpoco rit.が書かれたり、sf などの記号が加えられたりしていますが、ショーム版ほど独自の発想標語などは書き加えられておらず、音の変更を除けば、原曲の姿をかなり残した仕上がりになっています。
楽譜の入手方法
PD作品のため、インターネット上で楽譜を閲覧することができます。
► 次に取り組みたい作品
ショーム版に取り組んだ方は、同じ曲集に収められているドニゼッティ作品の左手編曲「Sextet from “Lucia”」や、ヨハン・シュトラウス作品の左手編曲「The Gypsy Baron(Waltz Theme)」へ進んでみるといいでしょう。
一方、ホーホシュテッター版に取り組んだ方には、同じ曲集の中にある左手編曲版のショパン「プレリュード Op.28-4」がおすすめです。
どちらの流れで進んでも、同じ編曲者による別作品に取り組むことで、それぞれの編曲の特徴をより深く感じ取ることができるでしょう。
► 終わりに
同じ「プレリュード Op.28-6」という原曲から出発していても、編曲者が変わればテンポ感、運指やペダリングの扱い、そして難易度までもが違ってきます。
どちらの作品も、単に原曲から音を減らしただけの簡略版ではありません。伴奏部分がシンプルになったことで、むしろメロディがよく聴こえるようになるなど、それぞれに独自の音楽的な工夫が見られました。
左手演奏の初学者向けに整理されたショーム版と、原曲の姿をできるだけ残そうとしたホーホシュテッター版。同じ原曲でも、編曲者の考え方によって、ここまで違いが生まれます。
どちらが優れているというよりも、目的や手の大きさ、これまでの経験に応じて選ぶのがいいでしょう。両方の楽譜を見比べながら、自身に合った一曲を探してみてください。
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