【ピアノ】片手のためのノクターン作品ガイド:年代順にたどる

【ピアノ】片手のためのノクターン作品ガイド:年代順にたどる

► はじめに

 

本記事では、作品名・楽章名などに「ノクターン」「Nocturne」「夜想曲」などの名称を持つ片手作品を中心に、成立年の古い順に紹介します。単独の独奏曲だけでなく、組曲や協奏曲、教材集の中の一曲としてノクターンが置かれている例も多いため、そうした作品についても該当箇所を中心に取り上げました。なお、正式なタイトルが「ノクターン」でなくても、作品の性格が明らかに夜想曲的なものについては、参考例として取り上げています。

選曲や学習の手がかりとしてお役立てください。

なお、記事内で示す成立年は、原則として作品の作曲年を記載し、それが確認できない場合や編曲作品については、出版年など確認できる年代を示しています。

 

► 年代順にたどる作品紹介

‣ ゴダード「ノクターン(左手のために)」(1883年)

 

※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間(PD)の確定が困難なため、安全を考慮して譜例の掲載は控えております。

 

19世紀後半に活動していたとされる作曲家、フランシス・W・ゴダードによる左手独奏のためのオリジナル作品。同時代には数多くのサロン風小品の書き手が活躍していましたが、ゴダードについても出身地や経歴を伝える資料は今のところ見つかっておらず、詳細は分かっていません。

全16小節という、演奏会のアンコールピースを思わせる短さの小品ながら、カデンツァも備えた凝った作りです。3連符による分散和音の伴奏に乗せてゆったりと美しい旋律が歌われますが、各小節の冒頭でロングアルペッジョが繰り返し現れる書法のため、聴き手によってはやや同じ動きの反復に感じられる箇所もあるかもしれません。

演奏時間は約1分20秒、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

‣ スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9 より 第2曲 ノクターン」(1894年)

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9-2」の曲頭の楽譜。

過度な練習で右手を痛めたアレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)が、その療養期間に書いた2曲の左手作品の一つ。静寂さと劇的さを併せ持ち、カデンツァ風のパッセージも含む充実した内容で、片手のためのノクターンを代表する作品の一つです。

演奏時間は約6分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

この作品についてさらに詳しく知る

【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」演奏完全ガイド

 

‣ ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 より 第3曲 ノクターン」(1895年頃)

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 より 第3曲 ノクターン」1-4小節

デンマークの作曲家・オルガニスト、ルードヴィヒ・ビルケダル=バルフォド(1850-1937)が残した左手教育用の曲集の中の一曲。全6曲から成るこの曲集は、マズルカやメヌエット、ワルツなど複数の舞曲・性格小品で構成されており、第3曲にノクターンが置かれています

半音階的な和声が印象的で、情感豊かな曲調が冒頭から終結まで一貫して保たれたまま曲を終えます。

演奏時間は約3分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ラインホルト「左手のための3つの演奏会用練習曲風ピアノ曲 Op.61 より 第2曲 ノクターン」(1907年)

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-5小節)

ラインホルト「左手のための3つの演奏会用練習曲風ピアノ曲 Op.61 より 第2曲 ノクターン」1-5小節

ウィーンでブルックナーに学んだフーゴー・ラインホルト(1854-1935)による、全3曲構成の練習曲風ピアノ曲集の第2曲。和音を中心とした落ち着いた書法で始まり、曲の途中からはアルペジオやスケールのパッセージが加わって、息の長いメロディを彩っていきます。後半では冒頭の主題が戻り、消え入るように静かに曲を閉じます。

演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ヴルム編「ショパン:ノクターン 変ホ長調 Op.9-2」(1911年)

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、5-6小節)

ヴルム編「ショパン:ノクターン 変ホ長調 Op.9-2」(左手のためのピアノ練習曲集 Op.51 より 第5曲)5-6小節

クララ・シューマンに師事したイギリスのピアニスト・作曲家メアリー・ヴルム(1860-1938)が、姉アデラに献呈した左手独奏編曲。ショパンの名作ノクターンを左手一つに編曲したもので、「左手のためのピアノ練習曲集 Op.51」の第5曲にあたります。原曲をそのまま移し替えるのではなく、旋律の配置や音域などを工夫することで、左手だけでも一曲として成立させています。

演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ボウエン「ノクターン(左手のために) Op.42 No.5」(1916年)

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ボウエン「ノクターン(左手のためだけに) Op.42-5」1-4小節

イギリスの作曲家・ピアニスト、ヨーク・ボウエン(1884-1961)が、全7曲から成る組曲「Curiosity Suite Op.42」の中に置いた一曲。楽譜には作曲者自身の献辞として「片手しか使わないことが、楽曲解釈の表現力を何ら損なうものではないと考えている、真摯な音楽家へ」という言葉が添えられています。

Graveの指示を持つ朗唱的な性格の音楽で、中間部では激しさを見せます。テンポの自由な指示が随所にあり、楽譜どおりに丁寧に表現するだけで、自然とアゴーギク的な揺らぎが生まれるよう作られているのが特徴と言えるでしょう。

演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ フェルステル「ノットゥルノとファンタスティコ Op.142 より ノットゥルノ」(1930年)

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

フェルスター「ノットゥルノ」1-4小節

チェコの作曲家ヨゼフ・ボフスラフ・フェルステル(1859-1951)が、左手のピアニスト、オタカール・ホルマンのために書いた小品集「ノットゥルノとファンタスティコ Op.142」の第1曲。楽譜の献辞には「Otakaru Hollmannovi(オタカール・ホルマンへ)」の文字が刻まれています。

性格の異なる「Notturno」と「Fantastico」の2曲からなる曲集の冒頭を飾る一曲で、穏やかな旋律線がゆったりと歌われ、夜想曲らしい静かな抒情性が保たれたまま曲を閉じます。

ノットゥルノの演奏時間は約4分30秒、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

オタカール・ホルマンについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手音楽から読み解くオタカール・ホルマン

 

‣ レヴィン「ノクターン(左手のための2つの小品 Op.18 より 第1曲)」(出版年不明、20世紀前半と推定)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

詳しい経歴がほとんど伝わっていない作曲家、ミロン・レヴィンによる左手作品

音域の広いアルペジオ伴奏の中にメロディが織り込まれる書法をとり、伴奏部分は小音符で記譜されているため、メロディ線が視覚的にも区別しやすくなっています。

アルペジオが続く中で3/4・4/4・5/4拍子が頻繁に入れ替わり、この拍子の変化が音楽の伸び縮みを表現する手段としても機能している点が印象的です。終盤では小節線を排したカデンツァ風のパッセージへと姿を変え、消え入るように曲を閉じます。

演奏時間は約3分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ トンプソン「左手のためのノクターン」(1940年頃、教本第4巻出版年)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

演奏家から教育者へと転身し、フィラデルフィア、インディアナポリス、カンザスシティの音楽院でピアノ科を主導したジョン・トンプソン(1889-1963)。日本でも広く使われている「トンプソン 現代ピアノ教本 第4巻」に収録されたオリジナルの左手独奏曲です。

曲は「ABA+短いエンディング」の三部構造で、穏やかなAセクションと動きのあるBセクションが対比になるよう書かれました。運指とペダリングの指示が付されており、学習しやすい構成です。

演奏時間は約2分30秒、難易度はツェルニー30番中盤程度。

 

‣ ブリテン「ディヴァージョンズ Op.21 より ノットゥルノ」(1940年)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)が、右腕を失ったパウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱に応えて書いた「左手ピアノと管弦楽のための主題と変奏 ディヴァージョンズ Op.21」の中の一変奏。ブリテンはこの作品全体を通じて両手のテクニックを模倣することを避け、単一のライン(旋律線)が持つ可能性を突き詰めることに主眼を置きました。

「レチタティーヴォ」で音階とトリルを扱ったのに続き、この「ノットゥルノ」ではアルペジオが展開され、単一ラインの持つ夜想曲的な表情が引き出されています。

演奏時間は作品全体で約25分、難易度はツェルニー50番入門以降程度。

 

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‣ コル・デ・フロート「左手と管弦楽のための幻想変奏曲 より 第2楽章 ノクターン」(1960〜1962年)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

右手の自由を失ったオランダのピアニスト、コル・デ・フロート(1914-1993)が、自ら作曲した全7楽章の協奏的作品の第2楽章。楽章は序奏、ノクターン、スケルツォ、クワジ・ワルツァー、バーレスク、喚起、フィナーレという構成をとり、このノクターンを含む前半3楽章はアタッカで続けて演奏されます。

独奏ピアノパートは大きな和音やオクターブをほとんど用いない薄いテクスチャーで保たれており、テンポや色彩の変化に富んでいます。

演奏時間は作品全体で約22分、難易度はツェルニー50番入門以降程度。

 

‣ ゴールカシアン・ラービー「アブストラクト Op.7 より 夜想曲」(1970〜1981年)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

アルメニア系アメリカ人の血を引くアメリカの作曲家・ピアニスト、ダイアン・ゴールカシアン・ラービー(1938- )が作曲した、全9曲から成るピアノ曲集「アブストラクト Op.7」の第1曲。この曲集の中で片手独奏として書かれているのは、この1曲のみです。

機能和声からは意識的に距離を置いた書法を取りながらも耳あたりの良さを失わない、メランコリックな旋律が印象的な小品。孤独を抱えながら、どこか遠くをじっと見つめているかのような、内省的な情感が曲全体に漂います。

演奏時間は約1分30秒、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

‣ ロシェロール「別々の手で より 左手のためのアダージョ」(1989年頃)

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ニューオーリンズ・ジャズの空気を吸って育ったアメリカの作曲家、ウジェニー・ロシェロール(1936-2025)が、右手2曲・左手2曲から成る小品集の中に置いた作品。タイトルこそ「アダージョ」ですが、曲頭のRubatoの指示や穏やかな伴奏の上で歌われる控えめな旋律の性格から、ノクターン風の一曲として位置づけられます。

メロディの繰り返しの中で少しずつ色合いが変化していく箇所が魅力的な一曲です。

演奏時間は約2分、難易度はツェルニー30番中盤程度。

 

楽譜はミュッセで購入可能です。

 

► 作品一覧表

 

作曲家 作品 成立年 演奏時間 難易度目安
ゴダード ノクターン(左手のために) 1883年 約1分20秒 ツェルニー30番修了〜40番入門
スクリャービン Op.9 より 第2曲 ノクターン 1894年 約6分 ツェルニー40番中盤
ビルケダル=バルフォド 練習曲集 より 第3曲 ノクターン 1895年頃 約3分 ツェルニー40番修了
ラインホルト Op.61 より 第2曲 ノクターン 1907年 約5分 ツェルニー40番修了
ヴルム編 Op.51 より 第5曲(ショパン Op.9-2の編曲) 1911年 約5分 ツェルニー40番修了
ボウエン Op.42 より 第5番 ノクターン 1916年 約5分 ツェルニー40番修了
フェルステル Op.142 より ノットゥルノ 1930年 約4分30秒 ツェルニー40番中盤
レヴィン Op.18 より 第1曲 ノクターン 不明(20世紀前半) 約3分 ツェルニー40番修了
トンプソン 左手のためのノクターン 1940年頃 約2分30秒 ツェルニー30番中盤
ブリテン Op.21 より ノットゥルノ 1940年 約25分(全曲) ツェルニー50番入門以降
コル・デ・フロート 幻想変奏曲 より 第2楽章 ノクターン 1960〜1962年 約22分(全曲) ツェルニー50番入門以降
ゴールカシアン・ラービー Op.7 より 夜想曲 1970〜1981年 約1分30秒 ツェルニー40番中盤
ロシェロール 別々の手で より 左手のためのアダージョ 1989年頃 約2分 ツェルニー30番中盤

※難易度表記はあくまで目安です。左手演奏への慣れや手の大きさなどによって実際の難しさは変わります。

 

► どの作品に取り組むか

 

これから片手のノクターン作品に触れてみたい方は、まずロシェロールやトンプソンの作品のような、演奏時間・難易度ともに比較的取り組みやすい楽曲から入るのがおすすめです。穏やかな伴奏の上で旋律を歌わせるという、ノクターンならではの表現を、短い曲の中でじっくり味わうことができます。

そこからスクリャービンの名作Op.9-2、ラインホルトやボウエンなどへと進んでみるのもいいでしょう。作品によって、旋律と伴奏のバランス、アルペジオや跳躍の扱い、音域の広い書法など、片手だけでノクターンを表現するためのさまざまな工夫を見ることができます。

さらに、ブリテンやコル・デ・フロートのような協奏曲規模の作品に目を向けると、片手による夜想曲の表現が、独奏小品から大規模な管弦楽作品へとどのように広がっていったのかを知ることができます。

その中でも、演奏効果と音楽性のバランスを考えると、スクリャービンとボウエンは特におすすめしたい2曲です。 どちらも片手一つでありながら豊かな響きを生み出しており、片手作品ならではの表現の可能性を実感しやすいでしょう。

 

► 終わりに

 

片手だけで夜想曲の歌を紡ぐという試みは、スクリャービンの内省的な傑作から、左手のための教育的な小品、既存作品の編曲、そして協奏曲規模の大作まで、実にさまざまな形で展開してきました。

同じ「ノクターン」という名前を持つ作品でも、作曲家によって旋律の扱い方や伴奏の作り方、片手で豊かな響きを生み出すための工夫は大きく異なります。気になった作品があれば、実際の音を聴いたり、楽譜を手に取ったりしながら、それぞれの違いを味わってみてください。

当サイトでは、作曲家・作品ごとに片手作品を整理した「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」を公開しています。ノクターン以外の片手作品についても探してみたい方は、あわせてご覧ください。

 

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