【ピアノ】左手編曲のテクニック 完全ガイド

【ピアノ】左手編曲のテクニック 完全ガイド

► はじめに

 

ピアノの左手作品は、両手で演奏する作品とは根本的に異なる制約を抱えています。同時に鳴らせる音数、手が届く音域、横方向への移動、運指、ペダリング。そのすべてを考慮しながら、作曲家や編曲家たちは知恵を絞ってきました。

本記事では、左手作品を編曲する際に押さえておきたい技法上のポイントを整理したうえで、独学方法も紹介します。左手作品に興味のある演奏者はもちろん、これから左手編曲に挑戦してみたいという方にも参考にしていただければと思います。

 

► 左手編曲の基本

‣ 第1部  左手編曲とは何か

 

左手編曲とは、両手のピアノ曲や多人数で演奏するアンサンブル音楽を単純に片手へ圧縮することではなく、左手という演奏媒体の特性に合わせて、音楽を再設計することです。必ずしも「左手編曲=音を減らす作業」ではないことを知ってもらえたらと思います。

もちろん、片手で演奏できる内容には一定の制限があることは否めないでしょう。通常の楽曲には「メロディ」「バス」「内声」などの音楽的要素があり、ときには「対旋律」なども加わりますが、左手編曲では、これらの要素をすべて残すことが難しいケースもあります。したがって、楽曲のどの部分でどの要素を優先するのかを判断する必要があります。

まず、具体例を一つ見てみましょう。

 

アメイジング・グレイス

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成)

アメイジング・グレイスの基本メロディ楽譜。ハ長調、3/4拍子で書かれた讃美歌の旋律。

この作品はどの状態を原曲というかは定まっていませんが、このような主要なメロディがあり、それが繰り返されることで楽曲が成立しています。

このメロディをもとに、筆者自身が左手独奏版に編曲した譜例を見てみましょう。

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-20小節)

「アメイジング・グレイス 〜左手独奏のための〜」1-20小節

ここでは、楽節ごとにアレンジを変えてみました。

 

編曲のポイント①(1-8小節)

メロディだけを演奏しています。このように、必ずしもメロディ以外の音楽要素が存在しなければいけないわけではないというのは、編曲のアイディアの一つです。ただし、ずっとメロディだけだと退屈してしまうので、途中からアレンジを変えましょう。ポイントは、伴奏形をちょこちょこ変えるのではなく、ある一定のかたまりごとに変えていくことです。そうすることで、まとまり感を出すことができます。ここでは、8小節間はメロディのソロにしました。

 

編曲のポイント②(9-16小節)

9小節目からは控えめな和音を演奏しています。このときにポイントとなるのは、いつも和音の基本形ばかりを用いようとしないことです。左手演奏では、一度に同時に押さえられる音域が手の届く範囲に限られるため、毎回基本形を用いようとすると、弾きにくい編曲になってしまうケースがあります。基本形そのものが悪いわけではありませんが、左手だけで音楽的に弾けるようにするために、手の移動距離や前後の和音とのつながりまで考えてみましょう。

例えば、9-16小節で基本形を使っているのは、9小節目と11小節目のみです。他の箇所では、第一転回形や第二転回形、さらに第三転回形まで使って、手の横移動を減らしつつ、適切なサウンドを見つけています。

 

譜例(浄書ソフトで作成)

和音の基本形、第一転回形、第二転回形、第三転回形を示す譜例。

・基本形 – 根音(Do Mi Soの場合のDo)を最低音とする形
・第一転回形 – 第3音(Do Mi Soの場合のMi)を最低音とする形
・第二転回形 – 第5音(Do Mi Soの場合のSo)を最低音とする形
・第三転回形 – 第7音も含む和音の場合における、第7音(Do Mi So Siの場合のSi)を最低音とする形

 

(再掲)

「アメイジング・グレイス 〜左手独奏のための〜」1-20小節

編曲のポイント③(17小節目〜)

17小節目からは、メロディ以外の要素を、非和声音も用いながらより細かく動かすことで変化をつけました。ただし、左手で無理なく同時に押さえられる音域に収まるよう音を選ぶことで、弾きやすさも残しています。

 

編曲のポイント④(33-37小節)

譜例(33-37小節)

「アメイジング・グレイス 〜左手独奏のための〜」33-37小節

33小節目からは、メロディを弾いたのちにバスへ移動するという、左手作品の定番とも言える書法です。ダンパーペダルを使用することが前提とも言えるこの書き方は、両手で演奏しているかのような印象を出すには効果的ですが、メロディが細かく動いている箇所では使えないことがあります。ここでのメロディは各小節ともに1-2拍目が2分音符で伸びているので、問題なく取り入れることができました。

 

ここまで見てきたように、原曲情報がメロディしかない場合は、編曲とは言ってもかなり作曲的な創作になります。原曲がアンサンブル作品や両手で演奏するピアノ作品の場合は、当然、すべての音を弾くことはできないので、「何を残すか」「何を捨てるか」「原曲にない何を補うか」の判断が必要になります。

 

‣ 第2部  左手作品を編曲する際に押さえておきたい基本ポイント

 

ここからは、左手用に編曲するにあたって共通して意識すべき技法上の留意点を整理します。これらは演奏技術とも密接に関わっているため、編曲の段階からしっかりと考慮しておく必要があります。

 

· ダンパーペダルの使用法

 

左手だけで同時に押さえられる音程には、当然ながら物理的な限界があります。演奏会用の作品ともなれば、その限界内だけで完結する楽曲は多くありません。つまり実際の左手作品では、ダンパーペダルが重要な役割を担うことが多く、ペダルなしでは、本来意図した響きを実現することが難しい場面が数多く出てきます

また、左手作品では、「メロディを指でつなげられないからペダルで残したいけれど、ペダルを踏みっぱなしだと和声が濁ってしまう」という「あちらを立てると、こちらが立たず」の状態がよく見られますし、編曲上そうせざるを得ないケースにも出くわします(具体例:シューベルト=吉松隆「アヴェ・マリア」第1小節目 ※譜例掲載不可)。

だからこそ、「このようにしてほしい」という希望がある場合は、編曲の段階でダンパーペダルの使用箇所を可能な限り明記しておくことが望ましいでしょう。演奏者が創作者の意図した響きを正確に汲み取るためにも、ペダリングの指示は左手作品においてとりわけ重要な情報になります。

 

· 運指

 

譜例(浄書ソフトで作成)

左手演奏、左手編曲における運指を説明するための譜例

例えば、この譜例Aでは、音符の上に記載した運指のほうが手の形からして容易ですが、記譜されているアーティキュレーションは出しにくくなります。

左手演奏では、両手演奏のように音型を左右の手で分担することができません。そのため演奏者は、アーティキュレーション(音のつなげ方や切り方)まで考慮しながら、それぞれの音型に応じた運指、なかでも軸になる1の指と5の指の配置を細かく設計する必要があります。

また左手は曲を通してほぼ休みなく動き続けるため、運指の組み方によっては手を痛める原因にもなりかねません。さらに、両手演奏であれば片方の手のミスがもう片方でカバーされる場面もありますが、左手だけの演奏では打鍵ミスがそのまま音響の破綻として表に出てしまいます。

技術的な制約のせいで、意図せず音の流れが途切れてしまう箇所も出てきます。そうした場合には、その隙間を埋めるためにダンパーペダルを活用するケースも少なくありません(譜例B)。

こうした事情を踏まえると、ペダルの指定と運指の指定は「セット」で示すことが、左手演奏に不慣れな奏者への有効な手引きになります。編曲者が特定のアーティキュレーションを求めるのであれば、それを実現できる運指はおのずと絞られてくるため、意図を明確に伝える意味でも運指の指示は重要です。

 

なお、ピアノ奏法には「隣り合う2つの白鍵、あるいは2つの黒鍵を1の指で同時に打鍵する」というテクニックが存在します。しかし左手の場合、1の指がくる高音域側に旋律の最高音が来ることが多いという事情があり、このテクニックが使いにくい場面は意外と多いと言わざるを得ないでしょう。同じ指で2音を同時に鳴らしながら上の音だけを際立たせるのは技術的に難しいからです。こうした技法を知っておくこと自体は編曲上の引き出しになります。

一方で、鍵盤を押さえたまま指を替える「替え指」の技術を使えば、レガートをより確実に実現できる場面もあるため、編曲者が指でのレガート表現を求めるのであれば、替え指の運指を明示しておくといいでしょう。上記の「アメイジング・グレイス」の編曲でも、1,3,17小節目でレガートのための替え指を指定しています。

 

以下の記事では、左手における運指指定の留意点を取り上げているので、あわせて参考にしてください:

【ピアノ】左手演奏特有のミスタッチを防ぐ運指法:跳躍後の黒鍵対策
【ピアノ】左手作品の高音域で手首をひねらないための運指の考え方
【ピアノ】左手演奏の和音運指はどう考える?シャコンヌ冒頭を例に解説

 

· アルペッジョ、装飾音符、広範囲和音の使い方

 

アルペッジョや装飾音符、広範囲和音は、離れたバスラインと旋律という左手だけでは同時に鳴らしにくい音を、時間差を利用して響かせるための重要な技法で、左手作品では重要な役割を果たしてきました。ただし、これらの技法を用いる箇所にはかなりの注意が必要で、あまりゆっくり弾きすぎると音楽が間延びしてしまい、拍の感覚が曖昧になってしまいます。

これは演奏だけの問題ではなく、編曲の段階での問題でもあり、テンポが多少広がっても不自然にならないような箇所を選んで、これらの技法を配置する必要があります

【ピアノ】左手独奏の弾きやすい編曲を見分けるポイント では、この問題について複数の編曲譜例を比較し、弾きやすい編曲について分かりやすく紹介しました。左手編曲において非常に重要なポイントなので、あわせてご覧ください。

 

· 手の横方向への跳躍

 

「上声部を弾いてからバスへ移動する」「バスを弾いてから上声部へ移動する」といった手の横方向への跳躍は、両手演奏のように広い音域を同時に押さえられない左手作品ならではの技術です。先に挙げたアルペッジョや広範囲和音もこの跳躍の一種と言えますが、こちらは手の形をあまり変えずに横方向へ移動させる点が異なります。

 

ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、53小節目)

ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」53小節目

ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」では、非常に大きな跳躍が連続する箇所がありますが、Ritenuto(テンポを抑える指示)の指示を書き加えることでテンポ面も含めて音楽を広げているため、跳躍に多少時間がかかっても不自然に聴こえない書法になっています。手の横方向への跳躍は、明確なバスと旋律、ハーモニーを提示することの多い調性音楽では特に頻繁に使われる技術で、ブルーメンフェルドの「左手のための練習曲 Op.36」やバルトークの「4つのピアノ曲 より 左手のための練習曲 BB27」でも、低音域と中高音域を同居させる工夫として取り入れられています。

 

ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、30-31小節)

ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」30-31小節

ブルーメンフェルドの作品における、上声部を弾いてからバスに移動するテクニックを含む例です。

 

バルトーク「4つのピアノ曲 より 左手のための練習曲 BB27」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

バルトーク「4つのピアノ曲 より 左手のための練習曲 BB 27」1-2小節

バルトークの作品における、反対に、バスを弾いてから上声部に移動するテクニックを含む例です。

 

既存の左手作品には、「同時に二つの場所にいることは不可能である」という問題をいかに音楽的な方法で解決するかが詰まっています。

 

· 調性の設定

 

左手演奏では手の横移動が頻繁に発生するため、跳躍後に触れやすい黒鍵をいかに避けるかが運指上の課題になります。この課題に対して、作編曲の段階から手を打っておく作曲家・編曲家も少なくありません。左手用に編曲する際、あえて黒鍵を活用しやすい調へ移調しておくという手法です。この工夫は左手編曲のテクニックとして、応用範囲の広いものと言えるでしょう。

黒鍵は白鍵よりも高さがあり、指を置く位置を感覚的に把握しやすいため、横方向へ移動する場面で手の位置を定める目印として機能します。

実際、この考え方は歴史的にも多くの左手編曲で採用されています。代表例がゴドフスキーです。ゴドフスキーについては、左手用トランスクリプションで黒鍵の調を積極的に利用したことが指摘されています。

楽譜集「THE GODOWSKY COLLECTION, Vol.3 / Carl Fischer」の巻頭解説より

※以下は原文からの筆者訳

ゴドフスキーの53の『練習曲』のうち、21曲が原曲のエチュードを移調しています。左手のためのトランスクリプションは、主音や属音が鍵盤上の黒鍵に落ちる調に移調される傾向があります。11曲、つまり左手のための「練習曲」の半数が、対応する原曲とは異なる調に置かれています。このうち9曲は、ショパンの音楽を白鍵の調から黒鍵の調へとシフトさせています。実に、半音上へのすべての移調(白鍵音から黒鍵音へ)は、左手単独のためのトランスクリプションに関わるものです。

「No.21 Op.10-11(原曲のEs-durからA-durへ移調)」を除き、左手用トランスクリプションの中で原曲を白鍵の調に移調しているものは一つもありません。

中略

そのような移調は演奏を確実に容易にしています。なぜなら、左手単独のための音楽においては、主音と(できれば)属音が黒鍵にある調が、手の位置決めを助けるからです。


 

‣ 第3部  具体的な編曲の学習方法

 

編曲の技法は、知識として知っているだけでは実際に使いこなせるようにはなりません。ここでは、左手編曲の考え方を自分の中に取り込んでいくための具体的な学習方法を紹介します。

 

· 原曲と左手作品の比較をする

 

もっとも基本的で効果的な学習方法は、原曲と左手編曲版を並べて比較することです。編曲者が「どの音を残し、どの音を削り、どこに新しい音を加えたか」を一つひとつ追っていくことで、単なる感想では気づけない編曲の意図が見えてきます。

 

C.P.E.バッハ「ソルフェッジョ ハ短調 Wq 117:2 H220」原曲と左手編曲の楽譜比較

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

C.P.E.バッハ「ソルフェッジョ ハ短調 Wq 117:2 H220」原曲と左手編曲の楽譜比較(1-2小節)連桁の結合

この譜例も扱っている、【ピアノ】C.P.E.バッハ「ソルフェッジョ ハ短調」から学ぶ、左手用編曲のテクニック では、C.P.E.バッハの「ソルフェッジョ ハ短調 Wq 117/2 H220」を、A.R.パーソンズが左手のみで演奏できるように編曲した版を原曲と比較しました。連桁の統合、オクターヴの省略・音域変更など、跳躍回避を中心とした左手編曲ならではのテクニックを譜例つきで解説しています。

 

左手編曲を学ぶ初期段階に陥りやすい落とし穴の一つとして、和音を重ねる両手的な発想ばかりに頼ってしまうことが挙げられますが、必ずしも常に両手で弾いているように聴かせなくてはいけないわけではありません。この編曲が示しているように、単音のパッセージワークを中心とした書法もまた、左手編曲における有効な選択肢の一つだと考えてみましょう。和音で厚みを出すのではなく、音の連なりそのものでラインを描くという発想は、左手の物理的な制約とも相性がよく、編曲の引き出しを増やすうえで学ぶ価値があります。

 

【ピアノ】片手作品から読み解くツェーザル・ホーホシュテッター:第一次世界大戦の負傷者へ捧げた名曲編曲集 で紹介している片手編曲は、原曲も楽譜が手に入りやすい作品が中心なので、比較学習に適しています。

バッハ=ホーホシュテッター「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第12番 BWV881 ヘ短調 より プレリュード」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-5小節)

バッハ=ホーホシュテッター「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第12番 BWV881 ヘ短調 より プレリュード」1-5小節

 

【ピアノ】「愛のあいさつ 〜左手独奏のための〜」編曲者による演奏解説 で紹介しているアレンジは、筆者自身による編曲作品です。原曲と比較してみてください。

エルガー「愛のあいさつ〜左手独奏のための〜」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

エルガー「愛のあいさつ 〜左手独奏のための〜」楽譜 冒頭部分。

 

他の教材例:

左手編曲の初級〜中級

・ヴァルター・ゲオルギイ編「片手で弾くピアノ曲集」収録版のシューマン作品を原曲と比較する
・バッハ=ソーザ「シンフォニア 第14番 BWV800」を原曲と比較する

より応用的な学習

・ゴドフスキー「ショパンのエチュードによる練習曲 より 左手独奏編曲 全22曲」を原曲と比較する
・J.S.バッハ「シャコンヌ」の数種の左手編曲を原曲と比較する(代表的な左手編曲については、【ピアノ】左手のみで演奏するJ.S.バッハ「シャコンヌ」編曲版の種類と背景 を参照)

ゴドフスキーの作品は、豊かなフィギュレーション(音型)や運指、ペダリングの工夫によって、左手のための編曲技法の可能性を大きく押し広げました。難易度は高いものが多いですが、それだけに分析する価値も大きく、腰を据えて取り組む対象として最適です。

 

· 同じ原曲による別の左手作品同士の比較をする

 

楽曲によっては、同じ原曲に対して複数の左手編曲が存在するケースがあります。こうした場合は、原曲との比較だけでなく、別の左手編曲同士を比較することでも学びが得られます。同じ制約・同じ素材に対して編曲者ごとにどのようなアプローチの違いがあるのかを見ることで、「唯一の正解」ではなく「複数の発想」があることが実感できるでしょう。

例えば、以下のような楽曲が該当します:

ショパン「プレリュード Op.28-6」
・ジョン・W・ショーム編曲版
・ツェーザル・ホーホシュテッター編曲版

C.P.E.バッハ「ソルフェッジョ ハ短調」
・A.R.パーソンズ編曲版
・ヴァルター・ゲオルギイ編「片手で弾くピアノ曲集」収録版
・ジョン・トンプソン編「FOR LEFT HAND ALONE Book Two」収録版

ワーグナー「歌劇《ローエングリン》より 婚礼の合唱」
・サルトーリオのアンソロジー「Klavier-Album für die linke Hand allein」収録版
・サルトーリオの別のアンソロジー「Left Hand Proficiency」収録版

これらの楽曲については、以下の記事でも取り上げています:

【ピアノ】左手編曲版のショパン「プレリュード Op.28-6」:2つの編曲を比較
【ピアノ】片手編曲版のC.P.E.バッハ「ソルフェッジョ ハ短調」:3つの編曲を比較

記事中では基本的な比較に留めていますが、これをきっかけとして、楽譜を手元に置きながら自身で突き合わせて詳細に分析してみましょう。自分の目で音を追う作業を通してはじめて、編曲上の判断が自分の技術として身についていきます。

特に、音域・声部・和音・跳躍・運指・ペダルをどのように処理したかを並べて見ると、編曲ごとの発想の違いが明確になるでしょう。

 

· 左手編曲について書かれた教材を参考にする

 

あまり数は多くありませんが、直接的に左手編曲について書かれた教材を参考にするのもいいでしょう。

例えば、【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイ「片手で弾くピアノ曲集」レビュー:収録曲・難易度・資料としての価値 で紹介している楽譜集は、楽曲そのものだけでなく、巻末に7ページにわたって付けられた解説があります。

・片手で弾くオリジナル作品の演奏について
・片手で弾く編曲作品の作曲者と原曲について
・編曲の技法について
・片手で弾くピアノ音楽の作曲史概観

この「編曲の技法について」は、片手ピアノの編曲を学ぶうえで参考になる内容が含まれています。こうした文献を積極的に活用することも、独学で左手編曲を学ぶうえでは大きな助けになるでしょう。

 

· 日頃からさまざまな記譜に興味を持つ

 

日頃からさまざまな記譜法に目を向けておくことも、編曲の技術を育てるうえで役立ちます。

 

フマガッリ「スタジオ・ダ・コンチェルト(ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》より) Op.18 No.1」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、32-33小節)

フマガッリ「スタジオ・ダ・コンチェルト(ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》より) Op.18 No.1」32-33小節

33小節目の冒頭で、アルペッジョ記号と、カギ括弧状の記号によるオクターヴの同時打鍵の指示が併記されていることに着目してみましょう。一般的な上向きアルペッジョでは、下の音から上の音へ順に音が鳴ります。しかし、このように記号が組み合わされていることで、左手のみで演奏する場合はFis音よりも3度下にあるD音のほうが後から鳴ることになり、通常とは異なる独特の響きが生まれます

このような記譜の工夫を一つでも多く知っておくことで、いざ自分が編曲する際に使える手法の幅も自然と広がっていきます。

 

興味深い記譜の工夫については、【ピアノ】左手作品に見る興味深い記譜法コレクション にまとめているので、あわせてご覧ください。

理屈だけを頭に入れても編曲の力は身につきません。初見演奏としてでも構わないので、とにかく数多くの左手作品に実際に触れておくこと——それが、ここまで紹介してきたすべての学習法の土台になります。

 

‣ 第4部  実践編

 

ここまでの基礎準備が概ね済んでいる前提で、実際に自分で編曲するとき何を確認すればいいのか?という「実践手順」を紹介します。

 

1. 原曲を分析する

「編曲をするということは原曲を理解すること」と言っていいほど、原曲の理解は重要です。何を理解するかというよりは、原曲から見つけられる情報はすべて吸い取るくらいの気持ちで分析しておきましょう。

分析の段階で、「ここはメロディが細かく動くから、あの伴奏形は使えなさそうだな」「ここにはクライマックスが来るから低音域まで上手く使える伴奏形を配置しよう」などと何かしらのプランを立ててメモを残しておくといいでしょう。そして、音を削減する必要がありそうなら、残す声部を決めたりと、大まかな想定をしておきます。

分析方法について基礎から学びたい方は、初級 楽曲分析学習パス を参考にしてください。楽曲分析の視点を体系的に学びたい方へ向けて、分析初心者から順にステップアップできる無料カリキュラムです。

 

2. 実際に編曲する

1の分析をもとに、まずはすべてを完璧に左手へ収めようとせず、原曲のどの要素を残すかを決めながら音を書いていきます。もちろん、ピアノで何度も弾きながら少しずつ楽譜を埋めていくやり方で構いません。メロディ以外の要素の在り方に困ったときは、上記アメイジング・グレイスの解説でも伝えたように「伴奏形をちょこちょこ変えるのではなく、ある一定のかたまりごとに変えていく」を意識してみてください。

 

3. 弾きにくい箇所を修正する

左手編曲は「弾きにくい編曲」が多く出回っている分野でもあります。音楽的な追求はもちろんですが、まずは身体的に弾けるものを作ってみましょう。

一通りできた編曲は、自分で何度も音に出してみてください。このときに重要なのは、最終的な浄書楽譜に書くかどうかに関わらず、すべての運指とすべてのペダリングを書き込んでみることです。そうする過程で、明らかに弾きにくい箇所や、運指とペダリングとの兼ね合いがうまくいっていない箇所などが浮き彫りになります。

弾きにくさの一番のチェックポイントは「そこで使える時間に対して跳躍が大きすぎないか」です(参照:上記「アルペッジョ、装飾音符、広範囲和音の使い方」の項目)。

「自分で通して弾ける」というところを一つの目安にして、そこまで弾き込んでチェックしてみましょう。

また、ゆっくりのテンポで弾いているときには最適だと思っていた箇所が、テンポを上げた途端にやりにくく感じることがあります。相当な速さで弾くことになるところは、テンポを上げて弾いて探ってみることも最初の段階から取り入れてみてください。まだ上手く弾けなくても問題なく、その音型でいけるかどうかの見当をつけることが大切です。

「一度書いた楽譜を修正する」というのはプロでもいくらでも行うことなので、気兼ねせずにどんどん修正して構いませんし、修正箇所が出てくること自体、心配する必要はありません。

 

編曲完成時のチェックリスト

□ 原曲のメロディが不自然に変わってしまっていないか
□ 原曲の他の重要な構造が失われていないか
□ ペダリングと運指が矛盾していないか
□ 手への負担が少ない左手の自然なポジションや運指で無理なく演奏できるか
□ テンポを上げても演奏可能か
□ 終始メロディにただ和音を押さえただけになっていないか(短尺や初心者用編曲であれば構わない)
□ 誰に渡す編曲かよく考えて音を選んでいるか(例:10度の連続は自分には弾けても相手には弾けない など)

 

► 編曲法そのものをさらに深く学びたい方へ

 

左手編曲に限らず、作曲や編曲の基本的な力を伸ばす

【ピアノ】作曲・編曲テクニック 関係記事まとめ:入門から応用まで体系的に学ぶ(姉妹サイトへリンク)では、左手編曲に限らず、ピアノ音楽の作曲や編曲の基本的な力を伸ばすための記事を数多く用意しています。

コードネームの基礎・アレンジ入門から、コード・転調・楽曲分析などの応用まで、レベル別に学べるリンク集となっているので、あわせて学習にお使いください。

 

名曲を楽しみながら左手編曲を学ぶ

また、左手独奏で楽しむ名曲ピアノアレンジ集 では、筆者が編曲して公開している左手独奏アレンジをまとめました。楽譜を伴わない音源のみの作品もありますが、よく知られている作品を扱っているので、聴くだけでも拾えることがあるかもしれません。「低音にメロディを持ってくる左手編曲」など、本記事では扱わなかったやや高度な手法を取り入れている編曲もあります。

 

► 終わりに

 

ここまで、左手作品を編曲する際に押さえておきたい基本的な技法や具体的な工夫を見てきました。多くの場面で「両手なら問題にならないことを、片手でどう解決するか」という共通の課題に向き合っていることが分かります。優れた左手編曲には、単に音を間引くのではなく、原曲の音楽性を保ちながら身体的な制約を音楽的な必然性に変えていく工夫が詰まっています。

 

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本Webメディアの全記事への入り口となる総合ガイドです。入門・基礎知識、作品ライブラリー、楽曲別ガイド、技術・知識、作曲家シリーズ、参考文献・資料・レビューまで、目的別に記事をまとめています。

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