【ピアノ】左手作品に見る興味深い記譜法コレクション
► はじめに
左手作品の楽譜を読み進めるときの手がかりになったり、左手編曲を行う際のアイデア源になったりする、興味深い書法上の工夫をいくつか紹介いたします。今回取り上げるのは、通常の記譜のルールから少し外れた、あるいは独自の工夫が凝らされた例です。
► 左手作品の興味深い書法コレクション
‣ ① 演奏する手によってossiaを使い分けている例
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、93-100小節)

この編曲は、第一次世界大戦のさなかに出版されました。「Den Verwundeten(負傷者へ)」という献辞が添えられています。左右どちらの手でも演奏可能にする、という意図のもとで作られた編曲です。
譜例の一部にはossia(代替奏法)が記されていますが、一般的なossiaが難易度違いの2案を示すものであるのに対し、ここでは「r.H.(右手)」「l.H.(左手)」という表記を用い、演奏する手に応じてossiaの内容を切り替えている点が特徴的です。片手ピアノ用に編まれた作品ならではの発想と言えるでしょう。
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‣ ② アゴーギクを意識したと考えられる記譜上の工夫
ショパン=メアリー・ワーム「ノクターン 第2番 Op.9-2」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、5-6小節)

6小節目の赤で示した部分を見ると、一般的な記譜の原則とは異なる位置に音符が置かれていることに気づくと思います。通常の規則に従うなら、16分音符ひとつ分後ろにずらして書かれるはずの箇所です。
ここでは、赤で示したバスのC音からメロディのF音へアルペッジョする過程で、拍が自然に伸びることに注目してみましょう。いわばアゴーギクが生じることを見越して、そのわずかな時間的な伸びをあらかじめ記譜に反映させるように、メロディのF音の位置へ音符を寄せたのではないかとも考えられます。
もちろん、これは記譜から読み取れる一つの解釈にすぎません。しかし、演奏時に生じる時間的なニュアンスを想定したとも考えられる、興味深い書法です。
‣ ③ アルペッジョ+オクターヴ
フマガッリ「スタジオ・ダ・コンチェルト(ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》より) Op.18 No.1」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、32-33小節)
-Op.18-No.1」32-33小節.jpg)
33小節目の冒頭には、アルペッジョ記号と、カギ括弧状の記号によるオクターヴの同時打鍵の指示が併記されています。
通常、上向きのアルペッジョでは下の音から順に音が鳴っていきます。しかし、このように記号が組み合わされていることで、Fis音よりも3度下にあるD音のほうが後から鳴ることになり、通常とは異なる独特の響きが生まれます。
直前まではオクターヴによるメロディが続いているため、全体にアルペッジョをかけるのではなく、赤で示したオクターヴだけは同時に打鍵させたかったのでしょう。
このように、複数の記号を組み合わせることで、通常のアルペッジョとは異なる発音順を生み出している点も、興味深い書法の一例です。
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► 終わりに
今回紹介した例には、いずれも演奏効果や作品の性質を踏まえたうえで、一般的な記譜法にとらわれない工夫が施されているという共通点があります。
譜読みの際にこうした視点を持っておくと、単に音符を追うだけでは見えてこない、作曲者・編曲者の意図をより深く読み取る助けになるはずです。
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