【ピアノ】なぜ、ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」は春っぽく聴こえるのか
► はじめに
ブルーメンフェルドの「左手のための練習曲 Op.36」(作曲:1905年)は、左手独奏作品の中では比較的よく知られた上級用レパートリーです。高度な楽曲ではあるのですが、この作品を聴き終えたあとに残るのは、技術的な驚きよりもむしろ、あたたかく穏やかな余韻ではないでしょうか。
この曲について知人の音楽家と話題にしたとき、どちらからともなく「春っぽい」という言葉が出てきました。同じ印象を持つ音楽家がいるということは、単なる主観ではなく、曲そのものに何か根拠があるように思えます。そこで本記事では、この「春っぽさ」の正体を、理論と感覚の両面から探ってみたいと思います。
ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

► なぜ、春っぽさを感じるのか
‣ 理論面:最大の理由
この作品に「春」を感じる最大の理由は、直接の影響関係は確認できませんが、その締めくくりが、春をテーマにしたグリーグの名作ピアノ曲「抒情小品集 第3集 春に寄す op.43-6」(作曲:1886年)と共通している点にあります。
ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、90-94小節)

グリーグ「抒情小品集 第3集 春に寄す op.43-6」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、68-72小節)

段階的な構造の共通点
・消えるようにアルペジオが上がっていき、一旦一区切りとなる
・休符を挟む
・借用和音による印象的なアルペジオが現れる
・締めくくりに、上がっていくアルペジオが置かれている
この段階的な構造は、両曲で多くの共通点があると言っていいでしょう。
さらに、借用和音による印象的なアルペジオの部分は、和声の面でも似通っています。以下、分析しやすいようにC-durに移調した楽譜をご覧ください。
ブルーメンフェルド「左手のための練習曲 Op.36」
譜例(90-94小節 C-durに移調したもの)

グリーグ「抒情小品集 第3集 春に寄す op.43-6」
譜例(68-72小節 C-durに移調したもの)

どちらの例も、教会音楽でよく用いられる「(Ⅰ) → Ⅳ → Ⅰ」の穏やかな終止(アーメン終止)を基本とした進行ですが、途中で和声を2種類使い分けて色合いを変えることで、独特の彩りが生まれています:
・ブルーメンフェルドの92-93小節の和声:Fm7 → 93小節3-4拍目 Fm6
・グリーグの71小節目の和声:1-2拍目 F7 → 3-4拍目 Fm7
細部には違いがあるものの、「Fm7(同主短調からの借用和音)→ C(主調の主和音)」という骨格はまったく同じだと分かります。この和声的な一致まで重なることで、両曲の関連性はより強く印象づけられるのではないでしょうか。
‣ 感覚面:春っぽさを考えてみる
ここからは、感覚的な側面に目を向けてみます。
音楽では、音そのものが特定の情景と結びつくことがしばしばあります。例えば、次のような例が挙げられるでしょう:
・ホルンの音は「山」「昼間」「郵便ラッパ」などを連想させる
・フルートのトリルは小鳥のさえずりを思わせる
・こだま(ディレイ)のかかったピアノの音は、水の中にいるような感覚を呼び起こす
・和風の曲想でのハープの音は、箏の響きを連想させる
これらは、いわば定番の組み合わせとさえ言えるかも知れません。
同じように、ピアノという楽器で「春っぽさ」を感じさせる要素には、次のようなものがあると考えられます:
・高い音の「キラキラ感」
・下から上へ「フワッと上がる」動き
・「流れるような」伴奏
・小鳥のさえずりのような「装飾音」
・カチッとしすぎない「ゆったりとした間」
これらは春を主題にしていない作品にも見られる要素ですが、聴き手の中で「春を連想させやすい音」として働く可能性が高いものです。そして、ブルーメンフェルドのOp.36には、こうした要素が一つ残らず、しかも繰り返し登場します。
高い音の「キラキラ感」
ピアノの右側の鍵盤、つまり高い音がたくさん使われる箇所では、それだけで春の日差しのような明るさを感じさせます。冬の重々しさを表すような低い音の連続とは対照的に、空気が澄んでいるような高音の響きが主役となるのです。特に曲の締めくくりにもこの要素が現れるため、聴き終えたあとの余韻でイメージがさらに膨らんでいくのではないでしょうか。
下から上へ「フワッと上がる」動き
メロディが低いところから高いところへ向かう動きが多いのも、この曲の特徴です。これは、地面から植物の芽が出る様子、あるいは人がふと上を向いて桜を見上げる仕草のような、「生命の始まり」や「前向きな気持ち」を自然と連想させます。この要素もまた、曲の締めくくりに現れるため、余韻の中でイメージが広がっていくことでしょう。最終小節に「senza rall.(テンポを遅くせずに)」とまで書かれているので、前向きに風が吹き抜けるような印象を受けます。
「流れるような」伴奏
波打つように滑らかに弾かれる部分が、この曲の大半を占めています。これが、心地よく吹き抜ける春の風を思わせます。ここでも、曲の締めくくりにこの要素が顔を出すため、聴き終えた後にイメージが広がっていくという構造になっていることに着目してみましょう。
小鳥のさえずりのような「装飾音」
メインのメロディに、小さな音が素早くくっつく箇所——装飾音やトリル——があります。これがそのまま、春を喜んで鳴く小鳥の声や、風にヒラヒラと舞う蝶や花びらのように聴こえるため、春を連想させる要素として受け取ることができます。装飾音の拡大的発展と言える「カデンツァ」や「カデンツァ風の細かな音価のパッセージ」が何度も出てくるのも特徴の一つです。
カチッとしすぎない「ゆったりとした間」
常に一定のペースで進むのではなく、少し立ち止まって花を眺めたり、深呼吸したりするような「テンポの揺らぎ」が随所に見られます。このリラックスしたペースこそが、春のポカポカとした陽気や、心の余裕を表しているのでしょう。この要素も、曲の締めくくりに再び現れ、聴き終えた後の余韻を豊かなものにしています。このような要素があるからこそ、中間部の劇的な表現との対比も強くなっています。
► 特に春っぽく演奏している名演
この作品は、情感を込めてじっくり弾き込む解釈と、あっさりと軽やかに聴かせる解釈とに大きく分かれる曲ですが、レオン・フライシャーの演奏は後者の印象を受けます。さらりと通り過ぎていくような運びが印象的で、聴いていると、まるで春風が窓辺を通り抜けていくかのような爽やかさを覚えます。本記事で触れてきた「春っぽさ」が、演奏という形でも自然に表れている一枚だと言えるでしょう。
フライシャーの演奏については、以下のレビュー記事で詳しく取り上げています。
【ピアノ】レオン・フライシャー「左手のためのピアノ協奏曲集・ピアノ作品集」レビュー:左手作品の名盤
► 終わりに
ブルーメンフェルドのOp.36は、「練習曲」という控えめな名前とは裏腹に、音楽としての完成度も見逃せない作品です。本記事で見てきたように、グリーグ「春に寄す」との構造的・和声的な共通点に加え、高音域の響きや上昇アルペジオ、装飾音、ゆったりとした呼吸感といった要素が重なり合うことで、聴き手の中に自然と「春」のイメージが立ち上がってくるのだと考えられます。
豊かな響きを持つこの作品を、春という季節を思い浮かべながら聴いてみてください。これまでとは少し違った表情が見えてくるはずです。
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