【ピアノ】なぜ、ゴドフスキーは左手のピアニストにならなかったのか
► はじめに
レオポルド・ゴドフスキー(Leopold Godowsky, 1870–1938)ほど、左手のためのピアノ音楽を追求した作曲家・ピアニストはいないでしょう。53曲の「ショパンのエチュードによる練習曲」のうち、22曲は左手だけのために書かれています。さらに1920年代後半には、左手作品の中でも高難度とされる編曲「宝石のワルツの主題による交響的変容」や、「左手のための組曲」「左手のための6つのワルツポエム」などの左手のためのオリジナル作品も次々と生み出しました。
そのため、ゴドフスキーは「左手の使徒(Apostle of the Left Hand)」と呼ばれるようになります。ところが、ここには一つの興味深い逆説がありました。これほど左手のための音楽を書いた本人が、右手に麻痺を負った後、「左手のピアニスト」として演奏活動を続けることはなかったのです。
1930年、ロンドンでの録音中に右手の麻痺を発症し、公開演奏から退くことになります。しかも、これは彼の左手作品が再び活発に生み出された時期と、ほとんど重なっていました。では、なぜゴドフスキーは左手だけで演奏する道を選ばなかったのか。その背景を探ってみたいと思います。
► なぜ、ゴドフスキーは左手のピアニストにならなかったのか
‣ ゴドフスキーは「左手のための音楽」を多く書いた
ゴドフスキーの左手作品を考えるうえで、まず押さえておきたいのは、彼の左手音楽が「右手の代用品」として生まれたものではないという点です。
ゴドフスキーは1890年代からショパンのエチュードを独自に再構成し、その一部を左手だけで演奏できるようにしました。その数は22曲にのぼります。
しかも、これらは単純に右手の音を左手へ移しただけの編曲ではありません。ショパンの音楽を別の手に移すことによって、和声、リズム、テクスチュア、場合によってはメロディまでを再構築しました。ゴドフスキーが目指していたのは、「左手だけで、どこまでピアノ音楽を成立させられるのか」という問いだったと考えられます。
THE GODOWSKY COLLECTIONの序論エッセイでミラン・サチャニアは、ゴドフスキーが「練習曲」を、左手への要求によってピアノ音楽に新しい時代を開くものと考えていたことを紹介しています。そのうえで、ゴドフスキー自身は次のように問いかけています。
※以下は原文からの筆者訳
通常は両手で同時に行われている作業を左手だけに割り当てることが可能であるならば、この到達点が両手にまで拡張された場合、将来の作曲家たちにどのような展望が開かれるだろう!
つまり、ゴドフスキーにとって左手は、右手を失ったときの「代替手段」ではありませんでした。左手そのものが、一つの独立したピアノ表現の可能性だったのです。
‣ それでも、ゴドフスキー自身は「左手のピアニスト」ではなかった
ここが、この問題を考えるうえで最も重要なところです。ゴドフスキーは左手作品の作編曲家として突出していましたが、演奏家としての活動の中心は、両手によるピアノ演奏でした。左手作品を多く書いたことと、左手だけで演奏するピアニストとして生きることは、同じではありません。
ゴドフスキーは左手を「右手の代わり」にしようとしたのではなく、左手だけで二手のピアノ音楽に匹敵する豊かな表現を実現しようとしたと見ることができます。単に広いアルペジオで音の網を作るような書法に満足していませんでした。彼が目指したのは、左手だけに「現代のピアノ音楽にふさわしい」技術的・音楽的課題を担わせることでした。
‣ 1920年代後半、ゴドフスキーは再び左手作品を書き始めた
そして、この問題をさらに興味深くするのが、1928~1930年という時期です。
ゴドフスキーはこの時期、左手のための作品を集中的に生み出しています。「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」、「左手のための組曲」、「左手のための6つのワルツポエム」、さらに「エチュード・マカーブル」、「左手のための悲歌」、「左手のための瞑想曲」などが書かれました。
この時期は彼の演奏家としての活動がまだ続いていた時期でもありました。
‣ 1930年、突然の右手の麻痺
転機となったのは1930年でした。ゴドフスキーは1928年からロンドンで録音を進めていました。ところが、1930年6月17日の録音セッション中、ショパンを録音した直後に脳卒中を起こしたとされています。これによって部分的な麻痺が残りました。
これは、ゴドフスキーの人生にとって極めて皮肉な出来事だったと言えるでしょう。「左手の使徒」と呼ばれるほど左手音楽を追求した人物が、脳卒中によって右手などに麻痺を負い、公開演奏から退くことになったのです。
しかも、ゴドフスキーにとってこの時期は、単純な「晩年」ではありませんでした。1929年の世界恐慌によって経済的にも大きな打撃を受けており、録音活動や演奏会は、その損失を取り戻すためにも重要な意味を持っていました。ところが、まさにその演奏活動の最中に病に倒れたのです。非常に厳しい流れが、この時期に重なっていたことになります。
‣「では、左手だけで弾けばいいのでは?」という疑問
ここで、冒頭の疑問に戻りたいと思います。ゴドフスキーは左手作品を大量に書いていました。しかも、その作品はすでに存在しています。だったら、「右手が麻痺したなら、左手だけで演奏会をすればいいのでは」と考えるのは自然なことでしょう。
しかし、残された資料からは、ゴドフスキーが「左手のピアニストとして再出発する」という方向へ進もうとした形跡は確認できません。むしろ、脳卒中によって公開演奏を続けることそのものが困難になり、その後は演奏活動の第一線から退いていきました。
ここで注意したいのは、「左手だけで弾けなかったから引退した」と単純化することはできないという点です。脳卒中による障がいは、単に右手の一部分が使えなくなるという問題ではありません。また、ピアノの演奏は手だけで成立するものでもないでしょう。身体全体の協調、ペダル操作、姿勢、音楽的な反応、長時間にわたる集中力など、演奏会を成立させるためには様々な要素が必要になります。
したがって、「右手が使えなくなったなら左手で弾けばいい」という考え方だけでは、ゴドフスキーが置かれた状況を説明しきれないのではないでしょうか。
‣「左手の使徒」は、なぜ左手のピアニストにならなかったのか
結局のところ、現在確認できる資料だけから、「ゴドフスキーは○○という理由で左手ピアニストになることをしなかった」と断定することはできません。しかし、彼の作品と人生を並べてみると、一つの見方が浮かび上がってきます。
ゴドフスキーにとって、左手音楽は「右手が使えなくなったときに使うための音楽」というわけではなかったのではないでしょうか。彼が左手作品で追求したのは、一つの手だけで、ピアノという楽器にどこまで豊かな音楽を作り出せるのかという問題でした。
だからこそ、左手のための「ショパンのエチュードによる練習曲」は、単なる編曲ではなく、ショパンの音楽を別の視点から再構築する作品になりました。そして後期のオリジナル作品では、さらにその可能性を押し広げていきます。
左手は「代替手段」ではなく、一つの芸術的可能性だった。このように考えると、ゴドフスキーが右手の麻痺後に左手ピアニストへ転身しなかったことも、必ずしも彼の左手音楽と矛盾しないように思えます。むしろ、彼の左手作品が障がいを補うための音楽ではなく、ピアノ表現そのものを拡張するための芸術だったことを、逆説的に考えさせてくれる出来事だったのかもしれません。
※ここで注意したいのは、1930年の麻痺発症後にゴドフスキーが新たに左手作品を書き始めた、と考えるのは適切ではないという点です。1930年以降に出版された作品の中にも左手作品がありますが、出版年と作曲年は必ずしも一致しません。
► 終わりに
ゴドフスキーの生涯には、いくつもの皮肉が重なっています。左手の可能性を誰よりも追求した人物が、右手の障がいによって公開演奏から退いたこと。経済的な苦境から演奏活動によって立て直そうとしていた時期に、その演奏活動自体を失ったこと。そして、「左手の使徒」と呼ばれた人物が、最後には左手だけのピアニストとして舞台に立つことがなかったこと。
しかし、だからこそゴドフスキーの左手作品は、単なる「片手で弾くための曲」として見るだけでは、その本質を捉えきれないのかもしれません。彼が残した左手音楽は、「片手でもピアノが弾ける」ということを証明しただけではないのです。「一つの手だけでも、ピアノ音楽そのものを再構築できる」ということを、作品を通じて示してみせました。
そしてその可能性は、ゴドフスキー自身が舞台から去った後も、作品の中に今なお残り続けています。
ゴドフスキー関連記事:
・【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群
・【ピアノ】ゴドフスキー左手オリジナル作品入門:最初に挑戦したいおすすめ3曲
参考文献・参考資料
・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・THE GODOWSKY COLLECTION, Vol.3 Vol.4 / Carl Fischer 序論エッセイ
・ニューグローブ音楽大事典「Godowsky, Leopold」
・Godowsky.com「Leopold Godowsky」
併読推奨記事
・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー
► 関連コンテンツ
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら


コメント