【ピアノ】左手音楽から読み解くオタカール・ホルマン

【ピアノ】左手音楽から読み解くオタカール・ホルマン

► はじめに

 

ヤナーチェクやマルティヌー、シュールホフらに左手のための作品を書かせ、そのレパートリーの拡大に大きく貢献した人物として、チェコのピアニスト、オタカール・ホルマン(Otakar Hollmann, 1894-1967)の名前が挙げられます。パウル・ヴィトゲンシュタインと並んで、20世紀前半の左手ピアノ・レパートリーの拡大に大きく貢献した人物でありながら、一般的にはその知名度は決して高いとは言えません。

本記事では、そんなホルマンの生涯を辿ります。

 

► 左手音楽から読み解くオタカール・ホルマン

‣ ヴァイオリニストとしての出発、戦争による負傷

 

ホルマンは1894年1月29日、ウィーンに生まれました。幼い頃からヴァイオリンの手ほどきを受けており、当時ウィーンで名の知れた指導者だったK.バウムガルテンに師事していたといいます。1913年には中等教育を修了しましたが、その直後に第一次世界大戦が勃発し、召集されることになりました。

従軍中、ホルマンは銃弾によって右手のひらを撃ち抜かれるという重傷を負いました。右手の中手骨を損傷したことで、ヴィトゲンシュタインのように右腕を完全に失ったわけではなかったものの、ヴァイオリニストとして活動を続けることは不可能になってしまいました。

 

‣ ピアノへの転向

 

ヴァイオリンを諦めざるを得なくなったホルマンが選んだのが、ピアノでした。

戦後プラハに移り住み、1924年までアドルフ・ミカシュのもとで左手ピアノの技術を学びました。一方、1922年から1926年にかけては銀行員として働き、生計を立てながら音楽の勉強を続けていたといいます。さらに1925年から1926年にかけては、作曲家ヴィーチェスラフ・ノヴァークのもとで作曲の勉強にも取り組んでいます。

左手のピアニストとしての本格的なデビューは1927年のことでした。以降、ヨーロッパ各国で演奏活動を展開し、ヴィトゲンシュタインに次ぐ左手レパートリーの拡大を担う重要なピアニストとして、存在感を示していきました。

 

‣ 作曲家たちへの委嘱:粘り強い交渉の末に

 

ホルマンの功績は、多くの作曲家に左手のための新作を委嘱し、実現させていったことにあります。

特によく知られているのが、ヤナーチェクとのやり取りです。1926年6月11日、ホルマンはヤナーチェクに左手のための作品を依頼する手紙を送りましたが、最初の面会でヤナーチェクは、「片足しかないのに、なぜ踊りたがるのか」と述べ、依頼を断ったといいます。これはホルマン自身が両足を失っていたという意味ではなく、左手だけでピアノを弾くことを「片足で踊ること」にたとえた言葉でした。

ところがヤナーチェクは後に考えを変え、ホルマンに知らせないまま左手のための作品を書き進めていました。ホルマンは新聞報道でその存在を知り、改めてヤナーチェクに連絡を取っています。それでもヤナーチェクは献呈も初演権も与えず、「初演の権利を渡すことはできない」と告げたといいます。それでもホルマンは交渉を重ね、1928年3月2日、プラハでこの「左手ピアノと管楽アンサンブルのためのカプリッチョ」(譜例1)の初演を実現させました。

譜例1(PD楽曲、浄書ソフトで作成、カプリッチョ より 第1曲 1-4小節)

ヤナーチェク「左手ピアノと管楽アンサンブルのためのカプリッチョ より 第1曲」1-4小節

このほか、マルティヌーの「左手ピアノと小管弦楽のためのコンチェルティーノ(ディヴェルティメント)ト長調 H.173」やシュールホフの「左手のための組曲 第3番」(譜例2)などもホルマンと結びつきの深い作品として知られています。さらに、トマーシェク、フェルステル、カプラール、ラーイチッチ、リートキー、バルトフスキー、イェルマーシュ、シュチャストニー、ブルクハウザーらの作品も、ホルマンのレパートリーを形作りました。

ホルマンという一人の演奏家をきっかけに、チェコの近代左手音楽のレパートリーが大きく花開いていったことがうかがえます。

譜例2(PD楽曲、浄書ソフトで作成、左手のための組曲 第3番 より 第1曲 1-3小節)

シュールホフ「組曲 第3番 より 前奏曲」1-3小節

なかでもヤロスラフ・トマーシェク(1896-1970)の「左手のためのソナタ Op.7」には、少し胸を打たれるような背景があります。この作品は、ホルマンのために書かれた点では他の委嘱作と同じですが、実はホルマンの最初の妻を追悼する目的でも作曲されていました。

全2楽章からなり、第1楽章「Maestoso lugubre(荘重に、悲痛に)」を経て、続く第2楽章「Allegro appassionato」の最後は希望が見えるかのような長和音の強打で締めくくられる構成になっています。技巧面・体力面の両方で演奏者に大きな負担を求める作品で、ホルマン自身の演奏記録でも20分弱の演奏時間です。負傷という身体的な喪失だけでなく、伴侶を失うという個人的な悲しみまでもが、ホルマンをめぐる左手作品の背景には存在していたことになるでしょう。

また、ヨゼフ・ボフスラフ・フェルステル(1859-1951)がホルマンのために書いた「ノットゥルノとファンタスティコ Op.142」(譜例3)も、ホルマンをめぐる左手レパートリーの重要な一作です。1930年に作曲された、「Notturno」と「Fantastico」という性格の異なる2曲からなる、演奏時間9分ほどの小品集で、楽譜の献辞には「Otakaru Hollmannovi(オタカール・ホルマンへ)」の文字が刻まれています。1945年にプラハの出版社から刊行された楽譜には、「左手のための2つの小品」という副題も添えられていました。

譜例3(PD楽曲、浄書ソフトで作成、ノットゥルノ 1-4小節)

フェルステル「ノットゥルノ」1-4小節

一人のピアニストをめぐって、さまざまな作曲家が作品を書き残していった、その積み重ねこそが、今日聴くことのできるチェコの左手音楽の豊かさを支えていると言えるでしょう。

ホルマンは1955年頃に演奏活動から退いたとされています。1967年5月9日、プラハでその生涯を閉じました。

 

‣ ホルマン自身は作曲・編曲を行っていたのか

 

ホルマンについては「作曲家としての顔も持っていた」と紹介されることがあります。実際、1915年には「Five Piano Pieces」と題した自作のピアノ小品集を発表していますが、これは彼が戦争で負傷し左手ピアノへ転向する以前の出版です。少なくとも、左手のための作品を自ら作曲・編曲したという明確な記録は見当たりませんでした。

ホルマンの功績は、あくまで演奏家・委嘱者として同時代の作曲家たちを動かし、左手のレパートリーを豊かにしていった点にあると言えるでしょう。

 

► 音源で聴く、ホルマン自身の演奏

 

ここまで見てきた作品を、ホルマン自身がどのように演奏していたのか。その貴重な記録を、現在でも録音から聴くことができます。

以下の録音では、ホルマン自身の演奏で、本記事でも取り上げたヤナーチェクとトマーシェクの作品が収録されています。録音状態には年代相応の制約がありますが、ホルマン自身による演奏を現在聴くことができる、非常に貴重な音源と言えるでしょう。

 

Works for Piano Left Hand LEOŠ JANÁČEK JAROSLAV TOMÁŠEK / OTAKAR HOLLMANN

 

► 終わりに

 

戦争によってヴァイオリニストとしての道を断たれたホルマンは、その後ピアノへ転向し、左手のピアニストとして新たな活動を築きました。そして彼の歩みは、単に一人の演奏家が演奏活動を続けたというだけではありません。ヤナーチェクをはじめとする同時代の作曲家たちとの関わりを通じて、多くの左手作品を世に残すことにつながりました。

ホルマンの名が今日広く知られているとは言えないとしても、彼をめぐって生まれた作品の数々は、20世紀の左手音楽を語るうえで欠かすことのできないレパートリーです。

 

参考文献:

・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.

 

参考資料・ウェブ資料

・「Masterpieces for Piano Left Hand Vol.2: Dedicated to Otakar Hollmann」liner notes
・Boston Public Library Blog「Paul Wittgenstein and Music for Piano One Hand」
・Piano Music for the Left Hand Alone(left-hand-brofeldt.dk)

 

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【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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