【ピアノ】左手作品から読み解くテオドール・デーラー:ツェルニーの弟子が遺した2つの片手作品
► はじめに
テオドール・デーラー(Theodor Döhler, 1814–1856)という名前は、左手ピアノ音楽の文脈ではほとんど語られることがありません。しかしこのオーストリア系ピアニストが左手のために書いた2曲には、この分野の歴史を読み解くうえで注目すべき側面があります。
デーラーはツェルニーの弟子でした。そしてそのツェルニー自身も左手のためのピアノ作品を残しています。師弟の間で左手という主題が共有されていたかどうかは資料から確認できませんが、ツェルニーの系譜に連なる演奏家が左手作品を書いたという事実は、19世紀前半における左手ピアノ音楽の広がりを示す一つの手がかりとなっています。
► 左手作品から読み解くデーラー
‣ デーラーという人物
1814年4月20日、ナポリに生まれたデーラーは、オーストリアのユダヤ系ピアニスト・作曲家です。1825年以降ナポリでベネディクトに師事した後、1829年頃ウィーンへ渡り、ピアノをツェルニーに、作曲をゼヒターに学びました。
1836年に演奏旅行を本格化させたデーラーは、パリ、ドイツ、オランダを経てサンクトペテルブルクへと向かいました。パリでは最初、タールベルクほどの注目を集めなかったと記録されていますが、1838年4月13日のパリ音楽院での演奏会が評価の転機となります。その後1843年から45年にかけてのサンクトペテルブルク滞在が、演奏家としての成熟期でした。
パトロンであるルッカ公の後ろ盾で貴族に列せられ、1846年にはロシア皇女チェルメテーフと結婚。その後は公の演奏活動から退き、1848年以降はフィレンツェに定住しました。1856年2月21日、フィレンツェで没。42歳という短い生涯でした。作品としては、主としてピアノ曲が残されています。
‣ ツェルニーとの師弟関係が持つ意味
ツェルニー自身も左手のためのピアノ作品を作曲しました。その弟子であるデーラーもまた左手作品を残したという事実は、19世紀ウィーンにおけるピアノ教育の系譜の中で左手作品が作曲の対象となっていたことを示しています。一部の資料では、デーラーの左手作品の出版はツェルニー作品よりも早かったとされています。師から弟子へと何かが受け継がれたのか、それとも独立した偶然の一致なのかは確認できませんが、この師弟関係は記憶に留める価値があるでしょう。
‣ 左手作品2曲を読む
· ① 12の演奏会用練習曲 Op.30 より 第7番(前半部分は左手のみ)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

12 Études de concert, Op.30 No.7
出版:1839年
演奏時間:左手独奏部分の演奏時間は約2分、両手部分を含む全体では約2分50秒
「12の演奏会用練習曲」全体の中で、1-23小節が左手のみのために書かれています(24小節目以降は両手演奏)。楽譜の冒頭に「Mano destra tacet.(右手は演奏しない)」と明記されており、片手演奏であることが最初から宣言されています。
11小節にわたるカデンツァ風の自由な序奏で始まり、その後、オクターブを主体とした主な部分に入ります。24小節目からは両手演奏になりますが、左手だけでも音楽として一定の完結性を感じさせる構成になっており、右手はここで32分音符による装飾的なスケールを担当するため、「3手的な書法(あたかも3本目の手が加わったかのような音遣い)」になっているのが特徴と言えるでしょう。
· ② 演奏会用練習曲 変ホ長調 Op.42 No.33(左手のみ)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

Etude de Concert pour la main gauche, Op.42, No.33
出版:マインツ、Schott(出版年不詳)
演奏時間:約3分40秒
曲は大きく前半と後半の2つに分かれます。前半は、3連符によるゆらぎのある2声の伴奏の上で、親指がメロディを奏でる書き方で、後半(20小節目以降)になると、幅広い音域を上下する16分音符の単音アルペジオがメロディを包み込む構造に変わります。
後半の入り口では、pp で低音にトリルが現れ、ペダルを踏んだまま持続させる指示があり、そこから生まれる地響きのような不穏な響きは、この曲の中でも特に印象的な場面の一つでしょう。このトリルは終盤にも登場し、その後、アルペジオが遠ざかるように消えていくエンディングへとつながります。
► 終わりに
デーラーの2曲は、音楽史上の大きな発見というよりは、19世紀前半の左手ピアノ音楽の広がりをひっそりと支えていた作品です。タールベルクと比較されたヴィルトゥオーゾが、演奏会用練習曲の中に左手のみのための曲を含めていたこと、そしてその師であるツェルニーも同じ方向に筆を向けていたこと——これらは偶然かもしれませんが、左手ピアノ音楽が一部の例外的な発想ではなく、19世紀の演奏文化の中に自然に根を下ろしていたことを示す一つの手がかりとなっています。
参考文献:
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・ニューグローブ音楽大事典「Döhler, Theodor」の項
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・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー
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