【ピアノ】スミス&セリック夫妻の3手デュオ「Concertos for Phyllis and Cyril」レビュー
► はじめに
シリル・スミスとフィリス・セリックは、夫婦デュオとして高い人気を誇りながら、シリルの左腕麻痺という試練を乗り越え、「3手」という独自の演奏スタイルを築き上げていきました。その歩みについては、以前の記事 【ピアノ】片手音楽から読み解くシリル・スミス:左腕の自由を失ったピアニストが拓いた「3手」の音楽 で詳しく紹介しています。
今回紹介するのは、シリル・スミスとフィリス・セリック夫妻のために書かれた作品や、夫妻の3手演奏に対応した形で演奏された作品を収めた、貴重なLPです。「Concertos for Phyllis and Cyril」というタイトルで発売されており、マルコム・アーノルド(Malcolm Arnold)、アーサー・ブリス(Arthur Bliss)、ゴードン・ジェイコブ(Gordon Jacob)という、シリル・スミスの3手レパートリーを語るうえで欠かせない3人の作品が収められています。
なお、このLPに収録された3曲を、同じ録音・同じ組み合わせでまとめてCD化した盤は、現時点では確認できていません。この3曲を一枚で聴くには、現在のところLP版を探すのが最も確実です。
演奏:Cyril Smith & Phyllis Sellick(指揮:Malcolm Arnold、City of Birmingham Symphony Orchestra)
リリース年:1970年
レーベル:EMI(ASD 2612)
総収録時間:約48分20秒
録音:デ・モントフォート・ホール(レスター)
Concertos for Phyllis and Cyril
► 演奏者 スミス&セリック夫妻について
シリル・スミス(1909-1974)は、イギリスを代表するピアニストの一人として活躍していましたが、1956年のソ連公演中に血栓症を発症し、左腕の自由を失ってしまいました。しかし彼は、独奏者としての道に切り替えるのではなく、妻フィリス・セリックとの共演を続けるという選択をしています。
そのために選んだのが「3手」という編成でした。スミスが右手のみ、セリックが両手を担当し、二人で計3本の手を使ってピアノを演奏する、というスタイルです。この形態のために、マルコム・アーノルド、アーサー・ブリス、ゴードン・ジェイコブ、ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ(このLPには未収録)といった作曲家たちが作品を提供し、夫妻はコンサートやレコーディングを通じてこれらのレパートリーを広めていきました。今回取り上げるLPも、その成果の一つと言えるものです。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| 面 | 曲 | 作曲家 |
|---|---|---|
| A1 | Concerto for Phyllis and Cyril, Op.104 – 1st Movement: Allegro Moderato | Malcolm Arnold |
| A2 | 同 – 2nd Movement: Andante con Moto | Malcolm Arnold |
| A3 | 同 – 3rd Movement: Allegro | Malcolm Arnold |
| A4 | Concerto for Two Pianos – Allegro Giusto / Larghetto Tranquillo / Allegro | Arthur Bliss |
| B1 | Concerto for Three Hands on One or Two Pianos – 1st Movement: Maestoso | Gordon Jacob |
| B2 | 同 – 2nd Movement: Nocturne (Molto Adagio) | Gordon Jacob |
| B3 | 同 – 3rd Movement: Intermezzo (Allegretto a la Menuetto) | Gordon Jacob |
| B4 | 同 – 4th Movement: Tarantella (Presto) | Gordon Jacob |
演奏はシリル・スミス&フィリス・セリック、指揮はマルコム・アーノルド自身、オーケストラはバーミンガム市交響楽団が担当しています。
‣ アルバムの特徴
ジャケットのクレジットによれば、録音はレスターのデ・モントフォート・ホールで行われ、プロデューサーはブライアン・カルバーハウスが務めています。1970年にリリースされました。
ジャケット裏面には、作曲家であるアーノルド、ブリス、ジェイコブそれぞれの直筆と思われるサインや、曲について語ったコメントが掲載されているのも大きな特徴です。アーノルドは「フィリスとシリルへ、愛情と敬意を込めて」という献辞について手短に触れ、ブリスは自作の3手版への改訂経緯を語り、ジェイコブは作品の詳細と夫妻への献辞に込めた思いを記しています。こうした肉筆の資料は、仮に音源のみがCD化された場合には必ずしも再現されないため、ジャケットそのものにも独自の価値があると言えるでしょう。
このLPが単なる「珍しい盤」に留まらない理由は、シリル・スミスの左腕麻痺後の活動を代表する、3人の作曲家による3手作品を、同じ演奏者による録音で一度にまとめて聴ける点にあります。特にジェイコブの作品は、この演奏による録音を今聴ける機会は限られており、こういった点だけでも資料的な価値は高いと言えるでしょう。
‣ 演奏の印象
3手という編成でありながら、この演奏には重厚さだけでなく軽やかさの表現も備わっており、特にアーノルド作品の持つ雰囲気がよく引き出されています。楽譜上は3本の手による演奏ですが、聴いていると4手で演奏しているかのような厚みのある響きが生まれており、夫妻の高度なアンサンブル技術が感じられました。
こうした演奏を、シリルとフィリスがたどってきた背景を思い浮かべながら聴くと、伝わってくるものがあります。困難を経てもなお、妻とともに演奏を続けるという選択をし、そのために作曲家たちと新たなレパートリーを築き上げていった歩みそのものが、この録音の底に流れているように感じられるからです。
► 終わりに
「Concertos for Phyllis and Cyril」は、シリル・スミスとフィリス・セリックが3手というスタイルを通じて築き上げたレパートリーを、実際の録音でまとめて聴くことのできる貴重な資料です。
とりわけ、スミスの左腕麻痺後の活動や、夫妻のために生み出された3手レパートリーに関心がある人にとっては、単なるコレクターズアイテムではなく、左手音楽の歴史を知るための音源資料としても興味深い一枚と言えるでしょう。
現在は中古市場でのみ流通しており、入手しづらい状況が続いています。ただしAmazonにも該当盤のページ自体は存在しているため、タイミングによっては中古在庫が出品されることもあるかもしれません。
Concertos for Phyllis and Cyril
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