【ピアノ】ラウル・ソーザ「An Anthology for the Left Hand」レビュー
► はじめに
左手のためのピアノ作品を集めた録音は決して多くありません。その中でもラウル・ソーザ(Raoul Sosa)が1997年に発表した「An Anthology for the Left Hand」は、J.S.バッハから20世紀の作品まで、幅広い時代の左手レパートリーを収めた2枚組のアルバムです。
本記事では、このアルバムの収録内容と演奏の印象を中心に紹介します。
演奏:ラウル・ソーザ(Raoul Sosa)
リリース年:1997年
レーベル:Analekta-Fleur de Lys(輸入盤)
総収録時間:約2時間17分42秒(CD1:約73分34秒/CD2:約64分8秒)
録音:1992年・1994年・1995年、Chapelle Historique du Bon-Pasteur(モントリオール)にて収録
Raoul Sosa: An Anthology for the Left Hand
► 演奏者 ラウル・ソーザについて
ラウル・ソーザはアルゼンチン生まれ、カナダを拠点に活動したピアニストです。もともとは両手の奏者として国際的なキャリアを築いていましたが、1980年に右手を負傷したことをきっかけに、左手のみで演奏する道へと進むことになりました。以後は、既存の左手作品を演奏するだけでなく、自ら左手のための作品を作曲・編曲しながら、演奏家としての活動を続けていったという経歴の持ち主です。
本作の収録曲の中にも、約30分に及ぶソーザ自身の編曲作品が含まれており、演奏家と編曲者、両方の顔を確認できる内容になっています。
ソーザ自身の経歴や、彼が左手のために作曲・編曲した作品の詳細については、【ピアノ】左手作品から読み解くラウル・ソーザ:右手の負傷が開いた、もう一つのキャリア にまとめているので、あわせてご覧ください。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| Disc | No. | 作曲者 | 曲名 | 演奏時間 |
|---|---|---|---|---|
| CD1 | 1 | J.S. Bach | Chaconne in D minor, BWV1004(Arr:Brahms) | 12:39 |
| CD1 | 2 | J.S. Bach | Chromatic Fantasy and Fugue in D minor, BWV903(Arr:Sosa) | 12:26 |
| CD1 | 3 | Chopin | Étude Op. 10 No.3(Arr:Godowsky) | 5:28 |
| CD1 | 4 | Chopin | Étude Op. 10 No.4(Arr:Godowsky) | 2:23 |
| CD1 | 5 | Chopin | Étude Op. 10 No.5(Arr:Godowsky) | 2:45 |
| CD1 | 6 | Chopin | Étude Op. 10 No.6(Arr:Godowsky) | 4:09 |
| CD1 | 7 | Chopin | Étude Op. 10 No.7(Arr:Godowsky) | 2:31 |
| CD1 | 8 | Chopin | Étude Op. 10 No.12(Arr:Godowsky) | 3:14 |
| CD1 | 9 | Chopin | Étude Op. 25 No.1(Arr:Godowsky) | 3:06 |
| CD1 | 10 | Chopin | Étude Op. 25 No.10(Arr:Godowsky) | 4:36 |
| CD1 | 11 | Chopin | Étude Op. post. No.3(Arr:Godowsky) | 2:45 |
| CD1 | 12 | Chopin | Étude Op. 25 No.12(Arr:Godowsky) | 3:29 |
| CD1 | 13 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.1 | 1:31 |
| CD1 | 14 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.2 | 2:13 |
| CD1 | 15 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.4 | 2:44 |
| CD1 | 16 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.9 | 1:34 |
| CD1 | 17 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.11 | 3:52 |
| CD1 | 18 | Moszkowski | Étude Op. 92 No.12 | 2:09 |
| CD2 | 1-6 | Saint-Saëns | Six Études Op.135 | 13:31 |
| CD2 | 7 | Scriabin | Prelude Op.9-1 | 2:42 |
| CD2 | 8 | Scriabin | Nocturne Op.9-2 | 4:56 |
| CD2 | 9-11 | Lipatti | Sonatine pour piano | 8:52 |
| CD2 | 12 | Tisné | Lac | 11:08 |
| CD2 | 13 | Brenet | Océanides | 5:52 |
| CD2 | 14 | Ravel | La Valse(Arr:Sosa) | 17:07 |
‣ アルバムの特徴
2枚組という構成の中に、J.S.バッハから20世紀の作曲家まで幅広い時代の作品が並べられており、選曲だけを見ても、非常に充実した内容となっています。
中でも特に目を引くのは、バッハ/ソーザ編「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」と、ラヴェル/ソーザ編「ラ・ヴァルス」の2曲でしょう。いずれもソーザ自身が左手用に編曲した大作です。原曲の持つスケール感を左手だけでどこまで再現できるか、その挑戦の跡をたどれる点が魅力と言えます。
また、Antoine Tisné「Lac」やThérèse Brenet「Océanides」のような、一般的なピアノ・レパートリーでは耳にする機会の少ない作品が収められているのも本作の見どころです。左手のためのレパートリーがどれほど広がりを持っているかを実感させてくれる選曲になっていると感じました。
‣ 演奏の印象
全体を通して聴くと、テンポ設定の演出に特徴があるように思います。
一点目は、バッハ=ブラームス「シャコンヌ」についてです。この曲は速めのテンポで進められており、はじめて聴いたときは少し忙しなく感じられました。しかし、直後に続くバッハ/ソーザ「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」とあわせて聴くと、その速めのテンポがかえって後者にプログラム上の重みを与えているように感じられます。いずれもニ短調(d-moll)という点でも共通するこの2曲は、続けて聴くことで、より興味深く楽しめるでしょう。
二点目は、リパッティ「左手のためのソナチネ」についてです。第1楽章のAllegroはゆったりとしたテンポが取られている一方、第3楽章のAllegroはやや速めに設定されています。この作品では、第3楽章が構成上もっとも充実しているように感じられますが、このテンポ配分によって、演奏の重心が第3楽章にあることが自然と伝わってくるように感じました。テンポの選び方一つで、楽曲の性格の捉え方まで変わってくる好例と言えるでしょう。
► 終わりに
「An Anthology for the Left Hand」は、J.S.バッハから20世紀の作曲家まで、左手レパートリーの奥行きを2枚のCDで体感できるアルバムです。
特にBWV903とラ・ヴァルスの2曲は、編曲者としてのソーザの仕事ぶりを知るうえでも必聴です。
Raoul Sosa: An Anthology for the Left Hand
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