【ピアノ】スミス&セリック夫妻の3手デュオ「Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos」レビュー
► はじめに
シリル・スミスとフィリス・セリックは、シリルの左腕の自由を失うという試練を経てなお、「3手」という独自の演奏形態によって夫婦デュオの活動を続けていきました。その背景については、以前の記事 【ピアノ】片手音楽から読み解くシリル・スミス:左腕の自由を失ったピアニストが拓いた「3手」の音楽 で紹介しています。
今回取り上げるのは、Nimbus Recordsからリリースされた「Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos」です。フランク、メンデルスゾーン、シューベルト、フォーレの作品を、3手という形で演奏したアルバムです。
演奏:Cyril Smith & Phyllis Sellick
リリース年:1989年
レーベル:Nimbus Records(NI 5178)
総収録時間:79分21秒
録音:1974年7月4日~5日、Nimbus Recording Studios(バーミンガム)
Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos
► 演奏者 スミス&セリック夫妻について
シリル・スミス(1909-1974)は、イギリスを代表するピアニストとして活躍していましたが、1956年のソ連公演中に血栓症を発症し、左腕の自由を失いました。それでもなお、妻フィリス・セリックとの共演を続ける道を選び、スミスが右手、セリックが両手を担当する、計3本の手による演奏を行うようになりました。
このアルバムは、そうした夫妻の歩みの最終盤にあたる録音です。収録は1974年7月4日から5日にかけてバーミンガムのNimbus Recording Studiosで行われており、これはシリル・スミスが世を去るわずか1ヶ月ほど前にあたります。つまり本作は、夫妻にとって最後の録音となりました。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| Track | 曲 | 作曲家 | 演奏時間 |
|---|---|---|---|
| 1 | Prelude, Chorale and Fugue | César Franck | 18:55 |
| 2 | Allegro Brillant in A, Op.92 | Felix Mendelssohn | 8:47 |
| 3 | Fantasie in F minor, D.940 | Franz Schubert | 17:37 |
| 4 | Sonata in B flat, D.617 – I. Allegro moderato | Franz Schubert | 6:53 |
| 5 | 同 – II. Andante con moto | Franz Schubert | 5:38 |
| 6 | 同 – III. Allegretto | Franz Schubert | 4:52 |
| 7 | Dolly Suite, Op.56 – I. Berceuse | Gabriel Fauré | 3:00 |
| 8 | 同 – II. Mi-a-ou | Gabriel Fauré | 2:04 |
| 9 | 同 – III. Le jardin de Dolly | Gabriel Fauré | 2:49 |
| 10 | 同 – IV. Kitty-Valse | Gabriel Fauré | 2:29 |
| 11 | 同 – V. Tendresse | Gabriel Fauré | 3:50 |
| 12 | 同 – VI. Le pas Espagnol | Gabriel Fauré | 2:27 |
‣ アルバムの特徴
本作に収められた5作品は、いずれも3手のために作曲されたオリジナル作品ではなく、既存の作品を3手で演奏するための形にしたものです。
ブックレットの記載によれば、フランクとメンデルスゾーンについては、ジョン・オドム(John Odom)による3手用の編曲であることが明記されています。一方、シューベルトとフォーレについては、ブックレットには編曲者の名前が記載されていません。ブックレットの解説では、スミスとセリックは、大きな変更を加えることなく、多くのピアノ連弾曲を3手で演奏することが可能だと考えていたことが説明されています。実際、今回のシューベルト2曲とフォーレの原曲はいずれも4手ピアノ作品であり、それらが3手で演奏されたものが収録されました。
なお、パターソンの資料では、シューベルトの2作(D.940、D.617)について、いずれも「4手版からCyril SmithとPhyllis Sellickのために編曲」と記されています。また、フォーレの「ドリー」については、「4手版から3手用にCyril Smithが編曲」と明記されています。
ブックレットの解説文には、各作品の成立背景に加えて、編曲上の工夫についても触れられており、資料としての厚みも感じられる一枚と言えるでしょう。
‣ 演奏の印象
1曲目のFranck「Prelude, Chorale & Fugue」は約19分に及ぶ長大なトラックですが、終始張り詰めた空気の中で進んでいく緊張感のある名演です。
全体を通して、いくつかの細かなミスも聴き取れますが、それも含めて、生々しい緊張感のある録音になっているように感じました。
こうした演奏を、シリルとフィリスがたどってきた背景を思い浮かべながら聴くと、いっそう感じ入るものがあります。困難を経てもなお、妻とともに演奏を続けるという選択をし、そのために新たなレパートリーを築き上げていった歩みそのものが、この録音の底に流れているように感じられるからです。
► 終わりに
「Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos」は、フランク、メンデルスゾーン、シューベルト、フォーレという名曲を、3手という編成で聴くことができる貴重な一枚であると同時に、夫妻にとって最後の録音という重みを併せ持つアルバムです。緊張感をはらんだ生々しさこそが、この盤ならではの魅力と言えるでしょう。
また、本録音からは、既存の4手ピアノ作品の中から、大幅な改変を施さなくても3手で演奏できる作品を見いだすという考え方も読み取ることができます。これは、片手演奏のレパートリーを広げていくうえでも、興味深い視点ではないでしょうか。
Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos
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