【ピアノ】アルトゥール・シミホ「Géza Zichy: Complete Piano Works」レビュー
► はじめに
本記事で紹介するのは、ブラジル出身のピアニスト、アルトゥール・シミホ(Artur Cimirro)による「Géza Zichy: Complete Piano Works」。ハンガリーの貴族出身の作曲家・ピアニスト、ゲザ・ジチー(Géza Zichy, 1849-1924)が、右腕を失った後、左手のみで演奏するために作曲したオリジナル作品を集めて録音したアルバムです。
ジャケットには、ポーランドの写実主義を代表する画家ユゼフ・ヘウモンスキ(Józef Chełmoński, 1849-1914)による油彩画「Kozacy(コサック)」の一部が用いられています。
ジチー自身による他作曲家作品の編曲を収めた姉妹盤「Géza Zichy: Complete Piano Transcriptions」も存在しますが、本作はジチー自身によるオリジナル作品を中心に構成されており、最後にシューベルトの「魔王」を左手独奏用に編曲した作品が収録されました。
演奏:Artur Cimirro(アルトゥール・シミホ)
リリース年:2016年
レーベル:Acte Préalable(AP0371)
総収録時間:55分20秒
録音:2016年7月22日、Opus Dissonus Studios
Artur Cimirro「Géza Zichy: Complete Piano Works」
► 演奏者 アルトゥール・シミホについて
アルトゥール・シミホは1982年生まれの作曲家・ピアニストで、世界各地で演奏活動を行っています。レパートリーはリストによる編曲作品から現存の作曲家の作品まで幅広い楽曲を手がけてきました。
Stuart & Sons社のハンドメイドピアノに招かれてオーストラリアで録音・演奏会を行い、その様子はCD・DVD「Cimirro plays Stuart & Sons in Terra Australis」として発表されています。作曲・編曲の面でも精力的に活動しており、デジタル音楽誌Opus Dissonusの編集長として批評活動にも携わっています。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| # | 曲名 | タイム |
|---|---|---|
| Sonate für Pianoforte für die linke Hand | ||
| 1 | Allegro | 7’53” |
| 2 | Andante serioso | 3’01” |
| 3 | Allegro con brio | 3’51” |
| Deux Morceaux pour la main gauche seule | ||
| 4 | Divertimento | 2’59” |
| 5 | Serenade | 2’46” |
| Quatre Études pour la main gauche seule | ||
| 6 | Étude de Concert | 3’08” |
| 7 | Capriccio | 2’46” |
| 8 | Allegretto grazioso | 2’02” |
| 9 | Wiener Spaß | 2’13” |
| Six Études pour la main gauche seule | ||
| 10 | Sérénade | 2’52” |
| 11 | Allegro vivace | 1’42” |
| 12 | Valse d’Adèle | 6’27” |
| 13 | Étude | 3’49” |
| 14 | Rhapsodie hongroise | 5’06” |
| 15 | Le Roi des Aulnes(Erlkönig) | 4’38” |
‣ アルバムの特徴
最終トラックに収められている「魔王」は、シューベルトの歌曲をジチー自身が左手独奏用に編曲したものです。この曲がきっかけとなって、ジチーとリストの交流が始まったと言われています。もともと「6つの練習曲」の第6曲として収められている作品でもあるため、シミホの録音では編曲集ではなくオリジナル左手作品を集めたこちらのアルバムに収められました。
本盤に並ぶ楽曲は、どれも録音自体があまり出回っていない作品ばかりであり、資料的な観点から見ても価値の高い一枚と言えるでしょう。歴史的な意味で特に注目したいのは「左手のためのピアノソナタ」(出版年:1887年)で、左手だけのために書かれたピアノソナタとしては、1884年に出版されたライネッケの作品と並んで最初期のものとされています。
一方、音楽としての充実度や聴き応えという点で光るのは「6つの練習曲」でしょう。中でも第3曲のValse d’Adèle(アデルのワルツ)、第5曲のRhapsodie hongroise(ハンガリー狂詩曲)、そして第6曲のLe Roi des Aulnes(魔王の編曲)は、シミホの技巧が存分に活かされた聴きどころとなっています。
‣ 演奏の印象
シミホの音色はやや硬質で、技巧的な面が前面に出てくるタイプの演奏だと感じます。この方向性が、アルバムの終曲に置かれた「魔王」の編曲では大きな効果を発揮しており、緊張感のある劇的な仕上がりとなりました。
また、ジチーの作品には、ドライショクやフマガッリら19世紀のヴィルトゥオーゾが開拓した左手技巧を思わせる、華やかで技巧的な作品も多く、全体的にシミホの演奏スタイルと楽曲との相性がいいように感じました。
編曲集のほうの録音とあわせてシミホの演奏を最初に聴いたとき、久々に「左手だけの作品を、まるで両手で弾いているかのように成立させてしまう演奏」に出会ったという実感がありました。ジチーは自ら演奏会で弾くことを前提に左手のための作品を書いていた人物なので、それらを技巧的に完成度高く弾き切った本録音を通じて、ジチー自身が演奏会場でどのような音を響かせていたのか、その姿が想像しやすくなっています。
► 終わりに
シミホの演奏そのものの魅力もさることながら、ジチーによる左手オリジナル作品を1枚にまとめて聴けるという点で、本盤の資料的価値は非常に高いものがあります。現在では演奏される機会の少ない左手のための音楽に関心がある方には、ぜひ手に取っていただきたい一枚です。
ジチー自身による他作曲家作品の編曲を収めた姉妹盤については、【ピアノ】アルトゥール・シミホ「Géza Zichy: Complete Piano Transcriptions」レビュー を参考にしてください。
Artur Cimirro「Géza Zichy: Complete Piano Works」
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