【ピアノ】片手のためのプレリュード作品ガイド:年代順にたどる

【ピアノ】片手のためのプレリュード作品ガイド:年代順にたどる

► はじめに

 

前奏曲(プレリュード)は、片手のための作品の中でも、長い期間にわたって書き継がれてきたジャンルの一つです。フーガの前に置かれる導入的な性格を持つものもあれば、単独の性格小品として完結しているものもあり、その姿はさまざまです。

本記事では、「Prelude」「Prélude」「Préludium」「前奏曲」などをタイトルに含む片手作品を、片手版が成立した年代順に紹介します。単独の独奏曲だけでなく、組曲や曲集の中の一曲としてプレリュードが置かれている例、既存の両手作品を片手用に編曲した例も取り上げました。同じ原曲から生まれた複数の編曲を比較できる作品については、それぞれの違いにも触れています。

なお、邦題については「前奏曲」「プレリュード」の両方が慣用的に用いられており、統一された基準があるわけではありません。本記事では、出版譜や演奏会プログラムなどで一般的に定着している呼び方をそれぞれの作品ごとに採用しています。

選曲や、作品の歴史をたどる際の手がかりとしてお役立てください。

なお、記事内で示す成立年は、原則として作品の作曲年を記載し、それが確認できない場合や編曲作品については、出版年など確認できる年代を示しています。

 

► 演奏形態について

 

本ガイドでは、作品名の末尾に以下の記号を付しています:

[LH]:左手のみで演奏
[RH]:右手のみで演奏
[LH/RH]:左手または右手で演奏
[LH][RH]:左手作品と右手作品が両方入っている項目など

作品を実際にどちらの手で演奏できるかではなく、作曲者・編曲者が指定した演奏形態を基準として、[LH][RH][LH/RH]を付しています。

 

► 年代順にたどる作品紹介

‣ スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9 より 第1曲 プレリュード」(1894年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9-1」の曲頭の楽譜。

アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)が、右手の故障による療養期間中に作曲した、左手のための2曲のうちの一つ。

組となる「ノクターン Op.9-2」ほどの規模はありませんが、両手作品と並んで演奏会のレパートリーに定着しており、片手のためのプレリュードを代表する重要作品と言えるでしょう。

演奏時間は約3分30秒、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

この作品についてさらに詳しく知る

【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」演奏完全ガイド

 

‣ フット「左手のための3つのピアノ小品 Op.37 より 第1曲 前奏曲風練習曲」(1897年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

フット「左手のための3つのピアノ小品 Op.37 より 第1曲」1-3小節

アメリカの作曲家アーサー・フット(1853-1937)が、ヘラーへの献呈作品として書いた全3曲の組曲の冒頭を飾る一曲。

バロック的な語法を基調としながら、自由なレチタティーヴォ風の場面が組み合わされた構成をとっており、締めくくり方にはやや唐突な印象も残ります。

演奏時間は約2分50秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 より 第4曲 前奏曲とフーガ」(1901年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、前奏曲 1-2小節)

レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 より 4.前奏曲とフーガ  前奏曲」1-2小節

J.S.バッハとブラームスの系譜を意識した作曲家、マックス・レーガー(1873-1916)による性格的小品集の終曲。

Graveの重々しい曲想で始まり、13小節目から曲の終わりにかけて重厚なクライマックスを築きます。3/4拍子で記譜されながらも小節線にあまりとらわれない自由な書法が特徴で、この前奏曲部分だけで約2分40秒を要します。

第4曲全体の演奏時間は約7分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

レーガーの著作を詳しく知る

【ピアノ】「Modulation」(マックス・レーガー 著)レビュー:アレンジ初中級者に有益な転調の虎の巻(姉妹サイトへリンク)

 

‣ バッハ/フィリップ編「バッハによる4つのエチュード より 第1曲 プレリュード(BWV1006)」(1903年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

バッハ=フィリップ「バッハによる4つのエチュード より 第1曲 プレリュード」1-4小節

パリ音楽院で40年以上教えたイシドール・フィリップ(1863-1958)が、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」から4曲を選んで左手用に編んだ曲集の第1曲(原曲は、BWV1006の前奏曲)。

フィリップは、原曲にないアーティキュレーションやダイナミクスも書き加えています。和音の扱いなどに、手が大きくない方には困難に感じられる箇所があります。

演奏時間は約3分30秒、難易度はツェルニー50番入門以降程度。

 

フィリップについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手作品から読み解くイシドール・フィリップ:左手が「もう一本の右手」になるまで

 

‣ サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より 第1曲 前奏曲」(1912年頃) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より 前奏曲」冒頭部分の楽譜。

70代半ばを過ぎたカミーユ・サン=サーンス(1835-1921)が1912年頃に書いた「左手のための6つの練習曲 Op.135」の冒頭に置かれた一曲。

和音中心ではなく、音価や音型を変化させながら展開する分散和音の扱いが中心となっており、1本の指を伸ばしたまま他の指でスタッカートを弾く技術も要求されます。

演奏時間は約2分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

この作品についてさらに詳しく知る

【ピアノ】サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135」:作品の背景とエチュードとしての価値

 

‣ ヴィリンスキー「左手のための前奏曲 Op.3」(1914年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ヴィリンスキー「左手のための前奏曲 Op.3」1-3小節

現ウクライナのムィコラーイウ州に生まれ、オデーサ音楽院やキーウ音楽院で教鞭を執った作曲家、ミコラ・ヴィリンスキー(1888-1956)による左手独奏用の前奏曲。

3連符による伴奏形が続く中に、どこか孤独で陰鬱な表情をたたえた旋律が浮かび上がります。中間部以降は伴奏の音型に変化が加えられますが、3連符のリズムそのものは最後まで保たれ、曲全体に一貫した推進力と緊張感を与えています。

音程の広い和音を続けて弾く場面が多く、ある程度の手の大きさが求められるでしょう。

演奏時間は約2分10秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ライト「12の前奏曲 Op.25 より 第5曲」(1915年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ライト「前奏曲 ヘ長調 Op.25-5」1-3小節

アメリカ・ミズーリ州生まれのピアニスト・作曲家・教育者、ナニー・ルイーズ・ライト(1879-1958)が、全12曲の前奏曲集の中で唯一、左手のために書いた一曲。他の11曲は両手用です。E.R.クローガーに献呈されました。

軽やかで穏やかな曲想で、各小節に音の跳躍が含まれますが、ほぼ同じパターンが繰り返されるため弾きやすい作品です。曲の最後では、それまで繰り返されてきたリズムが引用され、「calando(次第に弱く遅く)」の指示とともに力を失うように閉じられます。

演奏時間は約50秒、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

‣ バッハ/ホーホシュテッター編「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第12番 より プレリュード」(1917年) [LH/RH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-5小節)

バッハ=ホーホシュテッター「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第12番 BWV881 ヘ短調 より プレリュード」1-5小節

無名時代のレーガーをいち早く見出したことでも知られる音楽家、ツェーザル・ホーホシュテッター(1863年-没年不詳)が、第一次世界大戦の負傷者へ捧げた曲集「Album für das einhändige Klavierspiel」に収めた編曲。

原曲をおおむね忠実になぞりながらも音域を下方へ大きく広げ、原曲にはないダイナミクスの指示を随所に書き加えた、ロマン派的な解釈の色合いが強い仕上がりとなっています。曲の最後にはフェルマータとAdagioの指示が加えられ、フーガを伴わずこの一曲だけで完結させる意図がうかがえます。

演奏時間は約4分30秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

ホーホシュテッターについてさらに詳しく知る

【ピアノ】片手作品から読み解くツェーザル・ホーホシュテッター:第一次世界大戦の負傷者へ捧げた名曲編曲集

 

‣ ショパン/ホーホシュテッター編「プレリュード Op.28-4」(1917年) [LH/RH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ショパン=ホーホシュテッター「プレリュード Op.28-4」1-4小節

同じくホーホシュテッターが同曲集に収めた編曲で、原曲のメロディを1オクターヴ低く移し、和音伴奏も低音域に密集させることで、原曲よりも重々しい響きを帯びた一曲に仕上げられています。メロディよりも高い音域で伴奏が鳴らされる場面が多く、最上声部が旋律を歌う原曲とは異なる響きの構造が特徴です。調性・小節数は原曲から変更されていません。

演奏時間は約2分、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

ホーホシュテッターについてさらに詳しく知る

【ピアノ】片手作品から読み解くツェーザル・ホーホシュテッター:第一次世界大戦の負傷者へ捧げた名曲編曲集

 

‣ ショパン/ホーホシュテッター編「プレリュード Op.28-6」(1917年) [LH/RH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ショパン=ホーホシュテッター「プレリュード Op.28-6」(片手のための)1-4小節

同じくホーホシュテッターが同曲集に収めた編曲で、原曲の時点ですでに左手が旋律を担う特徴的な作品を、ホーホシュテッターが片手用に編み直しました。右手パートの和音を間引く方法で左手一つでの演奏を実現しており、左右どちらの手でも演奏できるよう運指が部分的に併記されているのも特徴の一つです。音程の広いアルペッジョを含む箇所もあり、ある程度の手の大きさが求められます。

演奏時間は約1分50秒、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

ホーホシュテッターについてさらに詳しく知る

【ピアノ】片手作品から読み解くツェーザル・ホーホシュテッター:第一次世界大戦の負傷者へ捧げた名曲編曲集

 

‣ コルチマリョフ「左手のための前奏曲」(1922年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

「社会的意義」を掲げた作品でスターリン賞を受賞した、ロシア(ソヴィエト連邦)の作曲家クリメンティ・コルチマリョフ(1899-1958)による一曲。

「Moderato con tristezza(悲しみをもって、中くらいの速さで)」という発想標語のとおり、切なさをたたえた覚えやすい旋律を持ち、ロシア・ロマン派の様式で書かれています。演奏面では無理のない書法でありながらピアノがよく鳴るよう工夫されており、レパートリーに取り入れやすい一曲と言えるでしょう。

演奏時間は約3分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ シュールホフ「左手のための組曲 第3番 より 第1曲 前奏曲」(1926年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

シュールホフ「組曲 第3番 より 前奏曲」1-3小節

第一次世界大戦での負傷で右腕が麻痺したピアニスト、オタカール・ホルマンのために、エルヴィン・シュールホフ(1894-1942)が書いた全5曲の組曲の第1曲。

ジャズをクラシックの文脈に取り込んだシュールホフらしい幅広い書法の一端がすでにこの前奏曲にも表れており、続く「アリア」「ツィンガラ」などへの導入としての役割を果たしています。

演奏時間は約3分20秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

オタカール・ホルマンについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手音楽から読み解くオタカール・ホルマン

 

‣ ゴドフスキー「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」(1929年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、前奏曲 1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」1-2小節

「左手の使徒」ことレオポルド・ゴドフスキー(1870-1938)が作曲した左手独奏オリジナル作品。

無窮動風の前奏曲が置かれ、末尾では続くフーガの主題がさりげなく先取りされる仕掛けが施されています。アーサー・ローサーに献呈されました。

全曲の演奏時間は約5分30秒、難易度はツェルニー50番入門以降程度。

 

ゴドフスキーについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群

 

‣ モンポウ「6つの前奏曲 より 第6番(左手のために)」(1930年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

小節線を用いない独自の記譜法で知られるカタルーニャの作曲家フェデリコ・モンポウ(1893-1987)による一曲。

主に単音の連なりと広い音域で書かれ、モンポウ特有の自由なゆらぎの中で語りかけるような性格を持ちます。運指の指示はないものの、ペダリングは丁寧に書き込まれており、響きの扱いへの細かな配慮がうかがえます。

演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ アデア「3つの前奏曲(左手のための)」(1930年頃) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ガーンジー島生まれのイギリスの作曲家・ピアニスト、イヴォンヌ・マドレーヌ・アデア(1897-1989)による、教材としても扱いやすい全3曲の左手用小品集。

第1曲はアルペジオを中心としたポピュラー調のバラードで、裏拍を用いたリズムの工夫などが見られます。第2曲はメランコリックな性格を持つ、BGMを思わせる美しい小品。第3曲は前の2曲とは対照的な快活さを持ちながらも、曲集全体に通じるほのかな哀愁が感じられます。

全曲の演奏時間は約4分10秒、難易度はツェルニー30番中盤程度。

 

‣ ポンセ「前奏曲とフーガ」(1931年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、前奏曲 1-3小節)

ポンセ「前奏曲とフーガ より 前奏曲」1-3小節の楽譜。

ヘンデルの主題を用いた左手独奏作品で、メキシコの作曲家マヌエル・ポンセ(1882-1948)による一曲。パウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれた可能性が指摘されています。旋律を声部分けで示しながら、まるでギターで演奏しているかのように線的に進んでいくのが、この前奏曲部分の特徴です。

全曲の演奏時間は約5分30秒、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

‣ ロフェ「小組曲(左手のための)より 第1曲 プレリュード」(1937年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

メルボルン生まれのオーストラリアの作曲家、エスター・ロフェ(1904-2000)による全3曲の組曲の第1曲。

低音域で沈鬱に響く5度音程の和音が印象的な、どことなく切なく幻想的な雰囲気を持つ一曲。続く「舞曲」「コラール」への導入としての役割を担っています。出だしのメロディも記憶に残るのではないでしょうか。

演奏時間は約55秒、難易度はツェルニー30番中盤程度。

収録:Composers’ Series, The – Volume 6 Piano Solos (Rofe)

 

‣ ショパン/ショーム編「プレリュード Op.28-6」(1951年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

アメリカのピアノ教育者ジョン・W・ショーム(1905-1988)が「LEFT HAND SOLOS for the piano BOOK2」に収めた編曲。

同じ原曲をホーホシュテッターも編曲しており、聴き比べてみると和音の間引き方やテンポ表示、発想標語の書き加え方などに違いが見られます。ショーム版は原曲の和音をより大胆に減らしており、初めて左手だけの演奏に挑戦する方にとっては、こちらのほうが取り組みやすく感じられるでしょう。

演奏時間は約2分、難易度はツェルニー30番中盤程度。

この2つの編曲は、記事「【ピアノ】左手編曲版のショパン「プレリュード Op.28-6」:2つの編曲を比較」でも詳しく比較しています。

 

「LEFT HAND SOLOS for the piano BOOK2」についてさらに詳しく知る

【ピアノ】John W. Schaum「LEFT HAND SOLOS for the piano」シリーズ 完全ガイド

 

‣ ボントフト「前奏曲とフゲッタ」(1958年頃) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

経歴の詳細があまり伝わっていないイギリスの作曲家、フレデリック・S・ボントフトによる新バロック様式の作品。

滑らかな16分音符の流れの中にメロディが織り込まれた書法で進み、静かに終わることで続くフゲッタへの橋渡しをします。Yolande Uyttenhove氏(ブリュッセル)に献呈されました。

前奏曲とフゲッタをあわせた全曲の演奏時間は約5分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

‣ リリエン「5つの前奏曲(左手のための)」(1959年) [LH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第4曲 1-2小節)

リリエン「5つの前奏曲 より 第4曲」1-2小節

レンベルク(現ウクライナ・リヴィウ)に生まれ、オランダで活動した作曲家・ピアニスト、イグナーツ・リリエン(1897-1964)による全5曲の前奏曲集。化学工場の技師として働きながら作曲を続けた人物です。

もともとはC-D-Gの動機を用いたショパン風のマズルカが1曲だけあり、そこに性格の異なる4曲が加えられて、5曲の曲集に発展しました。第1曲のマズルカに続き、無窮動の第2曲、レチタティーヴォ風の第3曲、アルペッジョの中から憂いを帯びた旋律が浮かぶ第4曲、遊び心のあるポルカの第5曲と、曲ごとに表情が変わります。

全曲の演奏時間は約8分20秒(第1曲 約1分50秒、第2曲 約1分、第3曲 約2分、第4曲 約1分30秒、第5曲 約2分)、難易度はツェルニー40番修了程度。

収録:5 Preludes pour piano : pour la main gauche / Ignace Lilien

 

‣ ボン「2つの前奏曲(左手のための)」(1959-61年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

フランス印象主義の影響を受けたオランダの作曲家、ウィレム・フレデリック・ボン(1940-1983)が、19歳から21歳にかけて書いた全2曲の前奏曲。「ピアノのための前奏曲集 Op.14」の最初の2曲にあたり、この2曲だけが左手独奏のために書かれています。次に紹介するアンドリーセンの作品と同じく、コル・デ・フロートに献呈されました。

第1曲(Adagio)は、音数を絞り、音と音の間の空気感を聴かせる、神秘的な雰囲気の曲です。第2曲(Sostenuto)は、動きやダイナミクスの起伏が大きく、クライマックスも設けられたより直接的な曲で、全音音階が現れる箇所では響きの色合いが変わります。

全曲の演奏時間は約6分(第1曲 約3分30秒、第2曲 約2分30秒)、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

‣ アンドリーセン「前奏曲」(1960年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

アムステルダム音楽院の院長を務めたオランダの作曲家・ピアニスト、ウィレム・アンドリーセン(1887-1964)による一曲。コル・デ・フロートに献呈されました。

冒頭に掲げられた「Molto adagio e mesto(非常にゆるやかに、悲しげに)」の指示がそのまま曲全体の性格を貫いており、付点リズムによるためらいがちなメロディと、何度も出てくる3度音程の響きが特徴的です。機能和声の枠を離れながらも耳になじみやすく書かれており、a-mollを思わせる響きから始まり、最後はA-durの主和音で結ばれる運びに、独特の余韻が感じられます。

演奏時間は約4分、難易度はツェルニー40番修了程度。

収録:「Mano sinistra I:Six pieces by Netherlands composers for piano left hand」

 

‣ ダレル・ピーター「左手のための前奏曲 ホ短調」(1960年頃) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

1918年生まれのアメリカの作曲家・ピアニスト・指揮者・教育者、ダレル・ピーターによる、教育用シリーズの一曲として出版された小品。

ABAの3部形式による穏やかでシンプルな曲想です。後半は和音がやや増えますが、運指とペダリングが記譜されているため、演奏の手がかりは十分にあると言えるでしょう。一方、アーティキュレーションの指示は冒頭の「legato」のみでほとんどなく、解釈の余地が残されています。

演奏時間は約1分50秒、難易度はブルグミュラー25の練習曲修了程度。

収録:Art Publication Society「Progressive Series」

 

‣ トンプソン「For Left Hand Alone Book Two より 前奏曲 ハ短調/前奏曲 ト長調」(1962年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

「現代ピアノ教本」で知られるアメリカのピアノ教育者、ジョン・トンプソン(1889-1963)が、左手独奏のための教材集「For Left Hand Alone Book Two」に収めた2曲の前奏曲です。

「前奏曲 ハ短調」は、前腕による打鍵を学ぶ和音の練習曲として位置づけられた、全26小節の小品。スタッカートの和音が主体の前半と、p dolceで始まりダンパーペダルを多く使用しながら響きを重ねていく後半との性格の違いが聴きどころです。音数は多くありませんが、低音と和音の間を行き来するやや大きめの跳躍が繰り返し現れます。

「前奏曲 ト長調」は、和音を弾きながら同時にメロディを歌わせることがテーマの一曲。コラール風の和音を主体とした穏やかな曲想ながら、借用和音などによる陰りが随所に差し込まれ、長調でありながらどこか切なさをたたえた響きが印象に残ります。終盤はアルペッジョと ppp の余韻の中で静かに曲を閉じます。

演奏時間はハ短調が約50秒、ト長調が約2分。難易度はいずれもブルグミュラー25の練習曲中盤程度。

 

この教材についてさらに詳しく知る

【ピアノ】ジョン・トンプソン「FOR LEFT HAND ALONE」シリーズ 完全ガイド

 

‣ カチオッポ「ポーニー前奏曲集 より 第5曲 愛しき象徴」(1983年頃) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

アメリカ・オハイオ州生まれの作曲家・ピアニスト、カート・カチオッポ(1951- )が、北米先住民の音楽的伝統を取り入れて書いた「Pawnee Preludes(ポーニー前奏曲集)」の第5曲。1920年代に民族音楽学者フランシス・デンスモアが、オクラホマ州のパウニー族居留地で蝋管録音により採集した旋律の一つに基づいて作曲されました。

旋律に伝わる物語は、子を持たぬまま高齢に達した男の哀しみを描いたもので、最後の身内である若者が「愛しき象徴」——1本の槍——を携えて戦いに赴き、命を落とすという内容です。メロディ自体は美しいものの、和声面でところどころ不協和を作ることで、悲劇的かつ複雑な感情が表現されています。

演奏時間は約2分50秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ツィルヒャー「前奏曲」(作曲年不明) [LH/RH]

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-6小節)

ツィルヒャー「前奏曲」1-6小節

ヴュルツブルク音楽学校で長く教鞭を執ったドイツの作曲家、ヘルマン・ツィルヒャー(1881-1948)による、左右どちらの手でも演奏可能な作品。

ブラームスを思わせる叙情性を持ち、約4分の中に多彩な書法とテンポ変化による場面転換がバランスよく盛り込まれています。音域が中低域に重心を置いているため、左手での演奏のほうが難易度は低く感じられるでしょう。

演奏時間は約4分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

収録:「片手で弾くピアノ曲集」(編:ヴァルター・ゲオルギイ/音楽之友社)ほか

 

‣ ヴィルヘルム・マーラー「前奏曲とフーガ」(作曲年不明) [LH/RH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ハンブルク音楽大学の学長も務めたドイツの作曲家、ヴィルヘルム・マーラー(1902-1976)による、左右どちらの手でも演奏可能な作品。

静謐な雰囲気の中、16分音符が全曲を支配するJ.S.バッハのプレリュードを思わせる書法で書かれており、拍子記号が3/4と4/4の間を交互に揺れ動く構成をとりながら、オクターブと対位法的な動きが絡み合います。最後はピカルディ終止でフーガへとつながっていきます。右手演奏用の代替運指が付されているのも特徴と言えるでしょう。

前奏曲とフーガをあわせた全曲の演奏時間は約4分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

収録:「片手で弾くピアノ曲集」(編:ヴァルター・ゲオルギイ/音楽之友社)ほか

 

‣ 林光「花の図鑑・前奏曲集 ピアノ(左手)のために」(2005年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

日本の作曲家、林光(1931-2012)が、左手のピアニストとして舞台に復帰した舘野泉に捧げた全8曲の小さな前奏曲集。

古今の詩人たちによって歌われてきた花々を題材としており、各曲の冒頭には秋山清、与謝野晶子、宮沢賢治などの詩歌からの引用を添えた短いエッセイが付されています。無調の語法で書かれ、曲によっては小節線を持たないなど、自由な記譜が採用されています。

全8曲合計の演奏時間は約20分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ 末吉保雄「いっぱいのこどもたち 左手のためのピアノ小前奏曲集」(2008年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

舘野泉のために複数の作品を献呈してきた作曲家、末吉保雄(1937-2018)による全6曲の前奏曲集。

小林一茶の句「雪とけて村いっぱいの子ども哉」にちなんで名付けられ、子どもたち特有の身のこなしを各曲で追いかける試みがなされています。無調の語法で書かれながらも拍子やテンポの変化が頻繁で、これが子どもの落ち着きのない動きや感情を音楽的に描き出しています。

全6曲合計の演奏時間は約15分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ エスカンデ「ディヴェルティメント ピアノ(左手)のために より I. プレリュード」(2009年頃) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ピアニスト舘野泉との出会いをきっかけに、左手のための作品を相次いで手がけてきたアルゼンチンの作曲家パブロ・エスカンデ(1971- )による、全4楽章からなる組曲の第1楽章。

緩やかな導入部から次第に緊張を高めてアレグロへと至る、対位法的な二部形式で書かれています。全楽章は4度音程で関連づけられ、新バロック的な性格とギリシャ旋法が組み合わされた作品です。

前奏曲の演奏時間は約3分30秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ブレックマッハー「3つの前奏曲(右手のための)」(2011年) [RH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

ニュージャージー州を拠点に活動するアメリカの作曲家・ピアニスト、ライアン・ブレックマッハーによる右手独奏用の前奏曲集。

本記事で取り上げる作品の多くが左手のために書かれている中、右手だけで演奏する前奏曲集として貴重な存在です。全3曲はいずれもポピュラー音楽の和声感覚を取り入れた親しみやすい書法で書かれ、それぞれ異なる人物に献呈されています。

第1曲「Reverie(夢想)」は恩師クラーフィールドに捧げられた一曲。第9音を含むポピュラー風の分散和音で始まり、旋律は9小節目へのアウフタクトになってようやく姿を現します。言葉少なに語りかけるような、静かで穏やかな前奏曲です。

第2曲「A Lazy Afternoon(けだるい午後)」は妻ローズへの献呈作。シャッフル・リズムに乗ってのんびりと進む、3曲の中でも最もポピュラー色の濃い一曲です。

第3曲「Lullaby(子守唄)」はベアトリス・リアン=ギルマンに献呈されました。第1曲と同じく第9音を含む分散和音で始まり、冒頭11小節にわたってG音が保続低音として鳴り続けることで、子守唄らしい落ち着いた空気が生まれています。

全曲の演奏時間は約7分、難易度はツェルニー30番中盤程度。

 

楽譜は、Three Preludes (for right hand alone)(Amazon.co.jp)で購入可能です。

 

► 作品一覧表

 

作曲家 作品 成立年 演奏時間 難易度目安
スクリャービン Op.9 より 第1曲 プレリュード 1894年 約3分30秒 ツェルニー30番修了〜40番入門
フット Op.37 より 第1曲 前奏曲風練習曲 1897年 約2分50秒 ツェルニー40番修了
レーガー 前奏曲とフーガ 1901年 約7分(全曲) ツェルニー40番修了
J.S.バッハ/フィリップ編 バッハによる4つのエチュード より 第1曲 プレリュード(BWV1006) 1903年 3分30秒 ツェルニー50番入門以降
サン=サーンス Op.135 より 第1曲 前奏曲 1912年頃 約2分 ツェルニー40番中盤
ヴィリンスキー 左手のための前奏曲 Op.3 1914年 約2分10秒 ツェルニー40番修了
ライト 12の前奏曲 Op.25 より 第5曲 1915年 約50秒 ツェルニー30番修了〜40番入門
バッハ/ホーホシュテッター編 BWV881 より プレリュード 1917年 約4分30秒 ツェルニー40番修了
ショパン/ホーホシュテッター編 プレリュード Op.28-4 1917年 約2分 ツェルニー30番修了〜40番入門
ショパン/ホーホシュテッター編 プレリュード Op.28-6 1917年 約1分50秒 ツェルニー30番修了〜40番入門
コルチマリョフ 左手のための前奏曲 1922年 約3分 ツェルニー40番修了
シュールホフ 組曲 第3番 より 第1曲 前奏曲 1926年 約3分20秒 ツェルニー40番修了
ゴドフスキー 前奏曲とフーガ(B.A.C.H.) 1929年 約5分30秒(全曲) ツェルニー50番入門以降
モンポウ 6つの前奏曲 より 第6番 1930年 約5分 ツェルニー40番修了
アデア 3つの前奏曲(左手のための) 1930年頃 約4分10秒(全曲) ツェルニー30番中盤
ポンセ 前奏曲とフーガ 1931年 約5分30秒(全曲) ツェルニー40番中盤
ロフェ 小組曲 より 第1曲 プレリュード 1937年 約55秒 ツェルニー30番中盤
ショパン/ショーム編 プレリュード Op.28-6 1951年 約2分 ツェルニー30番中盤
ボントフト 前奏曲とフゲッタ 1958年頃 約5分(全曲) ツェルニー40番中盤
リリエン 5つの前奏曲(左手のための) 1959年 約8分20秒(全曲) ツェルニー40番修了
ボン 2つの前奏曲(左手のための) 1959-61年 約6分(全曲) ツェルニー30番修了〜40番入門
アンドリーセン 前奏曲 1960年 約4分 ツェルニー40番修了
ダレル・ピーター 左手のための前奏曲 ホ短調 1960年頃 約1分50秒 ブルグミュラー25の練習曲修了
トンプソン Book Two より 前奏曲 ハ短調/前奏曲 ト長調 1962年 約50秒/約2分 ブルグミュラー25の練習曲中盤
カチオッポ ポーニー前奏曲集 より 第5曲 愛しき象徴 1983年頃 約2分50秒 ツェルニー40番修了
ツィルヒャー 前奏曲 不明 約4分 ツェルニー40番中盤
ヴィルヘルム・マーラー 前奏曲とフーガ 不明 約4分(全曲) ツェルニー40番中盤
林光 花の図鑑・前奏曲集 2005年 約20分(全曲) ツェルニー40番修了
末吉保雄 いっぱいのこどもたち 2008年 約15分(全曲) ツェルニー40番修了
エスカンデ ディヴェルティメント より I. プレリュード 2009年頃 約3分30秒 ツェルニー40番修了
ブレックマッハー 3つの前奏曲(右手のための) 2011年 約7分(全曲) ツェルニー30番中盤

※難易度表記はあくまで目安です。左手演奏への慣れや手の大きさなどによって実際の難しさは変わります。

 

► どの作品に取り組むか

 

これから片手のプレリュード作品に触れてみたい方には、トンプソンの2作品、スクリャービンのOp.9-1、ショパン/ホーホシュテッター編の2作品、ショパン/ショーム編など、比較的取り組みやすい作品から入るのがおすすめです。演奏時間・難易度ともに無理がなく、片手でプレリュードの音楽性を体感する第一歩として選びやすいでしょう。

そこからレーガーやポンセ、ゴドフスキーのようなより高度な作品へ進むことで、片手一つでの前奏曲という形式が、時代や作曲家ごとにどのように異なる表情を見せてきたかを味わうことができます。さらに、邦人作曲家やエスカンデといった21世紀の作品にまで目を向けると、このジャンルが現在も新たな書き手を得て広がり続けていることが実感できるはずです。

 

► 終わりに

 

前奏曲というジャンルは、フーガへの導入としての役割を持つものから、それ自体で完結した性格小品まで、片手作品の中でも特に多様な姿を見せてきました。時代とともに広がってきたその幅を、ぜひ実際の音で確かめてみてください。

当サイトでは、作曲家・作品ごとに片手作品を整理した「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」を公開しています。プレリュード以外の作品についても知りたい場合は、あわせてご覧ください。

 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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