【ピアノ】片手のための即興曲作品ガイド:年代順にたどる

【ピアノ】片手のための即興曲作品ガイド:年代順にたどる

► はじめに

 

即興曲(Impromptu)は、即興的な自由さを感じさせる語り口を持つ性格小品として、片手のための作品の中にも興味深い例が見られます。厳格な形式に必ずしも縛られない分、作曲家ごとの個性が表れやすいジャンルとも言えるでしょう。

本記事では、作品名や楽章名に「Impromptu」「Improvisata」「即興曲」などの名称を持つ片手作品を中心に、成立年の古い順に紹介します。単独の独奏曲だけでなく、組曲の中の一曲として即興曲が置かれている例や、他の舞曲と組み合わされた例もあり、そうした作品についても該当箇所を中心に取り上げました。選曲や学習の手がかりとしてお役立てください。

なお、記事内で示す成立年は、原則として作品の作曲年を記載し、それが確認できない場合や編曲作品については、出版年など確認できる年代を示しています。

 

► 演奏形態について

 

本ガイドでは、作品名の末尾に以下の記号を付しています:

[LH]:左手のみで演奏
[RH]:右手のみで演奏
[LH/RH]:左手または右手で演奏
[LH][RH]:左手作品と右手作品が両方入っている項目など

作品を実際にどちらの手で演奏できるかではなく、作曲者・編曲者が指定した演奏形態を基準として、[LH][RH][LH/RH]を付しています。

 

► 年代順にたどる作品紹介

‣ マルクスゼン「3つの即興曲「ドライショクへのオマージュ」Op.33 より 第2曲」(1844年以前) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

マルクスゼン「3つの即興曲「ドライショクへのオマージュ」Op.33 より 第2曲」1-4小節

ブラームスの恩師として知られるエドゥアルト・マルクスゼン(1806-1887)が、「2本の右手を持つ男」と称された左手の名手アレクサンダー・ドライショクへ捧げた3つの即興曲の第2曲。

短い導入部に続き、f-mollのメランコリックな主部が始まり、中間部はF-durのAllegrettoに転じたのち、再び冒頭の旋律に戻って静かに閉じる三部構造をとっています。

演奏時間は約3分50秒、難易度はツェルニー30番修了〜40番入門程度。

 

マルクスゼンについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手作品から読み解くマルクスゼン:ブラームスの恩師が遺した片手の音楽

 

‣ アルカン「ルターのコラール「我らの神は固き砦」に基づく即興曲 Op.69」(1866年) [LH/RH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、18-21小節)

アルカン『ルターのコラール「我らの神は固き砦」に基づく即興曲 Op.69』18-21小節

高難度と長大な規模のピアノ作品で知られるシャルル=ヴァランタン・アルカン(1813-1888)が、恩師フランソワ・ブノワに献呈した単一楽章の即興曲。

オルガンやペダル付きピアノのための作品として書かれていますが、3手演奏(両手+片手)にも対応しており、ルターの有名なコラール旋律を主題として展開されます。

演奏時間は約14分に及ぶ大曲ですが、片手で担当するパートだけを見ると、作品全体の規模に比べて比較的取り組みやすいと言えるでしょう。

 

‣ ル・ボー「インプロヴィザータ(即興曲):左手のための練習曲 Op.30」(1883年頃) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ル・ボー「インプロヴィザータ(即興曲):左手のための練習曲 Op.30」1-4小節

クララ・シューマンに師事し、批評家ハンスリックからも高く評価されたドイツの作曲家、ルイーゼ・アドルファ・ル・ボー(1850-1927)による一曲。

特定の音型を繰り返すエチュード的な書法を骨格に持ち、AndanteとAgitatoが交互に現れる構成をとっています。分散和音の音型が続く中、跳躍の直後に音程幅の広い和音を掴む場面が多く、演奏上の難所と言えるでしょう。

演奏時間は約4分30秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ グルリット「即興曲(左手のための練習曲) Op.185-4」(1892年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

グルリット「即興曲(左手のための練習曲) Op.185-4」1-2小節

子供や学習者向けの親しみやすいピアノ小品を数多く残した、ドイツ・アルトナ生まれの作曲家コルネリウス・グルリット(1820-1901)が、「ピアノのための6つの旋律的練習曲 Op.185」の第4曲として書いた左手独奏用の即興曲。同曲集の中で左手独奏はこの1曲のみで、他の5曲は両手用に作曲されています。

Vivaceの快活なテンポによる、終始1段譜で書かれた無窮動練習曲で、3連符の音型を中心に装飾音符や和音奏法など多彩な技巧が織り込まれています。

演奏時間は約2分、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ クラウヴェル「左手のための3つの小品 Op.34 より 第1曲 即興曲」(1896年頃) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-5小節)

オットー「左手のための3つの小品 Op.34 より 第1曲 即興曲」1-5小節

ケルン音楽院で作曲を教えるかたわら、音楽史研究書も著したドイツの作曲家・音楽学者、オットー・クラウヴェル(1851-1917)が、「左手のための3つの小品 Op.34」の第1曲として書いた即興曲。

付点リズムを帯びた旋律が全曲を通して特徴的な要素となっており、最後の9小節間は主音によるオルゲルプンクト(持続低音)の上で次第に落ち着きを帯びていきます。締めくくりでは音価が8分音符から4分音符へと変化し、書かれたリズムそのものが ritardando のような効果を生み出しているのが印象的です。

演奏時間は約3分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

‣ アドラム「トライアンフ(左手のための即興曲)」(1918年頃) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

アドラム「トライアンフ(左手のための即興曲)」1-4小節

ロンドン・リージェント街の教会でオルガニストを務め、教会音楽や歌曲、オルガン(ハーモニウム)小品を数多く残したイギリスの作曲家、フランク・アドラム(1857/58-1929)が、「トライアンフ(勝利)」という標題を掲げて書いた左手独奏用の即興曲。

大きくABABAの構成をとり、f や ff で鳴らされるA部分は、オクターヴの連続をはじめとする技巧的な性格を持ちます。一方のB部分は弱奏によるシンプルでカンタービレな性格で、和音奏と単音のパッセージが交互に現れます。締めくくりには、この曲の特徴の一つである付点リズムが用いられ、標題にふさわしい堂々とした結びとなっています。

演奏時間は約4分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

‣ ゴドフスキー「左手のための即興曲」(1920年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための即興曲」1-2小節

「左手の使徒」ことレオポルド・ゴドフスキー(1870-1938)が、1920年に作曲したとされ、1930年前後に出版された左手作品群よりも早い時期に手がけられた一曲。

断片的なメロディをつなぎ合わせるようにして曲が組み立てられており、親しみやすい旋律を前面に押し出した作品ではありませんが、どこか情熱的な性格を感じさせます。8分音符が淡々と連なるシンプルな構造を持つ一方、臨時記号が非常に多く用いられているのも特徴の一つです。

ヨーゼフ・レヴィーンとエミール・R・ブランシェに献呈されました。

演奏時間は約2分10秒、難易度はツェルニー50番入門以降程度。

 

ゴドフスキーについてさらに詳しく知る

【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群

 

‣ シュールホフ「左手のための組曲 第3番 より IV.即興曲」(1926年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

シュールホフ「左手のための組曲 第3番 より IV.即興曲」1-2小節

第一次世界大戦での負傷で右腕の自由を失ったピアニスト、オタカール・ホルマンのために、エルヴィン・シュールホフ(1894-1942)が書いた全5曲からなる組曲の第4曲。

初めは下行音型の伴奏が中心となって進みますが、次第に上行の動きも混ざり込み、大きな波を打つような広い音域を使った書法へと展開していきます。

演奏時間は約3分30秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ ポール「即興ワルツ Op.19-1」(1947年) [LH]

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

パリを拠点に演奏・教育活動を行ったウラジーミル・ポール(1880-1962、資料によっては1875年パリ生まれとも)による、ワルツと即興曲の性格をあわせ持つ一曲。

「2つの小品 Op.19」の第1曲として書かれ、レオン・ムラヴィエフ氏に献呈、1947年に出版されています。性格の異なる複数の部分から成る演奏会用の構成をとり、小節線をまたぐ連桁によって3拍子の感覚がしばしば曖昧にされる書法が特徴的ですが、終結部では明確な3拍子の感覚を取り戻して軽やかに曲を閉じます。

演奏時間は約3分30秒、難易度はツェルニー40番修了程度。

 

‣ グリエール「2つの小品 Op.99 より 第1曲 即興曲(左手のための)」(1955年) [LH]

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

グリエール「2つの小品 Op.99 より 第1曲 即興曲(左手のための)」1-2小節

プロコフィエフやミャスコフスキーら次世代の作曲家を育てたことでも知られるレインゴリト・グリエール(1875-1956)が、晩年に書いたピアノ小品集「2つの小品 Op.99」の第1曲として遺した左手独奏用の即興曲。対をなす第2曲「メロディ」は両手用に書かれており、作曲翌年の1956年に出版されました。

1オクターブ以内に収まる密集した和音を連ねていく書法で進み、半音階的な和声が主旋律にほのかな彩りを添えます。Andanteの落ち着いた気分で始まり、中間部でわずかにテンポが動いたのち、再び冒頭の表情に戻って静かに閉じる構成です。

演奏時間は約3分、難易度はツェルニー40番中盤程度。

 

► 作品一覧表

 

作曲家 作品 成立年 演奏時間 難易度目安
マルクスゼン Op.33 より 第2曲 1844年以前 約3分50秒 ツェルニー30番修了〜40番入門
アルカン Op.69 即興曲 1866年 約14分 片手パートは比較的取り組みやすい
ル・ボー インプロヴィザータ Op.30 1883年頃 約4分30秒 ツェルニー40番修了
グルリット 即興曲 Op.185-4 1892年 約2分 ツェルニー40番修了
クラウヴェル Op.34 より 第1曲 即興曲 1896年頃 約3分 ツェルニー40番中盤
アドラム トライアンフ(左手のための即興曲) 1918年頃 約4分 ツェルニー40番中盤
ゴドフスキー 左手のための即興曲 1920年 約2分10秒 ツェルニー50番入門以降
シュールホフ 組曲 第3番 より IV. 即興曲 1926年 約3分30秒 ツェルニー40番修了
ポール 即興ワルツ Op.19-1 1947年 約3分30秒 ツェルニー40番修了
グリエール Op.99 より 第1曲 即興曲 1955年 約3分 ツェルニー40番中盤

※難易度表記はあくまで目安です。左手演奏への慣れや手の大きさなどによって実際の難しさは変わります。

 

► どの作品に取り組むか

 

これから片手のための即興曲に初めて取り組む方には、まずはマルクスゼンの作品がおすすめです。演奏時間・難易度ともに無理がなく、楽譜も入手しやすい一曲です(レヴェンタールのアンソロジーなどに収録)。

もちろん、作品の難易度は必ずしも年代順に上がっていくわけではありません。マルクスゼンからル・ボー、シュールホフ、ポール、グリエールへと進み、さらにゴドフスキーへと歩みを進めることで、片手一つで即興的な語法を表現する方法が、時代とともにどのように広がってきたのかを、実際の演奏を通して味わうことができます。

 

► 終わりに

 

片手だけで即興的な語り口を紡ぐという試みは、実にさまざまな形で受け継がれてきました。決まった形式の縛りが少ない分、作曲家それぞれの個性が色濃く映し出されているのが、このジャンルの面白さと言えるでしょう。気になった作品から、実際の音を確かめてみてください。

当サイトでは、作曲家・作品ごとに片手作品を整理した「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」を公開しています。即興曲以外の作品についても知りたい場合は、あわせてご覧いただければと思います。

 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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