【ピアノ】左手作品から読み解くカール・ライネッケ:19世紀に左手ソナタを書いた先駆者
► はじめに
19世紀において、左手のためのピアノソナタを出版した作曲家は二人だけだとされています。一人はゲザ・ジチー(Géza Zichy, 1849–1924)であり、もう一人がカール・ライネッケ(Carl Reinecke, 1824–1910)です。
単楽章の小品や練習曲ならともかく、多楽章構成のソナタを片手だけのために書くことは、音響的な多様性を確保するうえで根本的な困難を伴います。それでもライネッケはOp.179というソナタを世に出しました。左手ピアノ音楽の歴史においてこの作品が占める位置は、その音楽的な内容の評価とは別に、まず「稀少な存在」という点において際立っています。
► 左手作品から読み解くカール・ライネッケ
‣ ライネッケという人物
1824年6月23日、ハンブルク近郊のアルトナに生まれたライネッケは、声楽理論家であった父J.P.ルードルフ・ライネッケのもとで音楽教育を受けました。1840年代から演奏家・作曲家としてヨーロッパ各地で活動し、コペンハーゲンでは宮廷ピアニストを務めています。
パリではリストとも関係を持ち、リストの娘コジマにピアノを教えました。リストはライネッケの演奏について、「美しく、柔らかいレガート、叙情的なタッチ」と評価しています。
1851年にケルンへ移り、ヒラーの音楽院で対位法とピアノを教え、指揮者としても活動しました。1860年にライプツィヒ音楽院の教授となり、1897年には院長に就任しました。また1895年にニキシュが後任につくまで、ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者も兼務しました。彼は古典派の伝統を重視した音楽家であり、J.S.バッハやヘンデル、さらにパレストリーナへとさかのぼる古い音楽を積極的に取り上げたことでも知られています。
ライネッケが教授・院長を務めたライプツィヒ音楽院では、グリーグ、スヴェンセンら多くの音楽家が学びました。1902年に退職するまで、長くライプツィヒの音楽界を支えました。
作曲家としてはシューマンに近い作風ですが、特に晩年の作品にはブラームス風の荘厳さと温かさが感じられます。
‣ 左手作品2点を読む
· ① 2つの性格的小品とフーガ Op.1 より フーガ(左手のみ)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

Zwei Charakterstücke und eine Fuge, Op. 1 — Fuge
作曲年:1837年頃(資料によって扱いが異なる)
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
ライネッケの左手作品は、1884年のOp.179が最初ではありません。若き日のOp.1にも、左手のみで演奏するフーガが含まれています。
Op.1全体は「2つの性格的小品とフーガ」という構成ですが、最初の2曲は両手作品で、フーガのみが左手だけで演奏する作品として作曲されました。
連打を交えた特徴的な主題によるポリフォニックな書法で書かれており、曲末はホモフォニー風に変化し、消えゆくように(perdendosi)静かに遠ざかりながらピカルディ終止で締めくくられます。手の大きさによっては弾きにくい箇所があります。
· ② 左手のためのピアノソナタ Op.179
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1楽章 1-3小節)

Eine Klaviersonate für die linke Hand allein, Op. 179
作曲年:1884年
演奏時間:全曲合計 約15分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
19世紀に出版された左手独奏のためのピアノソナタとして、ゲザ・ジチーのソナタと並ぶ稀少な作品です。現在までの研究では、片手という制約のなかで多楽章のソナタという形式を成立させた作品は、この二つを除いて19世紀には存在しないとされてきました。
4楽章構成で、各楽章はいずれも伝統的な形式に従っています。
・第1楽章(Allegro moderato):ソナタ形式
・第2楽章(Andante lento):ハンガリーの民謡「Nemenj rózsám a tarlóra」を主題とした変奏形式
・第3楽章(Menuetto):大きな跳躍が連続するスケルツォ風のメヌエットで、トリオを含む
・第4楽章(Allegro molto):16分音符のパッセージワークを中心とした技巧的なフィナーレ
19世紀のロマン派的和声を基調とし、シューマンとブラームスへの影響が随所に見られます。
‣「19世紀に左手ソナタを書いた二人」という意味
ライネッケとジチー——19世紀に左手のためのピアノソナタを出版した、この二人の作曲家の存在は、ただの歴史的な珍しさではありません。ソナタという形式は複数の楽章にわたって対比と展開を積み重ねる構造であり、片手だけでそれを実現しようとすることは、音響的な多様性の確保という問題と正面から向き合うことを意味します。
ジチーは右腕を失った演奏家として、この挑戦を自らの必然として受け入れました。ライネッケの場合は、必然ではなく選択です。ライプツィヒ音楽院の教授・院長として古典的な音楽の伝統を重視した人物が、ソナタという形式を左手のために選んだ——その動機は資料に記されていませんが、伝統的な形式を重視した彼が、その伝統的なソナタ形式を、片手という制約の中でも成立させようとしたことには、ライネッケの音楽観の一端を見ることができます。
► ゲイリー・グラフマンの演奏で聴く
ゲイリー・グラフマン(Gary Graffman, 1928–2025)が、ライネッケのソナタの第2楽章を演奏する映像が残っています。
Music & Truffles – Gary Graffman plays left hand piano for the children
演奏曲目:Reinecke, Carl:Eine Klaviersonate für die linke Hand allein, Op.179-2
(チャンネル:Mooredaleconcertstv)
► 終わりに
ライネッケの名前が今日の演奏会プログラムに登場する機会は多くありません。しかし、Op.179は、19世紀に書かれた左手独奏作品としては異例の規模を持ち、現在でもソナタ全曲を演奏する価値のある貴重なレパートリーです。
参考文献:
・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・ニューグローブ音楽大事典「Reinecke, Carl」の項
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・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー
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