【ピアノ】左手音楽から読み解くレイモンド・レヴェンタール

【ピアノ】左手音楽から読み解くレイモンド・レヴェンタール

► はじめに

 

左手独奏のためのピアノ曲を語るうえで欠かせない一冊に、「Piano Music for One Hand:A COLLECTION OF STUDIES, EXERCISES AND PIECES」という楽譜集があります。これを編纂したのが、アメリカのピアニスト、レイモンド・レヴェンタールです。彼は、左手音楽の普及と再評価に大きく貢献しました。

本記事では、そんなレヴェンタールの生涯と、左手音楽との関わりについて紐解いていきたいと思います。

 

► 左手音楽から読み解くレイモンド・レヴェンタール

‣ 波乱に満ちた前半生

 

レヴェンタールは1923年8月29日、テキサス州サンアントニオに生まれました。生年についてはしばしば1926年と紹介されることがありますが、出生証明書の確認により、実際には1923年生まれであったことが分かっています。子役として活動していた経歴を有利にするため、年齢を若く偽っていたのではないかと考えられているようです。師の一人であるオルガ・サマロフは、アルカンの息子エリー=ミリアム・ドラボルドに師事していました。この系譜が、後にレヴェンタールがアルカン研究へ傾倒する一つの背景になったとも考えられます。

順調にキャリアを重ねていたレヴェンタールでしたが、1953年、ニューヨークのセントラルパークを歩いていたところ、暴漢の集団に襲われ、両手と両腕の骨を折るという大怪我を負ってしまいました。この事件をきっかけに演奏活動は一時中断を余儀なくされ、彼はヨーロッパへと拠点を移すことになります。長い療養期間を経て、レヴェンタールはフランス・ロマン派の作曲家アルカンの研究に打ち込むようになり、後の「ロマン派リバイバル」と呼ばれる潮流の中心的な存在へと成長していきました。1963年のラジオ放送での復帰をきっかけに、G. Schirmer社からアルカン作品集の校訂を依頼され、以降は演奏家・校訂者としての活動を本格化させています。

この事件と左手音楽への関心との直接的な因果関係を示す資料は確認できません。しかし、両腕を大きく負傷した経験が、その後の片手作品への関心と無関係だったとは言い切れないでしょう。

 

‣ 左手音楽との接点:「Piano Music for One Hand」の誕生

 

レヴェンタールがSchirmer社のために手がけた仕事の一つが、1972年に出版された「Piano Music for One Hand:A COLLECTION OF STUDIES, EXERCISES AND PIECES」です。バルトーク、レーガー、サン=サーンス、ゴドフスキーなど30曲を収めたこの楽譜集は、初級から上級まで幅広い難易度の作品が収録されており、序文では演奏やペダリングについての助言も添えられています。左手音楽の歴史についても簡潔に触れられています。

一方、19世紀イタリアのピアニスト、デーラーやポリーニを左手音楽の先駆者とする記述には誤りがあるとも指摘されており、歴史的記述については慎重に扱う必要があります。

序文の中でレヴェンタールは、右手に一時的・恒久的な障がいを抱えるピアノ奏者のためだけでなく、両手が健全な奏者にとっても左手作品に取り組む意義を、その理由とともに説いています。ショパンが「左手は指揮者である」と語ったという逸話を引きながら左手の役割の重要性を強調している点も、左手音楽に対するレヴェンタールの考え方がよく表れています。

この楽譜集は、左手音楽を体系的に学べる数少ないアンソロジーとして、その後の左手ピアノ学習やレパートリー普及にも大きな役割を果たしました。

 

本書の詳しい内容については、レビュー記事としてまとめているので、あわせてご覧ください。

【ピアノ】レイモンド・レヴェンタール「Piano Music for One Hand」レビュー

 

‣ レヴェンタールは左手作品を作曲・編曲していたのか

 

現時点で確認できる資料を調査した限りでは、レヴェンタール自身が「左手のための」作品として作曲・編曲を行ったという記録は見つかりませんでした。

ただし、彼が両手用の作品をいくつか手がけていたことは確認できています。たとえば、ツェルニー、シューマンなど複数の作曲家によるトッカータを集めたアルバムには、レヴェンタール自身の作曲による「Toccata alla Scarlatti」という一曲が収められていました。また、グリエールの「ロシア水兵の踊り」を主題と変奏の形にまとめた自作のコンサート・パラフレーズも録音しており、演奏だけでなく創作の面でも一定の活動を行っていたことがうかがえます。ただ、これらはいずれも両手用の作品であり、左手独奏として書かれたものではありません。

つまりレヴェンタールの左手音楽への貢献は、作曲家としてではなく、あくまで編纂者・校訂者としての仕事に集約されると言えるでしょう。

 

► 終わりに

 

彼が丁寧にまとめ上げた「Piano Music for One Hand」という一冊は、今なお左手音楽を学ぶ人々に広く利用され続けています。演奏家としてだけでなく、忘れられた作品を掘り起こし、次世代へ伝える役割を果たした人物として、レヴェンタールの名は記憶されるべきものと言えるのではないでしょうか。

 

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