- 左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別 G-I
- ► はじめに
- ► 作曲家別 G-I
- ‣ Gable, Christopher クリストファー・ゲイブル
- ‣ Gabrilovich, Ossip Solomonovich(1878-1936) ガブリロヴィチ
- ‣ Ganz, Rudolph(1877-1972) ルドルフ・ガンツ
- ‣ Garrow, Louise ルイーズ・ガロウ
- ‣ Germer, Heinrich(1837–1913) ハインリヒ・ゲルマー
- ‣ Gerulewicz, Gerardo(1966- ) ヘラルド・ヘルレウィッチ
- ‣ Giles, John ジョン・ジャイルズ
- ‣ Glaeser, Carl Ludwig Traugott(1747-1797) カール・ルートヴィヒ・トラウゴット・グレーザー
- ‣ Glaser, Werner Wolf(1910/1913-2006) ヴェルナー・ヴォルフ・グレーザー
- ‣ Glière, Reinhold(1875-1956) レインゴリト・グリエール
- ‣ Goddard, Francis W. フランシス・W・ゴダード
- ‣ Godowsky, Leopold(1870-1938) レオポルド・ゴドフスキー
- · Studies on Chopin’s Etudes — for the left hand alone [LH]
- · Symphonic Metamorphosis of the Schatz-Walzer Themes from “The Gypsy Baron” [LH]
- · Waltz-Poems for the Left Hand Alone [LH]
- · Prelude and Fugue for the Left Hand Alone(B.A.C.H.) [LH]
- · Suite for the Left Hand Alone [LH]
- · Impromptu [LH]
- · Capriccio(Patetico) [LH]
- · Intermezzo(Malinconico) [LH]
- · Elegy [LH]
- · Etude Macabre [LH]
- · Meditation [LH]
- ‣ Goedicke, Alexander(1877-1957) アレクサンドル・ゲディケ
- ‣ Goldston, Margaret(1932-2003) マーガレット・ゴールドストン
- ‣ Golub, Peter(1952- ) ピーター・ゴルブ
- ‣ Goolkasian Rahbee, Dianne(1938-) ダイアン・ゴールカシアン・ラービー
- ‣ Goria, Alexandre Édouard(1823-1860) アレクサンドル・エドゥアール・ゴリア
- ‣ Greulich, F. W.(1796-1837) カール・ヴィルヘルム・グロイリッヒ
- ‣ Grill, Joyce ジョイス・グリル
- ‣ Groot, Cor de(1914-1993) コル・デ・フロート
- · Original Works
- – Apparitions, voor piano(linkerhand alleen) [LH]
- – Canzone dolorosa [LH]
- – Cloches dans le matin [LH]
- – Irish waltz [LH]
- – Tirage pour trois mains(”avant-la-garde et avant la lettre”) [LH]
- – Variations-imaginaires pour la main gauche et orchestre [LH]
- – Eighty-one seconds (in eighty-one bars) for J.S. for piano [LH/RH]
- – “In any Direction,” a poem for the right hand only with 2 pedals [RH]
- · Arrangements
- · Original Works
- ‣ Gryaznov, Vyacheslav(1982- ) ヴャチェスラフ・グリャズノフ
- ‣ Gurlitt, Cornelius(1820-1901) コルネリウス・グルリット
- ‣ Hamakawa, Rei 濱川礼
- ‣ Hanselmann, Jürg(1960- ) ユルク・ハンゼルマン
- ‣ Harris, Cuthbert(1870-1932) カスバート・ハリス
- ‣ Harris, Lillie(1994- ) リリー・ハリス
- ‣ Harris, Shirley(1941- ) シャーリー・ハリス
- ‣ Harrison, Sadie(1965- ) セイディ・ハリソン
- ‣ Hartmann, Béla ベーラ・ハルトマン
- ‣ Hartsell, Randall ランドール・ハートセル
- ‣ Hasse, Jean(1958-) ジーン・ハッセ
- ‣ Hässler, Johann Wilhelm(1747-1822) ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラー
- ‣ Hayashi, Hikaru(1931-2012) 林光
- ‣ Helps, Robert(1928-2001) ロバート・ヘルプス
- ‣ Hemel, Oscar van(1892-1981) オスカー・ファン・ヘメル
- ‣ Hennessy, Swan(1866-1929) スワン・ヘネシー
- ‣ Henry, Marcella A. マーセラ・A・ヘンリー
- ‣ Henze, Hans Werner(1926-2012) ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
- ‣ Hersch, Fred(1955- ) フレッド・ハーシュ
- ‣ Heucke, Stefan(1959- ) シュテファン・ホイケ
- ‣ Hicks, Marjorie Kisbey(1905-1986) マージョリー・キスビー・ヒックス
- ‣ Hindemith, Paul(1895-1963) パウル・ヒンデミット
- ‣ Hochstetter, Cäsar ツェーザル・ホーホシュテッター
- · Bach, Johann Sebastia / Präludium. Elegie. Aus dem 2. Teile des Wohltemperierten Klaviers [LH/RH]
- · Chopin, Frédéric / Präludium. Aus Op.28: 24 Präludien (Nr. 4). [LH/RH]
- · Chopin, Frédéric / Präludium. Aus Op.28: 24 Präludien (Nr. 6). [LH/RH]
- · Schumann, Robert / Romanze. Aus Op.124: Albumblätter, 20 Klavierstücke [LH/RH]
- · Max Reger / Aus »Blätter und Blüten«, 12 Klavierstücke [LH/RH]
- · Zichy, Géza / Liebestraum. Fantasie [LH/RH]
- ‣ Hoenderdos, Margriet(1952-2010?) マルフリート・フーンデルドス
- ‣ Höffer, Paul(1895–1949) パウル・ヘッファー
- ‣ Hofmann, Josef Casimir(1876-1957) ヨゼフ・ホフマン
- ‣ Hollaender, Alexis(1840-1924) アレクシス・ホレンダー
- ‣ Holland, Dulcie Sybil(1913-2000) ダルシー・シビル・ホランド
- ‣ Holmes, Kathy キャシー・ホームズ
- ‣ Horn, Camillo(1860-1941) カミロ・ホルン
- ‣ Hovemann, Christina クリスティーナ・ホーヴェマン
- ‣ Hu, William ウィリアム・フー
- ‣ Huerter, Charles チャールズ・ヒュールター
- ‣ Hummel, Ferdinand(1855-1928) フェルディナント・フンメル
- ‣ Huss, Henry Holden(1862-1953) ヘンリー・ホールデン・ハス
- ‣ Hyde, Miriam(1913-2005) ミリアム・ハイド
- ‣ Ikebe, Shin-ichiro(1943- ) 池辺晋一郎
- ► 終わりに
左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別 G-I
► はじめに
本ページでは、G-Iで始まる作曲家の左手ピアノ作品をまとめています。作曲作品・編曲作品・教本・室内楽・協奏曲などを、作曲家ごとに整理しています。
作品を探す際は、以下のアルファベット別ページもご利用ください。
► 作曲家別 G-I
‣ Gable, Christopher クリストファー・ゲイブル
クリストファー・ゲイブルは、アメリカの作曲家・著述家・音楽教育者です。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で音楽の学士号を取り、ミネソタ大学で作曲の修士号と博士号(PhD)を得ました。師は、ドミニク・アルジェント、ジュディス・ラング・ザイモント、エマ・ルー・ディーマー(Emma Lou Diemer)です。現在は、ノースダコタ大学(グランドフォークス)の音楽学部で、音楽理論やロック史を教えています。これまでに、マカレスター大学、ミネソタ大学、セント・オラフ大学でも教えました。作品は、南北アメリカや上海で演奏されており、大学のアンサンブルや外部の団体から多くの委嘱を受けています。この曲をCDに録音したピアニスト、ナリアキ・スギウラ(Nariaki Sugiura)とは、同じ大学の同僚です。
· Five Words for Peace [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:平和のための5つの言葉
作曲年・出版年:不明
演奏時間:全曲合計 約18分10秒
分類:オリジナル作品(独奏)
音源:CD《Unbound: American Piano Music for the Left Hand》(Nariaki Sugiura, piano、Centaur Records、CRC 4168、©2026)の第6〜10曲(【ピアノ】ナリアキ・スギウラ「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」レビュー)
構成(全5曲)
I. Shalom(シャローム/サラーム) 約5分
II. Mir(ミール) 約2分10秒
III. Frieden(フリーデン) 約3分10秒
IV. Heiwa(ヘイワ) 約5分
V. La Paix(ラ・ペ) 約2分50秒
作品の背景
曲名の5つの言葉は、すべて「平和」を意味する言葉で、CDの解説書には、作曲者による各曲の説明が載っています。以下は、その要点です。
第1曲「Shalom」は、解説書では「Shalom/Salaam」と書かれています。イスラエルとパレスチナの、現在も続く紛争を指していて、この2つの言葉は、似た響きなのに、異なるものに見えるため、題名に両方を挙げたとのこと。中央部分は、中東のリズム型(リズム・モード)である maqsum に基づき、最後の部分は、2つの音楽的な考えが、難しい共存をしている様子を表します。
第2曲「Mir」は、ロシア語で「平和」ですが、「世界」も意味します。同じ言葉を使うだけで、語源の面から世界平和が実現できるかもしれない、という考えが気に入っている、と述べています。第3曲「Frieden」は、ドイツ語で「平和」を意味し、ドイツ・オーストリアのワルツのことで、平和な時代に人々が一緒に過ごす活動であるとしています。
第4曲「Heiwa」は、日本語の「平和」で、調和という意味もあります。外側の部分は、平和な禅の庭を表し、自分の内面の調和と、自然との調和を表すものだそうです。中央部分は、平和を求めて努力する音楽で、それが簡単ではなく、多くの努力を要する、と述べています。第5曲「La Paix」は、バッハのフランス組曲のなかの楽章に着想を得ており、組曲の終曲であるジーグ(Gigue)は、複合拍子の活発な舞曲です。世界中の人々が、いつか喜びと平和のために踊ることを願う、と結んでいます。
音楽的な特徴
I. Shalom
ミステリアスに始まります。前半は無調的な語法ですが、聴きやすいと感じることでしょう。中盤からは、シンプルなメロディとシンプルな伴奏による、子守唄風の雰囲気になり、どことなくジョージ・ウィンストンの作品を思わせます。
II. Mir
トッカータ風のエチュードのような曲。終始、単音の連なりによるパッセージワークで進み、その運動の中でのダイナミクスの対比が印象的です。終盤は低音域に移っていき、中高音域で始まった冒頭とは対照的な音域で終わります。
III. Frieden
ミクソリディア旋法の音階が印象的な、浮遊感のある曲。ワルツの伴奏型は変わらず続きますが、メロディは、音域、音の形(単音、和音、オクターヴなど)、ダイナミクスなどを変えて、変化がつけられています。
IV. Heiwa
何かが誕生するかのような雰囲気に包まれた曲。限られた音数で、空間性を表現していきます。中盤からは、リズムが主体の、民族的な踊りのような場面が出てきますが、また前半の雰囲気に戻ります。最後は、第9音を伸ばした空虚な響きで、神秘的に締めくくります。
V. La Paix
バロックの対位法的な印象で始まる、本曲集の中にあって風変わりな曲。とくに前半は、どことなく弾きにくそうな印象を受けます。ラストでは、終わったかと思ったあとに約15秒のちょっとしたサプライズがあり、バロックではなく近代的な世界へ連れていかれます。
‣ Gabrilovich, Ossip Solomonovich(1878-1936) ガブリロヴィチ
オシップ・ガブリロヴィチ(1878年サンクトペテルブルク生まれ、1936年デトロイト没)はロシア出身のアメリカのピアニスト・指揮者・作曲家です。サンクトペテルブルク音楽院でアントン・ルービンシュタインにピアノを、リャードフやグラズノフらに作曲を学んでルビンシテイン賞を受賞したのち、ウィーンに渡りレシェティツキのもとでさらに研鑽を積みました。
1900年のカーネギーホール・デビューを皮切りにアメリカでも高い評価を得た演奏活動を展開する一方、1910年代にはミュンヘンのコンツェルトフェライン管弦楽団(後のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)の指揮者を務めています。第一次世界大戦の勃発で敵性外国人として拘束された経験を経て渡米し、1918年からはデトロイト交響楽団の初代常任指揮者としてオーケストラの発展に尽力しました。
作曲家としては大規模な作品よりも、自身の演奏活動のために書かれた小品を中心に手掛けています。
· Étude for the Left Hand, Op.12 No.2 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:左手のための練習曲 Op.12-2(《2つのピアノ小品》Op.12 より)
出版:1917年
演奏時間:約5分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:レオポルド・ゴドフスキーに献呈
「2つのピアノ小品 Op.12」の第2曲として書かれた演奏会用エチュード。
メロディにあたる音符には大きな符頭、それ以外の音符には小さな符頭が用いられており、主要メロディを視覚的に区別しやすい工夫が施されている点が、記譜上の特徴と言えるでしょう。
特に前半の大部分では、旋律がオクターヴ・ユニゾンによって補強される書き方になっています。全体を通じて高音域はほとんど用いられず、中低音域を中心とした重厚な響きが支配的で、曲想にもどこか重々しさを感じずにはいられません。
シンプルな旋律線を、アルペジオや随所に織り交ぜられた半音階的な動きを持つ伴奏で彩る書法は、ゴドフスキー「ショパンのエチュードによる練習曲 より No.16 Op.10-6」の編曲を思わせるところがあります。
‣ Ganz, Rudolph(1877-1972) ルドルフ・ガンツ
ルドルフ・ガンツ(1877年2月24日チューリッヒ生まれ、1972年8月2日シカゴ没)はスイス系アメリカ人のピアニスト・指揮者・作曲家・教育者です。チューリッヒ、ローザンヌ、ストラスブールで音楽を学んだ後、ベルリンでブゾーニにピアノを師事しました。
1899年にベルリン・フィルとのデビューを飾り、翌1900年にアメリカへ渡ってシカゴ音楽大学でピアノ科を率いました。1905年には同地でラヴェルの音楽をアメリカで初めて演奏した人物としても知られています。1921年から1927年はセントルイス交響楽団の首席指揮者を務め、1934年からはシカゴ音楽大学の学長として1954年まで在任しました。
バルトーク、ラヴェル、ヴァンサン・ダンディらの作品を北米に積極的に紹介したことでも評価されています。
ガンツについてさらに詳しく知る
【ピアノ】左手作品から読み解くルドルフ・ガンツ:左右を往還した多面的な音楽家
· Capriccio No.1 for the left hand alone, Op.26 No.1 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:カプリッチョ 第1番 Op.26-1(左手のための)
作曲年:不明
出版:1917年、G. Schirmer(ニューヨーク)
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:モリー・マーゴリーズ(Mollie Margolies)
ガヴォット的な三部形式(G-dur—e-moll—G-dur)をとる小品です。両端のセクションは活き活きとした楽想ですが、中間部はテンポが落ち着き、広い音域のアルペジオに包まれた内省的なメロディが現れます。
Op.26は、No.1(左手)とNo.2(右手)がペアをなす作品として同時に出版されており、興味深い試みと言えるでしょう。
· Capriccio No.2 for the right hand alone, Op.26 No.2 [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:カプリッチョ 第2番 Op.26-2(右手のための)
作曲年:不明
出版:1917年、G. Schirmer(ニューヨーク)
演奏時間:約5分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:レスター・ドナヒュー(Lester Donahue)
収録:「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)
構成
Allegro moderato(Tempo di Gavotta):49小節
Tranquillo:36小節
Tempo I:49小節
Tranquillo:9小節
Vivace:最後の5小節のみ
音楽的な特徴
装飾音や半音階的な動きが随所に現れ、どこかおどけたような、諧謔味のある表情をもっています。Tranquillo の部分では、ソステヌートペダルの指示があるのも特徴と言えるでしょう。結びは唐突で、最後の5小節で突然 Vivace に切り替わり、一気に曲を閉じます。
‣ Garrow, Louise ルイーズ・ガロウ
ルイーズ・ガロウはアメリカの作曲家・ピアノ教師です。デイヴィッド・カー・グローヴァーと長年にわたり協働し、教師・作曲家・クリニシャンとして「David Carr Glover Piano Library」をはじめとする初級者向けピアノ教材の制作に携わったことで知られています。
· Waltz Time for Left Hand alone [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:ワルツタイム(左手のための)
作曲年:1973年
出版年:1973年
演奏時間:約1分
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏曲・教育用小品)
収録:「David Carr Glover Program Solo Series」
アメリカのピアノ教則シリーズ「David Carr Glover Program Solo Series」の一冊として出版された、初級者向けの左手独奏ワルツ。
運指とペダリングが記譜されているうえ、どの声部を歌わせるべきかという指示も書き込まれており、教材としての使いやすさが重視された作りになっています。手の大きさを問わない音遣いなので、年齢を問わず挑戦できるでしょう。
‣ Germer, Heinrich(1837–1913) ハインリヒ・ゲルマー
ハインリヒ・ゲルマーは、ドイツの生まれの音楽教育家・ピアニストで、ベルリンとドレスデンを拠点に活動しました。数百点にのぼるピアノ曲の校訂版を手がけ、現在では主にツェルニーの練習曲の校訂版で知られています。
· Die Technik des Klavierspiels, Op.28
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、Book2 より 第18章 ストレッチの練習曲 より 第2番)

邦題:ピアノ演奏の技法 Op.28
作曲(編纂)年:1886年頃
出版年:1886年頃
構成:Book1・Book2の2巻、および装飾音に関する付録
分類:教則本(独奏)
コルトーのピアノメトードのような性格を持つ、体系的な技巧練習集。
厳密には「片手のための作品」とは言い切れませんが、パターソンの左手独奏作品リストにも収録されている通り、一部の課題の中には「R(右手用)」「L(左手用)」と明記され、片方の手だけのために書かれた練習課題が数多く含まれています。
例えば、譜例で示した「Book2 より 第18章 ストレッチの練習曲 より 第2番」は「L」と記された左手単独用の課題で、2種類の運指が示されています。こうした片手専用の課題が全体にわたって多数散りばめられているのが特徴と言えるでしょう。
‣ Gerulewicz, Gerardo(1966- ) ヘラルド・ヘルレウィッチ
ヘラルド・ヘルレウィッチは、ベネズエラの作曲家・ピアニストです。1966年8月に、首都カラカスで生まれました。幼いころからヴァイオリンとピアノを学び、アントニオ・マストロジョヴァンニ(Antonio Mastrogiovanni)らに作曲を、フアン・アントゥネス(Juan Antúnez)にピアノを師事しています。1992年にモスクワの音楽院に入学し、1998年に、作曲家資格を最優等で取得しました。作曲はレオニード・ボブイレフ(Leonid Bobylev)、ピアノはリンマ・ジャナニナ(Rimma Zhananina と思われる表記)に学び、その後、同音楽院で博士課程も修めています。帰国後は、ベネズエラ中央大学の音楽学科の長を務めるほか、ホセ・アンヘル・ラマス高等音楽学校で、作曲を教えています。
· Preludio for the left hand, Op.10 No.3 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための前奏曲 Op.10-3
作曲年:不明
出版年:不明
演奏時間:約3分10秒
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:コラ・ロハス(Cora Rojas)
作品の背景
この前奏曲は、3曲の組曲の最終曲です。第1曲は右手のための練習曲、第2曲は両手のための夜想曲で、第3曲が、この左手のための作品です。
音楽的な特徴
非常に美しくカンタービレで、どこか懐かしさを秘めた作品。中盤から、メロディ以外のパートでオクターヴが連続し、カデンツァも置かれており、この点が、スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」を思わせます。オクターヴで旋律を奏でながら、その合間に和声を挟む書法は、ラヴェルの時代のフランス音楽のような響きがします。
‣ Giles, John ジョン・ジャイルズ
ジョン・ジャイルズについては、経歴を確認できる資料が見つかりませんでした。下記作品の楽譜の出版地がシドニーであることから、オーストラリアと関わりのある人物かもしれませんが、確認できていません。
· The Huntsmen and The Cunning Fox(Piano Solo for Left Hand alone)[LH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:狩人たちと狡猾なキツネ
作曲年:不明
出版:出版年不明、Dunstable Press、シドニー
演奏時間:約1分20秒
難易度:ツェルニー30番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
楽譜の表紙には、馬に乗った2人の狩人(1人は角笛を吹いています)、猟犬、キツネ、それに草木が、白黒の線画で描かれています。曲名のとおり、狩りの場面を描いた絵で、狩人と猟犬に追われるキツネが、題名の「狡猾なキツネ」にあたると思われます。絵の作者は、表紙から確認できません。
IMSLPの楽譜は、オーストラリア国立図書館が所蔵する楽譜のスキャンで、2015年にIMSLPに登録されました。IMSLPは、この楽譜を「パブリック・ドメイン」として扱っています。ただし、作曲者の没年が不明のため、著作権の保護期間が実際に満了しているかどうかは、確認できていません。
音楽的な特徴
曲は、ファンファーレで始まります。ファンファーレと、8分音符が続く音型(狩りの馬の足取りを思わせます)が交互に現れることで、曲が組み立てられています。ファンファーレは、弱奏で出てくることもあれば、強奏で出てくることもあり、狩りの一行が近づいたり遠ざかったりするような遠近感が表現されているのでしょう。
‣ Glaeser, Carl Ludwig Traugott(1747-1797) カール・ルートヴィヒ・トラウゴット・グレーザー
カール・ルートヴィヒ・トラウゴット・グレーザーは、エーレンフリーダースドルフ生まれ、ヴァイセンフェルス没のドイツの作曲家・音楽監督です。ライプツィヒのトーマス学校でトーマスカントルのヨハン・フリードリヒ・ドーレスに師事したのち、1771年からヴァイセンフェルスの市音楽監督、および聖マリア教会と公爵立ギムナジウム・アウグステウムのカントルを務めました。
· Minuetto for Piano 3-Hands [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-5小節)

邦題:メヌエット(3手のための)
作曲年:不明
出版年:1938年(長らく出版されていなかった)
演奏時間:約1分20秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度(片手奏者パート)
分類:オリジナル作品(室内楽、3手)
作品の背景
この作品が収められている「Vermischte Handstücke」は、アルフレート・クロイツの校訂により1938年にショット社(マインツ)から出版された曲集です。グレーザー自身が生前に世に出した印刷物は限られているため、この「メヌエット(3手のための)」は没後に編纂・出版されたものと考えられますが、作曲そのものが行われた年については不明です。
音楽的な特徴
優雅な古典的性格を持つメヌエット。反復記号による繰り返しを除けば、実質16小節というごく小規模な作品にまとまっています。最上段のパートは片手だけで演奏できるように書かれておりメロディを担当しますが、特に後半では、もう一人の奏者が受け持つ両手パートとの絡み合いも重要な書法として現れます。
‣ Glaser, Werner Wolf(1910/1913-2006) ヴェルナー・ヴォルフ・グレーザー
ヴェルナー・ヴォルフ・グレーザーは、ドイツ・ケルン生まれの作曲家・指揮者・ピアニストです。ケルン音楽院でピアノ・指揮・作曲を学んだのち、ベルリンでパウル・ヒンデミットに師事しました。ユダヤ系であったため1933年にナチスの迫害を逃れてパリへ亡命し、その後デンマークへ移っています。1943年、デンマークからスウェーデンへのユダヤ人大脱出に際して同国へ逃れ、以後スウェーデンを拠点に活動しました。1945年にはヴェステロース音楽学校の設立に携わり、1975年まで校長を務めたほか、指揮者・音楽評論家としても活躍しています。多くの作品を遺し、2006年、ヴェステロースで没しました。
※生年については、資料間で表記に揺れがあります。
· Präludium(tillägnad Tomas Tranströmer) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:前奏曲(トーマス・トランストロンメルに捧ぐ)
作曲年:1994年
演奏時間:約2分40秒
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:詩人トーマス・トランストロンメルへ
所蔵:SMIC(スウェーデン音楽情報センター)
作品の背景
スウェーデンを代表する詩人トーマス・トランストロンメルは、1990年に脳卒中を発症して右半身に麻痺が残り、言語機能もほぼ失いました。ノーベル賞公式サイトの伝記によれば、発症後も音楽への関心は一層深まり、複数の作曲家が彼の詩に曲を付けるとともに、左手のための新作ピアノ曲を彼に献呈したとされています。
グレーザー自身も、トランストロンメルに献呈した作品として「Melodia per la mano sinistra(1992、左手のための旋律)」「Präludium(1994)」「Sospeso(1996)」を書いており、Piano Music for the Left Hand Alone(left-hand-brofeldt.dk)では3曲いずれもトランストロンメルへの献呈作として紹介されています。
音楽的な特徴
もの悲しく、深みのある響きを持つ、遠くを見つめているかのような曲想の作品。中低域を中心として書かれ、完全5度の音程を低音域で響かせる箇所が随所に見られ、その響きが曲全体の土台となっています。終結部では、一音ずつ語りかけるようにゆっくりと曲を閉じます。
トーマス・トランストロンメルについてさらに詳しく知る
‣ Glière, Reinhold(1875-1956) レインゴリト・グリエール
レインゴリト・グリエールは、ロシア出身の作曲家・指揮者。キエフに生まれ、モスクワ音楽院でアレンスキーやタネーエフらに師事しました。キエフ音楽院長やモスクワ音楽院教授を歴任し、プロコフィエフやミャスコフスキーら次世代の作曲家を指導したことでも知られています。各地の民族音楽の収集・研究にも力を注ぎ、後期ロマン派の語法とロシア各地の民族色を融合させた作品で高く評価されました。
· Impromptu for the Left Hand, Op.99 No.1 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:2つの小品 Op.99 より 第1曲 即興曲(左手のための)
作曲年:1955年
出版年:1956年
演奏時間:約3分
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
1955年、晩年のグリエールが書いたピアノ小品集「2 Pieces for Piano, Op.99」の第1曲にあたる作品です。左手のみで演奏される即興曲として作られ、もう一方の両手用小品「メロディ」と対をなしています。作曲の翌年、1956年に出版されました。
音楽的な特徴
Andanteと指示された、落ち着いた性格の即興曲です。1オクターブ以内に密集した和音が連なっていく書法で進行し、強弱記号が非常に細かく書き込まれています。半音階進行の和声が主旋律にほのかな彩りを添え、中間部でわずかにテンポが動いたのち、冒頭の落ち着いた表情へ回帰して静かに終止。全体を通して、気だるく美しい情感をたたえた作品です。
‣ Goddard, Francis W. フランシス・W・ゴダード
フランシス・W・ゴダードは、19世紀後半頃活動していたとされる作曲家です。同時代には数多くのサロン風小品の作曲家が活動していましたが、ゴダードについても出身地や経歴を裏付ける資料は今のところ見当たらず、詳細は不明です。
· Nocturne [LH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:夜想曲
出版年:1883年
演奏時間:約1分20秒
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
全16小節の中にカデンツァまで詰め込んだ、演奏会のアンコール作品を思わせる短さの小品。3連符の分散和音の上に、ゆったりと美しいメロディが歌われます。ただし、各小節の頭で毎回ロングアルペッジョが繰り返される作りになっているため、聴感上やや停滞感が生まれやすい点は否めません。
‣ Godowsky, Leopold(1870-1938) レオポルド・ゴドフスキー
レオポルド・ゴドフスキー(1870年ヴィルナ近郊ソシュリ生まれ、1938年ニューヨーク没)はリトアニア出身のアメリカのピアニスト・作曲家です。同時代のピアニストたちから神話的な存在として語られ、その演奏技術はホフマンやラフマニノフをも「神業」と言わしめました。
演奏会での知名度に反して多くの作品を残しており、中でも「ショパンのエチュードによる練習曲」は、ピアノ音楽史上難易度の高い作品群として現在も知られています。1930年に脳卒中で右手が麻痺したことは、左手音楽を大量に書き続けた直後の出来事として、皮肉な巡り合わせとして語り継がれています。
ゴドフスキーについてさらに詳しく知る
・【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群
・【ピアノ】なぜ、ゴドフスキーは左手のピアニストにならなかったのか
・【ピアノ】ゴドフスキー左手オリジナル作品入門:最初に挑戦したいおすすめ3曲
・【ピアノ】片手ピアノ音楽を知る手がかり:「THE GODOWSKY COLLECTION」Vol.3・Vol.4の巻頭解説
・【ピアノ】ニコラス・ロス「Godowsky: Apostle of the Left Hand」レビュー
· Studies on Chopin’s Etudes — for the left hand alone [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、No.22 Op.10-12 革命 1-2小節)

邦題:ショパンのエチュードによる練習曲 より 左手独奏編曲 全22曲
出版年:1894〜1914年出版
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:編曲作品(独奏)
作品の概要
全53曲からなる「ショパンのエチュードによる練習曲」のうち、22曲が左手独奏のために書かれています。
原曲のショパンのエチュードは両手のための作品ですが、ゴドフスキーはそれを左手のみで再現するに留まらず、調性の変更、和声の変更、内声部の追加、対位的な声部の書き加えなど、大規模な再創作を行いました。これらの変更の中には、左手編曲だからこそそうしたであろうものと(調性の変更に多い)、もっと創作的な意図で変更したであろうものとが両方含まれています。半音階的な色彩など、ゴドフスキーのオリジナル作品でも頻繁に聴かれるサウンドが多くの編曲で聴かれます。運指・ペダリングはゴドフスキー自身によって付けられました。
イシドール・フィリップはこの作品について「考えられるあらゆるリズムの組み合わせが詰め込まれており、現代ピアニズムに多大な影響を与えるだろう」と評しています。
なお、この左手独奏版22曲のうち最初に録音が残されたのは第22番(Op.10-12「革命」の編曲)で、1912年、ショパン弾きとして知られたヴラディーミル・ド・パハマンによるものでした(【ピアノ】左手音楽から読み解くヴラディーミル・ド・パハマン)。
左手独奏版 収録曲一覧
| Study No. | 原曲 | 調性(ゴドフスキー版) |
|---|---|---|
| No.2 | Op.10-1 | 変ニ長調 |
| No.3 | Op.10-2 | イ短調 |
| No.5 | Op.10-3「別れ」 | 変ニ長調 |
| No.6 | Op.10-4 | 嬰ハ短調 |
| No.12a | Op.10-5「黒鍵」 | 変ト長調 |
| No.13 | Op.10-6 | 変ホ短調 |
| No.15a | Op.10-7 | 変ホ長調 |
| No.16a | Op.10-8 | 変ト長調 |
| No.18a | Op.10-9 | 嬰ヘ短調 |
| No.20 | Op.10-10 | 変イ長調 |
| No.21 | Op.10-11 | イ長調 |
| No.22 | Op.10-12「革命」 | 嬰ハ短調 |
| No.23 | Op.25-1「エオリアンハープ」 | 変イ長調 |
| No.28a | Op.25-2 | 嬰ヘ短調 |
| No.30 | Op.25-3 | ヘ長調 |
| No.31 | Op.25-4 | イ短調 |
| No.35 | Op.25-5 | 変ロ短調 |
| No.40 | Op.25-9「蝶々」 | 変ト長調 |
| No.41 | Op.25-10 | ロ短調 |
| No.43 | Op.25-12「大洋」 | 嬰ハ短調 |
| No.44 | 3つの新しいエチュード No.1 | ヘ短調 |
| No.45a | 3つの新しいエチュード No.2 | 変ニ長調 |
比較的取り組みやすい作品
全曲を通じて難度は高いものの、比較的取り組みやすい作品として、No.5(Op.10-3 別れ)、No.13(Op.10-6)、No.35(Op.25-5)、No.44(3つの新しいエチュード No.1)などが挙げられます。
· Symphonic Metamorphosis of the Schatz-Walzer Themes from “The Gypsy Baron” [LH]
※本楽曲自体の著作権は消滅していますが、手元の楽譜(サパートン校訂版)における校訂・編集部分の著作権が存続しているため、譜例の掲載は見送っております。
邦題:宝石のワルツの主題による交響的変容
原曲:J. シュトラウス2世 / 歌劇《ジプシー男爵》より「宝石のワルツ」
出版年:1941年
校訂:David Saperton(ゴドフスキーの娘婿。厚めのオッシアを追加)
演奏時間:約10分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度(全左手作品の中でも難曲として知られる)
分類:編曲作品(独奏)
本作は1928年5月に書かれた作品で、ゴドフスキーが代表作「ショパンのエチュードによる練習曲」以降、約15年間新たな左手のための編曲を手がけていなかった時期における、数少ない例外の一つにあたります。
もとはパウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれた作品で、彼が3年間の独占使用権を得ていたにもかかわらず、結局ヴィトゲンシュタイン自身がこの曲を演奏することはなく、ゴドフスキーはのちにサイモン・バレアに献呈先を改めました。ゴドフスキー自身、妻への手紙の中で、この作品の出来映えについて、ヴィトゲンシュタインには少々もったいないほどの音楽だという趣旨のことを述べていたとも伝えられています。出版はゴドフスキーの死後まで持ち越され、1941年、娘婿にあたるピアニストのデイヴィッド・サパートンの校訂によって初めて刊行されました。
ヨハン・シュトラウス2世の音楽に基づくパラフレーズとしてはゴドフスキーにとって4作目にあたります。
7回にわたるテンポ変化によってワルツに次々と変化が与えられる構成で、左手独奏作品の中では、難易度・規模ともに充実した名作と言えるでしょう。
· Waltz-Poems for the Left Hand Alone [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

邦題:左手のための6つのワルツポエム
出版年:1930年(ゴドフスキー自身による序文は1937年1月1日付で追加収録)
難易度:ツェルニー40番修了程度
演奏時間:
No.1 Allegretto amabile 約2分
No.2 Allegretto grazioso 約4分
No.3 Allegretto amabile 約4分30秒
No.4 Moderato, con tenerezza e grazioso 約2分10秒
No.5 Moderato 約3分40秒
No.6 Con fuoco 約3分20秒
全曲合計:約20分
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:Carl Engel
サロン風の小品集。前後して書かれたシュトラウスの主題による作品とは異なり、本作は既存の旋律を借りることなくゴドフスキー自身の楽想で書かれています。特に第1番と第4番は、正しい弾き方をすればピアノがよく鳴るように書かれており、コンパクトながら完成度の高い作品と言えるでしょう。
全曲を通じて譜読み自体のハードルはさほど高くなく、コンパクトにまとめられているため、ゴドフスキーの左手作品に初めて取り組む際の入門としても適した曲集です。
· Prelude and Fugue for the Left Hand Alone(B.A.C.H.) [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)
作曲年:1929年
出版年:1930年
演奏時間:約5分30秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:アーサー・ローサー
ゴドフスキーにとって最初の左手独奏用オリジナル作品にあたるのが本作です。無窮動風の前奏曲に続いて、B-A-C-Hの音型を主題とするフーガが置かれています。前奏曲の終わりにフーガ主題の先取りが、フーガの終わりに前奏曲の回想が、それぞれさりげなく織り込まれているのも、この作品の粋な仕掛けの一つと言えるでしょう。
曲全体を通してオルゲルプンクト(保続音)が多用されています。前奏曲の締めくくり方からは、ラフマニノフの「前奏曲 ト短調 Op.23-5」の締めくくりを思い出さずにはいられません。
バロック時代の前奏曲とフーガに通じる楽想面での共通点は多く見られるものの、本作では、ゴドフスキー独自の対位法的・半音階的書法に加え、広い音域とダイナミクスの幅の大きさがあります。こういった部分が本作の聴きどころであり、演奏するうえでのポイントにもなっています。
· Suite for the Left Hand Alone [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第6曲 1-2小節)

邦題:左手のための組曲
作曲年:1929年頃(マジョルカ島パルマ滞在中に着想、資料により1926年作曲との記載もあり)
出版年:1930年
演奏時間:
I. Allemande 約4分10秒
II. Courante 約5分30秒
III. Gavotte 約4分30秒
IV. Sarabande 約4分
V. Bourrée 約3分
VI. Sicilienne 約4分50秒
VII. Menuet 約6分
VIII. Gigue 約3分20秒
全曲合計:約35分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:イシドール・フィリップ
この作品は、マジョルカ島パルマに滞在していた頃に作曲し、最終的に8曲からなる組曲としてまとめ上げられました。ゴドフスキー自身、ロココ風の形式を借りながら中身は従来にない新しいものだと自負していたようで、重要な作品と考えていたと伝えられています。
アルマンド、クーラント、ガヴォット、サラバンド、ブーレ、シシリエンヌ、メヌエット、ジーグという8つの舞曲からなり、いずれも18世紀の組曲形式を下敷きにしながら、そこに彼独特の重厚な対位法と和声を凝縮させた内容になっています。
第7曲「メヌエット」と第8曲「ジーグ」については、のちに作曲家自身により両手用にも編曲されました。
· Impromptu [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:左手のための即興曲
作曲年:1920年
出版年:1930年
演奏時間:約2分10秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ヨーゼフ・レヴィーン、エミール・R・ブランシェ
本作は1920年の作曲で、1930年前後に集中して出版された一連の左手作品群の中では、比較的早い時期に書かれました。
断片的なメロディをつなぎ合わせるようにして曲が組み立てられており、誰の耳にも分かりやすいメロディというわけではないものの、どこか情熱的な性格を感じさせる音楽になっています。8分音符が淡々と連なっていくシンプルな構造を持つ一方、臨時記号が非常に多く用いられているのも特徴の一つです。
· Capriccio(Patetico) [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:カプリッチョ(パテティコ)
出版年:1931年
演奏時間:約4分10秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:アーネスト・ハッチソン、エミール・R・ブランシェ
テクニックの多彩さやリズムの生命力に富んだ作品で、かなりの難度を持つ一曲。
同音連打が印象的に用いられている作品で、しかもその連打は一様ではなく、16分音符の3連符での連打、16分音符での連打、8分音符での連打、4分音符での連打というように、様々な音価・形で曲中に姿を見せます。曲の終わりは、それまでの活発さとは対照的に、非常に静かに閉じられます。
· Intermezzo(Malinconico) [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

邦題:間奏曲(マリンコニコ)
出版年:1930年
演奏時間:約3分10秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:アレクサンダー・ジロティ
その名の通り、どこか物憂げな(マリンコニコ)性格を持つインテルメッツォです。随所に用いられるスタッカートの表情に独特の味わいがあり、単なる哀愁に留まらない、しゃれた雰囲気を醸し出しています。
ゴドフスキーの左手作品の中では比較的取り組みやすい部類に入る一曲で、彼の左手レパートリーに触れる際の入り口としても適していると言えるでしょう。
· Elegy [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1小節目)

邦題:左手のための悲歌
出版:1931年
演奏時間:約3分10秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ゴットフリート・ガルストン、エミール・R・ブランシェ
収録:「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)
ゴドフスキーの左手作品の中では比較的取り組みやすい部類に入る一曲です。レイモンド・レヴェンタール編のアンソロジーに収録されたこともあり、ゴドフスキーの数ある左手オリジナル作品の中でも比較的よく知られる存在になりました。
冒頭には「mesto(悲しげに)」と記されていますが、単純な悲しみというよりも、もう少し遠くを見つめるような、奥行きのある表情を持った音楽です。音域は中〜低音域が中心で、高音部譜表の五線を上に飛び出すような箇所は、曲の終わり近くにわずかに現れるのみです。
· Etude Macabre [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:エチュード・マカーブル
作曲年:1929年
出版年:1930年頃
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:エミール・R・ブランシェ
もとは「Wailing Winds(泣き叫ぶ風)」という題名で構想されていた作品で、のちに現在の「Etude Macabre」という題に改められました。
1段の譜表に書かれた無窮動の練習曲で、書法としては、ゴドフスキーが編曲した「ショパンのエチュードによる練習曲 より No.2, Op.10-1」と近い性格を持つ作品です。
音が絶え間なく連続していく中に、アクセントの位置をあえてずらす仕掛けが随所に組み込まれています。この「隠された突っかかり」とでも言うべき仕掛けによって、無窮動の中でも作曲上のメリハリが生み出されているのが本作の面白さと言えるでしょう。
· Meditation [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:左手のための瞑想曲
出版:1930年頃
演奏時間:約3分30秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ドミトリ・ティオムキン、エミール・R・ブランシェ
収録:「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)
ゴドフスキーの左手作品の中では比較的取り組みやすい一曲です。レイモンド・レヴェンタール編のアンソロジーに収録されたことで、ゴドフスキーの数ある左手オリジナル作品の中でも比較的よく知られる存在になりました。
半音階的な書法による伴奏とともに、穏やかな旋律が紡がれていきます。ただし、その旋律自体にはこれといった際立った個性が少なく、人によってはやや掴みどころのなさを感じる部分もあるかもしれません。
‣ Goedicke, Alexander(1877-1957) アレクサンドル・ゲディケ
アレクサンドル・ゲディケは、モスクワ生まれのロシア(ソ連)の作曲家・ピアニストで、モスクワ音楽院でガリやパブスト、サフォーノフにピアノを学びました。作曲に関しては独学的な側面が強かったものの、アレンスキーやタネーエフらから助言や指導を受けたとされています。
1909年からはモスクワ音楽院のピアノ科教授を務め、後にはオルガンや室内楽も指導しました。バッハ演奏の解釈者としても名を馳せ、交響曲やオペラ、協奏曲から教育用の小品集まで幅広い作品を残しています。作曲家ニコライ・メトネルとはいとこ同士にあたります。
· Etude for the Left Hand, Op.32 No.28 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための練習曲 Op.32-28
作曲年:1925年
出版年:1925年
演奏時間:約40秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
初心者向けに書かれた全40曲からなる練習曲集「初心者のための40の旋律的練習曲 Op.32」のうち、左手のために書かれた1曲です。曲集全体は難易度順に第1巻(第1〜20番)と第2巻(第21〜40番)に分かれており、本曲は第2巻に含まれています。
音楽的な特徴
1段譜で書かれた練習曲。終始単音の連続によるパッセージワークで進み、背景和声の想像と指の運動を目的とした、純粋に指練習的な性格の強い一曲です。
‣ Goldston, Margaret(1932-2003) マーガレット・ゴールドストン
マーガレット・ゴールドストンは、1932年、キューバ・ハバナ生まれの作曲家・ピアノ教育者です。7歳のときに家族とともにニューオーリンズへ移住しました。ニューオーリンズでピアノと音楽理論を私的に学んだのち、ルイジアナ州立大学でピアノ演奏の音楽学士号を取得し、アトランタのエモリー大学でも学びました。作曲についてはロバート・ウォードに数年間師事しています。ノースカロライナ州の自宅スタジオでピアノを指導し、全米各地やカナダでマスタークラス・講習会も開催しました。2003年に亡くなっています。
· Blue Mood(for right hand or left hand alone) [LH/RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:ブルー・ムード(右手または左手のための)
出版:1999年、Alfred Music(Signature Series)
演奏時間:約2分
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Blue Mood (for right hand or left hand alone)(Amazon.co.jp)
備考:右手用・左手用の両方の運指が併記され、どちらの手の独奏でも演奏可能
物思いにふけるような足取りの4分音符の動きを中心に進む、メランコリックな雰囲気を持つブルース風の作品。アーティキュレーションやペダリングの指示が細かく書き込まれており、片手だけでも表情豊かな演奏解釈ができるよう配慮されています。
‣ Golub, Peter(1952- ) ピーター・ゴルブ
ピーター・ゴルブは、アメリカの作曲家で、映画、バレエ、コンサート用の作品などを手がけています。
· Six Pieces [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:6つの小品
作曲年:1980年頃
演奏時間:全曲合計 約5分50秒
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ライオネル・ノヴァクのために
構成(全6曲)
1. Rhapsodically
2. Smoothly
3. Sprightly
4. Ringing
5. Majestically
6. Playful
作品の背景
ノヴァクの録音に寄せた解説の中で作曲者は、本作をピアノという楽器そのものの音響を探る試みだったと位置づけ、優れた奏者の一つの手が、あたかも二つの手であるかのように響くことを目指したと述べています。
各曲とも2ページ程度にまとめられたコンパクトな仕上がりです。
‣ Goolkasian Rahbee, Dianne(1938-) ダイアン・ゴールカシアン・ラービー
ダイアン・ゴールカシアン・ラービーは、アルメニア系アメリカ人の血を引くアメリカの作曲家・ピアニストです。ジュリアード音楽院でピアノを専攻し、ザルツブルクのモーツァルテウムで室内楽を、帰国後はニューヨークでデイヴィッド・サパートン(レオポルド・ゴドフスキーの女婿)に、ボストンではラッセル・シャーマンらに師事するなど、正統的なピアニストとしての教育を受けました。作曲は正規に学んだわけではなく、自身のピアノ教室の生徒のために書いた小品がきっかけとなり、サパートンらの後押しを受けて40歳から本格的に作曲へ取り組むようになったといいます。以後、ピアノ独奏曲を中心に、幅広い分野で創作を続けています。
· Nocturne(from Abstracts, Op.7) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:夜想曲(「アブストラクト」Op.7 より 第1曲)
作曲年:1970〜1981年の間
演奏時間:約1分30秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
「アブストラクト Op.7」全9曲中の第1曲。この曲集の中で片手独奏として書かれているのは、この1曲のみです。メランコリックな印象をたたえたノクターンで、機能和声からは意識的に距離を置いた書法を取りながらも、耳あたりの良さを失わない親しみやすさを持っているのが特徴と言えるでしょう。孤独を抱えながら、どこか遠くをじっと見つめているかのような、内省的な情感が漂う小品です。
· Adventurous Saga, Op.224 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:アドヴェンチャラス・サガ(冒険の物語) Op.224
作曲年:2013年
演奏時間:約7分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:エイドリアン・ワイリー
ピアニスト、エイドリアン・ワイリーの委嘱により作曲され、2013年6月23日、作曲者の75歳の誕生日を祝う記念演奏会「75th Birthday Marathon of Music」にてワイリー自身により世界初演されました。
無調的な部分と調性感のある部分とが混在する構成を持ち、調性のはっきりした箇所では甘美な旋律が歌われます。曲の最後は低音域に密集した分散和音が鳴り響き、重々しい気分のまま沈み込むように締めくくられます。
‣ Goria, Alexandre Édouard(1823-1860) アレクサンドル・エドゥアール・ゴリア
アレクサンドル・エドゥアール・ゴリアは、パリ生まれのフランスのピアニスト・作曲家です。わずか7歳でパリ音楽院に入学し、ピアノや音楽理論を学びました。音楽院の伴奏助手を経て、1854年にはサン=ドニ帝立学院の教授に就任しています。ツェルニーと親交を結び、ゴットシャルクとも親しい友人だったことで知られ、37歳で早世するまでの短い生涯に、サロン風の性格小品を中心に100曲を超えるピアノ曲を残しました。
· Sérénade, Op.9(pour la main gauche seule) [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1小節目)
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邦題:セレナード Op.9(左手のための)
出版年:1846年頃
演奏時間:約4分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:カミーユ・プレイエル
5小節間にわたる自由な序奏に続いて、声楽的で穏やかな旋律が歌われます。音域の広い分散和音で進行し、最後にはカデンツァが置かれて華やかに締めくくられる、演奏効果を意識した作りになっています。
‣ Greulich, F. W.(1796-1837) カール・ヴィルヘルム・グロイリッヒ
カール・ヴィルヘルム・グロイリッヒ(1796–1837)はベルリンで活躍したピアノ教育者・作曲家です。師はルートヴィヒ・ベルガーで、左手音楽への関心を師から受け継いだ可能性が指摘されています。
· Etude in B-flat minor “Con brio e mobilità” from Etudes de Salon pour la main gauche seule, Op.19 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

邦題:左手のためのサロン練習曲集 Op.19 より h-moll “Con brio e mobilità”
作曲年:不明
演奏時間:約1分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
収録:「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)、ケーラー Op.302 他
速いテンポで16分音符が絶え間なく流れる無窮動的な練習曲。
技術的な課題としては、速いテンポの中で、1と3の指によるオクターブの連続、10度音程の跳躍が連続する箇所があり、手の柔軟性が問われます。後半は強弱記号が比較的細かく書き込まれており、遠近感の変化を丁寧にコントロールする表現力も求められます。
‣ Grill, Joyce ジョイス・グリル
ウィスコンシン大学マディソン校で学んだのち、フランスのフォンテーヌブロー音楽学校でロベール・カサドシュとジャン・カサドシュにピアノを、ナディア・ブーランジェに理論・作曲を師事したアメリカの作曲家・ピアノ教育者です。1974年から1999年まではウィスコンシン大学ラクロス校でピアノ等を指導し、2006年には全米音楽教師協会(MTNA)財団のフェローに選ばれました。教育用ピアノ曲を中心に数多く発表しています。
· Left Alone—Right On! / More Left Alone—Right On! [LH][RH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
出版:
第1集:1995年頃、Miami, FL:Belwin Mills(Warner Bros. Publications) ※現在はAlfred Musicが継承
第2集:1996年頃、Miami, FL:Belwin Mills(Warner Bros. Publications) ※現在はAlfred Musicが継承
分類:小品集(アンソロジー)
備考:各巻とも左手用・右手用の曲が混在
1冊の中に左手用と右手用の曲がともに収められているのが特徴で、ワルツやバラード風の抒情的な小品、ラテンやラグタイムなど、ポピュラー音楽の要素を取り入れた曲まで多彩な曲想が並びます。譜読みの負担が比較的軽く、難易度もブルグミュラー25の練習曲の入門から修了程度であることから、片手奏そのものに慣れるための入門教材という性格が強いシリーズです。
収録曲や版による違いなどの詳細については、以下の記事をご覧ください。
【ピアノ】Joyce Grill「Left Alone—Right On!」「More Left Alone—Right On!」シリーズ 完全ガイド
‣ Groot, Cor de(1914-1993) コル・デ・フロート
コル・デ・フロートは、オランダのピアニスト・作曲家・編曲家です。アムステルダム音楽院で学び、コンセルトヘボウ管弦楽団のソリストを務めたほか、ハーグ王立音楽院のピアノ科主任教授やエリザベート王妃国際コンクールの審査員も務めました。
1959年、右手に障がいを負うという転機が訪れます。直後から左手のためのレパートリーが形成されていき、多くの作曲家がデ・フロートのために左手の作品を書きました。右手の回復後も、国際的な演奏活動には戻りませんでした。
コル・デ・フロートについてさらに詳しく知る
【ピアノ】左手作品から読み解くコル・デ・フロート:オランダ左手ピアノ音楽の一章
※コル・デ・フロートは、「コル・デ・グロート」という表記が用いられることもあります。
· Original Works
– Apparitions, voor piano(linkerhand alleen) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:アパリシオン(幻影、左手独奏のための)
作曲年:1960年
出版年:1963年頃
演奏時間:全曲合計 約14分50秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Apparitions : voor piano (linkerhand alleen), (aug. 1960) / Cor de Groot
構成(全7曲)
第1曲 Marcia 演奏時間:約2分
第2曲 Agitato 演奏時間:約1分10秒
第3曲 Con moto 演奏時間:約1分10秒
第4曲 Andante 演奏時間:約2分
第5曲 Poco lento 演奏時間:約1分10秒
第6曲 Vehemente, tumultuoso 演奏時間:約4分30秒(Concert Version)
第7曲 Andante tranquillo 演奏時間:約2分50秒
作品の背景
性格の異なる7曲からなる小品集で、それぞれが独自の個性を持ちます。
第1曲 Marcia
メロディックで、お国柄を感じさせる曲。メロディが非和声音を伴って動いていく箇所でも、長くダンパーペダルを踏み続ける指示があり、片手ならではの書法になっています。曲の最後は、行進が遠ざかっていくかのように印象的に終わります。
第2曲 Agitato
冒頭に「Con fierezza」と書かれており、メロディ自体はシンプルですが、どことなく情熱的。クラシックギターをかき鳴らすかのような伴奏形が特徴で、断片的な素材が現れては消えていきます。
第3曲 Con moto
民族的でお国柄を感じさせる、夜を思わせる曲。テンポ変化の指示が非常に多く、冒頭に書かれた「molto rubato」を意図的に体現しようとしているものと考えられるでしょう。中高音域を中心とした書法のため、時折現れる低音が印象的に響きます。
第4曲 Andante
懐かしさと切なさを持つ、親しみやすいメロディの曲。中間部では動きが出て対照をなしますが、その後再び親しみやすいメロディが回帰し、儚く曲を閉じます。
第5曲 Poco lento
わずか3段のごく短い曲。メロディに出てくる複付点のリズムが印象的で、メロディ以外の部分は単純に和音を添えるだけにとどめられています。
第6曲 Vehemente, tumultuoso
第1曲と共通点を感じさせる、メロディックでお国柄を感じる曲。ゲーム音楽を思わせるような、ノリの良いクールな性格を持っています。
第7曲 Andante tranquillo
付点リズムが重要な役割を果たす、クラシックギターを思わせる曲。さまざまな旋法が入れ替わりながら用いられています。
– Canzone dolorosa [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:悲しみのカンツォーネ
作曲年:1983年
出版年:1983年
演奏時間:約2分30秒
難易度:ツェルニー30番修了~40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ヤン・ウェイン
楽譜:Canzone dolorosa : piano linkerhand, 1983 / Cor de Groot
作品の背景
ピアニスト、ヤン・ウェインに献呈された作品です。ウェインもまた、デ・フロートと同じ頃に右手の障がいを経験した人物で、その後ピアノ教育者として高く評価されるようになりました。
音楽的な特徴
8小節からなる序奏には、テンポの変化を示す指示が数多く書き込まれており、音楽の揺れが表現されています。2小節単位のパターンによる伴奏の上を、孤独感のあるメロディが乗っていき、中間部では、懐かしさを帯びた回想的なメロディが現れます。
– Cloches dans le matin [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:朝の鐘
作曲年:1979年
出版年:1982年
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー30番修了~40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Cloches dans le matin : pour la main-gauche, (piano), 1979 / Cor de Groot
「16分音符+4分音符」からなる音型が、宙を舞うかのように高音域で繰り返し現れ、朝の澄んだ空気を思わせます。広々とした情景を思わせる曲でもあり、中音域では切ないメロディが歌われます。
– Irish waltz [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:アイリッシュ・ワルツ
作曲年:1980年9月
出版年:1983年(自筆譜からの複製として出版)
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー30番修了~40番入門程度(原資料の表記では中級程度)
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ヤン・ウェイン
楽譜:Irish waltz : piano (alleen linkerhand), 1980 / Cor de Groot
備考:両手版、および2台のアイリッシュ・ハープのための版も存在
1980年9月、ヤン・ウェインのために書かれた作品です。自筆譜(holograph)からそのまま複製される形で出版されました。長調で書かれた作品ですが、どこか哀愁を帯びた美しさを持っています。薄めのテクスチュアで書かれ、主に鍵盤の中高音域に位置する書法が用いられています。
– Tirage pour trois mains(”avant-la-garde et avant la lettre”) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:3手のためのティラージュ
作曲年:1975年3月25日
演奏時間:約2分40秒
分類:オリジナル作品(室内楽、3手)
献呈:ジェラール・ファン・ブレルクとその夫人
校訂:フォルケ・ナウタ(2021年、録音のために自筆スケッチを解読・補完)
作品の背景
ピアニスト、ジェラール・ファン・ブレルクとその夫人のために書かれた作品です。自筆スケッチの状態で残されていたものを、フォルケ・ナウタが2021年の録音にあたって解読・補完し、演奏可能な形に仕上げました。
音楽的な特徴
楽しげで軽快な作品。途中で急にリズムが止まる箇所が複数あり、こういった意外性が楽しい小品にとどまらない、コンサート作品としての面白さを生み出しています。終盤は、疲れたか飽きたかのように去っていく趣で曲を閉じます。プーランクを思わせる「ヴァリエテ(variété)」風の性格を持っていると言えるでしょう。
– Variations-imaginaires pour la main gauche et orchestre [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手と管弦楽のための幻想変奏曲
作曲年:1960-1962年
出版年:1962年頃(ピアノ主奏部付きの2台ピアノ用縮刷版として)
演奏時間:約22分
分類:オリジナル作品(協奏曲)
献呈:ヨハン・ワーヘナール財団
構成(全7楽章、3グループ)
第1-3楽章:序奏 / 夜想曲 / スケルツォ
第4-5楽章:クワジ・ワルツァー / バーレスク
第6-7楽章:喚起 / フィナーレ(プレスト)
各グループの内部はアタッカで演奏されます。
作品の背景
1960年から1962年にかけて作曲された、規模の大きな演奏会用協奏曲です。出版にあたっては、独奏ピアノ部を伴う2台ピアノ用の縮刷版という形が取られました。
音楽的な特徴
活気に満ちた大規模な作品でありながら、独奏ピアノの書法自体は比較的簡潔なものにとどめられています。この点は、同じく左手のための協奏的作品であるブリテンの《ディヴァージョンズ》とも通じる性格と言えるでしょう。
– Eighty-one seconds (in eighty-one bars) for J.S. for piano [LH/RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:81秒(81小節) J.S.へのピアノ曲
出版年:1983年頃
演奏時間:約1分20秒
分類:オリジナル作品(室内楽、2手または3手)
献呈:トン・ウェステルバーン
楽譜:Eighty – one seconds : (in eighty-one bars) for j.s., for piano (two or three hands), 1983 / Cor de Groot
四分音符=184という速いテンポを終始厳格に保つよう指定された、ごく短い作品。10小節にわたるオクターヴの序奏に続き、高音域にワルツ風の伴奏音型が現れ、その上でB-A-C-Hの音型を用いた旋律が軽やかに展開されます。
伴奏パートは単独の片手だけでも演奏できるように書かれており、3手(1台のピアノを2人で弾く形)での演奏にも対応しています。
– “In any Direction,” a poem for the right hand only with 2 pedals [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:「あらゆる方向へ」 2つのペダルを使う、右手のための詩
作曲年:不明
出版:1974年
演奏時間:約5分20秒
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:In any direction : a poem for the right hand only, with 2 pedals, (1974) / Cor de Groot
右手のみを独奏に用いた演奏会用作品。楽譜には細かな演奏指示が数多く書き込まれており、例えば、曲全体を通して両方のペダルを踏み続けること、右足でスロー・トレモロ・ペダルないしハーフ・ペダルの奏法を用いること、最後のフェルマータの伸ばし方などが指定されています。
左手のための作品を数多く残したデ・フロートにとって、右手のみのために書かれたこの作品は、対をなす興味深い1曲と言えるでしょう。
· Arrangements
– Liebestraum No.3(Franz Liszt, arr. Cor de Groot) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:愛の夢 第3番(左手独奏編曲版)
原曲の作曲年:1850年
編曲年:1959年
演奏時間:約5分20秒
分類:編曲作品(独奏)
編曲の背景
右手に障がいを負ったコル・デ・フロートが自身のために、リストの「愛の夢 第3番」を左手独奏用に編曲した作品。
音楽的な特徴
「愛の夢 第3番」は、ゲザ・ジチーをはじめ、他にも複数の音楽家によって左手用に編曲されていますが、「音楽的な自然さ」という点では、デ・フロートによる編曲が特に秀でているように感じます。
原曲を尊重した編曲になっており、カデンツァの箇所では、左手のみでも演奏効果が十分に発揮されるよう、音の選び直しが行われているのが聴きどころの一つです。
録音について
この編曲は、デ・フロート自身によって録音され、左手編曲作品を集めたLP「Voor de linkerhand alleen」(Philips Minigroove、1960年頃)に収録されました。近年では、フォルケ・ナウタが2022年のCD「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」の中でこの曲を演奏しています。ナウタの解釈はデ・フロート自身の演奏に非常に近く、演奏時間の差もわずか4~5秒ほどであることから、デ・フロート自身の演奏を参考にした可能性も考えられます。
‣ Gryaznov, Vyacheslav(1982- ) ヴャチェスラフ・グリャズノフ
ヴャチェスラフ・グリャズノフは、ロシア出身のピアニストです。ソリストとして各国で演奏しているほか、ピアノ独奏や室内楽のための編曲を数多く手がけています。
· Mahler: Adagietto from Symphony No.5(for the left hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:マーラー:交響曲 第5番 より アダージェット(左手のための)
原曲:マーラー(Gustav Mahler)の「交響曲 第5番 第4楽章 アダージェット」、1902年
編曲:ヴャチェスラフ・グリャズノフ、編曲年は編曲者の解説によるとアルバムの録音より何年も前のこと
出版:2015年、Schott Music(Edition Schott、ED 21860)
演奏時間:約11分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:編曲作品(独奏)
楽譜:Piano Transcriptions: Works by Glinka, Borodin, Tchaikovsky, Rachmaninov, Mahler, Debussy / Vyacheslav Gryaznov(schott-music.com)
編曲者自身の解説(楽譜の販売ページに掲載)の要点
オーケストラとの共演でアンコールに弾く曲として構想されました。大きな作品を編曲の題材にしようと考え、当時よく聴いていたマーラーから、弦楽とハープだけで書かれたアダージェットを選んでいます。原曲の編成が限られていることが、ピアニストの手を片手に限るという着想に合い、編曲の課題にもなりました。編曲後は長いあいだ演奏せず、今回のアルバムの構成を考えるなかで改めて取り組み、レパートリーの中心の一つになりました。
音楽的な特徴
原曲の印象をよく残した編曲。シンプルなメロディが片手の演奏によく合っています。音域を広く使ったアルペジオが見られ、特に楽曲の後半は譜面上からも緊張感が伝わってきます。
編曲者自身によるYouTubeチャンネルより(本人の演奏)
‣ Gurlitt, Cornelius(1820-1901) コルネリウス・グルリット
コルネリウス・グルリットは、ドイツ・アルトナ生まれの作曲家・オルガニストです。少年時代、カール・ライネッケの父親のもとで学び、その後コペンハーゲンに渡ってオルガンとピアノ、作曲を修めました。帰郷後は故郷アルトナで作曲やピアノ指導、合唱指揮にあたり、1866年頃には同地の主教会(聖三位一体教会)のオルガニストに就任、1870年代前半にはプロイセン王室から「音楽監督」の称号を受けました。その後1879年になってハンブルク音楽院で合唱の教師も務めています。
子供や学習者向けの親しみやすいピアノ小品を数多く残したことで知られています。
· Impromptu, Op.185 No.4(Etude für die linke Hand) [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)
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邦題:即興曲(左手のための練習曲) Op.185-4
出版年:1892年
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
「Sechs melodische Etüden für Pianoforte(ピアノのための6つの旋律的練習曲)Op.185」の第4曲。左手独奏はこの1曲のみで、他の5曲は両手用に作曲されました。
Vivaceの快活なテンポで書かれた、終始1段譜による無窮動練習曲です。3連符の音型を中心に、装飾音符や和音奏法など多彩な技巧が顔を見せます。
‣ Hamakawa, Rei 濱川礼
濱川礼は、日本のアマチュアのピアニスト・作曲家です。東京都の出身で、電気メーカーに勤めたのち、中京大学工学部の教授を務めました。右手に局所性ジストニアを発症したことから、創作も演奏も、左手のための作品が中心になりました。
· Yokohama Nostalgia(for the left hand alone) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための横濱ノスタルジア
作曲年:作曲者の解説によると、2016年2月27日の演奏会で自ら演奏するために書き下ろしたとのこと
出版:2020年、Muse Press(日本)
演奏時間:約10分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
音源:アルバム《Modern Music for Piano》(植松洋史〔Hirofumi Uematsu〕, piano、RMN Classical、2018年)に収録
楽譜:Rei Hamakawa: Yokohama Nostalgia for the left hand alone(muse-press.com)
作品の背景(上記出版楽譜の解説文より)
横濱は、作曲者が生まれ育った土地ではありませんが、長年住んでいたこともあり、愛着のある街だといいます。異国情緒と、伝統・近代化の姿をうまく表現できればと考えて、みなとみらい、中華街、元町、山手のあたりを、年末年始に、何回も歩き回って、イメージを高めたようです。この曲では、横濱の、いろいろな側面(伝統的な歌、花火、古い西洋建築、現代建築、ジャズ、海)を、表現しようとしたとのことです。
主題は、「赤い靴」(作詞:野口雨情、作曲:本居長世、1922年)のコード進行から新しく旋律を作り、その旋律にさらに新しいコード進行(リハーモナイズ)を付けたもので、曲の随所に、元の「赤い靴」の主題の断片も出てきます。中間部と最後には、花火を模した特殊な奏法があり、作曲者は、おそらく過去のどの作曲家も用いていない、新しい奏法だと述べています。この曲は、第39回ピティナ・ピアノコンペティションの、グランミューズ部門入賞者記念コンサート(2016年2月27日)で、作曲者自身が演奏するために、書き下ろされました。
楽譜に書かれた指示・注記
・51小節目付近に、「ダンパーペダルをランダムに上げ下げして、夏の花火の音を思い描く」という趣旨の英語の注記
・最後の143小節目以降に、「大晦日の花火の音を思い描く」という趣旨の注記
・「花火を模した特殊奏法」は、ペダルを踏む際に発生する音によるもの
・106-109小節付近には、「Binary counting(0から15までの2進数の数え上げ)」という注記
・加えて、2進数を示す数字が記載
・131小節目付近には、「赤い靴」の主題であることを示す英語の注記
音楽的な特徴(運営者の見解)
導入部では、ダイナミクスによって、遠近感がコントロールされています。港の水の動きを思わせるような、山型のアルペジオも出現。その後ようやく、主題が分かりやすい形で顔を見せます。
花火を模した特殊奏法を経て、61小節目には、「4 beat a piacere」と書かれており、ジャズの雰囲気が、色濃く出てきます。曲の最後では、花火を模した特殊奏法や序奏部分の和音演奏による特徴などが戻ってきて、静かに締めくくられます。
全体的には無調の語法で書かれていますが、ときどき急に三和音の響きが浮かび上がり色彩が明るくなるのが特徴の一つと言えるでしょう。ジャズの雰囲気は、横浜がジャズの盛んな街であることを思わせます。
‣ Hanselmann, Jürg(1960- ) ユルク・ハンゼルマン
ユルク・ハンゼルマンは、スイスのピアニスト・作曲家です。ベルン音楽院でソリストの資格を得たのち、ロンドンでルイス・ケントナー、フランクフルトでイリーナ・エデルシュタインに師事し、1983年からはシャーンドル・ベレシュに作曲を学びました。ヨーロッパやアメリカで演奏活動を行い、妻のサンドラとピアノ・デュオも組んでいます。自作には左手協奏曲もあります。
· Cantique(für die linke Hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:カンティク(左手のための)
作曲年・出版年:不明
演奏時間:約4分30秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Bern:Müller & Schade(楽譜番号 M&S 1098)
作品の背景
本作は「3つの演奏会用練習曲」のうちの1曲で、作曲家自身が公開した演奏動画の説明によれば、2013年2月にザルガンス州立高校のホールで演奏されています。
動画の説明には、作品が音楽著作権団体SUISAの管理下にあると記されています。
音楽的な特徴
ヒューマンドラマ系の映画のサウンドトラックを聴いているかのような、穏やかな曲想を持つ作品。後半では、そのメロディが華やかなパッセージで装飾されて盛り上がり、コンサートピースとしての聴かせどころを作ります。
作曲家自身による演奏音源(YouTube)
‣ Harris, Cuthbert(1870-1932) カスバート・ハリス
カスバート・ハリスは、イギリスのピアニスト・作曲家で、1903年からロンドン南部ストリータムの聖レナード教会のオルガニストを務めました。音楽理論に優れた教師として評価されていたとされ、作曲作品も多く残しています。
· Left Hand Studies [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、No.1 THREE-PART CHORD PLAYING より PRELIMINARY EXERCISE 1-5小節)

邦題:左手のための練習曲集
出版年:1930年
難易度:ツェルニー30番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
イギリスの出版社Warren & Phillipsから刊行された、技術的な課題を段階別にまとめた全18巻のピアノ教材シリーズ「Studies for the Pianoforte」のうち、第5巻にあたる曲集。
各練習課題は、まずその回で扱う技術要素に特化したごく短い練習課題が置かれ、続けてその技術を用いた小品風の曲が配置される、という二段構えの構成になっています。技術訓練と音楽的な仕上げを両立させる、教育的配慮の行き届いた作りと言えます。
‣ Harris, Lillie(1994- ) リリー・ハリス
リリー・ハリスは、イングランドのカンタベリー生まれの作曲家で、楽譜の浄書・写譜も手がけます。2016年に王立音楽大学を卒業し、ハリス・キトスに作曲を学びました。2017年にテンソ青年作曲家賞を受賞し、ロンドン交響楽団やロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の若手作曲家プログラムにも選ばれています。
· Mystery in the Monastery(for the left hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:修道院のミステリー(左手のための)
出版年:2024年(ABRSM 公式版)
演奏時間:約50秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Mystery in the Monastery(for the left hand)(print-gakufu.com)
作品の背景
ABRSM(英国王立音楽検定)の公式版として出版されている作品で、楽譜の表紙には「ABRSM Official edition」と「for the left hand」の表示があります。
音楽的な特徴
全19小節の短い曲。8分音符による小節と、4分音符による小節が交互に繰り返され、それが連続することで曲が構成されています。d-mollのメランコリックな響きが、「修道院のミステリー」というタイトルの意味を想起させます。
‣ Harris, Shirley(1941- ) シャーリー・ハリス
シャーリー・ハリスは、オーストラリア出身のピアノ教師・編者です。1941年に、クイーンズランド州で生まれました。学習や協調運動に困難のある生徒、身体に障害のある生徒への、ピアノ指導を専門としています。
· Piano Music for One Hand [LH][RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:片手のためのピアノ曲集(オーストラリアの作曲家による)
編者:シャーリー・ハリス(Shirley Harris)
出版:1984年、Allans Music(メルボルン)
難易度:ツェルニー30番入門〜ツェルニー40番中盤程度
分類:小品集(アンソロジー)
楽譜:Piano music for one hand, by Australian composers / compiled by Shirley Harris(australianmusiccentre.com.au)
収録作曲家
コリン・ブランビー(Colin Brumby)
ロス・エドワーズ(Ross Edwards)
エリック・グロス(Eric Gross)
マイケル・ハナン(Michael Hannan)
ミリアム・ハイド(Miriam Hyde)
ドン・ケイ(Don Kay)
デイヴィッド・ギャラッシュ(David Gallasch)
ロナルド・ハンマー(Ronald Hanmer)
シャーリー・ハリス
ウィリアム・R・ホーキー(William R. Hawkey)
ジェフリー・リーク(Jeffrey Leask)
表紙について
表紙には、緑の地にハープの図柄と「ALLANS PIANO LIBRARY」の文字を入れた金色のラベル、左下に、Allansのロゴがあります。絵による説明を避けた整った装丁で、片手演奏のための作品群を客観的・体系的にまとめた本格的な「曲集・アンソロジー」としての格式高さを醸し出しています。
音楽的な特徴
取り組みやすい難易度ながら、作品によっては現代的な語法を体験できます。例えば、デイヴィッド・ギャラッシュの「Space Music(for James)for the right hand」は、聴きやすい音楽でありながら拍子表記を廃した書法で、宇宙的な自由さが表現されています。
‣ Harrison, Sadie(1965- ) セイディ・ハリソン
セイディ・ハリソンは、オーストラリア生まれの作曲家・演奏家です。1965年にアデレードで生まれ、1970年に、一家でイギリスへ移りました。サリー大学の作曲のクラスで、現代音楽に出会い、その日に、最初の曲を書いたといいます。ロンドンのキングス・カレッジで、ニコラ・ルファヌ(Nicola LeFanu)とデイヴィッド・ラムズデイン(David Lumsdaine)に師事し、博士の課程まで、作曲を学んでいます。2020年の初めから2022年の秋にかけて、左手のピアニストのための音楽に取り組んだ「Pasture and Storm Project」が、CD「Pasture & Storm」の題名の由来です。
· The Book of Storms and Mists [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:嵐と霧の書
作曲年:CDの題名の由来の「Pasture and Storm Project」は、2020年の初めから2022年の秋まで
出版:University of York Music Press(ヨーク)
演奏時間:全曲合計 約14分
分類:オリジナル作品(独奏)
音源:CD《Pasture & Storm: New Music for Left Hand Piano & Ensembles》(Nicholas McCarthy, piano、Prima Facie、PFCD193、©2022)に収録
構成(全5曲)
第1曲 Idyll – ‘The World Within’(牧歌) 約2分10秒
第2曲 Caprice – ‘..meadow of the air..’(奇想曲) 約1分50秒
第3曲 Nocturne – ‘..all the fog there ever was..’(夜想曲) 約4分
第4曲 Pasadoble – ‘..and now his blood goes singing..’(パソドブレ) 約3分
第5曲 Aubade – ‘..the mansion of the sky..’(暁の歌) 約2分50秒
音楽的な特徴
第1曲 Idyll – ‘The World Within’(牧歌)
音程幅の広いアルペッジョが多く使われ、ハープのような豊かな響きがします。最後は、同音連打がエコーのように残って終わります。
第2曲 Caprice – ‘..meadow of the air..’(奇想曲)
全音音階の響きが特徴的な作品。ユーモラスで、運動性の高い作品です。
第3曲 Nocturne – ‘..all the fog there ever was..’(夜想曲)
孤独感を感じさせる作品。オルゲルプンクト(保続音)から始まります。中盤以降は劇的になり、低音域の響きが充実します。やがてオルゲルプンクトが戻ってきて、もの悲しい雰囲気になり、不意に終わります。
第4曲 Pasadoble – ‘..and now his blood goes singing..’(パソドブレ)
民族音楽的な要素をもつ、自由な作品。同音連打、連続するスタッカート、トリルなどが随所に現れ、運動的な音遣いです。
第5曲 Aubade – ‘..the mansion of the sky..’(暁の歌)
東洋風の作品。遠くから聴こえてくるような、空間的な弱奏の旋律から始まり、次第に厚みを増していきます。最後には、深い低音を用いた重厚な響きに達し、全曲を締めくくります。
‣ Hartmann, Béla ベーラ・ハルトマン
ベーラ・ハルトマンは、ピアニスト・作曲家で、ロンドンを中心に演奏活動を行っています。2000年のリーズ国際ピアノコンクールでセミファイナリストになり、ニューヨークのカーネギー・ホールやロンドンのウィグモア・ホールでも演奏しました。ヴィトマン(Widmann)とペトル・エベン(Petr Eben)の作品を、イギリスで初演してもいます。作曲も手がけており、教育用の小品集「Big Pieces for Small Hands」などがあります。
· All Right – Nine Piano Pieces for the Right Hand Alone [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:オール・ライト 右手のための9つのピアノ小品
出版年:2025年
演奏時間:全曲合計 約22分
難易度:ツェルニー30番中盤程度〜ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品集(独奏)
楽譜・音源:ALL RIGHT for piano right-hand / Béla Hartmann(goodmusicpublishing.co.uk)
構成(全9曲、出版社ページの掲載順)
1. Consolation(慰め) 約1分50秒
2. Chase(追跡) 約1分10秒
3. Valse fugitive(束の間のワルツ) 約2分20秒
4. Menuet(メヌエット) 約3分00秒
5. March(行進曲) 約4分20秒
6. Elegy(エレジー) 約4分00秒
7. Song of the Thief(盗人の歌) 約2分40秒
8. Etude(練習曲) 約1分10秒
9. Prelude(前奏曲) 約1分30秒
作品の背景(作曲者の公式サイトの解説より)
9曲は、古典的なメヌエットから、後期ロマン派風の技巧的な見せ場の曲までと、気分も様式もさまざま。右手しか使えない場合にも、片手の名人芸を披露したい場合にも、取り組みがいのある曲を目指しているとのことです。片手であることを隠すような書き方もあれば、片手であることを美学として前面に出した曲もあり、中級から上級までの音楽的な楽しみと技術的な挑戦を同時に提供したい、と書かれています。
題名の「All Right」には、「大丈夫」を意味する言い回しと、「すべて右(手)」を掛けた言葉遊びがあるのかもしれません(筆者の推測)。
‣ Hartsell, Randall ランドール・ハートセル
ランドール・ハートセルはノースカロライナ州出身の作曲家です。12歳でピアノを始め、高校時代にはすでに作曲を手掛けていました。イースト・カロライナ大学でピアノ演奏とピアノ教授法を学び、1980年代初頭にリン・フリーマン・オルソンとの出会いをきっかけに自作の楽譜を出版社へ送るようになり、1990年にアルフレッド社から「Something Special」シリーズを刊行しました。以後、多くの作品集・独奏曲を発表しています。
· New Horizon(for right hand alone) [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:新しい水平線(右手のための)
出版:1999年、Alfred Music(Signature Series)
演奏時間:約2分20秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:New Horizon (for right hand alone)(Amazon.co.jp)
大譜表の上段に書かれた音符と下段の音がまるで会話をするように交互に受け渡されていく作品。使われている音の数自体はシンプルですが、強弱やフレージングといった表情の指示が比較的細かく書き込まれています。孤独感と哀愁を帯びた雰囲気が曲の始めから終わりまで一貫して保たれています。
· Spanish Sunset(for right hand alone) [RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:スペインの夕暮れ(右手のための)
出版:2003年、Alfred Music(Signature Series)
演奏時間:約1分40秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Spanish Sunset (for right hand alone)(Amazon.co.jp)
作品の背景
アルフレッド社のSignature Seriesより刊行された、右手のための小品です。表紙には広々とした屋外の風景写真が用いられているので、タイトルの情景を思い浮かべながら演奏を楽しむのはどうでしょうか。
音楽的な特徴
大譜表で記譜されていますが、下段(低音部譜表)はほとんど使われておらず、実質的に上段のみで音楽が進む書き方になっているのが特徴の一つと言えるでしょう。
使われている音自体はシンプルですが、強弱記号は比較的細かく書き込まれており、また、レガートで歌う部分と和音の連打による部分とのニュアンスの対比に味わいがある作品です。序奏の直後には「bring out melody(メロディを浮き立たせて)」という指示があり、埋もれがちな旋律の音を意識的に強調するよう演奏者に求めています。
‣ Hasse, Jean(1958-) ジーン・ハッセ
ジーン・ハッセは、オハイオ州クリーブランド生まれのアメリカの作曲家・ピアニストです。オーバリン音楽院でピアノ、指揮、音楽教育を専攻したのち、ボストンでは作曲家集団「Composers in Red Sneakers」の一員として活動しました。ガンサー・シュラー(当時マーガン・ミュージック代表)のもとでの音楽出版業務や、フェイバー・ミュージック社の米加代表を務めた経験を経て、1987年には自身の出版社ヴィジブル・ミュージックを設立しています。1994年にイギリスへ移住してからは、無声映画のための新作スコア制作でも知られ、コンサート音楽だけでなく映画・映像音楽の分野でも幅広く活動する作曲家です。
· Silk Water [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:シルク・ウォーター(左手のための)
作曲年:1992年
出版年:1994年
演奏時間:約6分
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:レオン・フライシャー
楽譜:Silk Water(Visible Music)
作品の背景
右手の局所性ジストニアにより長らく左手のピアニストとして活動していたレオン・フライシャーに献呈された作品で、1992年10月12日、ボストンで開催された「Composers in Red Sneakers」のコンサートにおいてフライシャー自身により初演されました。
作曲者自身の言葉によれば、大西洋の海辺に立ち、暗く穏やかな水面の中で手を動かした感覚からインスピレーションを得たとされ、静けさと時が止まったような感覚を音楽に映し出そうとした作品とされています。
音楽的な特徴
音数は決して多くないものの、一音一音に深い表現が求められる、孤独感の漂う音楽です。拍子の変化が比較的頻繁に起こる一方、書法自体はシンプルで、そのシンプルさの中に不思議な遠近感が感じられる作品となっています。演奏者の音楽的な成熟が試される一曲と言えるでしょう。
‣ Hässler, Johann Wilhelm(1747-1822) ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラー
ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラーは、ドイツのピアニスト・作曲家・オルガン奏者・ピアノ教師です。ドイツ語では「Häßler」とも綴られます。1747年にエアフルトで生まれ、14歳頃に教会のオルガン奏者になり、のちにピアノを教えました。1780年頃から各地へ演奏旅行に出かけています。1792年にロシアへ渡り、サンクトペテルブルクを経て、モスクワでピアニスト・作曲家・教師として活動しました。作品の多くはロシアで出版されています。1822年にモスクワで亡くなりました。
· Sonata VI a tre mani(from 6 leichte Sonaten, Theil 1) [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)
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邦題:6つの易しいソナタ 第1部 より 第6番 3手のためのソナタ
作曲年:不明
出版:1786年、作曲者自身(エアフルト)、ライプツィヒの Schwickert 社が委託販売
演奏時間:約6分30秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度(片手奏者のパート)
分類:オリジナル作品(室内楽、3手連弾)
献呈:Amalie 公爵夫人(表紙の表記は「Ihrer Herzoglichen Durchlaucht Amalie zu Sachsen Weimar und Eisenach」)
構成
《6 leichte Sonaten(6つの易しいソナタ)》第1部の第6曲。この曲集の表紙は、「Sechs leichte Sonaten fürs Clavier oder Piano-Forte, wovon Zwei mit Begleitung einer Flöte oder Violine und Eine für drei Hände auf Einem Claviere」で、6曲のうち、第1〜3曲は鍵盤楽器のソナタ、第4・5曲はヴァイオリン(またはフルート)のソナタ、第6曲が3手のソナタです。この項目では、片手関連の第6曲のみを扱っています。
楽譜に記載された作曲者の献辞の要点
献辞の日付は1786年2月で、エアフルトで書かれています。作曲者は、作者の献辞はいつもあいまいなものだ、と述べたうえで、献呈を思いついたのは私欲や名誉欲からではなく、公爵夫人がこれまで公に示してくれた厚意への感謝のためだとしています。そして、公爵夫人のような方のお望みとあれば自分はこれほど熱心に取り組むのだ、ということをこの3手のソナタが示してくれれば、と願っています。
音楽的な特徴
ハイドンに近いタッチの快活な作品。最上段が片手のパートです。基本的に、片手のパートが旋律を演奏しますが、両手のパートの右手との間で、「問いかけ」と「応答」のようなやりとりが多く見られます。
‣ Hayashi, Hikaru(1931-2012) 林光
林光は1931年東京生まれ、2012年に没した作曲家です。1953年に間宮芳生・外山雄三とともに「山羊の会」を結成、日本の国民音楽の発展を目指して本格的な作曲活動を開始しました。同年、《交響曲 ト調》で芸術祭賞を受賞したのを皮切りに、《オーケストラのための変奏曲》による尾高賞、映画『裸の島』(新藤兼人監督)の音楽によるモスクワ映画祭作曲賞、ヴィオラ協奏曲《悲歌》による尾高賞、オペラ《吾輩は猫である》によるサントリー音楽賞など、数々の賞を受けています。
合唱組曲「原爆小景」に代表されるように、社会的なメッセージを込めた作品を多く手がける一方、日本語と音楽の自然な結びつきを追求し、1975年からはオペラシアターこんにゃく座の座付作曲家・芸術監督として、「セロ弾きのゴーシュ」「森は生きている」「変身」など数多くの創作オペラを世に送り出しました。
· Floral Book – Preludes for piano(left hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:花の図鑑・前奏曲集 ピアノ(左手)のために
作曲年:2005年(6月~8月にかけて作曲)
初演:2005年10月2日、東京文化会館小ホール(舘野泉リサイタル)
演奏時間:全曲合計 20分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:舘野泉
構成(全8曲)
1. ヒメエゾコザクラ(Rhodohypoxis baurii) 約3分10秒
2. イヌタデ(Persicaria longiseta) 約2分15秒
3. イヌノフグリ(Veronica didyma) 約2分50秒
4. サンザシ(Crataegus cuneta) 約2分20秒
5. ハス(Nelumbo nucifera) 約2分
6. ツリフネソウ(Impatiens textori) 約1分50秒
7. フキ(Petasites japonicus) 約2分30秒
8. ノイバラ(Rosa multiflora) 約2分30秒
作品の背景
本作は、古今の詩人たちによって歌われてきた花々を題材にした、8曲からなる小さな前奏曲集です。各曲の冒頭には、その花にまつわる詩や歌――秋山清、中野重治、与謝野晶子、沖縄のわらべ歌、宮沢賢治、中世の「梁塵秘抄」、フランスの詩人ロンサールなど――からの引用を添えた短いエッセイが付されています。ただし作曲者自身が述べているように、これらは花の写生でも詩の音楽的描写でもなく、その光から出発しながらも、5本の指の運動から自然に生まれる音の変化を追うことを心がけて書かれています。
左手のピアニストとして舞台に復帰した舘野泉に捧げられ、初演後半年の間に日本各地20箇所ほどで演奏されました。
音楽的な特徴
無調の語法で書かれており、曲によっては小節線を持たないなど、主に20世紀以降の音楽で用いられるようになった自由な記譜が採用されています。各曲にはそれぞれ異なる性格が与えられており、8曲それぞれの個性が曲集全体に多彩な表情を与えています。
‣ Helps, Robert(1928-2001) ロバート・ヘルプス
ロバート・ヘルプスはアメリカのピアニスト、作曲家です。アビー・ホワイトサイドにピアノを、ロジャー・セッションズに作曲と理論を師事し、カリフォルニア大学バークレー校で学位を取得しました。ニューイングランド音楽院やマンハッタン音楽院など各地でピアノを教え、晩年は南フロリダ大学に在籍しました。他の奏者が手を出さなかった難曲を弾きこなすピアニストとして知られる一方、作曲家としてもグッゲンハイム・フェローシップやフロム財団賞などを受けています。
· Music for Left Hand: Three Etudes for Piano Solo [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための音楽 3つのエチュード
作曲年:1975年
出版年:1976年
演奏時間:全曲合計 約8分30秒
分類:オリジナル作品(独奏)
構成(全3曲)
第1曲 Andante con moto 献呈:イアン・アンダーウッド
第2曲 Adagio espressivo e rubato 献呈:タイソン・ストリート
第3曲 Allegro brillante 献呈:ルドルフ・コリッシュ
作品の背景
右手に不調を抱えていた時期、ヘルプスが自分自身のために書いた作品です。
作曲者自身の言葉によれば、片手用の作品を書く際の音の選び方には独特の難しさがあるといい、単一の手だけでは使える音が少なく音同士が近接しすぎる一方、連弾や2台ピアノでは逆に音が過剰になり響きが濁ってしまう——そのどちらの落とし穴も避けながら、片手の演奏であることを感じさせない音楽を作ることこそが、書き手にとっての挑戦だと述べています。
作曲家自身、3曲それぞれの性格を「高度にテクスチャー的でインプレッショニスティック」(第1曲)、「ヴォーカル的」(第2曲)、「ヴィルトゥオーゾ的——この場合、トッカータ」(第3曲)と特徴づけています。
音楽的な特徴
鍵盤の高音域を中心とした書法で、低音域はほとんど用いられません。大きな跳躍や複雑なリズムの組み合わせが要求される、技巧的な演奏会用作品です。第1・2曲には運指の指示がない一方、第3曲にはすべての音に運指が付されています。第3曲冒頭には「Senza or poco Pedal, except where indicated.(指示のある箇所以外は、ペダルを使わないか、ごくわずかにとどめる)」との注記があり、全体を通して作曲者自身による細かな指示が随所に見られます。
‣ Hemel, Oscar van(1892-1981) オスカー・ファン・ヘメル
オスカー・ファン・ヘメルは、アントウェルペン生まれ、ヒルフェルスム没のオランダの作曲家です。アントウェルペンの王立フランドル音楽院でアウグスト・デ・ブックとロデウェイク・モルテルマンスに師事し、第一次世界大戦後の1915年にオランダへ移りました。1931年から1933年にはロッテルダムでウィレム・ペイペルに作曲を師事し、その影響が作風にも表れているとされます。
· Sonatine voor de linkerhand = pour la main gauche(Sonatina for Piano Left Hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のためのソナチネ
作曲年:1959年
出版年:1959年
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:コル・デ・フロート
初演:1960年4月1日、アムステルダム(コル・デ・フロート独奏)
楽譜情報:Sonatine : voor de linkerhand = pour la main gauche, 1959 / Oscar van Hemel
構成(全3楽章)
第1楽章 Allegro
第2楽章 Passacaglia(Moderato)
第3楽章 Con allegrezza
音楽的な特徴
3楽章構成の左手のためのソナチネで、全体的にシンプルな書法で構成されており、随所に不協和音も聴かれます。
なかでも印象的なのが、第2楽章のパッサカリア。冒頭には「Passacaglia」と明記されており、はじめは音数の少ない単音の連なりによる主題が静かに奏でられます。その後、第1曲とも共通する補足リズム(メロディが伸びている間に、伴奏部分で拍を取るようにリズムを刻む手法)を伴う伴奏などを経て、次第に運動性が高まっていく構成になっています。
コル・デ・フロートについてさらに詳しく知る
【ピアノ】左手作品から読み解くコル・デ・フロート:オランダ左手ピアノ音楽の一章
‣ Hennessy, Swan(1866-1929) スワン・ヘネシー
スワン・ヘネシーは、アメリカ・イリノイ州ロックフォード生まれ、パリ没の作曲家です。ドイツで音楽を学んだのち、生涯の大半をパリで過ごしました。
· 2 Etudes for Piano Left Hand, Op.15 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-5小節)

邦題:左手ピアノのための2つの練習曲
作曲年:不明
出版:1906年頃と推定する資料あり
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
備考:別名「Deux études(en ut mineur)pour la main gauche seule」
第1曲 演奏時間:約1分40秒
多声部の処理、細かなパッセージ、3度音程の連続などを含む、総合的な性格の練習曲。ダ・カーポの直前で突然Vivaceに転じ、アッチェレランドがかかる仕掛けがあり、音楽的な驚きを生む場面になっています。
第2曲 演奏時間:約2分30秒
跳躍を伴う和音の連続、アルペッジョ、細かなパッセージなどを含む、総合的な性格の練習曲。6/8拍子から2/4拍子への移行、およびその逆の移行を含んでおり、音楽面での見どころとなっています。
‣ Henry, Marcella A. マーセラ・A・ヘンリー
マーセラ・A・ヘンリーは、1910年代を中心に作品を出版していたアメリカの作曲家・編曲家です。既存の旋律をもとにした左手独奏用の編曲作品を複数手がけています。
· Shepherd’s Lullaby [LH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:羊飼いの子守歌
作曲年:不明
出版年:1911年頃
演奏時間:約5分20秒
難易度:ツェルニー30番修了~40番入門程度
分類:編曲作品(独奏)
トリオ(24小節)を挟む構成で、形式的にもメヌエットを思わせるリズム感を持つ作品。
1拍目に付点リズムが置かれる形が多く見られ、トリオではやや軽やかな表情がのぞく程度で、全曲を通して雰囲気に一貫性があります。1拍目の頭でロングアルペッジョを奏する箇所が多く、楽譜の見た目以上に弾きにくさを感じる楽曲です。
‣ Henze, Hans Werner(1926-2012) ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
20世紀のドイツの作曲家、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェは、交響曲や協奏曲、オペラといった伝統的な形式を使って、壮大なスケールの楽曲を多数世に送り出しています。
創作の初期段階ではストラヴィンスキーやヒンデミットからの影響がみられ、やがて十二音技法なども試みますが、ルールに盲従することなく彼自身の音楽言語を追求し続けました。1953年、母国ドイツの空気に限界を感じた彼はイタリアへと拠点を移します。この地で、前衛的な作曲技法にヴェルディやベッリーニを思わせるイタリア特有の歌謡性や叙情美を掛け合わせ、オペラ「鹿の王」をはじめとする意欲作を次々に発表。こうして彼独自の音楽スタイルが確固たるものとなりました。
1960年代も後半に入ると、その創作姿勢に劇的な転換が訪れます。新左翼運動やマルクス主義へ深く傾倒し、キューバに渡って教育や指揮活動に取り組むなど、政治へのコミットメントを明確にしました。それに呼応するように、個人の尊厳や自由がいかにして権力や社会からの要請と衝突するかという社会・政治的テーマと正面から向き合い、かつてないほど野心的かつダイナミックな筆致で、自身の音楽へと投影していくようになったのです。
· La mano sinistra per pianoforte: Piece for Leon [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のためのピアノ曲(レオンのための小品)
作曲年:1988年
出版年:1990年
演奏時間:約3分30秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:レオン・フライシャー
左手演奏でも広く知られるピアニスト、レオン・フライシャーのために書かれた作品です。
小節線を用いず、3段の譜表に書き記された音楽で、厚みのあるクラスター和音の使用などが特徴と言えるでしょう。
無調による作品ですが、同じ音型の繰り返しが随所に用いられているため、無調作品としては比較的聴きやすい音楽となっています。エコーのような効果が時折差し挟まれており、単線的な響きに留まらない、立体的な奥行きを感じさせます。
‣ Hersch, Fred(1955- ) フレッド・ハーシュ
フレッド・ハーシュは、アメリカのジャズ・ピアニスト・作曲家・教育者です。1955年にオハイオ州シンシナティで生まれ、4歳でピアノを始めました。ボストンのニューイングランド音楽院を1977年に卒業し、ニューヨークに移ると、スタン・ゲッツ、ジョー・ヘンダーソン、アート・ファーマーらとも共演しました。ヴィレッジ・ヴァンガードには、1997年から定期的に出演しています。グラミー賞に17回ノミネートされたほか、グッゲンハイム・フェローシップ(作曲部門、2003年)も受けています。ニューイングランド音楽院、ジュリアード音楽院などで教え、教え子に、ブラッド・メルドーらがいます。
· Nocturne for Left Hand Alone [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための夜想曲
作曲年:作曲家の解説文に「2004年」の署名がある
出版:Edition Peters(EP68046。曲集全体で24ページ)
演奏時間:約5分
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ソフィア・ロソフ(Sophia Rosoff)
楽譜:Hersch: Three Character Studies(editionpeterspublications.us)
備考:《Three Character Studies》(3つの性格的練習曲)の第1曲(第2曲《Little Spinning Song》、第3曲《Study in Thirds and Sixths》は両手のための曲)
作品の背景
作曲家自身の解説によると、「Three Character Studies」は、ハーシュにとって、初めてすべての音を書き記したピアノ曲の集まりだそうです。それぞれの曲が、技巧やピアニズムの要素を扱った「練習曲」で、かつ、それぞれが、作曲家の知る人物にちなむ「性格的」な曲だとされます。「Nocturne for Left Hand Alone」は、長年のピアノの師、ソフィア・ロソフのための作品で、彼女は、ラフマニノフとスクリャービンを、特に好むそうです(解説の要旨)。
音楽的な特徴
大部分は、ゆるやかなアルペジオの伴奏にのってメランコリックな旋律が歌われる作品。下行するアルペジオが多く使われるのは、特徴の一つです。途中から同音連打が用いられて咳き込むような音楽になり、感情の揺れ動きを思わせますが、その後は大きなドラマは起きず、浄化されるように終わります。
‣ Heucke, Stefan(1959- ) シュテファン・ホイケ
シュテファン・ホイケは、ドイツの作曲家です。1959年にバーデン=ヴュルテンベルク州のガイルドルフで生まれ、デトモルト音楽大学(1982-86年)で、ピアノをアルヌルフ・フォン・アルニム(Arnulf von Arnim)に、和声・対位法・作曲をゲルハルト・シェーファー(Gerhart Schäfer)に学びました。1989年から2002年まで、同大学で音楽理論を教えています。1985年に、GEMA の「若いドイツの作曲家のためのフォーラム」で、「4つの管弦楽曲 Op.5」により受賞し、2007年には、ヴェストファーレン=リッペ地方協会のハンス・ヴェルナー・ヘンツェ賞を受けました。
· Nacht-Urnen Op.32 [LH][RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:夜の骨壺 Op.32(副題「Nocturnes」)
作曲年:不明
出版:1998年、Schott Music(ED 9145)
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Nacht-Urnen op. 32 : Nocturnes op. 32 / Stefan Heucke(stretta-music.de)
構成(全5曲)
5曲の連作。うち、第2曲が左手、第3曲が右手のための作品(第1・4・5曲の演奏形態は両手)です。曲目は、次のとおりです。
第1曲 Nocturne
第2曲 Ciaccona notturna(夜のチャッコーナ)[LH]
第3曲 Unendliche Melodie – Melodie der Unendlichkeit(無限旋律――無限の旋律)[RH]
第4曲 Unisono macabre (La scala dell’inferno)
第5曲 Marche funèbr
作品の背景
連作「Nacht-Urnen」は、フランス語の「nocturne(夜想曲)」を、「Nacht(夜)」と「Urne(骨壺)」に分解した、ブラックな言葉遊びを題にしています。販売ページの解説は、ロマン派の夜想曲(Nachtstück)というジャンルを、「葬る」意図があるとしています。
音楽的な特徴
第2曲 Ciaccona notturna 左手独奏 難易度:ツェルニー50番入門以降程度
変奏形式になっており、各変奏が、スケール、諧謔的な表情、跳躍の連続など、さまざまな表情を見せます。楽譜の冒頭は3/4拍子ですが、途中、5/8拍子、4/8拍子、3/8拍子など、拍子が頻繁に変わります。
第3曲 Unendliche Melodie – Melodie der Unendlichkeit 右手独奏 難易度:ツェルニー50番入門以降程度
下段では、F音のオルゲルプンクト(保続音)が、ひたすら続きます。その上(ときどき下)の音域で、装飾音符を記号を使わずに書き譜にしたような、運動的なメロディが動きます。
‣ Hicks, Marjorie Kisbey(1905-1986) マージョリー・キスビー・ヒックス
マージョリー・キスビー・ヒックスは、ロンドン生まれのカナダのオルガニスト・ピアニスト・作曲家です。カナダに渡ってからは、詩人ジョン・ヴィクター・ヒックスと結婚し、彼が60年以上にわたってオルガニストを務めたプリンス・アルバートのセント・オールバンズ大聖堂を拠点に、音楽家・音楽教師として活動しました。
· Two Indispositions [LH][RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:2つの不調
出版年:1969年頃
演奏時間:全曲合計 約4分50秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
「不調の右手」「不調の左手」というタイトルの通り、それぞれ使えなくなった方の手を想定して書かれた、いわば対になる片手作品集。第1曲「Indisposed Right Hand(不調の右手)」は右手が使えないという設定で左手のために、第2曲「Indisposed Left Hand(不調の左手)」は左手が使えないという設定で右手のために書かれています。
各曲の特徴
第1曲 Indisposed Right Hand(左手独奏、約3分)
「Lamento」と記された、メランコリックな性格の楽章。緩やかな速度による単音の連なりを中心としたパッセージワークが主体となっています。機能和声からは意識的に離れた書法をとりながらも、分かりやすい反復が随所に現れるため、聴きやすさを保っています。
第2曲 Indisposed Left Hand(右手独奏、約1分50秒)
第1曲とは対照的に、運動的で諧謔味のある性格を持つ楽章。短い曲の中に、終結部を含めて3回ものグリッサンドが現れ、サウンド上の際立った特徴となっています。
‣ Hindemith, Paul(1895-1963) パウル・ヒンデミット
パウル・ヒンデミット(1895年ハーナウ生まれ、1963年フランクフルト没)はドイツを代表する作曲家の一人です。1921年にシュトゥットガルトとドナウエッシンゲンで自作の一幕オペラを初演して注目を集め、急進的な前衛作曲家として頭角を現しました。1922年にはドナウエッシンゲンの室内楽演奏会の運営委員に選出され、当時の音楽の動向に対して強い影響力を持つようになります。Schott社との専属契約を結んだのもこの時期で、フランクフルト歌劇場のコンサートマスター職を辞して自由な創作活動に専念しました。Op.29が書かれた1922〜23年は、まさにこうした転換点の直中にあたります。
· Klaviermusik(Klavier: linke Hand)mit Orchester, Op.29 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のためのピアノと管弦楽のための協奏曲 Op.29(管弦楽付きピアノ音楽)
作曲年:1922-1923年(第1楽章:1923年5月24日完成)
出版年:2006年
演奏時間:約4分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(協奏曲)
献呈:パウル・ヴィトゲンシュタイン
構成(全4楽章)
I. Einleitung, Mäßige schnelle Halbe
II. Sehr lebhafte Halbe
III. Trio, Basso ostinato
IV. Finale, Bewegte Halbe
作品の成立と波乱の経緯
1922年、ヴィトゲンシュタインからの委嘱によって書かれた左手と管弦楽のための協奏曲です。ヒンデミットは1923年4〜5月にかけて全4楽章を完成させ、ヴィトゲンシュタインに送り届けました。楽譜を添えた書簡の中でヒンデミットは「最初は少し戸惑われるかもしれませんが、シンプルで完全に問題のない作品です。時間が経てばきっと気に入っていただけると確信しています」と記しています。
しかしヴィトゲンシュタインはこの作品を演奏しませんでした。彼は生涯にわたって独占的な演奏権を保持し、他のピアニストへの譲渡も出版も拒否し続けました。このためヒンデミット自身の作品目録にすら1925年まで記載が遅れ、楽譜は長らく日の目を見ませんでした。
2002年にヴィトゲンシュタインの遺産が調査された際、写譜による一部の資料がヒンデミット財団(スイス)に保管されていたことが判明しました。自筆譜のピアノ独奏部分は失われていましたが、保存されていたスケッチや資料をもとに楽譜が校訂・復元され、作曲から81年を経た2006年にEulenburg社から初めて出版されています。
音楽について
4楽章構成で、各楽章は異なる速度標語と性格を持ちます。第3楽章はトリオとバッソ・オスティナートの二部からなり、変奏曲的な性格を帯びています。ヒンデミット自身が「シンプルで完全に問題のない作品」と述べたように、同時代の前衛的な作風と比べると比較的聴きやすく、当時のヒンデミットの語法の一断面を示していると言えるでしょう。最終楽章の締めくくりが最も分かりやすくなるという、一種のサプライズさえ感じられます。
‣ Hochstetter, Cäsar ツェーザル・ホーホシュテッター
ツェーザル・ホーホシュテッター(1863年-没年不詳)は、ドイツ出身のユダヤ系音楽家です。オルガニストや作曲家、批評家としてドイツやスイスを拠点に活躍しました。 彼は同時代の音楽家と深い関わりを持っており、特に無名時代のマックス・レーガーの才能をいち早く見出し、世に広めた功績は重要です。また、左手用作品で知られるラインベルガーと親交があったほか、ゲザ・ジチーを称賛する批評も残しています。1940年までダルムシュタットでの居住記録が残っていますが、その後の足跡は謎に包まれています。
ホーホシュテッターについてさらに詳しく知る
【ピアノ】片手作品から読み解くツェーザル・ホーホシュテッター:第一次世界大戦の負傷者へ捧げた名曲編曲集
· Bach, Johann Sebastia / Präludium. Elegie. Aus dem 2. Teile des Wohltemperierten Klaviers [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-5小節)

邦題:J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第12番 BWV881 ヘ短調 より プレリュード」(ホーホシュテッター編、片手のための)
出版年:1917年
原曲:Bach, Johann Sebastian / Das wohltemperierte Clavier, 2 teil, 24 Präludien und Fugen Prelude und Fuge Nr.12 f-moll BWV881 Prelude
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
演奏時間:約4分30秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
J.S.バッハの原曲プレリュードをおおむね忠実になぞった編曲ですが、音域が下方へ大きく広げられており、原曲には見られないダイナミクスの指示が随所に書き加えられています。したがって、全体としてロマン派的な解釈の色合いが強く感じられる仕上がりになっているのが特徴と言えるでしょう。
曲の最後の2小節には、原曲にはないフェルマータとAdagioのテンポ指示が加えられており、これによってフーガを伴わずこのプレリュード単体で一つの完結した作品として成立させる意図がうかがえます。
「Album für das einhändige Klavierspiel」収録作品の運指について
この作品に限らず、曲集「Album für das einhändige Klavierspiel」に収録されている片手作品の運指については、左手で弾く場合の指番号に加え、右手で弾く場合の指番号も併記されています。両方の手での演奏に対応させようとする意図がうかがえます(曲集の序文にもその旨記載あり)。
· Chopin, Frédéric / Präludium. Aus Op.28: 24 Präludien (Nr. 4). [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

邦題:ショパン「プレリュード Op.28-4」(ホーホシュテッター編、片手のための)
出版年:1917年
原曲:Chopin, Frédéric / 24 préludes Prelude No.4 e-moll Op.28-4
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
この編曲では、原曲のメロディが1オクターヴ低く移されているうえ、和音伴奏も低音域に密集して配置されているため、全体の響きが原曲よりも重々しい印象を帯びています。メロディよりも高い音域で伴奏部分が鳴らされる場面が多く見られ、最上声部でメロディが歌われる原曲とは異なる響きの構造になっている点が特徴です。
調性・小節数はいずれも原曲から変更されていません。
· Chopin, Frédéric / Präludium. Aus Op.28: 24 Präludien (Nr. 6). [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)
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邦題:ショパン「プレリュード Op.28-6」(ホーホシュテッター編、片手のための)
出版年:1917年
原曲:Chopin, Frederic / 24 préludes Prelude No.6 h-moll Op.28-6
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
演奏時間:約1分50秒
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
原曲であるショパンの「プレリュード Op.28-6」は、左手が旋律を担う構成を持つ作品ですが、本編曲はその右手パートの和音を間引くなどの工夫で、左手一本のみでの演奏を可能にしています。調性・小節数とも原曲から変更されていません。ペダリングの指示は、曲頭にcon ped.の意味合いで一度記されているのみに留まり、以降は特に書き込まれていません。
発想標語などの独自の書き加えはなく、音の選び方以外は原曲の姿にかなり近い仕上がりになっているのが大きな特徴です。また、音程の広いアルペッジョを含む箇所もあり、演奏にあたっては一定の手の大きさが必要とされます。
· Schumann, Robert / Romanze. Aus Op.124: Albumblätter, 20 Klavierstücke [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

邦題:シューマン「アルバムの綴り Op.124 より 第11曲 ロマンス」(ホーホシュテッター編、片手のための)
出版年:1917年
原曲:Schumann, Robert / Albumblätter「Romanze」Op.124-11
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
演奏時間:約1分40秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
多少の創作的な補筆は加えられているものの、原曲の持つ雰囲気がしっかりと保たれた編曲になっています。主要な旋律がオクターヴで奏されるため、演奏にはやや高いハードルが伴い、加えて、比較的多くの跳躍が現れる点も技術的な難所となっています。
· Max Reger / Aus »Blätter und Blüten«, 12 Klavierstücke [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、ロマンス 第1番 1-4小節)

邦題:マックス・レーガー「葉と花」12のピアノ曲による3曲(ホーホシュテッター編)
出版年:1917年
原曲:Reger, Max /「Blätter und Blüten」12 Klavierstücke
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
5. Max Reger: Albumblatt(アルバムの綴り)
発想記号:Zart bewegt.
演奏時間:約50秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
わずか全22小節という、この3曲の中でも特に短い作品です。旋律の音と音の間を埋めるように内声が発音していく書き方が特徴的で、片手でありながら声部の絡み合いを感じさせる作りになっています。
6. Max Reger: Humoreske(ユモレスク)
発想記号:Lebhaft und leicht.(straff rhythmisch!)
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー40番中盤程度
軽やかな表情と、豊かに歌う部分との対照が魅力的な作品です。部分的にossia(代替奏法)が書かれていますが、「r.H.(右手)」「l.H.(左手)」というように、どちらの手で演奏するかによってossiaを使い分けているという、興味深い記譜が見られる一曲でもあります。
7. Max Reger: Romanze Nr.1(ロマンス 第1番)
発想記号:Langsam und ausdrucksvoll.
演奏時間:約2分30秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
豊かな情感をたたえたロマンス。ここでも、旋律の音と音の間を埋めるように内声が発音していく書法が用いられています。6度音程の連続が随所に現れ、これが本作のサウンド面での特徴の一つになっています。
· Zichy, Géza / Liebestraum. Fantasie [LH/RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-6小節)

邦題:ジチー「愛の夢 幻想曲」(ホーホシュテッター編、片手のための)
出版年:1917年
原曲:Zichy, Géza / Liebestraum
編曲:Hochstetter, Cäsar(右手・左手いずれでも演奏可能な編曲)
演奏時間:約5分
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:編曲作品(独奏)
収録:Album für das einhändige Klavierspiel
献呈:Den Verwundeten(第一次世界大戦の負傷者へ)
左手のみで活動したピアニストとして知られるジチー自身の作品を、ホーホシュテッターが片手演奏用に整えたもので、同曲集に収められた編曲の中では唯一、運指がまったく指示されていない点が特徴です。
主部以降の譜面は、一見すると両手用の作品かと思わせるほどの書法になっており、多くの部分で、メロディ・バス・ハーモニーという本来離れた声部を同時に鳴らそうとする構成をとっています。そのため、音楽にとって根幹となる自然な拍感が損なわれやすい書き方になっており、同曲集の他の編曲と比較すると、音楽的な自然さを保ちながら演奏するのがやや難しい編曲と言えるでしょう。
‣ Hoenderdos, Margriet(1952-2010?) マルフリート・フーンデルドス
マルフリート・フーンデルドスは、オランダのサントポールト生まれの作曲家・ピアニストです。ツヴォレ音楽院でピアノを学び、のちアムステルダム音楽院でトン・デ・レーウに作曲を師事しました。音の構造に焦点を当てた、厳密な方法論に基づく作風で知られます。
· Es verjüngt sich nach unten [RH]
邦題:下へ向かうほど若返る
英語題:It rejuvenates as it goes down
作曲年:1983年
出版年:1986年頃
演奏時間:約10分
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(独奏)
楽譜:Es verjüngt sich nach unten : piano solo (right hand) / Margriet Hoenderdos(webshop.donemus.com)
作曲者の演奏ノートには、次のような情景が示されています。ピアニストが左手に煙草を持ち、鍵盤をぼんやり見つめている。右手は、一つの旋律音から次の旋律音へと気軽に、確かな余裕をもって移ってゆき、その合間に装飾音をなめらかに滑り込ませる。つまり、果てしなくいじり弾きをしている。旋律の主要音と装飾音の密度とのあいだに、一種の「ゲーム」が生まれる、というものです。
題名は、音域が下がるにつれて拍動が速くなることを指しています。
メロディは単音で進行し、拍子記号も小節線もありません。その代わりに五線の下に「拍動の線」が置かれ、符頭で拍動が示されています。
‣ Höffer, Paul(1895–1949) パウル・ヘッファー
パウル・ヘッファー(1895年12月21日バルメン=エルバーフェルト生まれ、1949年8月31日ベルリン没)はドイツの作曲家・音楽教育者です。ケルン音楽院でヴァルター・ゲオルギイにピアノを、フランツ・シュレーカーに作曲を師事しました。その後ベルリンで活動を続け、1923年からベルリン高等音楽院で教えました。オペラ、オラトリオ、管弦楽曲、室内楽、ピアノ曲、声楽曲など幅広いジャンルを手がけており、作風はヒンデミットに近いとされています。
· Zwei Etüden from 12 Klavierstücke [LH/RH]
邦題:12のピアノ小品 より 左手のための2つの練習曲
作曲年:1941/42年
分類:オリジナル作品(独奏)
収録:「片手で弾くピアノ曲集」(編:ヴァルター・ゲオルギイ/音楽之友社)ほか
第1番 Largo
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

演奏時間:約6分
難易度:ツェルニー40番中盤程度
和音主体の書法による重々しい曲で、和音演奏とメロディのピックアップが主な練習課題。低音に繰り返し現れるリズム素材とオルゲルプンクトが「運命のノック」を思わせる印象を与え、J.S.バッハの「イタリア協奏曲 BWV971 第2楽章」にも通じる雰囲気を持っています。
第2番 Allegro vivace
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

演奏時間:約2分30秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
跳躍と高速連符の連続が練習課題。第1番とは対照的な諧謔的な性格を持っています。d-mollの主和音による力強い終結で締めくくられます。なお、難しい跳躍が続く箇所にはossiaが示されており、演奏上の選択肢が与えられているので、学習段階に応じて決定するといいでしょう。
‣ Hofmann, Josef Casimir(1876-1957) ヨゼフ・ホフマン
ヨゼフ・ホフマン(1876年クラクフ近郊ポドゴルジェ生まれ、1957年ロサンゼルス没)はポーランド系アメリカ人のピアニスト・作曲家・発明家です。幼少期から神童として名をはせ、アントン・ルービンシュタインが個人教授した唯一の弟子となりました。20世紀を代表する大ピアニストのひとりとして長年にわたり演奏活動を続け、特にショパンの演奏で高い評価を得ています。作曲家としても100曲以上の作品を残しており、多くは「ミヒャエル・ドヴォルスキー」という筆名で出版されています。また70以上の特許を持つ発明家でもありました。
· Etude for the Left Hand in C major, Op.32 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

邦題:左手のための練習曲 ハ長調 Op.32
作曲年:不明
出版年:1906年頃
演奏時間:約3分50秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
Andanteの柔らかい曲想から、スケルツォ的性格のマーチへと向かう構成です。半音階的な和声や広い音域を使用した充実した一作です。ホフマンは多くの作品で筆名を使用しましたが、この作品は自身の名前で出版されました。ホフマンによるピアノロールの演奏記録も残っています。
録音機会は多くない作品ですが、ピアニストArtem Yasynskyyの録音音源「Hofmann: Piano Works」などに収録されています。
この作品をさらに詳しく知る
【ピアノ】左手作品から読み解くヨゼフ・ホフマン:ルービンシュタイン唯一の弟子が遺した片手の練習曲
‣ Hollaender, Alexis(1840-1924) アレクシス・ホレンダー
アレクシス・ホレンダー(1840年シレジア生まれ、1924年ベルリン没)は、ピアニストおよび指揮者としてベルリンの音楽界で重きをなした人物です。ピアニストとして、シューマンの「クライスレリアーナ」や「交響的練習曲」をはじめとする主要ピアノ作品のベルリン初演も手がけました。作曲家としての活動や、シューマンのピアノ作品の校訂者としても知られています。
第一次世界大戦での負傷がきっかけで右腕を失ったパウル・ヴィトゲンシュタインが、演奏可能な左手作品を求めて図書館で資料を探っていた際、その数少ない収穫の一つとしてホレンダーの作品が挙げられたと伝えられています。
· Sechs Intermezzi, Op.31 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-3小節)

邦題:6つの小品 Op.31
出版年:1884年
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
収録:「The Boston Music Company Digest of Piano Pieces: for the Left Hand Alone」(編:フェリックス・フォックス/Kessinger Publishing) 第1・4・6曲のみ収録
構成(全6曲、全曲左手独奏)
1. Abendlied (Evening Song) 夕べの歌
2. Etude 練習曲
3. Melodie メロディ
4. Walzer(Waltz) ワルツ
5. Perpetuum mobile 無窮動
6. Jaglied(Hunting Song) 狩の歌
第1曲 Abendlied(Evening Song/夕べの歌)
演奏時間:約1分30秒
ロマンス風の性格を持ち、和音を主体とした書法で進行する曲です。シューマンを思わせる曲調が印象的でしょう。全曲を通して現れる付点リズムが印象的で、和音から浮かび上がるように歌う旋律が表情を生み出しています。
第4曲 Walzer(Waltz/ワルツ)
演奏時間:約2分50秒
典型的なサロン風の性格を持つ作品で、ダイナミクスの変化による対比がたびたび現れます。優雅な雰囲気を保ちながらも、全体的に生き生きとした活力が感じられる音楽で、「テンポは1つ振り」で演奏されるよう指示されています。
第6曲 Jaglied(Hunting Song/狩の歌)
演奏時間:約2分30秒
狩猟を思わせる明快で明るい性格の音楽です。音遣い自体はシンプルながら、音域を大きく行き来する跳躍が比較的多く現れるため、同曲集の中では技術的な難度がやや高い一曲と言えるでしょう。幅広いテクニックが盛り込まれていることに加え、同難易度帯の作品の中では演奏効果も比較的高く、演奏会でも映えやすい曲に仕上がっています。
‣ Holland, Dulcie Sybil(1913-2000) ダルシー・シビル・ホランド
ダルシー・シビル・ホランドは、シドニー生まれのオーストラリアの作曲家・ピアニスト・音楽教育者です。ニューサウスウェールズ音楽院でフランク・ハッチェンズにピアノを、アルフレッド・ヒルらに音楽理論を学んだのち、ロンドンの王立音楽院ではジョン・アイルランドに作曲を師事しています。帰国後は演奏家・作曲家として活動する一方、音楽理論の教科書も数多く執筆しました。生涯に300曲を超える作品を残しました。
· Quiet Procession for Piano Solo for One Hand [LH/RH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:静かなる行進(片手のための)
出版年:1992年頃
演奏時間:約3分20秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:セルマ・エプスタイン
左右どちらの手でも演奏できるよう指示された、緩やかなテンポの葬送行進曲風の作品。2音による音型が繰り返し積み重ねられることで楽曲全体が形作られていきます。途中でやや感情の高まりを見せるものの、最後は空虚な響きを持つ和音によって静かに締めくくられます。
‣ Holmes, Kathy キャシー・ホームズ
キャシー・ホームズは、アメリカのピアニスト・作曲家です。7歳でピアノを習い始め、40代になってから本格的に音楽の道に進んだという経歴の持ち主です。カリフォルニア州のカブリロ大学で幼児教育を、オハイオ州のハイラム大学で音楽を学び、作曲家・ピアノ講師としての第二のキャリアを歩み始めました。
· Leap Frog [LH/RH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:リープ・フロッグ(カエル跳び)
作曲年:不明
出版:2007年、Alfred Music(Signature Series)
演奏時間:約1分20秒
難易度:バイエル前半程度(ソロパート)/伴奏パートはブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏、任意の連弾伴奏パート付き)
楽譜:Leap Frog(alfred.com)
ミドルCポジションで書かれた、初級ピアノ学習者向けの一曲。メロディは大譜表の上段・下段にまたがって書かれていますが、片手だけでも演奏できるように作られています。大譜表の間には歌詞が添えられており、子供の遊び「カエル跳び(Leap Frog)」を跳びはねるように描いた曲想が、音楽と歌詞の両方で表現されています。
ソロパート自体はシンプルな書法ですが、スタッカートの有無や臨時記号、強弱記号などを丁寧に読み取ることで、表情豊かに演奏することができるでしょう。指導者などが弾くオプションの連弾伴奏パートを加えて演奏することもできるように構成されています。
‣ Horn, Camillo(1860-1941) カミロ・ホルン
カミロ・ホルンは、ボヘミア生まれ、ウィーン没のオーストリアの作曲家・ピアニスト。ウィーンでブルックナーに師事し、そのままウィーンに定住して、合唱指揮者・音楽評論家としても活動しました。
· Zwei Stücke für die linke Hand allein, Op.33 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-3小節)

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 1-2小節)

邦題:左手のための2つの小品
作曲年:不明
出版年:1908年頃
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:エミー・ゾビエツキー夫人(第1曲)/ エルンスト・ラーベ(第2曲、人物の詳細は不明)
構成(全2曲)
第1曲 Albumblatt(アルバムの綴り)
第2曲 Fantasie(幻想曲)
第1曲 Albumblatt(アルバムの綴り)
演奏時間:約4分30秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
雰囲気深い ppp による低音の動きから曲が始まります。数度現れるフェルマータなどによる音楽的なメリハリ、さまざまな技巧によるパッセージの用い方など、全体を通して充実した作りになっています。この作品よりものちに書かれたサン=サーンスのOp.135と共通する書法がたびたび顔をのぞかせるのが面白い点と言えるでしょう。音楽用語による書き込みが非常に多いのも特徴です。
第2曲 Fantasie(幻想曲)
演奏時間:約6分
難易度:ツェルニー40番修了程度
「アルバムの綴り」が静かに始まり静かに終わるのに対し、この曲は動的に始まり動的に終わるのが対照的です。断片的な素材が多い印象を受けますが、起伏に富んだ音楽とも言えるでしょう。こちらの曲でも、のちに書かれたサン=サーンスのOp.135と共通する書法がたびたび顔をのぞかせます。また、やはり音楽用語による書き込みが非常に多く見られます。
‣ Hovemann, Christina クリスティーナ・ホーヴェマン
クリスティーナ・ホーヴェマンは、1946年頃にニューヨークの出版社Harold Flammer社から教育用のピアノ小品を発表した作曲家です。生没年や経歴について、現時点で確認できる資料からは詳細が分かっていません。
· Twilight Shadows [LH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:夕暮れの影(左手のための)
出版年:1946年頃
演奏時間:約2分
難易度:ツェルニー30番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
「Dreamily, quite slowly(夢見るように、かなりゆっくりと)」の指示が付された、懐かしさを感じさせる穏やかな3拍子の小品です。旋律は下段に置かれており、楽譜冒頭には「Bring out the melody(メロディーを際立たせて)」という指示も添えられています。
‣ Hu, William ウィリアム・フー
ウィリアム・フーは、左手のためのピアノ曲「Romance (for the left hand Alone)」「Etude in Eb Major(for the Left Hand)」などの作曲者として、楽譜付きで YouTube に投稿している人物です。
· Romance (for the left hand Alone) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:ロマンス(左手のための)
作曲年:不明(動画の公開日は2020年8月18日)
出版年:不明
演奏時間:約4分50秒
難易度:ツェルニー40番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
音楽的な特徴
動画の説明文には、「A piece about longing and incompleteness(憧れと、満たされなさについての曲)」とあります。冒頭の表示は、Andante(4/4拍子)で、「sweetly, with warmth(甘く、あたたかく)」の指示が添えられています。
冒頭の「sweetly, with warmth」の指示が、この曲の性格をよく表していると言えるでしょう。Poco Allegro に入ると、和音の演奏が増えますが、あたたかな性格は保たれます。Tempo Primo では、響きがいっそう重厚になり、主題が感動的に回帰します。曲の最後は唐突に終わります。
アーティキュレーションはほとんど書かれておらず、記譜から音楽を読み取りにくいところもありますが、全体としてはハートフルな作品です。
演奏音源(作曲家自身のYouTubeチャンネル)
‣ Huerter, Charles チャールズ・ヒュールター
チャールズ・ヒュールターは、ブルックリン生まれのアメリカの作曲家・オルガニストです。ニューヨーク州シラキュースを拠点に、宗教音楽の作曲家・オルガニストとして活動しました。
· Spring’s Magic(Flower Dance)for the Left Hand Alone [LH]
※作曲者の生没年が不詳であり、著作権保護期間の確定が困難なため、譜例の掲載は控えております。
邦題:春の魔法(花の踊り)
作曲年:不明
出版年:1926年
難易度:ツェルニー30番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
この曲は、ヒュールターが左手独奏のために書いた6曲からなる曲集「Six Compositions for the Left Hand Alone」の1曲目にあたります。同曲集には「春の魔法(花の踊り)」のほか、The White Butterfly、From the Southland、Restless Moments、Summer Moon、Bridle Pathsの計6曲が収められています。
音楽的な特徴
付点リズムが連続していくのが印象的で、メランコリックな始まり方ながら足取りを想像せずにはいられません。バス音の多くの音が装飾音符として書かれており、そこから生まれる躍動感も、この曲ならではの面白さになっています。
‣ Hummel, Ferdinand(1855-1928) フェルディナント・フンメル
フェルディナント・フンメル(1855年9月6日ベルリン生まれ、1928年4月24日ベルリン没)はドイツの作曲家、ハープ奏者、ピアニストです。7歳で公衆の前でハープを演奏するほどの早熟ぶりを示し、プロイセン王ヴィルヘルム1世の援助を受けてウィーンでアントニオ・ザマラに師事しました。その後ベルリンの高等音楽学校やプロイセン芸術アカデミーで、ピアノをシャルヴェンカやクラク、作曲をヴュルストやバルギールらに学んでいます。ビルゼ管弦楽団のハープ奏者を経て、1892年に王立劇場音楽監督、1897年には宮廷楽長の地位に就きました。作品数は約120にのぼります。
なお、ベートーヴェンのライバルとして名高いヨハン・ネポムク・フンメルとは血縁関係にありません。
· Marsch für die linke Hand allein, Op.43 Nr.5 [LH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

邦題:左手のためのマーチ Op.43-5
出版年:1900年(「Fünf Klavierstücke für die linke Hand allein」全5曲中の第5曲として刊行)
演奏時間:約4分30秒
難易度:ツェルニー30番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
収録:「The Boston Music Company Digest of Piano Pieces: for the Left Hand Alone」(編:フェリックス・フォックス/Kessinger Publishing)
「Fünf Klavierstücke für die linke Hand allein Op. 43」は、左手のための5つの性格的小品からなる曲集で、各曲でそれぞれ異なる左手の奏法を試みる内容で構成されました。「マーチ」はその最終曲にあたります。
「Tempo di marcia(Allegro)」で演奏され、付点リズムを基調とした行進曲調が全体を貫きます。極端な跳躍を要求しない書法のため、演奏に無理がありません。とはいえ、同程度の難易度帯にある他の左手作品と比べると、演奏効果は比較的高い部類に入る作品と言えます。
‣ Huss, Henry Holden(1862-1953) ヘンリー・ホールデン・ハス
ヘンリー・ホールデン・ハスは、1862年、アメリカ・ニュージャージー州ニューアーク生まれの作曲家・ピアニストです。1882年に渡独し、ミュンヘン音楽院でヨーゼフ・ラインベルガーに作曲とオルガンを師事、帰国後は演奏活動を行う一方、作曲家としても活躍しました。アメリカ・オルガニスト組合の創設者の一人としても知られ、1953年、ニューヨークで没しました。
· Prelude III in E major(Pour la main droite ad lib.) [RH]
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)
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邦題:前奏曲 第3番 ホ長調
出版年:1901年
演奏時間:約1分30秒
難易度:ツェルニー40番修了程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:ミス・M・ウッドへ
備考:組曲「Quatre Préludes en forme d’études(練習曲風の4つの前奏曲)」Op.17 第3曲
作品の背景
組曲「Quatre Préludes en forme d’études Op.17」は、全4曲からなる前奏曲集で、この第3曲のみが「Pour la main droite(ad lib.)」、すなわち右手による演奏を想定した書法で書かれています(ほかの3曲は通常の両手用)。
音楽的な特徴
全曲を通じて同一の音型が繰り返される書法で書かれており、コラール風の部分とアラベスク風の部分が交互に出てくる作品。強弱(ダイナミクス)が細かく書き分けられることで、音楽の遠近感が表現されています。終結部では音価が拡大されることで音遣いとしてもテンポが遅くなったかのような印象を与え、遠ざかっていくように静かに曲を閉じます。
‣ Hyde, Miriam(1913-2005) ミリアム・ハイド
ミリアム・ハイド(1913年アデレード生まれ、2005年に没)は、20世紀オーストラリアを代表するピアニスト・作曲家の一人です。ロンドンの王立音楽大学に留学し、自作のピアノ協奏曲でBBCなど主要オーケストラと共演しました。帰国後はシドニーを拠点に演奏・作曲・教育の各方面で活躍し、独奏曲から管弦楽曲、歌曲まで幅広い作品を残しています。1982年に左腕を骨折した経験があり、これがきっかけで右手一本のための「3つの練習曲」を書くなど、隻手のピアノ作品への関心は自身の経験とも結びついていました。
· Intermezzo for Left Hand, Op.6 [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:インテルメッツォ(左手のための) Op.6
作曲年:1945年
演奏時間:約4分10秒
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
装飾的な要素、劇的な要素、穏やかでカンタービレな要素など、さまざまな表情を併せ持つ作品。中盤から終盤にかけて長く続くオルゲルプンクトが印象的で、聴きどころにもなっています。
· Rhapsodic Study(for left hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:ラプソディック・スタディ(左手のための)
作曲年:1976年
演奏時間:約3分20秒
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
教え子ジョン・ウィルトシャーのために書かれた作品。冒頭から現れる付点リズムが印象的な作品で、この特徴的なリズムが曲の最後まで一貫して活用されます。中間部では音数を絞ったシンプルな書法で、語りかけるような場面が展開されます。
· Concert Waltz, for Left Hand [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための演奏会用ワルツ
作曲年:1977年
出版:Wollongong: Wirripang Pty Ltd, 2012年8月初版(校訂:クリスティン・エドワーズ)
演奏時間:約1分40秒
難易度:ツェルニー30番修了〜40番入門程度
分類:オリジナル作品(独奏)
作品の背景
本作は、自動車事故で右手を負傷した教え子のために書かれた作品です。作曲者自身の記述によれば、1977年8月11日、リーズのヘディングリーで行われた第4次テストクリケットのテレビ中継を見ながら、その昼休みの間に書き上げられたといい、この試合でイングランドの打者ボイコットが自身通算100本目のセンチュリー(100得点)を記録したことも書き添えられています。
音楽的な特徴
Allegro con brioの快活なテンポを持ちながら、どこか諧謔的なユーモアの漂う曲想が特徴です。「or, for small hands:」と記された代替パターンが用意されている箇所があり、手があまり大きくない奏者にも配慮した書き方がされています。
· Melody(for left hand) [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:メロディ(左手のための)
作曲年:1985年
演奏時間:約1分50秒
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:メロディ・イェーマンズ(右手首を骨折した人物へ)
素朴な民謡風のメロディを持つ作品。非常に音数の少ないシンプルな書法で、特に後半以降、美しく響く場面が印象に残ります。
· Left Hand Study [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:左手のための練習曲
作曲年:1985年
出版:Wollongong: Wirripang Pty Ltd, 2013年10月初版(校訂:クリスティン・エドワーズ)
演奏時間:約1分50秒
難易度:ツェルニー30番中盤程度
分類:オリジナル作品(独奏)
献呈:メロディ・イェーマンズ(Melody Yeomans)のために
作品の背景
1985年、右手首を骨折した教え子メロディ・イェーマンズのために、ハイドは左手のための小品を2曲書きました。本作はそのうちの1曲で、もう1曲「Melody」は2002年にAMEB(オーストラリア音楽検定協会)第4級の教本シリーズ15に収録される形で出版されています。
音楽的な特徴
Allegro con brioで、基本的には単音の連続によるパッセージワークで構成されていますが、部分的に控えめな和音が添えられた箇所もあります。曲中には増2度進行を用いた箇所が複数含まれており、これが本作のサウンド面での特徴の一つと言えるでしょう。聴けば練習曲であることがすぐに分かる音の使い方をしていますが、同時に一つの楽曲としてのまとまりも感じさせる作りです。終結和音には()による代替表記が与えられており、手があまり大きくない奏者への選択肢も用意されています。
‣ Ikebe, Shin-ichiro(1943- ) 池辺晋一郎
池辺晋一郎は、茨城県水戸市生まれの作曲家です。池内友次郎、矢代秋雄、三善晃らに作曲を学びました。コンサート音楽を中心に、映画・テレビ・舞台の音楽でも知られています。
· “To a West Wind” – Concerto No.3 for Left Hand Piano and Orchestra [LH]
※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可
邦題:ピアノ協奏曲 III〜左手のために〈西風に寄せて〉
作曲年:2013年
出版年:2014年、全音楽譜出版社
演奏時間:約10分30秒
難易度:ツェルニー50番入門以降程度
分類:オリジナル作品(協奏曲)
委嘱・初演者:舘野泉
初演:2013年11月3日、南相馬のゆめはっと、舘野泉(ピアノ)、野津如弘(指揮)、ラ・テンペスタ室内管弦楽団
楽譜:ピアノ協奏曲 III〜左手のために〈西風に寄せて〉(Amazon.co.jp)
構成(全3楽章)
第1楽章 1-165小節
第2楽章 166-201小節
第3楽章 202-364小節
各楽章は連続して演奏されます。
作品の概要
舘野泉の委嘱による作品。邦題について、出版譜の表紙では「ピアノ協奏曲 III」と表記され、「第3番」とは書かれていません。英語の題名は「Concerto No.3」です。
編成は小編成で、フルート1(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、ファゴット1、ホルン2(F)、トランペット1(C)、打楽器1人、ピアノ独奏、弦楽。打楽器は、カバサ、スネアドラム、サスペンデッド・シンバル2、タンブリン、アンティーク・シンバル1、ボンゴ、トライアングル、ヴィブラスラップ、グランカッサ。
冒頭では、題名にちなんでいると推測される「風の描写」を感じさせる、弦楽器の16分音符トレモロが聴かれます。終盤では、ファンファーレを想起させる音遣いとともに、ノンストップで進みます。
► 終わりに
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