【ピアノ】左手作品から読み解くヨゼフ・ホフマン:ルービンシュタイン唯一の弟子が遺した片手の練習曲

【ピアノ】左手作品から読み解くヨゼフ・ホフマン:ルービンシュタイン唯一の弟子が遺した片手の練習曲

► はじめに

 

ヨゼフ・ホフマン(Josef Casimir Hofmann, 1876–1957)という名前を聞いて、左手のピアノ作品を思い浮かべる人はまずいないでしょう。彼はポーランド系アメリカ人の大ピアニストとして、とりわけショパン演奏において20世紀前半に並ぶ者のない存在と評された人物です。作曲家としても100曲以上を残しましたが、その多くは「ミヒャエル・ドヴォルスキー」の筆名で出版されました。そのため、ホフマン名義の作品は意外なほど少数です。

そのホフマンが自らの名義で発表した作品の一つに、「左手のための練習曲 ハ長調 Op.32(Etude for the Left Hand in C major, Op.32)」があります。今回はこの左手作品を軸に、ピアニスト・作曲家・発明家という三つの顔を持ったホフマンの横顔に触れていきます。

 

► 左手作品から読み解くヨゼフ・ホフマン

‣ 神童から「ルービンシュタイン唯一の弟子」へ

 

1876年、クラクフ近郊に生まれたホフマンは、3歳のころから父親に音楽の手ほどきを受けました。幼少期からヨーロッパ演奏旅行を行う神童として注目を集め、1887年にはメトロポリタン劇場でアメリカ・デビューを果たして大きな反響を呼びます。その後さらに研鑽を積むためドイツへ渡り、モシュコフスキに5回のレッスンを受けた後、アントン・ルービンシュタインが正式に個人教授した唯一の弟子となりました。ホフマンはこの出会いを「生涯でもっとも重要な出来事」と後年述べています。

ルービンシュタインの音楽観はホフマンに深く刻まれました。ベートーヴェン、ショパン、シューマン、リストを演奏会の中心に据える一方、ブラームスや20世紀の作品はほとんど取り上げなかったというレパートリーの傾向は、師の影響が色濃く反映されたものと言えます。

同時代の作曲家からも高く評価されており、ラフマニノフは「ピアノ協奏曲 第3番 Op.30」をホフマンに献呈しました。しかし、ホフマンはついにこの曲を演奏しませんでした。

1926年にはフィラデルフィアのカーティス音楽院の初代院長に就任し、1938年まで教育者としても活動しました。1946年1月のニューヨークでのリサイタルが最後の演奏会となり、晩年はピアノのアクションや録音技術の改良に関する実験に力を注ぎました。

 

‣ 作曲家・発明家としてのホフマン

 

ホフマンは演奏家としての名声の陰に隠れがちですが、100曲以上の作品を残した作曲家でもありました。その多くは「ミヒャエル・ドヴォルスキー」の筆名で出版され、演奏家としての自分と作曲家としての自分をあえて切り離していたようです。これは「著名なピアニストの余技」という先入観を持たずに、純粋に作品そのものを評価してもらいたいという考えがあったのかもしれません。後にこの正体が自分であることを明かしましたが、このエピソードからも彼が自身の作曲活動に対して抱いていた強い矜持が窺えます。

さらに特筆すべきは、70以上の科学・機械に関する発明の特許を持っていたことです。録音の歴史においても、ホフマンは記録に残る最初期のプロ演奏家の一人として知られており、1887年にニュージャージー州のエジソン研究所を訪問した際に数本のろう管に録音しています。ただし市販用のレコードはほとんど制作しなかったため、演奏会における録音が後世の重要な資料となっています。

 

‣ 左手作品を読む:左手のための練習曲 ハ長調 Op.32

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ホフマン「左手のための練習曲 ハ長調 Op.32」1-3小節

作曲年:不明
演奏時間:約3分50秒

現在、ホフマンの左手作品はこの一曲のみが確認されており、多くの作品で筆名を用いたホフマンが、この練習曲については自らの名義で出版した点が注目されます。

Andanteのやや感傷的な冒頭から、マーチ風の性格を持つ中間部へと展開していく構成です。世紀転換期のサロン様式を反映しており、エーデルも左手作品のなかで質の高い作品として紹介しています。

ホフマン自身によるピアノロールの演奏記録も残っており、作曲者本人の解釈を聴くことのできる貴重な資料と言えるでしょう。

 

全般的なホフマンの作風:

・ピアノという楽器の構造と手の機能性を熟知した書法
・後期ロマン派を基盤としながら、印象派を思わせる繊細な響き
・厳密な形式よりも、即興性を重視した自由な発想
・サロン・スタイル(小品主義)

「左手のための練習曲 ハ長調 Op.32」は、まさにこれらすべてにあてはまる作品になっています。ホフマンの他の作品にも通じる特徴を示しながら、左手だけで豊かな響きを生み出す工夫が凝縮されており、ホフマンらしい作風がよく表れています。

 

► 終わりに

 

左手作品は一曲しか残されていませんが、その一曲からでもホフマンという芸術家の美学を垣間見ることができます。

ニューグローブ音楽大事典は、ホフマンを「リストとブゾーニに並ぶもっとも重要なロマン派ピアニストの一人」と位置づけています。その大ピアニストが片手のために書き残したこの小品を、ぜひ一度耳にしてみてください。

 

日本語でも読めるホフマンの著作については、以下の記事をご覧ください。

【ピアノ】ヨゼフ・ホフマン「ピアノ演奏・Q&A」レビュー(姉妹サイトへリンク)

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・ニューグローブ音楽大事典「Hofmann, Josef」の項

併読推奨記事

【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー

 


 

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