【ピアノ】ナリアキ・スギウラ「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」レビュー

【ピアノ】ナリアキ・スギウラ「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」レビュー

► はじめに

 

本作は、ノースダコタ大学で教鞭をとるピアニスト、ナリアキ・スギウラが、左手のために書かれたアメリカの作品を演奏したアルバムです。収録作品の多くは、一般にはまだ広く知られていないレパートリーであり、左手ピアノの新たな可能性に触れられる一枚です。

「アメリカの現代作品」と聞くと、無調の響きや実験的な手法を中心とした音楽を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、本作に収められているのは、そうしたイメージだけでは捉えきれない、幅広い表情を持つ作品群です。

本記事では、収録内容や聴きどころ、演奏の印象などを紹介します。

 

演奏:Nariaki Sugiura(ナリアキ・スギウラ)
リリース:2026年
レーベル:Centaur Records
総収録時間:約74分
ジャケット画:Kensei Dinu Sugiura「America」

収録について:

解説書によると、本作ではノースダコタ州グランドフォークスのPopplers Musicにあるヤマハ DS7Xで演奏データを記録し、それをニューヨークのYamaha Artist ServicesにあるヤマハDCFXで再生して録音する方法が採られています。

 

Nariaki Sugiura「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」

 

► 収録内容の詳細

‣ 収録曲一覧

 

No. Composer Title Duration
1 Adam Brackman Prelude for the Left Hand 3:57
2 Bruce Stark Nocturne for Left Hand Piano 5:09
3 Alejandro Drago Visions of Healing for Piano Left Hand: Little Bear, All is Well 4:51
4 Alejandro Drago Visions of Healing for Piano Left Hand: Blue Jay, Come Sit by Me 4:44
5 Alejandro Drago Visions of Healing for Piano Left Hand: The Eagle Loves You 5:10
6 Christopher Gable Five Words for Peace: Shalom 5:00
7 Christopher Gable Five Words for Peace: Mir 2:08
8 Christopher Gable Five Words for Peace: Frieden 3:13
9 Christopher Gable Five Words for Peace: Heiwa 4:58
10 Christopher Gable Five Words for Peace: La Paix 2:52
11 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: If Stars Could Speak 2:38
12 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Wind Chimes 2:21
13 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Groove 3:28
14 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Like Leaves in the Wind 1:58
15 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: To the Late Night 2:56
16 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Music Box Dreams 2:39
17 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Lyric Flow 3:51
18 Bruce Stark If Stars Could Speak: 8 Piano Pieces for Left Hand Piano: Blues 3:04
19 Michael Wittgraf Of Islands: Theme and Nine Variations on a Caribbean Folk Tune 9:15

 

‣ アルバムの特徴

 

まず注目したいのは、収録された5人の作曲家の作品の多くが、スギウラのために書かれたという点です。一人の演奏家との交流から生まれた新作だけで一枚が構成されているため、アルバム全体に不思議なまとまりが感じられます。

収録作品の音楽的な性格はさまざまです。ニューエイジ・ミュージックを思わせる穏やかな小品がある一方、ジャズの語法を取り入れた作品や、遊び心にあふれた変奏曲、幻想的なバラード風の作品も収められています。聴き進めるたびに異なる表情に出会えるでしょう。

解説書に寄せられた作曲者たちの言葉からも、各作品の背景がうかがえます。主なものを簡単にまとめると、次のとおりです。

Adam Brackman「Prelude for the Left Hand」:
左手だけという制約のなかで、自身の作風を保ちつつ、穏やかさと力強さを両立させることに挑んだ作品とのことです。

Bruce Stark「Nocturne for Left Hand Piano」:
2021年春の作。広い音域にわたるアルペジオで内省的に始まり、表情豊かな部分を経て、静かな結びへと戻っていきます。夜のイメージと、即興演奏のような雰囲気が持ち味です。

Alejandro Drago「Visions of Healing」:
ノースダコタ州のタートル・マウンテン先住民居留地を訪れた体験がもとになった3曲。現地のドラマーから教わった歌の題名にちなんでおり、「癒やし」がテーマとして据えられています。

Christopher Gable「Five Words for Peace」:
各国語の「平和」を表す言葉を題名にした5曲。日本語の「Heiwa」も含まれ、曲の始めと終わりは禅の庭のような穏やかな調和を、中間部は平和へ向かう努力を表しているとのことです。

Bruce Stark「If Stars Could Speak」:
当初は左手だけという制約に窮屈さを感じたものの、やがて左手ピアノを独自の魅力を持つ「別の楽器」として捉えるようになったとのこと。短い詩的な小品、流れるような叙情的な曲、ジャズ風の曲と、多様な性格の8曲からなります。

Michael Wittgraf「Of Islands」:
ソニー・ロリンズの演奏で知られるカリブ民謡(いわゆる「St. Thomas」)をもとにした変奏曲。主題を最後に置くという一風変わった構成で、ジャズの和声が次第に複雑さを増し、軽やかな結末へと向かいます。

 

‣ おすすめの曲

 

いちばんのおすすめは、ブルース・スタークの曲集「If Stars Could Speak」から、第7曲「Lyric Flow」です。

分散オクターヴとして繰り返し鳴らされる響きが印象的で、どこまでも広がる大自然の風景が目に浮かんでくるような一曲。その音の雰囲気には、フィリップ・アーバーグ(ウィンダム・ヒルなどで知られるモンタナ出身のピアニスト・作曲家)の作品に通じるものも感じられます。ニューエイジ系のピアノ音楽が好きな方なら、きっと気に入るのではないでしょうか。

 

‣ 演奏の印象

 

演奏面でまず感じたのは、曲ごとのキャラクターの描き分けがはっきりしていることです。技巧的な表現を前面に押し出すだけでなく、穏やかな作品でも音楽の流れや響きの魅力が丁寧に引き出されているように感じました。リズムが前に出る曲では生き生きと、静かな曲ではじっくりと、それぞれの作品にふさわしい表情が与えられています。

また、細かな傷も修正されずに残されており、そのぶん生演奏に近い息づかいが感じられました。

 

► 終わりに

 

「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」は、アメリカの現代作品という言葉から想像されるイメージをよい意味で広げてくれる、親しみやすさと多彩な表情を備えたアルバムです。左手ピアノのレパートリーに関心のある方はもちろん、穏やかなピアノ音楽や、心を落ち着けてくれる音楽を探している方にもおすすめできます。

一人のピアニストのために書かれた作品を集め、左手ピアノの新たなレパートリーを紹介している点でも、意義のある一枚と言えるでしょう。まずは気になる一曲から耳を傾けてみてください。

なお、本作に収められた全曲については、別記事「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」でも解説をしています。あわせてご覧ください。

 

Nariaki Sugiura「Unbound: American Piano Music for the Left Hand」

 

併読推奨記事

本Webメディアの全記事への入り口となる総合ガイドです。入門・基礎知識、作品ライブラリー、楽曲別ガイド、技術・知識、作曲家シリーズ、参考文献・資料・レビューまで、目的別に記事をまとめています。

左手ピアノ総合ガイド:すべての記事への入り口

 


 

► 関連コンテンツ

YouTubeチャンネル
・Piano Poetry
チャンネルはこちら

SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

 

この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

タカノユウヤをフォローする
‣ 音源・ディスクレビュー
シェアする

コメント

タイトルとURLをコピーしました