【ピアノ】左手演奏における座り方:椅子の位置と姿勢の工夫
► はじめに
左手のための作品に取り組むとき、多くの場合は、まず「とりあえず弾ける」状態にすることに意識が向くのではないでしょうか。それも大切ですが、その前提として考えたいのが、「どこに、どのように座るか」という問題です。
両手で弾くときには、左右の腕と胴体が自然にバランスを取り合っています。ところが左手だけで演奏すると、その釣り合いが崩れ、無意識のうちに身体のどこかへ負担がかかってしまいます。座る位置が少しずれるだけでも、高音域へ手を伸ばす際の上半身の向きや腕の動きは変わるため、演奏中の身体の使い方を見直すうえでは、椅子の位置も重要な要素となるでしょう。
本記事では、片手のためのピアノ音楽を扱った代表的な文献の記述を紹介しながら、左手演奏にふさわしい椅子の位置と座り方を考えていきます。
► 文献に見る左手演奏の座り方
‣ ドナルド・L・パターソン『One Handed』
片手のためのピアノ作品を幅広く扱ったドナルド・L・パターソンの「One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand」では、片手演奏における姿勢の問題が具体的に解説されています。
パターソンが説明する座る位置と身体の動かし方 など
・片手で弾く場合は手の届く範囲が狭くなるため、あらかじめ動きを計画しておく必要があり、場合によっては(演奏中に)ベンチの上で左右に身体を滑らせることも求められる
・左手奏者は鍵盤のやや右寄りに座り、より多くの鍵盤を楽に届く範囲に収めるのが望ましい
・弾かない右手については、膝の上に置いておくか、高音域を弾く際に楽器の縁に置いて体を支える
さらにパターソンは、身体のバランスにも言及しています。
・片手で弾いていると、思いのほか簡単に重心が崩れてしまう
・回転式のピアノ椅子やアーティストベンチ、小さな椅子ではバランスを保ちにくいため、座面の広い椅子や大きなベンチが安全
・ペダルを使っていない場面では、両足とお尻で三角形を作るように座ると安定しやすい
ラウが論じる片手演奏のバランス
同書では、サンドラ・ウィン=イー・ラウ(Sandra Wing-Yee Lau)の見解も紹介されています。
・両手演奏では「右手・左手・胴体」の三脚で体が安定しているが、片手演奏ではその土台が失われる
・普段は無意識に保たれているバランスを、意識的に調整し直す必要がある
・胴体は左右の手の支点ではなく、左腕を支える「重み」として働き、肘が胴体から生えているような感覚が理想
パウル・ヴィトゲンシュタインの教則本に見る座り方
同書では、左手のための作品を数多く委嘱したことで知られるパウル・ヴィトゲンシュタインが勧める座り方も紹介されています。ヴィトゲンシュタインは自身の教本「Schule für die linke Hand(左手のための教則本)」で、次のように述べています。
・生徒はピアノの中央に座り、小指を中央のドに置く
・腕は鍵盤と平行にする
・中央からわずかに外れ、ピアノの高音側寄りに座る
‣ レイモンド・レヴェンタール「Piano Music for One Hand」
ピアニストのレイモンド・レヴェンタールは、片手のための練習曲・練習課題・小品を収録した「Piano Music for One Hand: A Collection of Studies, Exercises and Pieces」の中で、演奏中の「振る舞い」について触れています。
弾いていない側の手の扱い方
彼がまず強調しているのは、弾いていない側の手も力まずにリラックスさせておくことです。その例えとして挙げられているのが、激しい跳躍の最中にも涼しい顔で腕を楽に保ち続けるバレエダンサーの姿。体の各部分がそれぞれ独立して働けるようにしておくことが、ピアノ演奏でも重要だというわけです。なお、レヴェンタールは、高音域を弾く際には時に右手をベンチの縁に置き、寄りかかって身体を支えることもできるとしています。
座る位置とベンチの使用について
座る位置については、両手のための曲ではほぼ中央に座るのに対し、左手の曲では鍵盤の中央より少し右に座るのがよいとしています。また、ベンチであれば弾く音域に応じて身体を数センチ動かせるため、ピアノ椅子やスツールではなくベンチの使用を強く勧めています。片手で弾いていると椅子の上でバランスを崩しやすく、気づけば椅子から落ちていた、という自身の苦い経験も添えられていました。
► 筆者の提案
2冊の文献の主張には、筆者もおおむね賛成です。「中央よりやや右に座る」「弾かない手もリラックスさせる」「安定した椅子を選ぶ」といった点は、実際の演奏経験からも納得できるものばかりです。
ただし、右手で楽器や椅子の縁をつかんで身体を支える方法については、筆者は慎重に考えています。支えを得られる一方で、右手に余計な力が入り、肩や背中まで緊張してしまう可能性があるためです。まずは両足と座面で身体を安定させ、右手は自然に膝の上に置く方法を試してみることを提案します。
図(浄書ソフトで作成、左手演奏時の椅子の位置と角度の例)

‣ 座位の調整
椅子は、まず鍵盤の中央よりやや右寄りに置いてみましょう。ここでいう「鍵盤の中央」とは、88鍵の真ん中にあたるミ(E4)とファ(F4)の境目付近のことで、中央のド(C4)より少し右になります。目安として、椅子の座面の中心をこの位置から10〜15cm程度右へずらしたところを出発点とし、高音域への移動や低音域での演奏が無理なく行えるよう調整します。
さらに、椅子の左側をやや手前に引くことで、左手が高音域へ移動しやすくなる場合もあります(上記図参照)。今回取り上げた文献では、椅子に角度をつける方法は確認できませんでした。
これはあくまで一例にすぎません。腕の長さや身長によって最適な位置は変わるので、自身の体格に合わせて調整してみてください。
‣ 弾かない右手の置き方
演奏しない右手は、膝の上に自然に置いておきましょう。ピアノの側面や椅子の縁に手を置いて体重を預ける方法については、力みの原因になりがちです。右手に余計な緊張がなければ、上半身全体が柔軟に動き、左手の動きにもスムーズについていけるはずです。重心を支えるのは右手ではなく、椅子に乗った骨盤と両足だと考えてください。
► 習得のコツ:毎回同じ位置で弾く
自分の体格に合った位置と座り方が見つかったら、それを毎回再現できるよう工夫することが大切です。座る位置が日によって違うと、鍵盤までの距離や腕の角度も毎回変わり、せっかく身につけた技術が安定しません。練習のたびに微妙に違う条件で弾くのは、毎回少しずつ違う楽器を弾いているようなものと言えるでしょう。
具体的には、次のような工夫がおすすめです。
位置を記録する
椅子をどの位置に、どの角度で置くのかを測っておくか、床に目立たない印をつけておきましょう。剥がしやすいマスキングテープなどを使うと手軽です。
椅子の中央に座る
椅子を置く位置と、椅子の座面に対して身体を置く位置は、分けて考えましょう。椅子を鍵盤の中央より右寄りに置いたうえで、まずは座面の真ん中に腰を下ろし、身体が安定する位置を探します。
前述のとおり、パターソンやレヴェンタールは「必要に応じて、演奏中にベンチの上で左右に身体を滑らせる」ことを説明していますが、基本位置は座面の中央と考えておきましょう。
なお、筆者自身は、協奏曲を含むさまざまな左手作品を演奏してきましたが、演奏中にベンチ上で左右に身体を滑らせる必要性を感じたことはありません。ただし、必要な身体の移動量は、作品の音域や跳躍の大きさ、奏者の体格によっても異なるでしょう。まずは座る位置を調整し、無理なく演奏できるかを確かめることが大切です。
ペダルの位置も固定する
外付けペダルの電子ピアノで練習している方は特に注意が必要です。ペダルが少し動くだけで足元の感覚が変わり、座り方そのものに影響が出てしまいます。滑り止めマットやテープなどで、ペダルの位置も固定しておきましょう。
► 終わりに
左手演奏では、両手演奏の延長線上で座るのではなく、片手で弾くための姿勢を改めて組み立てる必要があります。パターソンやレヴェンタールが指摘しているように、やや右寄りに座ること、安定した椅子を選ぶこと、そして弾かない手もリラックスさせることは、多くの奏者にとって有効な出発点となるでしょう。
そのうえで、右手は何かをつかむのではなく膝の上に自然に置き、普段以上に脱力を心がけてみてください。自分に合った位置が決まったら、毎回それを再現することも忘れずに。座り方が安定すれば、左手は音楽そのものに集中できるようになります。
参考文献:
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.
・Lewenthal, Raymond, ed. Piano Music for One Hand: A Collection of Studies, Exercises and Pieces. G. Schirmer, 1972.
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