【ピアノ】片手ピアノ音楽を知る手がかり:ヒンソン「The Pianist’s Guide to Transcriptions, Arrangements, and Paraphrases」
► はじめに
片手ピアノのための作品を調べる際、少し視点を変えて「編曲作品」という大きな枠組みから片手作品を眺めると、違った景色が見えてきます。
今回取り上げるのは、アメリカのピアノ文献研究で知られるモーリス・ヒンソンによる、ピアノ編曲作品のガイドブック。片手作品の専門書ではありませんが、片手用の編曲を両手用の編曲と同じ土俵で見比べられるという、ほかの資料にはない特徴を備えています。
本記事では、この本の概要と、片手ピアノの研究や選曲にどう役立てられるかを紹介します。
書名:The Pianist’s Guide to Transcriptions, Arrangements, and Paraphrases
著者:Maurice Hinson(モーリス・ヒンソン)
刊行年:1990年(初版、下記リンク先はペーパーバック版)
出版社:Indiana University Press
言語:英語
ページ数:本編159ページ+前付けなど31ページ(現行版)
► ヒンソン「The Pianist’s Guide to Transcriptions, Arrangements, and Paraphrases」
‣ 著者について
モーリス・ヒンソンは、サザン・バプテスト神学校のピアノ科名誉教授を務めた人物です。アメリカ・リスト協会の機関誌の創刊編集者でもあり、ピアノのレパートリーに関する著作を数多く残しました。代表作「Guide to the Pianist’s Repertoire」は、ピアノ作品を調べる際の定番資料として今も広く参照されています。
本書の献辞によれば、このテーマを提案したのは同僚のピアニスト、フェルナンド・ライレス(Fernando Laires)だったとのこと。完成まで励まし続けてくれた友人への感謝が記されています。
‣ 本書の概要
本書は、トランスクリプション(編曲)、アレンジメント、パラフレーズといった、既存の作品をもとにしたピアノ作品を案内するガイドです。裏表紙の紹介文によると、膨大な編曲作品の中から音楽的価値のあるものを2,000曲以上選び出しています。
対象となる編成は、ピアノ独奏(両手)、連弾、2台ピアノが中心。そこに、片手用の編曲がいくつか加えられています。ピアノだけでなく、小編成のアンサンブルやオーケストラを伴う作品も一定数含まれている点も見逃せません。
‣ 収録の方針
序文では、作品を選ぶ際の基準が示されています。要点をまとめると次のとおりです。
・出版されている作品に限る
・教育目的の作品は、特に音楽的に優れたもの以外は除く
・紙幅の都合から、原則として著名な作曲家の作品をもとにした編曲作品を扱う
・独奏・連弾・2台ピアノの編曲作品と、少数の優れた片手用編曲を対象とする
さらにヒンソンは、編曲として音楽的に成立しているか、原曲より優れた作品になっているか、ピアノらしい書法か、趣味がいいか、といった観点で各曲を吟味したと述べています。単なるリストではなく、著者の目を通して選ばれた作品集である点を意識しておくといいでしょう。
‣ 項目の構成と難易度表示
本編は、原曲の作曲者名のアルファベット順に並んでいます。各作品には短いコメントが添えられ、難易度は次の3段階で示されています。
・Int.(中級)
・M-D(やや難しい)
・D(難しい)
コメントは様式や形式などを手短に述べたもので、詳細な作品解説を期待する本ではありません。選曲の当たりをつけるための目安として使うのが向いています。
‣ 片手作品の探し方
巻末には「Index of Transcriptions for One Hand(片手用トランスクリプション索引)」が設けられています。ただし、この索引に載っているのは片手用編曲が存在する原曲の作曲者名のみ。そこから本編の該当項目をたどって、具体的な作品を確認する流れになります。
索引に挙がっている作曲者は以下のとおりです。
・C.P.E. バッハ
・J.S.バッハ
・ベッリーニ
・ショパン
・ドニゼッティ
・グリーグ
・ハイドン
・ヘンゼルト
・リスト
・メンデルスゾーン
・マイアベーア
・モーツァルト
・プッチーニ
・シューベルト
・R. シューマン
・ワーグナー
オペラの作曲家が目立つのは、19世紀の片手作品にオペラ旋律を素材としたものが多いことを反映しているのかもしれません。
また、作曲者自身が自作を片手用に書き直したものも、編曲として扱われている点に注意が必要です。たとえばリストの「ハンガリーの神 S.543 R.214」は、リストが自作を左手独奏用に編曲した作品ですが、本書ではほかの編曲作品と同じく収録対象になっています。
‣ 片手作品の資料としての評価
片手用の作品数という点では、本書は片手作品の代表的な専門書(作品事典)に遠く及びません。
・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.
片手作品を幅広く探したいのであれば、まずはこの2冊を手に取るのが近道でしょう。作品ごとの解説の厚みも、専門書のほうがはるかに上です。
とはいえ、本書には専門書にない強みがあります。片手用の編曲が、同じ原曲の両手用編曲などと並んで掲載されているため、比べながら読めるのです。どの編曲者がいつ頃その曲を手がけたのか、その流れの中で片手用編曲はどの時期に登場したのか。こうした比較は、片手作品だけを集めた資料ではできません。
編曲作品に焦点を絞っていること自体も、この本ならではの個性と言えます。
► 目的別の使い分け
| 評価項目 | 評価 |
|---|---|
| 片手作品の収録数、解説の充実度、片手作品を探すための使いやすさ | Edel・Pattersonには及ばない |
| 両手用編曲などとの比較 | 本書の主な利点 |
| 片手ピアノ研究における位置づけ | 補助的な資料 |
資料はどれも、何を知りたいかによって向き不向きが変わります。目的に応じて、次のように使い分けるのがおすすめです。
・片手作品をできるだけ多く詳しく知りたい → Edel・Pattersonを中心に
・片手用編曲を、同じ曲のほかの編曲と比べたい → Hinsonも参照
・片手作品を、ピアノ編曲の歴史全体の中で捉えたい → Hinsonも参照
片手作品を総合的に調べる場合は、他の片手音楽専門書を軸にしつつ、本書を併用するのが合理的でしょう。
► 本書の入手方法
本書は洋書ですが、オンラインで購入できます。片手作品に関する記述は限られていますが、資料として興味のある方は、以下から詳細をご確認ください。
► 終わりに
ヒンソンのこの本は、片手作品を網羅的に探したり、一曲ずつ掘り下げたりするための第一の選択肢ではありません。そもそも、そうした使い方を想定して書かれた本ではないのです。
それでも、片手用の編曲を「編曲」という広い文脈に置き直してみると、両手用の版との違いや、登場した時代の背景が浮かび上がってきます。専門書で作品を見つけ、本書でその周辺を確かめる。そんな組み合わせ方をすれば、片手ピアノの世界をより立体的に楽しめるのではないでしょうか。
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