【ピアノ】ケーラー「左手のための教本 Op.302 より 3つの小品」演奏完全ガイド
► はじめに
楽曲について
| 曲名 | 調 | 演奏時間 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 第1曲 | ト長調(G-dur) | 約50秒 | 素朴な歌が魅力の一曲。繰り返し部分で表情の変化を工夫できる |
| 第2曲 | ハ長調(C-dur) | 約30秒 | 前後の曲と対照的な、キビキビとした和音主体の小品 |
| 第3曲 | ヘ長調(F-dur) | 約30秒 | ハインリヒ・ヴェルナーの歌曲「野ばら」の旋律を用いた、和声の変化とクライマックスが聴きどころの一曲 |
原題:Drei Vortragsstücke (Volkslieder) für die linke Hand allein / Three Pieces (Popular Songs) for the left hand alone
収録:
「左手のための教本 Op.302(Schule der linken Hand, Op.302)」(選曲・編集・作曲:ルイ・ケーラー 他の作曲家の作品も収録/Peters)
「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)
分類:オリジナル作品(独奏)
ケーラーが編纂した「左手のための教本 Op.302」に収められている、左手独奏のための3曲セット。原題に「Volkslieder(民謡)」と添えられているとおり、親しみやすい歌を素材にしています。
Schirmer版の「Piano Music for One Hand:A Collection of Studies, Exercises and Pieces」にも、「Three Folk Songs for the left hand(from School of the Left Hand, Op.302)」というタイトルで収録されています。
どの曲も演奏時間は数十秒ほど。技術的な要求も控えめで、音楽的な魅力と取り組みやすさを兼ね備えているため、はじめて左手独奏に挑戦する方の入り口として選びやすい作品群でしょう。
作曲者について
ルイ・ケーラー(Louis Köhler, 1820-1886)は、本名をクリスティアン・ルイ・ハインリヒ・ケーラーといい、1820年にドイツのブラウンシュヴァイクで生まれました。作曲家、ピアノ教師、そして音楽評論家として活動した人物です。
ウィーンではボックレットにピアノを、ゼヒターに音楽理論を学びました。指揮者としての経験を積んだのち、1847年からはケーニヒスベルクに腰を据え、ピアノ教育と音楽批評に力を注いでいます。彼の主要な功績は、練習曲や編曲をはじめとする教育用のピアノ作品にあると言えるでしょう。1886年、ケーニヒスベルクにて世を去りました。
「左手のための教本 Op.302」について
この曲集は、ケーラー自身の作品に加え、ほかの作曲家による左手の訓練に適した作品も幅広く集めたアンソロジーです。左手独奏の作品だけでなく、左手の強化に役立つ両手作品も含まれており、難易度もツェルニー30番入門程度から50番入門以降程度まで、大きな幅があります。
収録曲の一覧や難易度、おすすめの作品については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
【ピアノ】ケーラー「左手のための教本 Op.302」完全ガイド:収録曲一覧・難易度・おすすめ作品
演奏難易度
難易度:ブルグミュラー25の練習曲中盤程度
本記事の使い方
本記事では、楽曲の構造を踏まえながら、要所となる小節ごとに演奏上のポイントを解説します。パブリックドメインの作品のため、譜例も掲載しています。
実際の練習では、手元の楽譜と各セクションの解説を照らし合わせながら読み進めてください。ペダリング・声部のバランス・強弱など、具体的な演奏上の判断を中心に取り上げます。
音名はドイツ音名で表記しています。
► 演奏のヒント
‣ 左手演奏の基本姿勢
左手だけで演奏する場合、両手で弾くときとは座る位置や姿勢を変えることが大切になります。
図(浄書ソフトで作成)

椅子の位置や姿勢の工夫について詳しくは、【ピアノ】左手演奏における座り方:椅子の位置と姿勢の工夫 で解説しています。
‣ 3曲に共通するポイント
楽譜の冒頭には、「Die Melodie etwas heller klingend als die Begleitung.(メロディは伴奏よりもいくらか明るく響かせて)」という指示が書かれています。3曲すべてに通じる大切な課題と言えます。
・メロディと伴奏を同じ音量で弾いてしまわないこと
・伴奏を控えめにし、メロディをくっきりと浮かび上がらせる
‣ 第1曲
· 第1曲のペダリング
譜例に第1曲のペダリングをすべて書き込みましたので、参考にしてください。運指は、お手持ちの楽譜にも書かれているはずなので、特に迷いやすい箇所のみを示しました。
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 全体)

· 曲頭(1-5小節)の演奏
全体の弾き方:
・曲全体を通して、飾らず素朴に弾く
2小節目:
・1拍目裏の音はメロディと近い音域にあるため、静かに弾く
3小節目:
・2拍目が、1-4小節のなかでいちばんのヤマ
・書かれている松葉(クレッシェンド・デクレッシェンド)をしっかり表現する
4小節目:
・スタッカートが書かれた音の箇所でも、ペダルを使ってかまわない
・ここでのスタッカートは「軽い音で」という意味だと捉える
・3拍目は、仕切り直すような気持ちで丁寧に音を出す
5小節目:
・「Ais Cis」の和音は、大きくならないように
・「通り過ぎるだけ」というイメージで弾く
· 11-16小節の演奏
11小節目からの繰り返し:
・同じ内容をそのまま繰り返すのではなく、ダイナミクスなどに工夫を加えるのがおすすめ
・例えば、いったんダイナミクスを落とし、14小節3拍目から元に戻す、といった方法も一案
14-15小節のフレージング:
・8-9小節とはフレージングが異なっている
・14小節3拍目を仕切り直し、8-9小節とは表現を変える
16小節目:
・最後のG音は叩かずに、鍵盤の近くから軽く弾く程度で十分に響く
・小節全体を通して同じ和声が続いているが、メロディの休符を表現するために、2拍目でペダルを踏みかえる
· 第2曲への調性のつながり
第1曲はG-durのⅠの和音で終わります。これは、次の第2曲の調であるC-durから見るとⅤにあたる和音。つまり、2つの曲はⅤ→Ⅰという関係で連結されているのです。曲と曲のつながりにも目を向けてみましょう。
‣ 第2曲
· 第2曲のペダリング
譜例に第2曲のペダリングをすべて書き込みましたので、参考にしてください。運指は、お手持ちの楽譜にも書かれているはずなので、特に迷いやすい箇所のみを示しました。
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 全体)

· 曲頭(1-4小節)の演奏
テンポと打鍵:
・前後の曲との対比を意識し、キビキビと速めに弾く
・高い位置から叩かず、鍵盤のすぐ近くからつかみ取るように打鍵する
1-2小節の重心:
・もっとも重みが入るのは、アクセントが付いている2小節目の頭
・1小節目の和音を強く弾きすぎないように
4小節目:
・2拍目の頭の音はスラーの終わりにあたるため、強くならないよう注意
· 7-12小節の演奏
7小節目のアルペッジョ:
・親指で弾く音が拍と同時にくるように、アルペッジョを拍の前に先取りして素早く弾く
8小節目の着地:
・着地の和音は強くなりすぎないように
・もともと低い音域に音が密集しているため、叩くと響きが濁ってしまう
12小節目:
・1拍目で2回鳴る和音は、「パン!パン!」と硬めのリズムでキメる
・2拍目裏からは、メロディが順次進行で1オクターヴ下行していく
・和音で弾くため難しさはあるが、一つのメロディ音だけが大きく飛び出さないように気をつける
· 15-20小節の演奏
2つのカデンツの差:
・15-16小節にカデンツが現れる
・19-20小節には締めくくりのカデンツが控えているので、両者に少し差をつけたいところ
・15-16小節のほうを、ややダイナミクスを下げて弾く
16小節目:
・2拍目の短三和音の色合いをよく聴く
・1拍目との響きの違いを感じながら弾く
17-20小節(エンディング):
・この4小節が、曲のエンディングにあたる
・曲がかなり短いので、最後はほとんど rit. しないくらいが全体のバランスとしてちょうどいい
· 第3曲への調性のつながり
第2曲でも、調性のつながりが見られます。この曲はC-durのⅠの和音で終わりますが、次の第3曲の調であるF-durから見るとⅤにあたります。第1曲から第2曲へのつながりと同じく、ここでもⅤ→Ⅰの関係で曲が連結されていることに着目しましょう。
‣ 第3曲
· 楽曲の特徴
3曲のなかでは、和声の豊かさやクライマックスの作り方などから見て、もっとも充実した一曲です。メロディには、ヴェルナーの「野ばら」が使われています。
· 第3曲のペダリング
譜例に第3曲のペダリングをすべて書き込みましたので、参考にしてください。運指は、お手持ちの楽譜にも書かれているはずなので、特に迷いやすい箇所のみを示しました。
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第3曲 全体)

· 1-6小節の演奏
1-2小節のメロディとバス:
・スラーが書かれた部分では、下行するメロディに対して、バスが上行しながら応答している
・バスの応答のほうが目立ってしまわないように
3小節目:
・Es音が現れたときの和音の響きを、きちんと耳に入れる
4小節目:
・バスの連打は重くならないように
5-6小節:
・5小節目の明るめの響きと、6小節目の暗めの響きの違いを感じながら弾く
・それぞれのスラーの終わりの音は強くしないこと
· 9-13小節の演奏
9-10小節:
・短い再現にあたる部分
11小節目の cresc.:
・楽譜上は、クレッシェンドは mf から始めることになる
12小節目:
・この曲でもっとも表情豊かな場所
・少しテンポを広げて、たっぷりと表現する
13小節目のリズム:
・♩♪♩♪のリズムで、8分音符の刻みがないためリズムが甘くなりやすい
・4分音符が短くなったり、テンポが走ったりしないよう注意する
► 終わりに
ケーラーの「3つの小品」は、どれも数十秒ほどの短い作品ですが、メロディと伴奏の弾き分け、和音の響きを聴き取る耳、楽曲の構造を踏まえたダイナミクスの設計など、演奏を仕上げるうえで工夫できる点が数多くあります。
また、3曲が調性のつながりによって一つの流れを形づくっている点も、見逃せない魅力です。1曲ずつ仕上げたら、ぜひ3曲を続けて演奏し、曲から曲へと受け渡されていく音楽の流れも味わってみてください。
左手独奏のレパートリーを広げたい方にとって、取り組みやすさと音楽的な学びを兼ね備えた作品群と言えるでしょう。
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