【ピアノ】ベルガー「12の練習曲 Op.12 より 第9曲(左手のための)」演奏完全ガイド
► はじめに
楽曲について
| 曲名 | 作曲年 | 演奏時間 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 12の練習曲 Op.12 より 第9曲 (Etude de Chant for the left hand Op.12-9) |
1820年頃 | 約3分10秒 | 明確に左手のためだけに書かれ、最初期に出版されたとされる作品。長調と短調の中間部の対比が美しい小品 |
分類:オリジナル作品(独奏)
収録:「Piano Music for One Hand」(選曲・編集:レイモンド・レヴェンタール/G. Schirmer)
左右どちらの手でも演奏できるように書かれた作品は、本作より前から存在していました。そのなかで、1820年前後に作曲されたこの練習曲は、はっきりと左手のためだけに書かれ、しかも出版にまで至った最初期の作品と言われています。
シューマンが高く評価したと伝えられており、左手作品のなかでは比較的よく知られた一曲。長調の部分と、短調で書かれた中間部とのコントラストが美しく、シンプルながら耳に心地よく残る小品です。
作曲者について
ルートヴィヒ・ベルガー(Ludwig Berger, 1777-1839)は、ベルリンに生まれ、ベルリンで没した作曲家・ピアニストです。フルートとピアノを学んだ後、ギュルリヒのもとで作曲を修めました。その後、クレメンティに随行してサンクトペテルブルクへ赴き、ジョン・フィールドらとも親交を結んでいます。
1812年にはナポレオン戦争の影響を受けてロンドンへ移り、同地でピアニストとして活動した後、1815年にベルリンへ戻りました。以降は、メンデルスゾーンやファニー・ヘンゼルらを門下に持つ名教師として知られるようになりました。
ところが1817年頃、腕の神経の障がいによって演奏活動に制約が生じます。それでも作曲と教育の手は止めず、協奏曲やソナタ、練習曲など、多彩なジャンルの作品を書き残しました。彼のエチュードの一部は、メンデルスゾーンの「無言歌集」の先駆けになったとも言われています。
ベルガーの生涯や作品をさらに詳しく知りたい方は、【ピアノ】左手作品から読み解くルートヴィヒ・ベルガー:左手のために書かれた最初期の出版作品 もあわせてご覧ください。
演奏難易度
難易度:ツェルニー30番中盤程度
本記事の使い方
本記事では、楽曲の構造を踏まえながら、要所となる小節ごとに演奏上のポイントを解説します。パブリックドメインの作品のため、必要な箇所には譜例も掲載しています。
実際の練習では、手元の楽譜と各セクションの解説を照らし合わせながら読み進めてください。運指・ペダリング・声部のバランス・強弱など、具体的な演奏上の判断を中心に取り上げます。
音名はドイツ音名で表記しています。
► 演奏のヒント
‣ 左手演奏の基本姿勢
左手だけで演奏する場合、両手で弾くときとは座る位置や姿勢を変えることが大切になります。
図(浄書ソフトで作成)

椅子の位置や姿勢の工夫について詳しくは、【ピアノ】左手演奏における座り方:椅子の位置と姿勢の工夫 で解説しています。
‣ 小節ごとの演奏ポイント
· 全体構成
この楽曲は大きく3部分の構成となっています。
・1-24小節:長調の部分
・25-50小節:同主短調の中間部
・D.C.による1-24小節の繰り返し
· テンポ設定と曲頭(1小節目)の演奏
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

テンポについて:
・Andante con moto という指示は、解釈の幅が広いテンポ表記
・かなり速めのテンポで演奏されるのを耳にすることもあるが、ツルツルと流さず、ゆったりめに弾くのも一案
1小節目のメロディ:
・1-2拍目のメロディ「H D G」は、一音一音を意識し、ただ通過するだけにならないように
・アクセントの付いた3拍目のH音よりも、4拍目のA音が強くなってしまわないよう注意
・ペダルは3拍目で踏みかえる
バスのG音:
・音量は大きくなくてよいが、芯のある響きがほしい
・バスのG音は、弦楽器の柔らかな持続音の上に、コントラバスのピッツィカートが芯を与えるようなイメージ
2小節目への移り変わり:
・跳躍に気を取られて、1小節目最後の音がおろそかにならないようにする
この曲には同じ音型の繰り返しが多く出てきます。まずは1小節目の内容をしっかり身につけてから、先へ進みましょう。2小節目以降も、同じ音型が現れる箇所では基本的に同様の点に気を配ります。
· 2-4小節の演奏
2小節目の poco cresc.:
・どこまで大きくするのか、到達点のダイナミクスは書かれていない
・後の盛り上がりを活かすため、mp 程度にとどめておく
・なだらかにクレッシェンドしていくとフレーズ終わりの音まで大きくなってしまう
・したがって、1小節ごとに段階を踏んで音量を上げるのがポイント
4小節目の rf:
・rf(rinforzando)が書かれた音は、入る瞬間にほんの一瞬の時間がほしい
・ほかとは違う色合いの音が聴こえてくると理想的
4小節目の声部バランス:
・メロディと近い音域でほかの音が動くため、バランスに気を配る
・単純に「出すか隠すか」で考えるのではなく、各声部によるアンサンブルを思い描く
· 5-8小節の演奏
6小節目の cresc.:
・2小節目と違い、ここには poco が付いていない
・mf 程度まで膨らませる
8小節目:
・下声部のDis音は、明確に響かせたい音
・小節後半の和声をしっかりと思い描き、次の小節へ静かに解決させる
· 9-10小節の演奏
譜例(9-10小節)

跳躍箇所の運指:
・赤で示した和音は、「3 5」よりも「2 4」で弾いたほうがミスタッチがやや起こりにくい
この箇所の指遣いについては、【ピアノ】左手演奏特有のミスタッチを防ぐ運指法:跳躍後の黒鍵対策 で詳しく取り上げています。
9小節目:
・バスのA音は、跳躍に気を取られて大きくなりすぎないように
・同様に、跳躍直前の音を急いでしまわないことも大切
10小節目:
・頭の音は跳ねず、そっと置くように弾いて余韻を作る
・2拍目の付点リズムは、16分音符を後ろに詰めない
・リズムが鋭くなりすぎると、曲想にそぐわなくなってしまう
・この付点リズムは、曲中で何度か引用される大切な要素
次のセクションへの移り変わり:
・10小節4拍目の休符は、やや長めにとるような気持ちで次へ移る
・これは音楽そのものが持っているアゴーギクであり、con moto にもつながる
・「空ける」ではなく、音楽を感じた結果として「空けたくなる」という感覚が理想
· 13-16小節の演奏
13小節目:
・ペダルは4拍目で踏みかえる
・3-4拍目に書かれた < > は、カンタービレに歌ってほしいという意図だと捉えてみる
アルペッジョの処理:
・14小節目以降も同様に、アルペッジョが付いている箇所は素早く、柔らかく入れる
16小節目:
・4拍目は運指の関係で強く弾いてしまいがちだが、アタックを入れずに滑らかに
・ペダルは1、2、4拍目で踏みかえる
· 19-22小節の演奏
19小節目の f:
・4小節目とは異なり、ここでは f になる
・単発の rf よりも、音楽の広がりを感じながら弾く
・この f のエネルギーを表現しておかなければ、その後のデクレッシェンドが活きず、音楽を引っ張っていくこともできない
ペダリング:
・21小節目前半は、1、2拍目でペダルを踏みかえる
・後半の3-4拍目は、8分音符ごとに踏みかえる
22小節目:
・技術的にもややハードルが高く、ダイナミクスが上がってしまいやすい箇所
・デクレッシェンドの流れを考慮して、静かに弾く
· 23-24小節の演奏
23小節目の p:
・ここから、気持ちがもう一段階切り替わる
・慌てがちな小節なので要注意
・身体が歌っていないと、ツルツルと先へ進んでしまう
・メロディの付点4分音符をきちんと聴きながら、内声を演奏する
24小節目:
・小節冒頭の音は強くならないように
・この和音は「4 5」の運指で弾くとよい
・4拍目の休符は、次に同主短調へ移る空気感を思いながら、やや長めにとる
· 25-28小節の演奏
25小節目の表情の対比:
この小節は、内部に対照的な表現を含んでいます。
・1-2拍目はスタッカートで軽めの表情
・3-4拍目はレガートでカンタービレな表情
・前半のスタッカートを短めにし、さらに後半の8分音符では時間をたっぷりめに使うと、変化がはっきり出る
音楽の表現は、突き詰めれば時間とどう向き合うかに行き着きます。こうした表情の差を意識してみてください。
25小節目のペダリング:
・1-2拍目はペダルなし
・3拍目でペダルを踏み、4拍目で踏みかえる
・同じ音型の小節も同様に
27小節目:
・3拍目の f が書かれたバス音は、「ツァーン」と広がる深い音で
・次の小節の3拍目まで引っ張れるだけの音を出す必要がある
・楽譜への書き込みからは、作曲家が「この音がほしい」と語りかけてくるのが感じられるはず
・ただし、3-4拍目のメロディを強く弾きすぎて、空気感を壊してしまわないように
・メロディのヤマは、あくまで次の小節の頭
譜例(27-30小節)

28小節目:
・赤で記譜した音符には2の指が指示された楽譜もあるが、1の指でとるとミスタッチがやや起こりにくい
この箇所の指遣いについては、【ピアノ】左手演奏特有のミスタッチを防ぐ運指法:跳躍後の黒鍵対策 で詳しく取り上げています。
・3-4拍目は大きくならないように
・このデクレッシェンドの方向性は、バスがいなくなることからも読み取れる
・音量の大小だけでなく、音楽のエネルギーが音遣いにどう表れているかまで分析してみる
· 33-34小節の演奏
33小節目のシンコペーション:
・シンコペーションになっているので、音楽を不自然に揺らさず、前へと進める
・音型は上行していくが、クレッシェンドしないほうが直後の fz が活きる
34小節目の fz:
・メロディだけでなく、下の和音も鳴らす
・ただし叩いてしまうと、びっくり箱のような表現になってしまう
・その瞬間にダイナミクスを1段階上げる程度で十分
・わざとらしさのない、必然性のある音を目指す
· 37-38小節の演奏
37小節目:
・「タタタタタタタタ」と、8分音符がただ刻まれているだけにならないように
・次の小節の slentando(だんだん遅く)への流れを、ここで作って示唆しておく
・3拍目のCes音は2分音符も兼ねているので、アンサンブルで別の楽器が弾いているかのように深く響かせる
38小節目の slentando:
・ここでは、やや大きめにテンポを落としてもよい
・50小節目の poco rallent. などとは違い poco が付いていないため、ここでは対照的に、より明確な変化をつける
・ペダルは1、2、3、4拍目と、4分音符単位で踏みかえる
· 39-44小節の演奏
39小節目からの fz:
・叩かずに、鍵盤のすぐ近くから掴み取るようなイメージで弾く
・25小節目からの部分とはアーティキュレーションが異なっている点を読み取る
43-44小節の跳躍:
・跳躍が連続するため、先に暗譜してしまうと弾きやすくなる
· 47-50小節の演奏
47小節目:
・最後のFis音は、しっかりと骨太の音で
・そのFis音からこぼれ落ちるようにメロディが続くので、Es音がFis音より大きくならないように注意
49-50小節のディミヌエンド:
・49小節目は、まだ弱くしない
・後ろ寄りのディミヌエンドとして、50小節目の頭から弱め始めれば十分
► 終わりに
この作品は学習用の練習曲として位置づけられていますが、とくに後半では、音型の対比をどう扱うか、アーティキュレーションをどう解釈するかなど、工夫の余地がたくさんあります。弾き手次第でさまざまな表情を引き出せる、面白い一曲と言えるでしょう。
基本となる注意点を押さえたら、あとは自身の感じる色を自由に加えてみてください。左手作品の歴史の始まりに位置する小品を、ぜひ自分らしく歌わせてみましょう。
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