【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイ「Einhändig Band II」レビュー:収録曲・難易度・資料としての価値
► はじめに
ヴァルター・ゲオルギイが編纂した片手ピアノの曲集「Einhändig(アインヘンディッヒ)」は、全2巻で構成されています。第1巻が片手のための独奏曲を中心に扱うのに対し、第2巻では、片手ピアノを含むアンサンブル作品に焦点が当てられています。
収録されているのは、片手で弾く奏者と両手で弾く奏者による3手連弾、そして片手ピアノとヴァイオリンのための室内楽作品です。片手ピアノのレパートリーを独奏曲だけに限定せず、他の演奏者との共演へと広げている点が、本書の大きな特徴と言えるでしょう。
本記事では、収録曲、演奏難易度、巻末解説の内容を整理し、第2巻の資料としての価値を紹介します。
出版社:P.J. Tonger Musikverlag(ケルン=ローデンキルヒェン)
初版:1955年
ページ数:59ページ(楽譜部分+巻末付録)
対象レベル:初中級~上級者
編集:ヴァルター・ゲオルギイ(Walter Georgii)
備考:第1巻から部番号・楽譜のページ番号が通しになっている
第1巻(日本語版『片手で弾くピアノ曲集』)のレビューは、【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイ「片手で弾くピアノ曲集」レビュー:収録曲・難易度・資料としての価値 にまとめています。
► ヴァルター・ゲオルギイについて
ヴァルター・ゲオルギイ(Walter Georgii, 1887-1967)は、ドイツのピアニスト・音楽学者・教育者です。ケルン音楽大学で長くピアノ教育に携わり、ピアノ音楽史の研究者としても知られる人物でした。教育用の曲集の編纂や校訂も数多く手がけており、ヘンレ社のブラームス「ハンガリー舞曲集」(4手)の校訂や、初級者向けの古典派・ロマン派ピアノ曲集などにもその名を見ることができます。
片手ピアノの分野においても、ゲオルギイは曲集の編纂だけでなく、歴史やレパートリーについての著作を残しました。彼の片手ピアノに対する考え方については、記事末で紹介する別記事で詳しく取り上げています。
► 内容について
‣ 本書の特徴
本書の最大の特徴は、片手で弾くピアノパートを含むアンサンブル作品に特化している点にあります。片手ピアノの独奏曲集は他にも存在しますが、3手連弾やヴァイオリンとの室内楽をこれだけまとめて収めた曲集は、きわめて珍しいと言えるでしょう。
コンセプトはあくまで「片手で弾く」ことにあり、左手・右手のどちらでも演奏できるよう配慮されています。一部の曲を除き、左手用と右手用の両方の運指が示されているのも嬉しいポイントです。
第2巻は第1巻から続く構成になっており、部番号と楽譜のページ番号も通しになっています。第2巻は第3部から始まり、楽譜のページ番号は53からスタート。巻末付録には第1巻の収録曲に関する情報も含まれているため、両巻を横断して作品や編曲の背景を確認できる点も特徴です。
‣ 収録内容
本書は洋書のため、曲名・作曲者名は楽譜の表記(ドイツ語 ほか)をそのまま記し、日本語訳を併記しました。「ページ」は楽譜上のページ番号を示しています。
· 3. Teil: Originalwerke zu 3 Händen(第3部:3手のためのオリジナル作品)
「片手奏者の担当」は、片手で弾くパートがプリモ(高音側)とセコンド(低音側)のどちらにあたるかを示しています。もう一方のパートは両手奏者が担当します。
| 作曲者 | 曲名 | 片手奏者の担当 | ページ |
|---|---|---|---|
| Robert Schumann (ロベルト・シューマン) |
Abendlied (夕べの歌) |
プリモ | 53 |
| Hermann Schroeder (ヘルマン・シュレーダー) |
Rondino (ロンディーノ) |
プリモ | 54 |
| Hermann Zilcher (ヘルマン・ツィルヒャー) |
Tanz-Caprice (舞踏カプリス) |
セコンド | 61 |
| Felix Petyrek (フェリックス・ペチュレク) |
Humoreske (フモレスケ) |
プリモ | 68 |
| Paul Höffer (パウル・ヘッファー) |
Kirmesmusik (村祭りの音楽) |
プリモ | 70 |
· 4. Teil: Übertragungen zu 3 Händen(第4部:3手のための編曲作品)
| 作曲者 | 曲名 | 片手奏者の担当 | ページ |
|---|---|---|---|
| Ludwig van Beethoven (ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン) |
Yorckscher Marsch (ヨルク軍団行進曲) |
プリモ | 74 |
| Franz Schubert (フランツ・シューベルト) |
Marche héroïque (英雄的行進曲) |
セコンド | 76 |
| Robert Schumann (ロベルト・シューマン) |
Davidsbündlertanz (ダヴィッド同盟舞曲) |
プリモ | 80 |
| Robert Schumann (ロベルト・シューマン) |
Valse noble (高貴なワルツ) |
プリモ | 82 |
| Johannes Brahms (ヨハネス・ブラームス) |
12 Walzer (12のワルツ) |
プリモ(第3曲のみセコンド) | 84 |
· 5. Teil: Originalwerke zu 1 Hand mit Violine(第5部:片手ピアノとヴァイオリンのためのオリジナル作品)
| 作曲者 | 曲名 | ページ |
|---|---|---|
| Hermann Unger (ヘルマン・ウンガー) |
Romanze (ロマンス) |
99 |
| Ernst-Lothar v. Knorr (エルンスト=ロータル・フォン・クノル) |
Intermezzo (間奏曲) |
102 |
| Hermann Schroeder (ヘルマン・シュレーダー) |
Capriccetto (カプリチェット) |
105 |
· Anhang(付録)
| No. | 項目 | ページ |
|---|---|---|
| 1 | Zum Studium der einhändigen Originalwerke (片手のためのオリジナル作品の学習について) |
VII |
| 2 | Zur Herkunft der einhändigen Bearbeitungen (片手のための編曲作品の由来について) |
VIII |
| 3 | Zum Studium der dreihändigen Originalwerke (3手のためのオリジナル作品の学習について) |
VIII |
| 4 | Zur Herkunft der dreihändigen Bearbeitungen (3手のための編曲作品の由来について) |
VIII |
| 5 | Zum Studium der einhändigen Originalwerke mit Violine (片手ピアノとヴァイオリンのためのオリジナル作品の学習について) |
VIII |
| 6 | Von der Kunst der Bearbeitung (編曲の技法について) |
VIII |
| 7 | Geschichtlicher Überblick über die originale Literatur zu 1 Hand und zu 3 Händen (片手および3手のためのオリジナル作品の歴史概観) |
IX |
· 収録曲目についての補足
3手のためのオリジナル作品では、シューマンの「夕べの歌 Op.85-12」、シュレーダーの作品に加え、第1巻にも独奏曲を寄せているツィルヒャー、ペチュレク、ヘッファーの作品が並びます。
3手のための編曲作品は、ベートーヴェン「ヨルク軍団行進曲」、シューベルト「英雄的行進曲 Op.27-1」、シューマン「ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6 より ユーモアをもって」、「謝肉祭 Op.9 より 高貴なワルツ」と、名曲揃いのラインナップです。
なかでも注目したいのが、ブラームスのワルツからの12曲。Op.39、Op.52、Op.65の3作品から選曲されており、有名な「Op.39-15」の編曲や声楽作品に由来するワルツの編曲も含まれています。
・「4手のためのワルツ集 Op.39」より 第2,3,11,12,15番
・「愛の歌 Op.52」より 第7,13,14番
・「新しい愛の歌 Op.65」より 第4,5,6,9番
片手ピアノとヴァイオリンのための作品としては、ウンガー、シュレーダー、そして第1巻にも独奏曲を提供しているクノルの3作品が収録されています。
各曲の簡潔な解説は、「左手ピアノ作品ライブラリー:作曲家別」でご覧いただけます。
‣ 付録も見逃せない充実ぶり
本書の価値を高めているのは、収録曲だけではありません。巻末には、作品の演奏法や編曲の由来、編曲技法、片手および3手のための作品史を扱った解説が収められています。
特に注目したいのが、「編曲の技法について」と「歴史概観」の2項目です。紹介されている文献には現在では絶版となっているものも多く、入手の難しい資料を知る手がかりにもなります。
解説の中でも触れられているように、本書は名人芸を見せるための難曲を集めることを目的としていません。片手で演奏する人が、音楽そのものの楽しさや喜びを味わえること、それこそが編纂の軸になっています。その姿勢は、選曲や難易度の設定だけでなく、楽譜に添えられた演奏上の注記や、巻末の編曲法・作曲史の解説にもはっきりと表れているように思います。
本書は、単に片手で弾ける作品を集めた楽譜集ではありません。片手作品がどのような背景から生まれ、既存の作品をどのように片手用に編曲できるのかを考えるうえでも、有用な資料と言えるでしょう。
‣ 演奏面から見た本書の特徴
片手ピアノのパートの難易度は、ツェルニー30番の中盤程度で取り組めるものから、ツェルニー50番に入ったあたりのレベルを要するものまで幅があります。とはいえ、ほとんどが小品なので、1曲ずつ無理なく学習を進められるでしょう。
また、楽譜のところどころには、演奏の負担を軽くするための注が添えられています。たとえばブラームスのワルツには、次のような注記が見られます。
*) Zur Erleichterung könnte die Melodie allein gespielt werden, ohne Doppelgriffe und Akkorde.
(訳:演奏を容易にするため、重音や和音を省き、旋律のみで弾いてもよい。)
*) Zur Erleichterung kann der 1. Teil des Stückes ohne Oktaven gespielt werden (mit dem zweigestrichenen gis beginnen!).
(訳:演奏を容易にするため、曲の第1部分はオクターヴなしで弾いてもよい〔2点嬰ト音(gis”)から始めること!〕。)
難しい箇所をどう簡略化すればいいかが具体的に示されているので、自分の技量に合わせて段階的に取り組めます。こうした細やかな配慮からも、教育的な視点を大切にした曲集であることが伝わってきます。
► 楽譜の入手方法
筆者は、ドイツの楽譜店 Noten Röhr に新品をオンラインオーダーしました。この楽譜店は日本への送料が比較的リーズナブルです(2026年10月時点)。
「Einhändig Band II」のページ:Einhändig Band II, 3. Teil, 4. Teil, 5. Teil Partitur+1Stimme(noten-roehr.de)
実際にこの楽譜を取り寄せた際の記録は、【ピアノ】左手音楽の海外資料、取り寄せに何日かかる?実際の注文から到着までを記録 でレポートしています。
► 終わりに
「Einhändig Band II」は、3手連弾と片手ピアノ+ヴァイオリンという、片手ピアノの世界でも特にレパートリーの限られたジャンルを集中的に扱った曲集です。日本語版こそありませんが、シューマンやブラームスの名曲を含む充実した選曲、どちらの手でも弾ける運指の配慮、そして巻末の歴史・編曲法の解説と、手に取る価値は十分にあります。
第1巻とあわせて読むことで、ゲオルギイが片手ピアノのレパートリーをどのように捉え、独奏からアンサンブルへと広げていたのかを、より立体的に理解できるでしょう。
片手ピアノの演奏レパートリーを広げたい方だけでなく、片手作品の歴史や編曲の可能性を探りたい方にとっても、本書は貴重な資料です。
ゲオルギイの片手ピアノに対する考え方については、以下の記事で詳しくまとめています。
【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイの片手ピアノ観:4つの著作から読み解く
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