- 【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」、楽譜12種類を実際に購入して比較してみた
- ► はじめに
- ► 比較した12種類の楽譜一覧
- ► 各版の特徴
- ‣ 1. Henle(Valentina Rubcova校訂)
- ‣ 2. Peters(Günter Philipp校訂)
- ‣ 3. M.P. Belaieff(Wladimir Pohl編)
- ‣ 4. Carl Fischer(Ruby Morgan編)
- ‣ 5. G. Schirmer(Raymond Lewenthal編)
- ‣ 6. G. Schirmer(Carl Deis編)
- ‣ 7. G. Schirmer(Laurel E. Fay編)
- ‣ 8. Alfred(Maurice Hinson編)
- ‣ 9. 音楽之友社(Walter Georgii編/P.J. Tonger版の日本語訳)
- ‣ 10. 音楽之友社(舘野泉編)
- ‣ 11. 春秋社(伊達純、岡田敦子校訂)
- ‣ 12. 全音楽譜出版社(Hans Kann編)
- ► 12種類を比較して分かったこと
- ► 実際に演奏するなら、どの版をどう使うか
- ► 終わりに
【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」、楽譜12種類を実際に購入して比較してみた
► はじめに
スクリャービンの「左手のための2つの小品 Op.9」(プレリュード Op.9-1、ノクターン Op.9-2)は、左手のためのピアノ作品のなかでも、特によく知られた名曲です。現在までにさまざまな出版社から楽譜が刊行されており、いざ購入しようとすると、どの版を選べばいいのか迷う方もいるのではないでしょうか。
同じ作品でも、版によって校訂方針、運指、ペダル記号、演奏解説の有無が異なります。さらに、音符の大きさやレイアウト、製本といった、実際に練習するときの使い勝手にも違いがあります。
そこで本記事では、筆者が実際に購入して所持している12種類の楽譜を比較し、それぞれの特徴を整理しました。譜面の内容だけでなく、紙の楽譜としての見やすさや扱いやすさ(音符の大きさ、紙や表紙の質感、製本など)も含めて紹介します。
なお、本記事で取り上げているのは、すべて筆者が実際に購入して所持している楽譜のみです。IMSLPなどで閲覧できる版であっても、現物を持っていないものは比較の対象に含めていません。
► 比較した12種類の楽譜一覧
まずは比較対象を一覧表にまとめました。ページ数は各曲の譜面が掲載されているページ数を示しています。演奏上の補助資料など、作品本体以外のページについては、必要に応じて注記しました。
本記事では、ヘンレ版(原典版)を基準に、各版の音・アーティキュレーション・強弱の違いを確認しています。
楽曲解説=作品の背景や成立事情
演奏ヒント=具体的な弾き方の助言
| No. | 出版社 | 編集・校訂 | 収録されている楽譜(書名・品番など) | Op.9-1 | Op.9-2 | 解説・付録 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Henle(ヘンレ) | Valentina Rubcova | Op.9のみのピース/HN 1013 | 2ページ | 4ページ | 校訂報告あり |
| 2 | Peters(ペータース) | Günter Philipp | Op.9のみのピース/EP 11065 | 2ページ | 4ページ | 校訂報告あり |
| 3 | M.P. Belaieff(ベリャーエフ) | Wladimir Pohl | Op.9のみのピース | 2ページ | 4ページ | 楽譜部分のみ |
| 4 | Carl Fischer(カール・フィッシャー) | Ruby Morgan | An Anthology of Piano Music for the Left Hand Alone(2021年刊/PL1072) | 2ページ | 5ページ | 楽曲解説あり(演奏ヒントではない) |
| 5 | G. Schirmer(シャーマー) | Raymond Lewenthal | Piano Music for One Hand: A Collection of Studies, Exercises and Pieces | 2ページ | 5ページ(本体4ページ+カデンツァ練習法1ページ) | 曲集全体・左手音楽全般についての解説 |
| 6 | G. Schirmer(シャーマー) | Carl Deis | Op.9-2のみのピース | 未収録 | 4ページ | 楽譜部分のみ |
| 7 | G. Schirmer(シャーマー) | Laurel E. Fay | Scriabin: Keyboard Essentials(Original Works) | 2ページ | 未収録 | 作曲家・曲集全体へのコメントのみ |
| 8 | Alfred(アルフレッド) | Maurice Hinson | Alfred Masterwork Edition/Op.9のみのピース/00-6393 | 3ページ | 6ページ | 楽曲解説・演奏ヒントあり |
| 9 | 音楽之友社(P.J. Tonger Musikverlagの日本語訳版) | Walter Georgii | 片手で弾くピアノ曲集 オリジナル作品と編曲作品集(Einhändig 第1巻の日本語訳版) | 2ページ | 未収録 | 演奏ヒントあり |
| 10 | 音楽之友社 | 舘野泉 | 左手のためのピアノ作品集 | 2ページ | 4ページ | 楽曲解説あり(演奏ヒントではない) |
| 11 | 春秋社 | 伊達純、岡田敦子 | スクリャービン全集 7 | 2ページ | 4ページ | 校訂報告・楽曲解説あり(演奏ヒントではない) |
| 12 | 全音楽譜出版社 | Hans Kann | 全音ピアノピース No.363(現在欠番) | 2ページ | 4ページ | 簡単な演奏解説あり |
プレリュードとノクターンの両方を収めた版が9種類、どちらか一方のみの版が3種類という内訳になりました。ノクターンだけ、あるいはプレリュードだけを収録した曲集やピースもあるため、2曲セットで弾きたい場合は購入前に収録曲を確認しておくと安心です。
► 各版の特徴
‣ 1. Henle(Valentina Rubcova校訂)
原典資料に基づく校訂を重視した版で、校訂報告も付属しています。ヘンレらしい整然としたハウススタイルで、音符の配置にもゆとりがあり、視認性に優れています。資料に基づいて楽譜の内容を確認したい方にとって、有力な選択肢となる一冊でしょう。
運指はFirst editionでも書かれているものに限り、イタリックで記されています。
‣ 2. Peters(Günter Philipp校訂)
こちらも校訂報告が付属しています。ペータース独特の音符がやや細長く見えるハウススタイルは、好みが分かれそうなところで、筆者はあまり馴染めませんでした。校訂情報を重視する方には、ヘンレ版と比較する価値のある一冊です。
原典版ですが、運指が多く書き込まれており、この点でヘンレ版よりも実用的と言えるでしょう。
‣ 3. M.P. Belaieff(Wladimir Pohl編)
音符は小さめで、ほかの出版社とは明らかに異なる独特のハウススタイルを持っています。独自のアーティキュレーションや強弱が書き加えられているため、原典版と同じものとして扱うことはできません。ざらざらとした手触りの表紙も印象的で、内容以上に「モノとしての個性」が光る楽譜でした。
‣ 4. Carl Fischer(Ruby Morgan編)
左手作品のアンソロジーに収録されている版です。譜面の内容は原典にかなり近いものになっています。特にノクターンは譜面のレイアウトに余裕があり、音符を追いやすいと感じました。リング製本のため、譜面台の上で開いた状態を保ちやすいのも利点です。楽曲解説には演奏のヒントは含まれていませんが、解説の情報量の多さは今回取り上げているなかでもトップクラスです。
レビュー記事:【ピアノ】Ruby Morgan「An Anthology of Piano Music for the Left Hand Alone」完全ガイド
‣ 5. G. Schirmer(Raymond Lewenthal編)
片手のための練習曲・エクササイズ・小品を集めた曲集に収められています。楽譜の内容は原典にかなり近く、演奏に関する脚注が多数添えられている点が特徴的。個別の楽曲解説はないものの、曲集全体へのコメントや左手音楽全般についての解説を読むことができます。とりわけ注目したいのが、ノクターンのカデンツァの練習法が1ページ分まとめられていることでしょう。カデンツァで苦戦している方には、今回比較したほかの版にはない実践的な助けになるはずです。
‣ 6. G. Schirmer(Carl Deis編)
ノクターンのみを収めたピース譜です。独自のアーティキュレーションや強弱が加えられており、ペダリングは全編にわたって記載、運指もかなり細かく書き込まれています。声部ごとに強弱を補っている箇所もあり、旋律と伴奏の弾き分けを考えるうえでのヒントにはなりますが、作曲者自身の指示と編者の加筆を区別しながら読む必要があるでしょう。
‣ 7. G. Schirmer(Laurel E. Fay編)
スクリャービンのオリジナル作品を集めた曲集で、Op.9からはプレリュードのみが収録されています。内容は原典にかなり近く、音符は小さめ。解説も作曲家や曲集全体についてのコメントにとどまり、Op.9に関して特筆すべき点はあまりありませんでした。
‣ 8. Alfred(Maurice Hinson編)
楽曲解説と演奏ヒントがしっかり付いた、情報量の多い版です。独自のアーティキュレーションや強弱の追加は最小限に抑えられている一方、ペダリングは全編に記載され、運指も豊富。音符が大きめで、ほかの版よりページ数が多い(プレリュード 3ページ、ノクターン 6ページ)のも特徴です。ただし、冊子の裏表紙にあたる部分にも楽譜が印刷されており、レイアウトや見栄えの点では少し気になりました。メインの楽譜というより、ほかの版と並べて参照する「併用向け」の一冊と考えるといいかもしれません。
‣ 9. 音楽之友社(Walter Georgii編/P.J. Tonger版の日本語訳)
ドイツのP.J. Tonger社から出ている「Einhändig」の第1巻を日本語訳した曲集で、Op.9からはプレリュードのみを収録。内容は原典にかなり近く、独特で美しいハウススタイルが目を引きます。解説は演奏ヒントに特化しているので、どう弾くかを具体的に考えたい方に向いています。
レビュー記事:【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイ「片手で弾くピアノ曲集」レビュー:収録曲・難易度・資料としての価値
‣ 10. 音楽之友社(舘野泉編)
左手のピアニストとして知られる舘野泉氏による作品集です。内容は原典にかなり近く、音符も大きめで読みやすい仕上がりです。楽曲解説は付いていますが、演奏ヒントという性格のものではありません。国内版なので、日本語の解説付きの楽譜を探している方にとって有力な選択肢になります。
レビュー記事:【ピアノ】舘野泉監修「左手のためのピアノ作品集」レビュー
‣ 11. 春秋社(伊達純、岡田敦子校訂)
スクリャービン全集の第7巻に収録されています。校訂報告と楽曲解説が付いていて資料性は高いものの、独自のアーティキュレーションや強弱が追加されている点には注意が必要です。解説は演奏ヒントではありません。こちらも国内で手に入れやすく、日本語で校訂の情報を確認できるのは心強いところです。
‣ 12. 全音楽譜出版社(Hans Kann編)
全音ピアノピースのNo.363として出ていた版ですが、現在は欠番となっています。独自のアーティキュレーションが加えられているほか、アルペッジョでも弾ける和音を同時に打鍵するよう指示するなど、具体的な解釈が見られました。簡易的な演奏解説も付いています。
► 12種類を比較して分かったこと
12種類の楽譜を実際に比較してみると、版ごとの違いは、単に音符の配置やページ数だけではないことが分かりました。大きく分けると、次の観点から整理できます。
1. 校訂情報と譜面の内容
原典資料に基づく校訂を重視した版と、編者による演奏指示の追加が見られる版では、楽譜を読む際の目的が異なります。本来の作品の内容を確認しながら練習したい場合は、校訂方針や校訂報告にも注目したいところです。
2. 演奏の参考になる情報
Alfred(Hinson)やSchirmer(Deis)には、運指やペダリングなど、演奏を考えるうえで参考になる情報が豊富に含まれていました。また、Schirmer(Lewenthal)のカデンツァ練習法のように、特定の箇所の練習に役立つ資料もあります。
3. 実際に練習するときの使いやすさ
音符の大きさ、譜表の間隔、ページ配分、製本なども、日常的に使用する楽譜を選ぶうえで無視できない要素でしょう。同じ作品を収録していても、譜面の見やすさや扱いやすさには違いがあります。
4. 収録曲
さらに、収録曲にも注意が必要です。Schirmer(Deis)はノクターンのみ、Schirmer(Fay)と音楽之友社(Georgii)はプレリュードのみを収録しています。Op.9の2曲をそろえたい場合は、購入前に収録内容を確認しておきましょう。
このように、どの版が最適かは、何を重視するかによって変わります。原典資料との関係を重視するのか、演奏のヒントを求めるのか、あるいは譜面の見やすさを優先するのか。目的を明確にすると、自分に合った版を選びやすくなります。
► 実際に演奏するなら、どの版をどう使うか
‣ メインの楽譜にはヘンレ版
個人的に、今回比較した12種類のなかでメインの楽譜として最もおすすめしたいのはヘンレ版です。
原典資料に基づく校訂を重視していることに加え、譜面の見やすさや校訂報告の付属など、総合的なバランスに優れていると感じました。日々の練習で使う楽譜として、安心して選べる一冊です。
ペータース版も校訂報告が付属しており、比較する価値のある版です。最終的には譜面の見た目の好みも含めて、ヘンレ版を選びました。
‣ 併用すると役立つ版
メインの楽譜とは別に、目的に応じてほかの版を参照すると練習の幅が広がります。
ノクターンのカデンツァに苦戦しているとき
Schirmer(Lewenthal)のカデンツァ練習法
ペダリングや運指の参考がほしいとき
Alfred(Hinson)やSchirmer(Deis、ノクターンのみ)
日本語で演奏ヒントを読みたいとき
音楽之友社(Georgii、プレリュードのみ)
異なる解釈に触れてみたいとき
Belaieff(Pohl)、全音楽譜出版社(Kann)
加筆の多い版を参照する際は、原典版と見比べながら「どこが作曲者の指示で、どこが編者の提案なのか」を意識して読むことをおすすめします。
‣ すぐに手に入れたいなら国内版
輸入楽譜は取り寄せに数週間かかることもあります。「すぐに用意したい」といった場合には、国内版が頼りになるでしょう。入手しやすく、日本語の解説が付いているのも利点です。ただし、全音楽譜出版社(Kann)は現在欠番となっているので、中古市場での入手になります。
※時期によっては、本記事で紹介している国内版楽譜も手に入りにくくなっている可能性があります。
► 終わりに
同じ「左手のための2つの小品 Op.9」でも、12種類の楽譜を実際に手に取って比較してみると、校訂方針から譜面のレイアウト、演奏に役立つ情報まで、版ごとの個性がはっきりと表れていました。
本記事のまとめが、これからスクリャービンのOp.9に取り組む方にとって、自分に合った楽譜を選ぶための参考になれば幸いです。
スクリャービンやOp.9について詳しく知る
・【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」演奏完全ガイド
・【ピアノ】左手作品から読み解くスクリャービン:右手への執着と、左手のための名品
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