【ピアノ】片手音楽から読み解くシリル・スミス:左腕の自由を失ったピアニストが拓いた「3手」の音楽

【ピアノ】片手音楽から読み解くシリル・スミス:左腕の自由を失ったピアニストが拓いた「3手」の音楽

► はじめに

 

片手でピアノを演奏する音楽家は、左手のピアニストだけではありません。イギリスの名ピアニスト、シリル・スミス(Cyril Smith, 1909-1974)もまた、活動の最盛期に左腕の自由を失いながら、音楽家としての道を諦めなかった一人です。

本記事では、シリル・スミスがどのように演奏活動を継続し、新たなレパートリーを生み出していったのかという観点から、その歩みを紹介します。

 

► 片手音楽から読み解くシリル・スミス

‣ シリル・スミスとは

 

シリル・ジェイムズ・スミスは、1909年8月11日にイギリス・ミドルズブラで生まれました。ロイヤル音楽カレッジでハーバート・フライヤーに師事し、在学中にはダンロイター・コンチェルト賞を受賞しています。1929年にはバーミンガムでブラームスの「ピアノ協奏曲 第2番 Op.83」を演奏してデビューを飾りました。

その後スミスは、ラフマニノフの演奏などで高い評価を得て、当時のイギリスを代表するピアニストの一人として認められるようになります。1934年からは母校ロイヤル音楽カレッジで教鞭を執り、これは彼が亡くなるまで続きました。

私生活では1937年にピアニストのフィリス・セリックと結婚。1941年以降、二人はしばしば夫婦デュオによるコンサートを開き、高い人気を博していました。

 

‣ 1956年、ソ連公演での悲劇

 

順調なキャリアを歩んでいたスミスに転機が訪れたのは、1956年のことでした。イギリス音楽家代表団の一員としてソヴィエト連邦を訪れていた最中、スミスは血栓症を発症し、左腕が麻痺してしまいます。

ピアニストにとって片腕の自由を失うことは、演奏家としての生命が絶たれることを意味しかねません。実際、デュオとして名声を築いてきたスミスとセリック夫妻にとって、この出来事は活動の存続そのものを揺るがす大きな試練となりました。

 

‣「3手のピアノ」という新たな地平

 

ここでスミス夫妻が選んだ道は、単に右手だけで弾ける既存のレパートリーに頼ることではありませんでした。この出来事から間もなく、翌年の1957年には、二人の3手による演奏がラジオ録音にも残されています。スミスは右手だけで演奏し、セリックが両手を担当する。二人で3本の手を使ってピアノを演奏する、いわゆる「3手」のスタイルです。

これ以降、夫妻はこの3手という編成を自分たちの新しい表現として確立していきました。アーサー・ブリス、ゴードン・ジェイコブ、マルコム・アーノルド、そしてラルフ・ヴォーン・ウィリアムズといった当時一流の作曲家たちが、この二人のために特別に作品を書き下ろし、あるいは編曲を手がけたのです。こうして生まれた作品の多くはレコードにも収められ、演奏会でも成功を収めました。

彼の重要性は、単に「右手だけで弾けるレパートリーを探して再出発した」ことに留まりません。既存の片手レパートリーに完全に頼るのではなく、妻セリックとともに演奏を続けるという選択をし、そのために作曲家たちと新しい音楽そのものを作り上げていった点にこそ、スミスの物語の核心があると言えるでしょう。

 

‣ スミス夫妻のために書かれた「3手」のレパートリー

 

スミスとセリックのために書かれた、あるいは編曲された作品の中から、代表的な3作を見てみましょう。これら3作品を見ると、「3手」が単なる代替的な演奏方法ではなく、次第に独自のレパートリーとして発展していったことが分かります。

 

マルコム・アーノルド「2台ピアノ(3手)と管弦楽のための協奏曲 Op.104」

「フィリスとシリルのための協奏曲」という愛称でも知られるこの作品は、BBCの委嘱によって作曲されました。1969年8月16日、王立アルバート・ホールにて作曲者自身の指揮、BBC交響楽団の演奏のもと、スミスとセリック本人によって初演されています。総譜には「愛情と敬意を込めてフィリスとシリルへ」という献辞が添えられました。

楽曲の終盤では、ひと時代前のジャズバンドを思わせるサウンドになり、掛け声なども取り入れられて盛り上がります。

演奏時間は約13分。

 

アーサー・ブリス「2台ピアノと3手のための協奏曲 Op.17」

もともとは1920年にテノール、ピアノ、弦楽、打楽器のための作品として作曲され、その後、2台ピアノと管弦楽のための協奏曲へと改訂されました。さらに1968年、スミスとセリックのために、2台ピアノ・3手で演奏できる版が作られています。

東洋風のサウンドから幕を開ける、非常に聴きやすい協奏曲です。

演奏時間は約13分。

 

ゴードン・ジェイコブ「1台のピアノのための3手の協奏曲」

1969年にノヴェロ社から出版された作品で、文字通り「1台のピアノを3本の手で弾く」という編成のために、スミスとセリックへ向けて書かれました。

協奏曲ではありますが、オーケストラパートの主張も強く、聴きごたえのある仕上がりになっています。全体的に諧謔的な雰囲気があるのも特徴と言えるでしょう。

演奏時間は約20分。

 

なお、ここまで紹介したアーノルド、ブリス、ジェイコブの3作品は、実際にスミス&セリック夫妻自身の演奏によるレコード「Concertos for Phyllis and Cyril」としてまとめて収録されています。詳しくは 【ピアノ】スミス&セリック夫妻の3手デュオ「Concertos for Phyllis and Cyril」レビュー をご覧ください。

 

ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ「2台のピアノのための協奏曲」

もとは1926年から1931年にかけて作曲された「ピアノ協奏曲 ハ長調」(ハリエット・コーエンのために書かれ、1933年にエイドリアン・ボールトの指揮で初演)で、演奏の難度が高すぎるとの評もありました。ジョゼフ・クーパーの協力のもと2台ピアノ版に改作され、1946年、スミスとセリック自身によって初演されています。

この作品はスミスの発病より10年ほど前から夫妻と縁の深い作品であり、二人はこの曲を大切にしていました。発病以後、夫妻は「3手」のための作品によって演奏活動を続けましたが、ヴォーン・ウィリアムズはすでに1958年に世を去っていたため、この協奏曲についても夫妻は、ヴォーン・ウィリアムズ本人ではなく別の編曲者に新たな2台ピアノ・3手版の編曲を依頼したと伝えられています。

1974年6月のBBC番組 Face the Music では、夫妻自身がこの新しい編曲について語っており、編曲者としてジョン・オドム(John Odom)の名前を挙げています。番組では、夫妻がそれ以前に2台ピアノ版を演奏しており、今度は3手版として「この夏」に取り組む予定であることも語られています。

新しい譜面が郵送で届いたのは1974年8月1日、奇しくもスミスが世を去る前日のことでした。スミスがセリックにかけた最後の言葉は「明日からこれに取り組もう」だったと伝えられています。

演奏時間は約26分。

なお1947年には、夫妻のために「2台のピアノフォルテのための序奏とフーガ」も新たに書き下ろされており、ヴォーン・ウィリアムズとスミス夫妻の親交の深さがうかがえます。

 

‣ ヴィトゲンシュタインとの対照

 

片手ピアノ音楽の歴史を考えるとき、パウル・ヴィトゲンシュタインとシリル・スミスを並べてみると、興味深い対照が浮かび上がります。

右腕を失ったヴィトゲンシュタインは、ラヴェルやプロコフィエフをはじめとする作曲家たちに左手だけのための独奏曲や協奏曲を委嘱し、左手ピアノという独奏レパートリーそのものを切り拓きました。

一方で左腕を失ったスミスは、独奏者としての右手レパートリーを求める道を選びませんでした。代わりに、妻とのピアノデュオという活動形態を守り続けるため、「3手」という独自の演奏形態を、作曲家たちとともに新たなレパートリーとして発展させたのです。

同じく片腕(の自由)を失ったピアニストでありながら、一人は片手独奏のレパートリーを切り拓き、もう一人はパートナーとの共演を軸に新たなレパートリーを築いた。この対比は、片手になったピアニストたちが歩んだ道の多様さを教えてくれます。

 

‣ 晩年と功績

 

スミスは1958年、自身の体験を綴った自伝「Duet for Three Hands」を出版しています。その後も教育者として、また演奏家として活動を続け、1971年には大英帝国勲章(OBE)を受章しました。1974年8月2日、ロンドンにて65年の生涯を閉じています。

なお、亡くなる一ヶ月ほど前にあたる1974年7月には、フランク、メンデルスゾーン、シューベルト、フォーレの作品を、3手という形で演奏したレコーディングも行われており、これが夫妻にとって最後の録音となりました。詳しくは 【ピアノ】スミス&セリック夫妻の3手デュオ「Cyril Smith & Phyllis Sellick: Piano Duos」レビュー をご覧ください。

 

► 終わりに

 

シリル・スミスの物語は、片腕の自由を失ったピアニストが、必ずしも「片手だけの独奏レパートリー」に向かうとは限らないことを示しています。彼が選んだのは、既存の枠にとらわれず、信頼するパートナーと作曲家たちとともに、これまであまり存在しなかった編成そのものを生み出す道でした。

片手のピアノ音楽の可能性は、左手のための独奏曲だけに留まりません。スミスとセリックが切り拓いた「3手」という響きもまた、片腕の自由を失ったピアニストが音楽と向き合い続けた、もう一つの可能性を示すものでもあります。

 

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参考文献:

・Smith, Cyril, as told to Joyce Egginton. Duet for Three Hands. Angus & Robertson, 1958.
・The New Grove Dictionary of Music and Musicians, “Smith, Cyril(James)”.
・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.

 

参考資料・ウェブ資料

・Ralph Vaughan Williams Society「List of Works」
・Sono Luminus「Vaughan-Williams, McDonald & Suesse: Concertos for Two Pianos」liner notes

 

併読推奨記事

・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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