【ピアノ】アルトゥール・シミホのマスタークラス動画(2023年)から学ぶスクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」

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【ピアノ】アルトゥール・シミホのマスタークラス動画(2023年)から学ぶスクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」

► はじめに

 

ブラジル出身のピアニスト、アルトゥール・シミホは、2023年、自身のYouTubeチャンネルでスクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9 より 第2曲 ノクターン」を題材にしたマスタークラス動画を公開しました。

動画の長さは17分7秒で、解説は英語です。左手作品を数多く録音し、左手編曲も手がけてきたシミホの視点が、短い時間の中に詰め込まれています。

本記事では、動画の要点を時間ごとに整理し、筆者のコメントも添えて紹介します。なお、要点は逐語訳ではなく、趣旨を変えない範囲で要約したものです。

 

► アルトゥール・シミホについて

 

Cimirro, Artur(1982- ) アルトゥール・シミホ

1982年、ブラジルに生まれたピアニストです。自国はもちろん世界各地で演奏活動を続けており、レパートリーはリストのパラフレーズから同時代の作曲家の作品まで多岐にわたります。

2011年には、手作りのピアノで知られるオーストラリアのメーカー、スチュアート&サンズ社の招きを受け、現地で録音とコンサートを実施。その成果は、CDとDVD「Cimirro plays Stuart & Sons in Terra Australis」にまとめられました。

創作や編曲に取り組むかたわら、デジタル音楽誌「Opus Dissonus」の編集にも関わり、評論の分野でも活躍しています。

 

シミホが演奏した音源のレビュー

・【ピアノ】アルトゥール・シミホ「Géza Zichy: Complete Piano Works」レビュー
・【ピアノ】アルトゥール・シミホ「Géza Zichy: Complete Piano Transcriptions」レビュー

 

► マスタークラス動画(2023年)から学ぶ

‣ 動画情報

 

タイトル:ARTUR CIMIRRO – Master Class on Scriabin Nocturne Op.9 No.2
公開:2023年2月9日
長さ:17分7秒
言語:英語

 

 

‣ マスタークラスの要点

· 0:00 – Introduction and tempo(導入とテンポ)

 

Andanteという指示は、伴奏の側からではなく、旋律の側から捉えるのがポイント。そう考えると、テンポはやや速めに落ち着きます。

 

· 1:29 – Handling big chords(音程の広い和音の扱い)

 

3小節目冒頭の和音をゆっくりアルペッジョにすると、拍の感覚が失われてしまいます。ここはすばやく入れるのがよいとのことでした。

 

· 2:53 – Middle register melody(中音域の旋律)

 

4小節目の後半から現れる内声の旋律的な要素は、注意深く耳を傾けていない聴き手には気づかれにくい部分です。演奏者が意識して浮かび上がらせる必要がある、とのことです。

また、7小節目は強めに弾かれることが多いものの、楽譜上の強弱はまだ p のままである点にも注意が促されていました。

 

· 4:23 – Phrasing and articulation(フレージングとアーティキュレーション)

 

7小節目の「Des As Des As(ドイツ音名で表記)」の和音は、片手では通常同時に押さえられない一方で、速さが求められる箇所です。左手作品でよく用いられる書法であり、こうした箇所はアルペッジョとして広げるより分割和音として処理するのが定石とされています。

8小節目の終わりではフレーズが切り替わります。最後の2つの16分音符での時間の取り方を含め、フレーズの切れ目の呼吸を丁寧に扱うよう注意されていました。

 

· 6:16 – Octaves and pedal tricks(オクターヴとペダルの工夫)

 

9小節目以降に登場する音程の広い和音も、アルペッジョにする場合はすばやく弾くのがよいとのことです。

12小節目では、フェルマータのあとに32分休符が置かれていますが、この時点でも低音のDes音は音価のうえではまだ伸びたまま。そこで、フェルマータの間にDes音のオクターヴをサイレントキー(音を出さずに打鍵し直すこと)で押さえておき、ダンパーペダルを踏み替えると、楽譜どおりの響きを実現できる、とのことです。

※押さえた鍵盤のダンパーが上がったままになり、それに対応する弦が響く状態になるため、ペダルを踏み替えてもDes音が残る

 

· 7:56 – Second section structure(第2部分の構造)

 

18小節目で旋律の音域を飛び越えて現れるB音を強く弾いてしまうと、その音まで旋律の一部として聴こえ、旋律線そのものが変わってしまいます。

 

· 9:25 – Mastering jumps(跳躍の克服)

 

22-26小節あたりでは、跳躍のたびに間(ま)を取りすぎないよう注意が促されていました。

 

· 11:19 – Cadenza fingering(カデンツァの運指)

 

27小節目のカデンツァの運指を考える際は、音のまとまり(グルーピング)を見つけることが出発点になると説明されています。動画では譜例を示しながら解説されているので、詳しくはそちらをご覧ください。

 

· 13:23 – Tempo Primo(テンポ・プリモ)

 

44小節目からは、中低音域の旋律よりも上の音域に置かれた伴奏音が目立ちすぎないようにすることが大切です。

51小節目以降の部分では、装飾音を一つひとつ理解しておくよう求められていました。

 

· 14:44 – Ending and conclusion(終結部とまとめ)

 

54小節目の ad libitum の部分では、音楽の向かう方向をはっきりさせることが求められます。自由に弾ける箇所であっても、何かを伝えようとする意志は欠かせません。

また、各アルペッジョのまとまりが行き着く音「F」「F」「Es」「E」ばかりを強調しすぎないように、という指摘もありました。

 

‣ 筆者のコメント

 

今回のマスタークラスでは、楽曲の解釈にとどまらず、左手演奏で起こりがちな問題にも触れられていました。

・音程の広い和音をアルペッジョで弾く際の技術的な難しさと、その中で拍の感覚を保つこと
・跳躍に時間がかかり、間が空きすぎてしまうこと

これらについては、具体的な解決法というより、知らず知らずのうちにそうなっている状態に気づき、意識的に修正していくことが求められているのでしょう。

一方で、左手演奏ならではの課題に対して、実践的な対処法が示された話題もあります。

・音程の広い和音を、アルペッジョにするか分割和音にするかの判断
・片手では離れた2か所の鍵盤を同時に押さえていられないという前提に立ち、サイレントキーを使って音を保持する方法

とくにサイレントキーとペダルを組み合わせた12小節目の処理は、楽譜に書かれた音価をどう実現するかという問いへの一つの答えであり、他の左手作品にも応用できる考え方だと感じました。

 

► 終わりに

 

17分ほどの短い動画ですが、テンポの捉え方から声部の聴かせ方、左手演奏に特有の技術的な工夫まで、充実した内容となっています。

スクリャービンのOp.9に取り組んでいる方はもちろん、これから左手作品に挑戦したい方や、両手のための作品を演奏する方にとっても、内声の扱いや拍感の保ち方など、参考になる点は多いでしょう。

 

この作品についてさらに詳しく知る

・【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」演奏完全ガイド
・【ピアノ】スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9」、楽譜12種類を実際に購入して比較してみた

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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