【ピアノ】片手作品の記譜法:1段譜・大譜表・3段譜の使い分け

【ピアノ】片手作品の記譜法:1段譜・大譜表・3段譜の使い分け

► はじめに

 

片手のための楽譜を書くとき、意外に迷うのが「1段譜で書くか、大譜表を使うか」「大譜表の上下段をどのように使い分けるか」という点ではないでしょうか。記譜法に唯一の正解があるわけではありませんが、音域や声部の構造などによって、読みやすい書き方は変わってきます。

本記事では、実際の片手作品から24の譜例を取り上げ、1段譜と大譜表の使い分けから、休符・点線・符尾の扱い、さらに3段譜の使用例までを整理しました。

判断の軸となるのは、読み手が音楽の構造をひと目でつかめるかどうか。この視点を頭に置いて、具体例を見ていきましょう。

 

► 1段譜と大譜表の使い分け

‣ 1段譜を使うケース

 

アメイジング・グレイス〜左手独奏のための〜(運営者編曲)

譜例1(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-20小節)

「アメイジング・グレイス 〜左手独奏のための〜」1-20小節_B

譜例1の1-8小節は、伴奏を伴わずにメロディだけを弾く場面です。こうした箇所は、原則として1段譜で問題ありません。ただし、次の2点は確認しておきましょう。

・メロディの音域が極端に広いと音部記号の変更が頻発するため、その場合は大譜表を検討する
・すぐ後で大譜表に切り替わるのであれば、最初から大譜表で書いてしまう選択肢もある

この編曲では、9小節目以降もメロディの近くの音域で他の声部が動いています。そのため、20小節目までは1段のまま書き進めました。アメイジング・グレイスのメロディは1オクターヴの範囲におさまるので、音部記号を途中で変える必要もありません。

1段譜がよく使われるもう一つの場面が、片手の指の動きを集中して鍛える、短いエクササイズ群です。譜例2と譜例3がその例にあたります。この種の書法で書く場合は、大譜表を使わずに済む可能性が高いでしょう。

ベレンス「左手のトレーニング Op.89 より」

譜例2(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1部 第3曲 1-3小節)

ベレンス「左手のトレーニング Op.89 第1部 第3曲」冒頭の楽譜。

ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 Op.8 より」

譜例3(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1集 第1番 1-4小節)

ルードヴィヒ・ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 Op.8 第1集 第1番」1-4小節

例外的な書き方をしているのが譜例4です。練習曲風の音遣いでありながら大譜表が用いられていますが、下段(低音部譜表)には一度も音符が現れず、最後まで上段だけで進みます。自身で楽譜を書く際に、この書法をあえてとる必要はありません。

エクトル・ベルリオーズ「私のスペインの城のひとつの煙突の中で、風が歌うワルツ(右手のための)」

譜例4(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

エクトル・ベルリオーズ「私のスペインの城のひとつの煙突の中で、風が歌うワルツ」1-4小節

一方で、練習曲風の音遣いなら必ず1段でよい、というわけでもありません。譜例5では、短い時間のうちに極端に広い音域を行き来し、しかもそれが連続します。1段で書くと音部記号だらけになってしまうため、大譜表のほうがずっと見やすくなります。

ヨーゼフ・クリストフ・ケスラー「狂詩的練習曲(右手のための)」

譜例5(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ヨーゼフ・クリストフ・ケスラー「狂詩的練習曲(右手のための)」1-3小節

 

‣ 1段譜から大譜表への移行

 

曲の途中で1段譜から大譜表へ切り替えるときは、切り替わる小節そのものからではなく、その小節を含む組段(譜表をひとまとまりにした1行)の先頭から大譜表にするのが基本です。譜例6をご覧ください。

アメイジング・グレイス〜左手独奏のための〜(運営者編曲)

譜例6(PD楽曲、浄書ソフトで作成、15-26小節)

「アメイジング・グレイス 〜左手独奏のための〜」15-26小節

この作品で下段に音符が現れるのは25小節目からです。それ以前の21-24小節では下段が空いていますが、同じ組段の途中で一部分のみを非表示にする必要はありません。譜表の構成が途中で変わると、かえって不自然な見た目になることがあるためです。

空いた下段が気になる場合は、大譜表へ移る小節が組段の左端にくるよう、レイアウトそのものを組み直しましょう。

なお、1段譜と大譜表の切り替えが楽曲の途中で何度も繰り返される場合は、かえって読みにくくなることもあります。そのようなときは、大譜表を中心に記譜することも検討してみましょう。

 

‣ 大譜表が適しているケース

 

ここからは、大譜表を選ぶと読みやすくなる場面を、理由とともに見ていきます。

まず、メロディと同時に、離れた音域の音も鳴っているケース。譜例7と譜例8がこれにあたり、大譜表で書くべき典型と言えるでしょう。

スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9 より」

譜例7(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 1-3小節)

スクリャービン「左手のための2つの小品 Op.9-2」の曲頭の楽譜。

ワーグナー=リスト=フリードマン「イゾルデの愛の死」 ※左手で演奏する作品。編曲者については諸説あり

譜例8(PD楽曲、浄書ソフトで作成、33-36小節)

「イゾルデの愛の死」左手独奏編曲の譜例(33〜36小節)

次に、下段に書いたほうが読みやすい音域の音が続くケースです。譜例9や譜例10のような場面では、大譜表にしておくと読み手に親切な楽譜になります。

フェルステル「ノットゥルノ Op.142-1(左手のための)」

譜例9(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

フェルステル「ノットゥルノ」1-4小節

ビルケダル=バルフォド「左手のための旋律的練習曲集 Op.19 より」

譜例10(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-4小節)

ルードヴィヒ・ビルケダル=バルフォド「左手のための旋律的練習曲集 Op.19 第1曲」1-4小節

譜例11は、伴奏がメロディより上の音域で鳴る場面です。これを1段に詰め込むと、メロディがどこにあるのかを正確に追いにくくなってしまいます。

ショパン=ホーホシュテッター「プレリュード Op.28-4」 ※左手もしくは右手で演奏する作品

譜例11(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ショパン=ホーホシュテッター「プレリュード Op.28-4」1-4小節

譜例12のように、上下段にまたがる音域を駆け抜ける速いパッセージにも注意が必要です。パッセージの途中に音部記号を挟むと、そこだけ音符同士の間隔が広がり、不自然な見た目になります。大譜表を使えば、音部記号を途中で変えずに済むでしょう。

サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より」

譜例12(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-3小節)

サン=サーンス「左手のための6つの練習曲 Op.135 より 前奏曲」冒頭部分の楽譜。

譜例13では、メロディ・バス・伴奏という3つの要素が、それぞれ「別の声部」として書き分けられています。複数の声部がそれぞれ独立した動きを続ける場合は、大譜表を使って書き分けると、音楽の立体的な構造を読み取りやすくなります。特に、各声部の動きを個別に追う必要がある場面では、段を分けるようにしましょう。

タッペルト「左手のための50の練習曲 より」

譜例13(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第22番 1-4小節)

タッペルト「左手のための50の練習曲 より No.22(Exercise)」1-4小節

譜例14の上段に書かれているのは、ティンパニを思わせる音型です。このように明確に別の楽器を連想させるパッセージは、たとえ1段にまとめられる音域であっても、段を分けて書く価値があると言えるでしょう。そのほうが、別の楽器の存在が視覚的にも伝わるからです。

フマガッリ「《ロベール・ル・ディアーブル》による大幻想曲(マイアベーア) Op.106」

譜例14(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-8小節)

フマガッリ 《ロベール・ル・ディアーブル》による大幻想曲(マイアベーア)Op.106 冒頭1〜8小節の楽譜。

対位法的な楽曲についても触れておきましょう。2声の作品など、各声部が独立した線になっている場合は、あえて段を分けて書くと読みやすくなります。これに対し、3声以上の対位法的楽曲では、譜例15のように、冒頭の声部を片方の段にまとめておく書き方も見られます。後から加わる声部のために、もう一方の段を空けておくという発想です。また、譜例16のように、休符を置いて声部の存在を明確に示すこともあります。

ブスマイヤー「左手または両手のための3つのピアノ小品 Op.5 より」

譜例15(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 フゲッタ 1-4小節)

ブスマイヤー「左手または両手のための3つのピアノ小品 Op.5 より 第2曲 フゲッタ」1-4小節

ライネッケ「2つの性格的小品とフーガ Op.1 より」 ※フーガは左手で演奏する作品

譜例16(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ライネッケ「2つの性格的小品とフーガ Op.1 より フーガ」1-4小節

譜例17のように、使わない側の段を組段単位で消している例もあります。組段ごとに消すか残すかは、どちらを選んでも構いません。

レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 より 前奏曲とフーガ」

譜例17(PD楽曲、浄書ソフトで作成、フーガの冒頭 19-21小節)

レーガー「左手のための4つの特別な練習曲 前奏曲とフーガ より フーガの冒頭」19-21小節

 

‣ 記譜に関する細部

 

大譜表で書くと決めた後にも、細かな判断がいくつか残ります。

 

· 使っていない段の休符は消すべきか

 

大譜表で片方の段が空いているとき、そこに休符を置くべきでしょうか。結論から言えば、置いても消しても誤りではありません。決め手になるのは、音楽の内容と見やすさです。

譜例18では、上段の休符が省かれています。ここで下段に音符が書かれているのは、あくまで「読みやすくするための一時的な措置」にすぎません。上段と下段に別々の声部が存在するのではなく、一つの声部が譜表をまたいで記譜されていると捉えます。そのため、上段の休符を省略しても、音楽の構造が誤解される心配はありません。

ライネッケ「左手のためのピアノソナタ Op.179 より 第3楽章 メヌエット」

譜例18(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-5小節)

ライネッケ「左手のためのピアノソナタ Op.179 より 第3楽章」1-5小節

次の譜例19も、同じ考え方で休符が省かれた例です。

パウアー「左手のための組曲 Op.72 より」

譜例19(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第3曲 1-4小節)

パウアー「左手のための組曲 Op.72」第3曲 1-4小節

 

· 声部が段をまたぐ際の点線の使い方

 

譜例20のように、点線を用いて声部のつながりを示す書き方があります。ただし、多用すると譜面が煩雑になりがちなので、読み手に声部のつながりを特に意識してほしい箇所に限って使用し、それ以外では省略するのがいいでしょう。

エリック・マレオ「左手のための2つの練習曲 より」

譜例20(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第1曲 1-5小節)

マレオ「左手のための2つの練習曲 より 第1曲」1-5小節目

 

· 符尾(棒)を上下段にまたがって書くかどうか

 

譜例21の1小節目では、符尾が両段を貫いています。この書き方に一律の基準はありません。ただし、譜例22のようにまたがない書き方のほうが、上下段がそれぞれ独立しているという印象は強まります。

ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 より」

譜例21(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 1-6小節)

ビルケダル=バルフォド「左手のための練習曲集 より 第2曲 メヌエット」1-6小節

ラインホルト「左手のための3つの演奏会用練習曲風ピアノ曲 Op.61 より」

譜例22(PD楽曲、浄書ソフトで作成、第2曲 1-5小節)

ラインホルト「左手のための3つの演奏会用練習曲風ピアノ曲 Op.61 より 第2曲 ノクターン」1-5小節

 

· 音をどちらの段に置くか

 

譜例23では、上段の6度音程の動きと下段の動きとが、別々の役割を担っています。したがって、6度の下の音は、音域としては下段に書けるとしても、上段にまとめたほうが読みやすいでしょう。音の高さだけでなく、役割で段を決めるという発想です。

レーガー=ホーホシュテッター「葉と花 より ロマンス 第1番」 ※左手もしくは右手で演奏する作品

譜例23(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

レーガー=ホーホシュテッター「葉と花 12のピアノ曲による3曲 より ロマンス 第1番」1-4小節

 

‣ 片手作品で3段譜を使う例

 

数は限られますが、片手作品に3段譜が使われることもあります。

譜例24の部分では、メロディとバスの音程差がかなり大きく、そのうえメロディよりも上の音域に伴奏が置かれる書法になっています。このようなケースでは、3段に分けることでそれぞれの層が見やすく整理されます。

フマガッリ「アンダンテ 声がない(ロッシーニ《モーゼ》より) Op.102(遺作)」

譜例24(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

フマガッリ アンダンテ「声がない(Mi manca la voce)」(ロッシーニ《モーゼ》より)Op.102 冒頭1〜4小節の楽譜。

3段譜が使われた片手作品の例

ヨーゼフ・ディヒラー「左手のための間奏曲」
オットー・ルーニング「ライト・ハンド・パス」

いずれも、各声部の独立性・多層性を視覚的に示すための使用と考えられます。

 

► 終わりに

 

片手作品における段の使い方には、唯一の正解があるわけではありません。それでも、ここまでの譜例から、いくつかの判断の目安が見えてきます。

・無伴奏のメロディや、音域の狭いエクササイズなどは、1段譜で十分に表現できる場合が多い
・離れた音域の音が同時に鳴る場合や、広い音域を行き来する動きが続く場合は、大譜表を使うと読みやすくなる
・複数の声部が独立して動く場合は、段を分けることで音楽の構造を把握しやすくなる
・休符や符尾の扱いは、声部の捉え方と譜面全体の見やすさを踏まえて判断する

迷ったときは、初めてその楽譜を開く人の目で見直してみてください。メロディの位置、声部の数、音域の広がりなど音楽的な内容が読み取りやすい書き方こそ、その曲にふさわしい記譜です。自身の編曲でも、ぜひ試してみてください。

左手編曲の技法全般については、【ピアノ】左手編曲のテクニック 完全ガイド で解説しています。

 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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