【ピアノ】左手ピアノ音楽を知る手がかり:ウェスタビー『History of Pianoforte Music』の「左手のための作品」
► はじめに
書名:The History of Pianoforte Music
著者:Herbert Westerby
刊行年:1924年(初版)
出版社:Routledge(現行の復刻版)
言語:英語
ページ数:432ページ(現行版)
ウェスタビー(Herbert Westerby, 1865-1949)の「The History of Pianoforte Music」は、1924年に刊行されたピアノ音楽の通史です。鍵盤音楽の起源から20世紀初頭の各国楽派までを一冊で見渡す内容で、その中に「Works for Left Hand(左手のための作品)」という見出しが立てられています。
左手作品に関する記述は、ごくわずかしかありません。しかし、当時のピアノ音楽史が左手作品をどのように位置づけていたのかを知るうえで、興味深い資料となっています。
本記事では、この項目の内容と、そこから読み取れる当時の認識を整理します。
► ウェスタビー『History of Pianoforte Music』の「左手のための作品」
‣ 書籍の概要と、左手項目が置かれている場所
本書は4部構成で、第1部がチェンバロとクラヴィコードの音楽、第2部が古典派、第3部がロマン派、第4部が国民楽派の時代を扱っています。著者は序文で、従来の類書が過去に偏っていると述べ、20世紀の視点からピアノ音楽を捉え直すことを目標に掲げました。
左手作品の話題が登場するのは、第3部の第23章「Four-Hand Music and Works for Left Hand」です。章題のとおり、連弾や2台ピアノの作品と同じ章にまとめられており、左手はその最後に置かれた小さな項目にすぎません。章全体は数ページにわたりますが、左手作品についての記述は2段落ほどに限られています。
ここで注目したいのは、左手作品が作曲家や楽派ではなく、「演奏形態」による分類の中に収められている点です。両手による独奏が標準であり、連弾・2台・左手はそこから外れた形態として一括りにされていた、と読むこともできるでしょう。
‣ ウェスタビーは左手作品をどう評価したのか
項目の冒頭に、著者の評価がはっきりと書かれています。
The limited scope of pieces for left hand alone confines their interest to the educational or purely virtuoso aspect.
日本語にすると、「左手のみのための作品は扱える範囲が限られているため、その興味は教育的な側面、あるいは純粋にヴィルトゥオーゾ的な側面にとどまる」といった意味になります。
これは左手作品を無価値だと切り捨てた文ではありません。むしろ、その意義を「教育」と「技巧」の2つの側面に限定して捉えた記述だと言えます。少なくともこの一文では、左手作品を独立した芸術的レパートリーとして評価する視点は前面に出ていません。もっとも、当時すでに芸術性の高い左手作品が存在していたことには留意する必要があります。
この評価は本書全体の性格とも関係していそうです。序文には「Educational Aspect」という小見出しがあり、ピアノ学習者の教育的な必要を常に念頭に置いたと明記されています。左手作品が教材として語られるのは、本書の方針から見ても自然な流れだったのかもしれません。
‣ ジチーへの言及
続いてウェスタビーは、左手演奏が勢いを得たきっかけとして、ハンガリーの貴族出身のピアニスト、ジチー伯爵(Géza Zichy、1849年生まれ)の演奏活動を挙げています。右腕を失ったのち左手だけの独奏に全力を注ぎ、批評家たちを驚かせ、喜ばせたという紹介です。
現代の書籍では、左手演奏というとヴィトゲンシュタインが重要な話題の一つになりますが、1924年の時点で、左手演奏を語る際にまず名前が挙がる人物はジチーだったということです。片腕のピアニストが聴衆を驚嘆させるという語り口も、「ヴィルトゥオーゾ的な側面」という先ほどの評価と響き合っています。
‣ 作品は「コース」として紹介されている
項目の後半では、具体的な作品が挙げられています。目を引くのは、その並べ方です。著者は作品を詳しく論評するのではなく、「a good course(よい学習課程)」や「a pleasant short course(楽しい短期課程)」という言葉を使い、学ぶ順序を示す形で紹介しました。
目を引くのが、ライネッケの「左手のためのピアノソナタ Op.179」でしょう。本格的な多楽章のソナタであるにもかかわらず、練習曲集や教材と同じ「課程」の一部として並んでいます。少なくともこの項目では、個々の作品の芸術的な特徴を論じるよりも、学習課程の中でどのように活用できるかという観点が前面に出ています。
‣ 1924年という時点を考える
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1914年 | パウル・ヴィトゲンシュタインが第一次世界大戦で負傷し、右腕を失う |
| 1915年以降 | ラーボアがヴィトゲンシュタインのために作品を書く |
| 1924年 | ジチー死去 |
| 1924年 | ウェスタビー「The History of Pianoforte Music」刊行 |
| 1929-30年 | ラヴェルが「左手のためのピアノ協奏曲」を作曲 |
ウェスタビーの本が刊行された1924年は、ヴィトゲンシュタインによる委嘱作品が生まれ始め、左手のための新たなレパートリーが形成されつつあった時期にあたります。すでにラーボアらによる作品も生まれていましたが、本書の短い記述には、そうした動きが反映されていません。ジチーの名は挙がっている一方、ヴィトゲンシュタインへの言及はありません。ただし、その理由を出版年代だけに求めることはできず、著者の情報源や作品選定の方針も関係していた可能性があります。
そして、ラヴェルの左手協奏曲はまだ構想されてもいませんでした。今日の我々は、この協奏曲をはじめとする作品を通じて、左手のための音楽を一つの芸術的レパートリーとして受け止めています。ウェスタビーの一文は、そうした見方が広まる前の認識を書き留めたものと言えるでしょう。
誤解のないように付け加えると、ラヴェル以前に芸術性の高い左手作品がなかったわけではありません。変わったのは作品の有無というより、レパートリーが厚みを増すにつれて、左手作品全体に対する一般的なイメージのほうだったのではないでしょうか。
‣ この資料から見えてくること
「左手作品の紹介が少ししかない本」とだけ受け取ると、この資料の面白さを取りこぼしてしまいます。要点を3つにまとめてみました。
・1924年刊行の本書において、左手作品は連弾などと並ぶ特殊な演奏形態として、ごく短く扱われていた
・その意義は教育と技巧の側面から説明され、作品は学習課程として紹介されていた
・左手演奏の先駆者としてジチーが紹介されている一方、ヴィトゲンシュタインについては言及されていない
教育的・技巧的なものという認識から、独立した芸術的レパートリーという認識へ。左手ピアノ音楽の評価がたどったこの変化を考えるとき、ウェスタビーの記述は出発点の一つとして役立ちます。
► 本書の入手方法
本書は洋書ですが、現在は復刻版が刊行されており、オンラインで購入できます。左手作品に関する記述は限られていますが、ピアノ音楽史を幅広く知るための資料として興味のある方は、以下から詳細をご確認ください。
► 終わりに
わずか2段落ほどの記述でも、書かれた年代や書籍全体の方針と合わせて読むと、当時の左手ピアノ音楽の立ち位置が浮かび上がってきました。作品リストとしての情報量は多くありませんが、著者の評価の言葉そのものに資料的な価値があります。
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