【ピアノ】片手ピアノ音楽を知る手がかり:ゲオルギイ『Klaviermusik』の「片手のための音楽」

【ピアノ】片手ピアノ音楽を知る手がかり:ゲオルギイ『Klaviermusik』の「片手のための音楽」

はじめに

 

※本書はドイツ語で書かれている洋書です。

 

片手のピアノ曲を探していると、作品リストや録音だけでは物足りなくなることがあります。「この曲は片手音楽の歴史のなかでどう位置づけられているのか」「作曲家や作品は、これまでどのように評価されてきたのか」といった問いに答えてくれる資料は、それほど多くありません。

今回紹介するヴァルター・ゲオルギイ(Walther Georgii)著「Klaviermusik」は、そうした問いに応えてくれる貴重な一冊と言えるでしょう。ピアノ音楽史の本ではありますが、巻末の付録に「片手のための音楽」を扱った項目があり、これがコンパクトながら読みごたえのある内容になっています。

本記事では、その「片手のための音楽」という項目を中心に、内容と活用の方法を紹介します。

 

► ゲオルギイ『Klaviermusik』の「片手のための音楽」

‣「Klaviermusik」とはどんな本か

 

本書は基本的に両手のためのピアノ音楽史として書かれており、片手のための作品は本論ではなく、巻末の付録という形で扱われています。位置づけとしてはあくまで補足的な存在ですが、その中身は簡素なものではありません。1984年の第6版では、片手音楽の歴史をたどる記述だけで約5ページ半が割かれており、ドイツ語で書かれた文章のなかに、作曲家名や作品名が次々と登場します。

初版は1942年に刊行され、1984年には第6版が刊行されています。本記事では、この第6版を参照しています。

 

‣「片手のための音楽」の項目で分かること

 

この項目の特徴を整理すると、次のようになります。

・片手音楽の歴史に沿って、作曲家と作品が紹介されている
・それぞれの作品について、ゲオルギイ自身による評価が添えられている
・19世紀から20世紀にかけての作品を幅広くカバーしている
・本文だけでなく、脚注にも別の作曲家が登場する

単なる年代順の作品リストではなく、著者の評価視点が随所に入り込んでいるのが読みどころです。

 

‣「評価」が入っているところに価値がある

 

「この作品が掲載されている」という情報だけであれば、既存の作品データベースでも十分に調べられるでしょう。しかし「ゲオルギイはこの作品をどう見ていたのか」となると、話は変わってきます。ここに、この本を読む意味があるように感じました。

ゲオルギイの記述は、単に作曲家や作品を年代順に紹介するだけではなく、作品ごとにその音楽的な内容や技術的な価値についてコメントを加えています。この評価は必ずしも好意的なものばかりではなく、ときにかなり辛口な言葉が使われている点も興味深いところです。

例えば、スクリャービンのOp.9については、片手演奏特有の技術的な制約とどう向き合ったかという観点から、その工夫を高く評価する記述が確認できました。低音と旋律を同時に扱う難しさに対して、ペダルを効果的に使うことで音の広がりを生み出した点などが取り上げられており、技巧の紹介に留まらない、作曲上の発想への言及になっています。

辛口な評価の例としては、当時名を馳せたピアニストでもあったドライショクが寄せた変奏曲などについて、「ルートヴィヒ・ベルガーの小品を除けば、価値のない流行の産物にすぎない」といった趣旨の手厳しい言葉が向けられている箇所が確認できました。また、フランツ・リストが片腕のジチー伯爵に献呈した「ハンガリーの神 S.543 R.214」についても、「オクターブの雷鳴を伴う仰々しい仕立て」と評されており、著名な作曲家の作品についても、ゲオルギイは率直な評価を記しています。

レーガーの「前奏曲とフーガ」については、フーガの主題をあえて5度の音域内に収めることで、片手でも3声を表現できる構成を実現したことがまず評価されています。そのうえで、それだけでは響きが単調になりかねないため、後半では自由フーガの様式に切り替え、20世紀に入ってから発展してきた片手奏法の新しい可能性を取り入れている、という指摘もされています。

このように、ただの紹介に終わらず、作品を批評的に読み解いている点が、この項目の大きな魅力だと感じました。

 

‣ 片手音楽の文献であまり見かけない作曲家にも出会える

 

もう一つ注目したいのが、ルドルフ・ニーマン(Rudolf Niemann)、ルードヴィヒ・ビルケダル=バルフォド(L. Birkedal-Barfod)、ズデニェク・フィビフ(Zdenko Fibich)、オレステ・ラヴァネッロ(Oreste Ravanello)といった名前が挙げられている点です。

これらの作曲家について「他の文献にはほとんど出てこない」と断言するのは少し言い過ぎかもしれませんが、少なくとも片手音楽について調べていても比較的見つけにくい名前であることは間違いありません。片手作品のレパートリーを広げるための新しい候補を見つける資料として、この本の価値がよく表れている部分でしょう。

 

‣ 実演家との交流から生まれた情報

 

興味深いのは、この内容が単に文献調査だけで作られたものではなさそうだという点です。第3版の序文(1956年)において、ゲオルギイは片手演奏をするピアニスト、ジークフリート・ラップ(Siegfried Rapp)から、それまで知らなかった片手作品をいくつか教えてもらったという趣旨の謝辞を残しています。

つまり、少なくとも一部の情報については、実際に片手で演奏するピアニストからの情報提供が反映されているということになるでしょう。数ある版を重ねてきた背景には、こうした実演者とのやりとりがあったことがうかがえ、資料としての厚みを感じさせるエピソードです。

 

‣ 3手・5手・6手のための音楽にも触れられている

 

「片手のための音楽」の項目に続いて、3手・5手・6手のための音楽を扱った項目も設けられています。1984年の第6版では3種類の編成を合わせて約2ページとコンパクトですが、内容は興味深く感じました。

例えば3手(片手+両手)の音楽では、簡潔な歴史紹介に加えて、シューマンをはじめとする作曲家の作品にも触れられています。独奏音楽とは別のテーマですが、片手にまつわるピアノの演奏形態を広く知るための補足資料として興味深い内容です。

 

► 本書の入手方法

 

購入する場合は、1984年発行の第6版以降のものであることを確認しておくといいでしょう。現在は中古で流通しているものを探すのが中心になります。筆者自身も、海外サイト(Amazon.com〔米国版〕)経由で、フランスの古書業者から取り寄せました。

国内のAmazon.co.jpにも書籍ページがあるため、中古在庫が出ることがあるかもしれません。現在の在庫状況は変動するため、購入前に版・刊行年を確認してください。

 

 

►「片手で弾くピアノ曲集」との併読がおすすめ

 

すでに 【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイ「片手で弾くピアノ曲集」レビュー:収録曲・難易度・資料としての価値 で紹介しているゲオルギイ編「片手で弾くピアノ曲集」は、実際の楽譜が収録されたアンソロジーです。「Klaviermusik」で紹介されている作品の一部は、このアンソロジーにも収められています。

「Klaviermusik」を読む資料として、「片手で弾くピアノ曲集」を弾く資料として組み合わせることで、作品についての理解をより立体的に深めることができるでしょう。

 

► 終わりに

 

『Klaviermusik』の「片手のための音楽」は、ページ数こそ多くないものの、片手音楽の歴史をコンパクトに見渡しつつ、著者自身の評価という付加価値まで含んだ資料です。作品データベースでは得られない「著者の視点」に触れられる点が、この文献ならではの魅力だと感じました。

片手ピアノ音楽を調べている方にとって、作品そのものだけでなく、その歴史的な位置づけや当時の評価まで知るための手がかりになる資料です。

 

併読推奨記事

ゲオルギイの4つの著作「Klaviermusik」「Klavierspielerbüchlein」「Einhändig」「Einhändig 2」から、片手ピアノに対する一貫した考え方を読み解きます。演奏の喜びを重んじる編纂方針や、けがをした奏者・子供たちへの眼差しも紹介しています。

【ピアノ】ヴァルター・ゲオルギイの片手ピアノ観:4つの著作から読み解く

 


 

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