【ピアノ】片手作品は、反対の手でも弾けるのか

【ピアノ】片手作品は、反対の手でも弾けるのか

► はじめに

 

左手のために書かれたピアノ曲を、右手で弾くことはできるのでしょうか。逆に、右手のために書かれた作品を左手に移すことは可能なのでしょうか。

片手作品を眺めていると、こうした疑問が意外に大きな問題として浮かび上がってきます。「左手用」「右手用」という区別には、もちろん演奏上の意味があります。しかし、それが常に「その手でなければ音楽的・テクニック的に成立しない」ということを意味するとは限りません。作曲家が左手用・右手用とした背景には、特定の演奏者からの依頼、片手しか使えない奏者を想定した事情、作曲上のコンセプト、特定の手の運動を活かすことなど、さまざまな理由が絡んでいるからです。

本記事では、右手作品と左手作品はどこまで交換可能なのか、その境界を考えてみたいと思います。なお、【ピアノ】左手のためのピアノ曲を両手で演奏してもいいのか では、片手作品を両手で弾く場合について取り上げました。今回のテーマはそれとは異なり、手の数ではなく「どちらの手で弾くか」という問題に焦点を当てます。

 

► 片手作品は、反対の手でも弾けるのか

‣「左手作品」「右手作品」は何によって決まるのか

 

「左手作品は左手だから成立する」とは限らない

ある作品が「左手のため」と指定されていたとしても、その音域や音型が、左手でなければ音楽的・技術的に成立しないよう設計されているとは限りません。

つまり、「左手で弾くこと」と「左手でなければ弾けないこと」は、本来別の問題として捉えるべきなのではないでしょうか。この違いを意識するだけで、片手作品の見方は変わってくるはずです。

 

作曲者の目的によって「手」が選ばれる場合

片手作品が「左手用」あるいは「右手用」とされる背景には、いくつかのパターンがあります。

・左手(あるいは右手)の奏者から依頼された
・反対の手を使えないピアニストのために書かれた
・作品全体のコンセプトとして、あえてどちらかの手を選んだ
・作曲者自身の好みや判断によるもの
・特定の指の運動や音型を活かす、あるいは訓練するための選択

このように、「左手作品」という分類だけを見て、その音楽的性質まですべてが左手固有のものだと考えるのは、少し早計かもしれません。分類の背後にある事情まで確認して、初めて作品の性格が見えてくることも多いのです。

 

‣ それでも左右の違いは存在する

 

とはいえ、左右どちらで弾いても完全に同じというわけでもありません。鍵盤上での親指の位置関係、黒鍵・白鍵へのアクセス、指の並び、手首や前腕の運動方向、和音やアルペッジョの取りやすさなど、左右の手には物理的な違いが存在します。

ただし、ここは「左手はこう、右手はこう」とあまり断定的に語りすぎないほうがいいと考えています。個人差も大きく、演奏者によって得意な運動方向は異なるからです。むしろ、左右の手には共通する構造が多い一方で、鍵盤上での位置関係や運動方向によって、同じ音型でも弾きやすさが変化する、という捉え方のほうが実情に近いでしょう。

 

具体例:スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、46-47小節)

スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」46-47小節

この譜例の音符そのものを右手に移し替えて演奏することは、技術的には可能です。ただし、「演奏できること」と「自然に演奏しやすいこと」は別の問題です。47小節目の上段の和音は、少なくともこの形のままでは、左手のほうが自然に収まりやすいと考えられるでしょう。

手の構造上、1の指と2の指の間は比較的大きく広げることができますが、4の指と5の指の間は大きく広げにくいという違いがあります。したがって、下方から「3度+4度+5度」と積み重ねられている、指を広げて押さえるこの和音は、1の指と2の指の広がりを有効に使える左手のほうが弾きやすいのです。

 

‣ 左手作品を右手で弾くことは「編曲」なのか

 

左手作品を反対の手で演奏する、という行為には、実はいくつかの段階があります。

① 音高・リズムなどを変更せず、反対の手でそのまま演奏する
② 反対の手で演奏しやすいよう、音域・音遣い・配置などを一部調整する
③ 反対の手のための作品として、音型や配置などを大きく再構成する

この3段階を区別して考えると、「反対の手で弾く」という行為の性格がかなり整理しやすくなります。①は「原曲を別の手で演奏する」という性格が強い一方、③まで進めば、それはもう独立した編曲作品と呼ぶべきものになるでしょう。どの段階で演奏しているのかを自覚しておくことは、タイトルや説明を正確に示すうえでも重要なポイントです。

 

‣ 片手作品は「左右交換可能」なのか

 

ここまでの内容を踏まえて、片手作品のタイプ別に、反対の手への移行のしやすさを整理してみます。

作品のタイプ 反対の手への移行
手そのものがコンセプトの中心にある作品
特定の奏者のために書かれた作品 ○〜△
技術的制約を積極的に利用した作品
左右どちらでも成立する教材的な作品
一応手は決まっているが、作曲者自身が左右の変更を認めている作品
元々どちらの手でも弾けることを謳っている作品

※ここでの「○・△」は、反対の手へ移す際の技術的・構造的な容易さや、作品としての成立性を大まかに示したものです。

 

このように整理すると、単純な「弾ける・弾けない」という二択ではなく、作品ごとに交換可能性の度合いが異なることが見えてきます。左手作品のレパートリーを広げたいのであれば、必ずしも「左手作品だけを左手で探す」必要はない、ということも分かるはずです。

 

‣ 両手で弾く場合との違い

 

ここまでは「反対の手」への移行について考えてきましたが、片手作品には、もう一つ別の選択肢があります。それは、両手で演奏するという方法です。

反対の手へ移すか、両手に分けるか。この二つは似ているようで、実は問われている視点が異なります。両手で演奏することの是非については、【ピアノ】左手のためのピアノ曲を両手で演奏してもいいのか で詳しく扱っているので、あわせてご覧ください。

 

► 終わりに

 

「左手のために書かれた」ということと、「左手でしか弾けない」ということは、同じではありません。

作品によっては、左手という条件そのものが音楽的に重要な意味を持っています。一方で、特定の演奏者への依頼や、作曲上の便宜、技術的な理由などから「左手」が選ばれている作品もあります。したがって、片手作品を「左手作品」「右手作品」という二つの箱に完全に分けて考えるよりも、なぜその手のために書かれたのかを一つずつ確認していくことのほうが、実は重要なのかもしれません。

反対の手で弾いてみることは、単なる興味本位の試みではなく、作品がどのような理由でその手のために書かれたのかを問い直す、一つの手がかりになり得ます。

 

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