【ピアノ】左手音楽から読み解くダグラス・フォックス
► はじめに
フランク・ブリッジの「左手のための3つのインプロヴィゼーション」は、いったい誰のために書かれた作品だったのでしょうか。その献呈先として重要な人物が、イギリスのオルガニスト・ピアニスト、ダグラス・ジェラード・アーサー・フォックス(Douglas Gerard Arthur Fox, 1893-1978)。ただの献呈先の一人としてではなく、その後の人生を通じて左手音楽と深く関わり続けた人物であり、左手ピアノの歴史を語るうえで欠かせない存在と言えます。
本記事では、そんなフォックスの歩みを紐解いていきます。
► 左手音楽から読み解くダグラス・フォックス
‣ 将来を嘱望されたオルガニスト
フォックスは1893年、イングランドに生まれました。音楽一家に育ったフォックスは、クリフトン・カレッジ、王立音楽大学、そしてオックスフォード大学ケブル・カレッジのオルガン・スカラーとして学び、若くしてオルガニストとしての将来を期待されていました。
‣ 第一次世界大戦での負傷
順調なキャリアの出発に思えたフォックスでしたが、第一次世界大戦への従軍が、その人生を大きく変えることになります。フランスでの戦闘中に重傷を負い、右腕を肘のあたりから切断せざるを得なくなってしまったのです。
それまで築いてきた演奏家としてのキャリアは、大きな転機を迎えることになりました。恩師の一人からは、指揮者・教育者としての道を歩むことを勧められたとされています。当時オックスフォードのニュー・カレッジでオルガニストを務めていた友人ヒュー・アレンは、フォックスへの敬意を込めて、左手とペダルのみで晩祷(イヴンソング)の伴奏を行ったというエピソードも残っています。
‣ フランク・ブリッジからの贈り物
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

フォックスの再出発を支えることになったのが、作曲家フランク・ブリッジ(Frank Bridge, 1879-1941)から届いた「左手のための3つのインプロヴィゼーション」の楽譜でした。
この作品の作曲年については、1918年とする資料がある一方、1919年5月から6月にかけて書き上げられたとする資料もあり、資料間で記述が一致していません。少なくとも、ブリッジが1919年4月12日にこの楽譜をフォックスへ送ったことは、左手ピアノ音楽の目録を公開していたBrofeldtの資料に記録されており、その際に添えられた手紙には以下のように書かれていたようです。
※以下は掲載文からの筆者訳
ようやくお届けできます。気に入っていただけると嬉しいのですが……いつかあなたが演奏してくださるのを楽しみにしています。最初はあまり惹かれないかもしれませんが、少しずつ取り組んでいただければ、いずれこの曲たちが自分の足で立ち上がり、あなたに微笑みかけてくれると、私は密かに願っています。
単なる見舞いの品というよりも、フォックスが再び音楽と向き合うための、実用的な意味を持つ贈り物だったことがうかがえます。
ブリッジのほかにも、ヘンリー・バルフォア・ガーディナー(Henry Balfour Gardiner, 1877-1950)ら複数の作曲家が、オルガンとピアノの両方でフォックスが演奏できるようにと、作品を提供しています。
‣ 演奏家としての再出発
フォックスは1918年から1930年までブラッドフィールド・カレッジの音楽監督を、1931年から1957年までは母校クリフトン・カレッジの音楽監督を務め、教育者としてのキャリアを本格化させていきます。
しかし、これは演奏活動を完全に手放したことを意味するものではありませんでした。フォックスは左手だけで演奏できる幅広いレパートリーを築き上げ、オルガンやピアノによるリサイタルを各地で行っていたことが記録されています。なかでもラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」は、フォックスが繰り返し演奏した重要なレパートリーの一つでした。
教会オルガニストのマーティン・ホワイトの記事によると、1928年1月11日にはロンドンのオックスフォード大学出版局で行われたリサイタルにおいて、こうした委嘱作品とともに、クープランやショパン、ラヴェル、ドビュッシーの作品の編曲版も演奏されたという記録が残っています。ただし、これらの編曲を実際にフォックス自身が手がけたのか、それとも既存の編曲版を用いたのかについては、はっきりとした裏付けは見つかりませんでした。
‣ 後進への影響
フォックスは晩年、ケンブリッジのグレート・セント・メアリー教会のオルガニストを務めながら、精力的な活動を続けました。教師としての功績も大きく、後に著名な指揮者となるデイヴィッド・ウィルコックス(Sir David Valentine Willcocks, 1919-2015)は、クリフトン・カレッジ時代のフォックスから深い影響を受けた一人です。
左手音楽だけでなく、教育者として次世代の音楽家に与えた影響も、フォックスの歩みを考えるうえで見逃せないでしょう。
‣ フォックス自身は作曲・編曲を行っていたのか
調べた限りでは、フォックス自身が新たに左手作品を作曲したという記録は見当たりませんでした。1928年のリサイタルで演奏されたクープランやショパンらの編曲についても、フォックス自身の手によるものなのか、他者による既存の編曲を採用したのかは判然としません。
現時点で確認できる資料からは、フォックスの左手音楽への貢献は、作曲家・編曲家としてではなく、演奏家・被献呈者・教育者として捉えるのが適切でしょう。
► 終わりに
ダグラス・フォックスは、第一次世界大戦で右腕を失うという大きな転機を迎えました。しかし、その後も演奏家としての活動を続け、フランク・ブリッジをはじめとする作曲家たちから作品を受け取り、左手のためのレパートリーを築いていきました。
左手音楽の歴史をたどると、作品そのものだけでなく、それを演奏し、受け取り、次の世代へつないだ人物の存在が見えてきます。フォックスは、そのことを象徴する音楽家の一人と言えるでしょう。
参考文献:
・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.
参考資料・ウェブ資料
・Piano Music for the Left Hand Alone(left-hand-brofeldt.dk)
・Martin White「Left hand and pedals – a legacy of Douglas Fox (1893-1978)」(Substack)
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・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー
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