【ピアノ】左手作品から読み解くジチー:片腕だけで演奏会を切り開いた伯爵
► はじめに
片腕のピアニストという存在を語るとき、ラヴェルやプロコフィエフに左手協奏曲を委嘱したパウル・ヴィトゲンシュタインの名前が先に浮かぶかもしれません。しかしそれより一足早く、片腕だけで演奏会活動を本格的に行い、「自ら演奏するためのレパートリー」を大規模に開拓した先人がいました。ハンガリー伯爵ゲザ・ジチー(Géza Zichy, 1849–1924)です。
ドライショクやフマガッリのように、両手を使える身体条件のもとで片手作品を開拓した演奏家とは異なります。右腕は二度と戻らない。その現実を背負いながら、左手だけで演奏会を成立させるためのレパートリーを自ら作り上げていった人物です。その生涯と作品の導入を紹介します。
► 左手作品から読み解くジチー
‣ 伯爵の生涯――絶望から演奏会の舞台へ
1849年、当時のハンガリー王国領にあったシュタラ城(現在のスロバキア領)の旧家に生まれたジチーは、5歳からピアノを学んでいましたが、最初の教師に「左手は何もできるようにならないだろう」と評されたといいます。15歳のとき、狩猟中に馬車から猟銃を取り出そうとした際に暴発が起き、右腕を肩から失いました。
ジチーは自伝のなかで、事故後の心境を非常に印象的な言葉で回想しています。
※以下は原文からの筆者訳
「あの白い鍵盤が骸骨の歯のように私に笑いかけているようで、どうしてもピアノに近づけなかった。それでもある時、片手だけで少し弾いてみた。しかし蓋を閉め、絶望した。」
その後、厳しい教師のもとでの訓練を経て状況は変わっていきます。「私は左手の親指を右手の代わりに使い始めた。理論など考えなかった。できるかどうかも分からなかった。ただ、やった」と語っています。
1875年、26歳のジチーがシューベルトの歌曲「魔王」を左手のみで演奏できるよう編曲し、リストの前で披露したことが、二人の関係の大きな転機となりました。その後、リストはジチーの「6つの練習曲」に序文を寄せています。この出会いは、ジチーが片腕のピアニストとして本格的な演奏活動へ進んでいくうえで、重要な転機となりました。
1880年頃から演奏活動を本格化させたジチーは、ハンガリー、イタリア、スカンジナビア、ロシアを巡るツアーを重ねました。デンマーク国王と王妃、プリンス・オブ・ウェールズが列席した演奏会では、ツァーリ・アレクサンドル3世も最前列に座り、演奏のたびに席を立って称賛を送ったと伝わっています。ミュンヘンでのドイツ・デビューでは13人の王族が最前列に並びました。
批評家エドゥアルト・ハンスリックは、1882年のウィーン公演についてこう書き残しています。
※以下は原文からの筆者訳
「近年のピアノ演奏において、一人の片腕の男が成し遂げたことほど驚くべきものを、私たちは聴いたことがない。ジチーだけが奇跡を起こせる……彼の稲妻のような跳躍、滑走、グリッサンド、そして多声的なレガート奏法は、聴衆が自分の耳と目を疑うほどのものだった。」
また、ジチーは財産の大半を慈善活動に充てていたことでも知られています。パリの報道によれば、1886年までに演奏活動で得た報酬の合計が当時の金額で100万フランを超え、そのすべてを社会に還元していたとされており、演奏会は音楽的な行為であると同時に社会的な使命の場でもありました。
晩年は国立音楽院の院長として43年にわたりハンガリーの音楽教育を支えました。王立歌劇場の総監督に就任した際は、レパートリーのドイツ化に反対してグスタフ・マーラーが辞職するという一幕もありました。また5本のオペラを自身の台本で作曲し、回顧録「Aus meinem Leben」からは文学的な才能の片鱗も見えます。
‣ リストとの友情
ジチーはリストのことを「生涯でもっとも美しい記憶」と呼んでいました。リストは「6つの練習曲」への序文寄稿に留まらず、ジチーのJ.S.バッハ「シャコンヌ」編曲にアドバイスを与え、ジチーの左手ソナタを高く評価して出版を後押ししようとしていました。
リスト自身が、ジチーのために自作を左手独奏用に編曲したとされる「ハンガリーの神 S.543 R.214」(出典:Piano Music for One Hand 著:テオドール・エーデル)は、現存するリスト唯一の左手独奏作品です。
関係は師弟の枠を超えていました。ジチーの屋敷にはリストのための小さな家が別棟として設けられており、リストは何週間もそこに滞在しました。二人は三手連弾で「ラーコーツィー行進曲」を演奏することもあり、ジチーはリストとともに故郷ライディングへの感慨深い帰郷の旅にも同行しています。
また、バルトークの「4つのピアノ曲 より 左手のための練習曲 BB27」についても、ジチーの演奏に触発されたという逸話が伝えられており、ジチーの存在は後世の左手ピアノ音楽の展開にも影響を与えています。
このエピソードについて、リストの左手作品を通して読む
【ピアノ】左手作品から読み解くリスト:二つの作品に見る作曲家の素顔
‣ 作品一覧と解説
· オリジナル作品
ジチーには、複数の「練習曲集」があります。特に重要なのが、リストとの関係で知られる「6つの練習曲」と、別に出版された「4つの練習曲」です。
以下、これらの練習曲集とその他のオリジナル作品を見てみましょう。
– 6つの練習曲
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第3曲 アデルのワルツ 1–8小節)

Six Etudes
出版:1885年頃
演奏時間:全曲合計 約24分(3分、1分、4分10秒、5分、6分、4分40秒)
構成
1. Sérénade / セレナード
2. Allegro vivace
3. Valse d’Adèle / アデルのワルツ
4. Étude / 練習曲
5. Rhapsodie hongroise / ハンガリー狂詩曲
6. Le Roi des Aulnes(Schubert)/ シューベルトの魔王(Schubert’s Erlkönig、編曲)
ジチーは5年間にわたりリストのもとで学んだとされ(出典:Acte Préalable「Géza Zichy: Complete Piano Works」の解説文より)、この時期に「6つの練習曲」を師に捧げています。リストが序文を寄せた曲集です。「アデルのワルツ」はリストが後に両手版に編曲しました。
本曲集の中では、「アデルのワルツ」と「シューベルトの魔王」が比較的知られており、録音も散見されます。セレナードは、高音域と低音域を楽譜上は同時に打鍵するように書かれている箇所が多く、楽譜を見たときに、両手で演奏する楽曲かと思う方も多いことでしょう。
※「シューベルトの魔王」に関しては、下記、編曲作品の項目でも紹介
– 4つの練習曲
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1曲 1–4小節)

Four Etudes
作曲:1885年頃
演奏時間:全曲合計 約9分30秒(2分30秒、1分50秒、1分30秒、3分)
構成
1. Etude de Concert
2. Capriccio
3. Allegretto grazioso
4. Wiener Spässe / ウィーンの冗談
最後の「ウィーンの冗談」はレヴェンタール編のアンソロジーにも収録されており、4曲の中では最もよく知られた曲となりました。ジチーが自身のコンサートで実際に使用していた作品群で、第4曲にはカデンツァ風のパッセージが含まれ、演奏会が意識されています。
– 左手のためのピアノソナタ
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1楽章 1–2小節)

Sonata
出版:1887年
演奏時間:約14分
構成
第1楽章 Allegro
第2楽章 Andante serioso
第3楽章 Allegro con brio
19世紀に出版された左手独奏のためのピアノソナタとしてはライネッケのソナタと並ぶ最初期のものであり、3楽章構成です。
第3楽章にはカデンツァ風のパッセージが含まれ、演奏会が意識されていると考えられますが、いずれにしても全体の規模は小規模です。
緩徐楽章の冒頭はシューベルトのピアノ曲を思わせる書き方だという指摘があります。ただし和声は全体的に非常に保守的でシンプルであり、左手だけで弾くには無理のある書法を含むとも言わざるを得ないでしょう。
片手用に書かれた作品ではあるものの、後世の左手作品に見られるような「最初から片手の運動原理を前提とした書法」とは異なります。むしろ、両手用のピアノ書法を片手用に適応させたような印象もあり、左手作品がまだ多くなかった時代の試行錯誤が伝わってきます。
「百年前にこの片腕のピアニストが自分自身のために書いた」という事実への関心が、この曲への主たるアプローチになるでしょう。
– 2つの小品
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、ディヴェルティメント 1小節目)

Deux Morceaux de Piano pour la main gauche seule: Sérénade; Divertimento
出版:出版年不詳
構成
1. Sérénade(セレナード)
2. Divertimento(ディヴェルティメント)
「セレナード」と「ディヴェルティメント」からなる2曲。演奏効果が高いのはディヴェルティメントのほうですが、終始にわたって同型の分散和音が使われているため、ややエチュード的な印象も強くあります。広い音域を用いた華やかな作品です。
– ピアノ協奏曲 変ホ長調
Konzert in E-flat major
出版:1895年
献呈:イザベラ大公妃殿下
構成
第1楽章 Energico
第2楽章 Andante al Ongarese
第3楽章 Allegro con brio
左手のピアニスト自身が作曲した、最初の左手協奏曲(出典:左手のピアニスト ゲザズィチから館野泉へ 著:シュミット村木眞寿美)とされています。
ピアノへの技術的要求は非常に大きく、全3楽章にわたってソロ書法が随所に現れながらも、ソロとオケは両者の対話として成立するよう設計されています。
第2楽章はハンガリー風の書き方でロマのヴァイオリンやツィンバロンを模した音色が感じられ、最終楽章は快活な6/8拍子。全曲を通じて厚い和音、オクターブ、跳躍が鍵盤全体を覆う、非常に難しい作品です。
· 編曲作品
– J.S.バッハ:BWV1004 より シャコンヌ(左手独奏編曲版)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1–5小節)

Chaconne by J.S. Bach for the left hand alone
出版年:1883年
演奏時間:約17分
ジチーがJ.S.バッハの原曲から直接編んだのではなく、ヨアヒム・ラフによる両手版ピアノ編曲を下敷きとして左手用に書き直したものとされています。さらにそのラフ版とリストが着手した未完の編曲との関係も指摘されており、複数の編曲の流れが交わって成立した一作と位置づけられます。
– ショパン:ポロネーズ イ長調 Op.40 No.1(左手独奏版)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1–3小節)

Polonaise für die linke Hand, Op.40 No.1 by Frédéric Chopin
出版:1883年頃
演奏時間:約3分50秒
ショパンの「軍隊ポロネーズ」として知られる作品の左手独奏編曲版です。全体的に拍が間延びしてしまう検討の余地がある編曲部分が多い印象は否めません。一方、41-48小節の部分は、左手演奏の特徴を活かした無理なくピアノが響く書法になっています。
– シューベルト:魔王(左手独奏版)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1–3小節)

Le Roi des Aulnes (Erlkönig). Arrangement of a Schubert lied
出版:1885年頃
演奏時間:約4分40秒
シューベルトの歌曲《魔王》の左手独奏編曲版です。この編曲をリストに披露したことが、二人の深い交流の出発点となりました。後に6つの練習曲集にも収録されています。
– ワーグナー:タンホイザーによる幻想曲(左手独奏版)
Fantasie über Motive aus R. Wagners Tannhäuser
出版:1883年頃
演奏時間:約15分
ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の主題による左手独奏のための幻想曲です。約15分に渡る大作で、アルカンのOp.76-1と並んで、左手独奏作品の中では長大な作品の一つとなっています。
– リスト:愛の夢 第3番(左手独奏版)
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1–2小節)

出版:未出版
演奏時間:約5分
譜例に見られるような、原曲にはない幻想的な分散和音が4小節追加され、序奏の役割を果たしています。その後に、有名な主題に入ります。
片手作品事典にも載らない幻の左手編曲とは:
・主要な片手作品事典に載っていない
・出版されなかったため文献から漏れた可能性
・IMSLPには自筆譜に基づく校訂版として公開されている
近年、ジチーの手稿譜をもとにした「リスト:愛の夢 第3番」左手編曲の校訂譜が公開されました。主要な片手作品事典には掲載されていませんが、自筆譜が残されていることから、少なくともジチー自身による編曲の存在は確認できます。一方で、今回確認できる資料の範囲では、ジチーの生前に正式出版された版の存在は確認できず、未出版の手稿譜として残された可能性があります。
IMSLPの「その他注記(Misc. Notes)」欄に、以下のような記載があります。
This is an Urtext adapted from Géza Zichy’s manuscript of this arrangement. (これはジチーの編曲の手稿譜から採譜された原典版です)
出版作品を中心に整理された既存の片手作品事典では、こうした手稿譜由来の作品は漏れてしまったのでしょう。
► 終わりに
ジチーの演奏を記録した録音は、現在確認されていません。そのためキャリアの細部には不明な部分が多く、演奏会で実際にどの曲を取り上げていたのかも完全には把握されていません。40年以上のキャリアの後半にほとんど新しいピアノ曲を書かなくなった理由も、明確には分かっていません。
それでも彼の残したものは確かです。第一次世界大戦で腕を失った兵士たちへの演奏会と講演、片腕での自立生活の技術を写真入りで解説した著書《Das Buch des Einarmigen》(片腕の人の本)、そしてバルトークをはじめとする後の作曲家たちへの刺激——彼にとって片腕で生きることは、演奏技術だけの問題ではありませんでした。
パターソン編のカタログの末尾には聖書の言葉が刻まれています。「何かを手の届くところで見つけたなら、力の限りそれをやれ」(コヘレトの言葉 9章10節)。ジチーという人物を、これほど端的に言い表す言葉はないのかもしれません。
参考文献:
・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・「左手のピアニスト ゲザズィチから館野泉へ」(シュミット村木眞寿美 著)
・Acte Préalable「Géza Zichy: Complete Piano Works」の解説文
・IMSLP「Liebesträume, S.541:For Piano Left Hand (Zichy)」の項目
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