【ピアノ】左手音楽から読み解くヴラディーミル・ド・パハマン

【ピアノ】左手音楽から読み解くヴラディーミル・ド・パハマン

► はじめに

 

パハマンは、左手作品を数多く残した作曲家でも、左手のピアニストとして活動した人物でもありません。それでも、左手音楽の歴史をたどるうえで無視できない録音を残しています。

ゴドフスキーがショパンの「練習曲」をもとにした「ショパンのエチュードによる練習曲集」を書き上げたものの、その左手独奏作品群は、演奏すること自体が極めて困難なレパートリーでした。そんな難曲を、世界で最初に録音したピアニストが、ヴラディーミル・ド・パハマンです。ショパン弾きとして一世を風靡し、同時に類を見ない奇行の人としても知られた彼は、ゴドフスキーによるショパン「革命のエチュード」の左手独奏編曲を1912年に世界で初めて録音しました。

本記事では、そんなパハマンの生涯と、左手音楽との関わりについて紐解いていきます。

 

► 左手音楽から読み解くヴラディーミル・ド・パハマン

‣「ショパン弾き」にして稀代の奇人

 

パハマンは1848年7月27日、当時ロシア帝国領であったオデッサに生まれました。父ヴィケンティは法学の教師で、自身もアマチュアのヴァイオリニストとしてベートーヴェンやウェーバーと親交を持った人物とされ、パハマンは18歳になるまでこの父から直接音楽の手ほどきを受けています。その後ウィーン音楽院に進み、ピアノをヨーゼフ・ダックス(カール・チェルニーの弟子)に、理論をアントン・ブルックナーに学びました。1869年にオデッサでデビューを果たしたものの、極度の自己批判癖から長期にわたり演奏活動を中断して研鑽を積むという時期を何度も経験しています。

演奏は主にショパン作品に集中しており、その解釈は当時から高く評価されていましたが、同時に演奏中に観客へ話しかけたり、ステージ上で独り言や奇声を発したりする独特の振る舞いでも知られ、批評家ジェイムズ・ハネカーからは「ショパンジー(Chopinzee)」というあだ名をつけられるほどでした。1933年1月6日、ローマで没しています。

 

‣ 左手音楽との接点:世界初のショパン=ゴドフスキー左手録音

 

パハマンと左手音楽の最大の接点は、1912年に彼が行った、ある1枚の録音にあります。ゴドフスキーが「ショパンのエチュードによる練習曲集」の中で、ショパンの「革命のエチュード」を左手のみで弾くように編曲した第22番——これを世界で初めて録音したのが、パハマンでした

1912年より前には、この曲集から録音された作品は確認されていません。つまり、パハマンの録音は、この曲集からの最初の録音であると同時に、曲集に含まれる左手独奏作品の最初の録音でもありました。最初に録音された一曲が、たまたま22曲ある左手作品の一つ、第22番だったということになります。

Hyperion Recordsのライナーノーツは、パハマンの1912年録音を”the earliest Chopin–Godowsky disc”(本曲集からの最も早い録音)と明記したうえで、次にまとまった録音が現れるまで長い空白があったと続けており、この曲集にとって1912年が実質的な出発点であったことを裏づけています。

なぜ、パハマンがあえてこの左手作品に挑んだのか。その背景には、ゴドフスキーその人への深い敬愛があったとされています。音楽アーカイブ/レーベルのArbiterによる解説では、パハマンがゴドフスキーを演奏家・作曲家として深く敬愛していたと紹介しており、その中で「パハマンは、ゴドフスキーを自分に次ぐ存命最高のピアニストと考えていた」という趣旨の一文を添えています。ただし、この評価がどの一次資料(書簡・証言など)に基づくものかは、同ページでは明示されていません。その点を踏まえたうえでの逸話ではありますが、このゴドフスキーへの敬意は、パハマンが通常のレパートリーから大きく外れたこの難曲を録音した背景を考えるうえで、興味深い手がかりとなります。

 

‣ パハマンは左手作品を作曲・編曲していたのか

 

現時点で確認できる資料を調査した限りでは、パハマン自身が「左手のための」作品を作曲・編曲したという記録は見つかりませんでした。

パハマンは自作の編曲もいくつか手がけ、演奏会ではゴドフスキーやリスト、サン=サーンス、タウジヒらによる編曲作品も好んで取り上げていました。しかし、確認できた資料の範囲では、これらの中に片手のための作品は確認できませんでした。つまりパハマンの左手音楽への貢献は、作曲・編曲家としてではなく、ゴドフスキーの左手作品を、最初期の録音として世に残した演奏家としての一点に集約されると言えるでしょう。

 

► 終わりに

 

ヴラディーミル・ド・パハマンは、奇行の人としても、稀代のショパン弾きとしても記憶される存在ですが、左手音楽の歴史においては、ゴドフスキーの左手編曲を初期の録音メディアを通じて世に残した演奏家として、特筆すべき存在です。彼が1912年に刻んだこの録音がなければ、左手音楽の録音史はまた違った形で始まっていたのかもしれません。

 

参考資料・ウェブ資料

・Godowsky: The Complete Studies on Chopin’s Études — Liner Notes | Hyperion Records
・Vladimir de Pachmann | Arbiter of Cultural Traditions
・Vladimir von Pachmann | Encyclopaedia Britannica

 

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