【ピアノ】アルトゥール・シミホ「Geza Zichy: Complete Piano Transcriptions」レビュー
► はじめに
ゲザ・ジチー(Géza Zichy, 1849-1924)の名前を耳にする機会は、決して多くはないかもしれません。今回紹介する「Complete Piano Transcriptions」は、ジチーが手がけたピアノ編曲作品を、ブラジル出身のピアニスト、アルトゥール・シミホ(Artur Cimirro)がまとめて録音した一枚です。ジチー自身のオリジナル左手作品を収めた姉妹盤も存在しますが、本作は編曲に的を絞った内容となっています。
なお、ジャケットにはユゼフ・ヘウモンスキ(Józef Chełmoński)による油彩画「Kozacy(コサック)」の一部が使用されています。
演奏:Artur Cimirro(アルトゥール・シミホ)
リリース年:2016年
レーベル:Acte Préalable(AP0372)
総収録時間:57分16秒
録音:2016年7月23・24日、9月8日・17日
Artur Cimirro「Geza Zichy: Complete Piano Transcriptions」
► 演奏者 アルトゥール・シミホについて
アルトゥール・シミホは、ブラジル出身の作曲家・ピアニストです。リストやゴドフスキー、ブゾーニといった超絶技巧を要する作曲家のレパートリーに取り組んできたことで知られ、自身も演奏時間2時間に及ぶピアノソナタを含む大規模な作品を手がけています。
このジチー編曲集は、Acte Préalableというレーベルから、ジチーのオリジナル作品を収めた録音とあわせて発表されました。現在では演奏・紹介される機会の少ない作編曲家のピアノ作品を、一人のピアニストがまとめて記録したという点でも、興味深い企画と言えるでしょう。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| No. | Title | 演奏時間 |
|---|---|---|
| 1 | J. S. Bach – Chaconne BWV1004 | 12:58 |
| 2 | F. Chopin – Polonaise in A major op.40 no.1 | 3:43 |
| 3 | F. Liszt – Nocturne no.3 “Liebestraum” | 4:52 |
| 4 | Fantasie über Motive aus Wagner Tannhäuser | 15:36 |
| 5 | Liszt-March | 3:33 |
| 6 | Idyll | 2:21 |
| 7 | Nász-Gavotte | 2:09 |
| 8 | Bevonulási induló és király-hymnus(Entry time and King’s hymn) | 2:50 |
| 9 | Liebestraum-Fantasie | 4:28 |
| 10 | Rákóczy March | 4:43 |
‣ アルバムの特徴
収録曲すべてが左手独奏というわけではありません。「Idyll」や「Nász-Gavotte」「Bevonulási induló és király-hymnus」など、両手のために書かれた比較的小規模な作品も含まれています。
一方、アルバムの核となるのはやはり左手のための編曲群でしょう。J.S.バッハの「シャコンヌ」、ショパンの「軍隊ポロネーズ」、リストの「愛の夢 第3番」、そして、ワーグナーの「タンホイザーによる幻想曲」と、いずれも原曲の規模が大きく、左手のみで成立させるにはかなりの工夫を要する作品ばかりです。特に「タンホイザーによる幻想曲」は15分を超える本作最長のトラックで、アルバム前半の中心に据えられています。
‣ 演奏の印象
シミホの演奏は、音色がやや硬質で、技巧的な側面が前面に出てくるタイプという印象を受けます。このスタイルが功を奏しているのが、まさにジチーの編曲というレパートリーではないでしょうか。
ジチーの編曲には、正直なところ音楽的な自然さという点で首をかしげたくなる箇所も見受けられます。とりわけ「軍隊ポロネーズ」は、編曲の都合で、演奏上リズムの間延びが目立ってしまう箇所もあり、聴いていて多少の窮屈さを感じる瞬間があるのは否めません。しかしシミホの技巧の高さによって、そうした難所もある程度自然な流れとして受け止めることができます。
この録音を最初に耳にしたとき、久しぶりに「左手の作品を、両手の作品であるかのように弾き切る演奏」に出会った、という感覚がありました。音数の多さや声部の重なりを、片手という制約を感じさせずに鳴らしきっている点は、シミホの技術の高さを物語っています。J.S.バッハのシャコンヌにおける技巧的な分散和音の演奏なども、片手であることを忘れさせるような仕上がりでした。
ジチーは左手のピアニストとして、基本的には自身で演奏することを前提とした演奏会用トランスクリプションを手がけているため、その作品を技巧的に見事に弾き切っている本録音は、ジチーがこれらの作品を演奏会でどのように響かせていたのか、その姿を想像させてくれます。
► 終わりに
ジチーという作曲家の編曲仕事をまとめて聴ける機会は、決して多くありません。その意味で、このシミホによる録音は、埋もれていたレパートリーに光を当てる貴重な記録と言えるでしょう。編曲そのものの完成度には作品ごとの濃淡がありますが、それも含めてジチーという人物の試行錯誤の跡をたどれる面白さがあります。
このアルバムには収められていないジチーのオリジナル作品について詳しく知りたい方は、下記の記事もあわせてお読みください。
【ピアノ】左手作品から読み解くジチー:片腕だけで演奏会を切り開いた伯爵
Artur Cimirro「Geza Zichy: Complete Piano Transcriptions」
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