【ピアノ】「初めて」で学ぶ左手音楽史入門

【ピアノ】「初めて」で学ぶ左手音楽史入門

► はじめに

 

左手だけで演奏するためのピアノ音楽には、思いのほか長い歴史があります。18世紀の小品から出発し、19世紀を経て20世紀の本格的な協奏曲へとつながっていく道のりには、演奏や作品に関して数多くの「初めて」が刻まれてきました。

本記事では、左手音楽の歴史を網羅的にたどるのではなく、いくつかの代表的な「最初」に焦点を当てながら、その歩みを概観していきます。それぞれの項目についてはより詳しい記事を別途用意しているので、気になる作曲家や作品があれば、あわせてご覧ください。

※「最初」「最初期」という表現は、現存する作品や主要な文献で確認できる範囲に基づいています。古い作品については成立年や初版年が明確でないものもあるため、本記事では「世界で初めて」といった絶対的な断定を避け、「最初期」「最も早い時期のものの一つ」といった表現を用いています。

 

► 左手(片手)ピアノ音楽史の「初めて」年表

 

年代 作曲家・作品 意義
1770年より前
(推定)
C.P.E.バッハ
「右手あるいは左手のための小品」
最初期の片手独奏作品の一つ
1820年頃 ベルガー
「12の練習曲 Op.12 より 第9曲」
左手のために書かれた出版作品の最初期の例
1831年頃 カルクブレンナー
「左手のための4声のフーガ」(Op.108より)
最初期の左手フーガの一つ
1843年 ドライショク
「左手のための変奏曲 Op.22」
左手のみの公開演奏を行った最初期のピアニストの一人
1884年 ライネッケ
「左手のためのピアノソナタ Op.179」
最初期の左手ソナタ
1887年 ジチー
「左手のためのピアノソナタ」
19世紀に出版された左手ソナタのもう一つ
1895年 ジチー
「ピアノ協奏曲 変ホ長調」
最初期の左手協奏曲の一つ
20世紀前半 ゴドフスキー ショパン編曲・オリジナル作品によって左手書法と演奏技巧を極限まで拡張
20世紀前半 パウル・ヴィトゲンシュタイン 著名作曲家への委嘱により、左手協奏曲・室内楽のレパートリーを大きく拡張

 

※年代表記は、主に参考文献(エーデル、パターソン など)や現存資料に基づくおおよその時期です。
「最初期」「最初の一つ」といった表現は、現時点で確認できる範囲に基づいています。

 

►「初めて」で学ぶ左手音楽史入門

‣ 最初期の片手作品:C.P.E.バッハ

 

C.P.E.バッハ「右手あるいは左手のための小品」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

C.P.E.バッハ「Klavierstück for the right or left hand alone」の曲頭の楽譜。

片手だけで演奏する作品の歴史をたどっていくと、その最初期の例として目に留まるのが、大バッハの息子の一人、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハによる一曲です。「Klavierstück for the right or left hand alone(右手あるいは左手のための小品)」というタイトルが示す通り、右手でも左手でも演奏できるように書かれた作品で、1770年より前に成立したと見られています。

和音を一切用いず、比較的狭い音域のアルペジオで構成されたシンプルな書法は、現在知られている片手独奏作品の中でも、最も早い時期のものの一つとされてきました。教育用の教材として書かれた可能性も指摘されており、片手演奏という発想自体が、決して近代になって生まれたものではないことがうかがえます。

 

この作品の演奏・分析入門ガイドもご覧ください。

【ピアノ】片手作品入門:C.P.E.バッハ「Klavierstück for the right or left hand alone」演奏・分析ガイド

 

‣ 左手のために書かれた最初期の出版作品:ルートヴィヒ・ベルガー

 

ベルガー「12の練習曲 Op.12 より 第9曲」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

12-9

右手・左手のどちらでも弾ける作品はすでに存在していましたが、左手のために明確に書かれ、出版された作品の最初期の例として知られるのが、ルートヴィヒ・ベルガーによる「12の練習曲 Op.12」の第9曲です。1820年頃の成立とされ、メンデルスゾーンの師としても知られるベルガーが遺した貴重な一作にあたります。

興味深いのは、この作品が書かれた時期が、ベルガー自身が腕の神経障がいによって演奏活動を制限され始めた時期と近接している点です。両者の直接的な関係を示す資料は確認されていないため、その関連について断定することはできません。ただ、19世紀前半における左手作品の成立背景を考えるうえで、興味深い一致と言えるでしょう。

 

ベルガーの生涯と作品については、以下の記事で詳しく取り上げています。

【ピアノ】左手作品から読み解くルートヴィヒ・ベルガー:左手のために書かれた最初期の出版作品

 

‣ 左手のための最初期のフーガ:カルクブレンナー

 

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-8小節)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」1-8小節

一歩進んで、対位法的な書法にまで踏み込んだ左手作品として記録されているのが、フレデリック・カルクブレンナーの「左手のための4声のフーガ」です。1831年頃、「Op.108」の一曲として出版されました。

ショパンのパリデビューを後押しした人物としても知られるカルクブレンナーですが、この短いフーガもまた、左手音楽史における最初期の左手フーガの一つとして位置づけられています。各声部が厳密に独立して動くというよりは、和声的な響きを重視した書法が多く含まれる点も、この時期らしい特徴と言えるでしょう。

 

カルクブレンナーの人物像とこの作品の詳細は、以下の記事で紹介しています。

【ピアノ】左手作品から読み解くカルクブレンナー:左手のための最初のフーガを遺した名ピアニスト

 

‣ 左手演奏を公の演奏会で成立させた最初期の奏者:ドライショク

 

ドライショク「左手のための変奏曲 Op.22」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ドライショク「左手のための変奏曲 Op.22」譜例(1〜4小節)

ここまでの「最初」は、いずれも作品そのものの書法や形式に関するものでした。しかし左手音楽史には、別の「最初」があります。左手のみで演奏する公開演奏を行った最初期のピアニストという意味での「最初」です。

チェコ出身のアレクサンダー・ドライショクは、1843年、パリでのソロ・リサイタルで自作「左手のための変奏曲 Op.22」を披露しました。左手のみで演奏するコンサートを公に行った最初のピアニストとして記録に残る人物であり、この公演を境に、左手音楽は作曲家の実験的な試みに留まらず、演奏家自身の技巧を誇示する演奏会の見せ場としての一面も持つようになっていきます。

同時期のカルクブレンナーのフーガが「左手作品における対位法的書法の探究」という作曲サイドの前進だったのに対し、ドライショクの公演は「聴衆の前で左手だけの演奏が成立するのか」という、演奏実践サイドの初めてだったと言えるでしょう。

 

ドライショクの生涯とこの作品の詳細は、以下の記事で紹介しています。

【ピアノ】左手作品から読み解くドライショク:片手で二人分を弾いた男

 

‣ 最初期の左手ソナタ:ライネッケとジチー

 

小品や練習曲、フーガと続いてきた左手作品の歴史は、19世紀後半に大きな節目を迎えます。複数楽章からなる「ソナタ」という大規模な形式が、左手独奏でも成立することが示されたのです。

 

ライネッケ「左手のためのピアノソナタ Op.179」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1楽章 1-3小節)

ライネッケ「左手のためのピアノソナタ ハ短調 Op.179 第1楽章」1-3小節

カール・ライネッケは1884年、「左手のためのピアノソナタ Op.179」を出版しました。ライプツィヒ音楽院の教授・院長として古典形式の伝統を重んじた人物が、あえてソナタという形式を片手のために書いたという事実そのものが、興味深いところです。

 

ジチー「左手のためのピアノソナタ」

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1楽章 1–2小節)

ジチー「左手のためのピアノソナタ 第1楽章」1–2小節の楽譜

一方、ハンガリー伯爵ゲザ・ジチーも1887年、3楽章構成の「左手のためのピアノソナタ」を世に送り出しました。狩猟事故によって右腕を失ったジチーにとって、この作品は選択ではなく、演奏活動を続けるための必然だったのかもしれません。

19世紀に左手のためのピアノソナタを出版した作曲家は、この二人のみとされています。片手という制約の中で多楽章の構造を成立させたという点で、この二作品は19世紀の左手音楽史において重要な位置を占めています。

 

それぞれの生涯や作品の詳細は、以下の記事をご覧ください。

【ピアノ】左手作品から読み解くカール・ライネッケ:19世紀に左手ソナタを書いた先駆者
【ピアノ】左手作品から読み解くジチー:片腕だけで演奏会を切り開いた伯爵

 

‣ 左手のピアニスト自身による最初期の協奏曲:ジチー

 

ソナタの次に訪れる節目は、協奏曲という編成です。

1895年、ジチーは自ら「ピアノ協奏曲 変ホ長調」を作曲し、初演を行いました。自ら左手で演奏するために書かれた、最初期の左手協奏曲の一つであり、現在知られている最初の左手協奏曲として紹介されることもあります。

小品から練習曲へ、練習曲からフーガへ、フーガからソナタへ、そしてソナタから協奏曲へ——こうして作品の規模と形式を追っていくと、左手音楽が少しずつ表現の領域を広げていった過程が、自然と浮かび上がってきます。

 

► なぜ、19世紀に左手作品は増えていったのか

 

ここまで見てきた「最初」の数々は、いずれも点としての出来事にすぎません。しかし点をつないでいくと、一つの疑問が浮かびます。なぜ、19世紀に入ってから、左手のための作品が徐々に増えていったのでしょうか。そして、そこから左手独奏ならではのピアノ書法は、どのように発展していったのでしょうか。

この問いに答えるには、個々の作曲家の事情だけでなく、当時のピアノ音楽全体の潮流や、演奏家たちの存在を含めて追っていく必要があります。この点については、【ピアノ】なぜ、左手作品は右手作品よりも圧倒的に多いのか でまとめています。

 

►「最初」の先にある左手音楽史

 

ここまで紹介してきた作品群は、左手音楽史のいわば入口にあたります。20世紀に入ると、左手作品はさらに大きな転換期を迎えることになります。特にパウル・ヴィトゲンシュタインの活動によって、左手のための協奏曲や室内楽作品は、それまでにない規模で生み出されることになります。

右腕を失いながらも演奏活動を諦めなかったヴィトゲンシュタインは、既存の作品を探すだけでなく、著名な作曲家たちに新作を委嘱するという道を選びます。ラヴェル、プロコフィエフ、コルンゴルト、ヒンデミット、ブリテンといった顔ぶれが、こうして左手音楽の歴史に名を連ねることになりました。

同じ時代には、左手の技巧を独自の方法で極限まで追究したレオポルド・ゴドフスキーの存在もあります。ショパンのエチュードを左手独奏で再創造した編曲群と、晩年に一気に書き上げたオリジナル作品群。その足跡もまた、左手音楽の広がりを語るうえで欠かせないものです。

それぞれの詳しい歩みは、以下の記事でご覧いただけます。

【ピアノ】パウル・ヴィトゲンシュタイン 完全ガイド:右腕を失ったピアニストが切り拓いた「左手音楽」の世界
【ピアノ】なぜ、ラヴェルの左手協奏曲は傑作なのか?:左手音楽史から読み解く
【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群

 

► 終わりに

 

C.P.E.バッハの小品から、ドライショクによる公開演奏、そしてジチーの協奏曲まで、ここでたどってきた道のりは、左手音楽史のごく一部にすぎません。

それでも、いくつかの「最初」を並べてみるだけで、片手という制約の中で音楽がどこまで広がりうるのか、その輪郭が少しずつ見えてくるように思います。

より詳細な年代の流れを一覧で確認したい方は、【ピアノ】左手作品の歴史:誕生から現代までを年表でたどる完全ガイド もあわせてご覧ください。18世紀から現代まで、本記事では触れきれなかった出来事も含めて年表形式で整理しています。

また、本記事と年表ガイドをどの順番で読むと理解が深まるかについては、【ピアノ】左手音楽史の学び方:効率よく理解を深めるためのステップ でまとめています。年表で全体像をつかんだうえで本記事の「初めて」を読み、さらに作曲家・演奏家一人ひとりの物語へと掘り下げていく学習の流れを紹介しているので、あわせてご覧ください。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・ニューグローブ音楽大事典 各作曲家の項

 

併読推奨記事

【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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