【ピアノ】左手のためのピアノ曲を両手で演奏してもいいのか
► はじめに
左手のために書かれたピアノ曲を、両手で弾いてもいいのでしょうか。手のサイズや怪我、あるいは技術的な難しさから、原曲のままでは弾きにくいと感じる方もいるはずです。そこで気になるのが、両手で演奏することの是非です。
結論から言えば、両手での演奏は必ずしも「なし」ではありません。ただし、それを「左手のための作品を本来の形で演奏すること」と全く同じものとして扱わないよう、注意が必要だと考えています。
本記事では、両手化によって失われる可能性のある要素と、逆に両手で弾くことの意義について、順を追って整理していきます。
なお、本記事では主に左手のための作品を例に考えますが、ここで述べる問題の多くは、右手のための作品にもそのまま当てはまります。
► 両手演奏をどう考えるか
‣ 慎重な視点:両手化によって失われうるもの
「制約」から生まれる緊張感とドラマ
左手作品の大きな魅力の一つに、5本の指だけで、あたかも2本の手で演奏しているかのように聴かせるイリュージョンがあるでしょう。1本の手ですべての要素を繋いでいくからこそ、跳躍一つとっても、独特の緊張感や時間感覚が生まれることがあります。ここを両手で弾いてしまうと、その緊張感が緩んでしまう傾向が見られます。
ペダリングと身体運動の一体感
左手作品の楽譜は、傾向として、1本の手の動きをペダルでどう補うかが緻密に計算されて書かれています。左手作品に「踏み変えずに多少長めに使用するペダリング」が指示されているケースが散見されるのも、こういった側面からきています。両手で弾くことによって手とペダルの関係が変わってしまい、本来想定されていた響きの残像や濁りのコントロールが崩れてしまう恐れがあるでしょう。
作品のコンセプトが失われる場合は、原曲演奏とは区別すべき
特に20世紀以降の作品には、片手(数字の1)や五本の指(数字の5)といった数字と結びつけたコンセプトを持つものが少なくありません。筆者自身も、右手のみと左手のみのパートを組み合わせた二台ピアノ(合計2手)の作品を作った際、数字に紐づけたコンセプトを立てて制作した経験があります。
こうしたコンセプトが公開されており、両手で弾くことでそれが崩れてしまうケースでは、作品が本来持っていた意味や設定そのものが変わってしまいます。そのような場合には、少なくとも「原曲をそのまま演奏している」とは考えないほうがいいでしょう。
根本的なコンセプトが失われなくても、作品が前提としていた身体的・音楽的条件は変わってしまう
左手作品は、単に「両手の代わりに左手のみを使う」だけの作品ではありません。作曲家は、次のような制約を前提に書いています。
・片手で同時に鳴らせる音の数
・各指の機能差
・手の移動
・音の持続
・旋律とそれ以外の要素の同時処理
したがって、両手で弾いてしまうと、作品が想定していた身体的・音楽的条件そのものが変わってしまいます。これは、いわば「無伴奏ヴァイオリン作品に、後からピアノ伴奏を加えて演奏する」ことに近い側面があると言えるでしょう。音楽そのものは成立していても、作品が前提としていた身体的・音楽的条件は変わってしまうのです。
‣ 肯定的な視点:両手で演奏する意義とメリット
アプローチの選択肢の拡張とアクセシビリティ
手のサイズの問題や怪我・故障、あるいは技術的難易度の高さから、原曲のまま弾くことが難しい演奏者にとって、両手で演奏することは作品に親しむための合理的な手段になります。
作曲家自身が両手演奏を許容している場合
さらに踏み込んで言えば、両手での演奏を作曲家自身が楽譜上で明示的に許容しているケースも存在します。
例えば、デニス・アレクサンダー(Dennis Alexander, 1947- )による「コンソレーション(Consolation in D-flat Major, for Right Hand Alone)」には、「Fingering can be adapted to play with two hands.(両手で演奏する場合は、指番号を適宜変更できます)」という注記が付されています。ここから、少なくとも作曲者が両手での演奏を想定し、それに対応する運指変更を認めていたことが分かります。
このように、作曲家自身の指示によって両手演奏が明記されている場合は、それを「原曲の演奏」として扱うことに、大きな矛盾はないと考えていいでしょう。片手作品に取り組む際には、こうした注記の有無を確認してみるのも一つの手がかりになるはずです。
「両手用編曲」としての新たな価値
単に右手を補助として使うだけでなく、両手演奏を前提として音を組み直したりすれば、左手作品を優れた「両手用トランスクリプション」として成立させることも可能です。実際、コルンゴルトのOp.15などでは、作曲家自身の手によって両手用に編曲し直された例があります。
ただし、ここで重要なのは、タイトルや説明を正確に示すことでしょう。例えば「バッハ=ブラームス《左手のためのシャコンヌ》を両手で演奏」と言えば、厳密には「左手作品の純粋な演奏」とは異なるものになってしまいます。一方で「バッハ=ブラームス《左手のためのシャコンヌ》を両手用に再構成して演奏」とすれば、何をしているのかが明確になります。
これは単なる言葉の違いではありません。
「両手で演奏した」と書けば、原曲の音符をそのまま両手に分担させたように読めます。一方、「両手用に再構成した」と書けば、片手作品を素材として、別の演奏形態に編曲したことが明確になります。
筆者はこの違いを、かなり大切にしたいと考えています。
► 留意事項
‣ 両手を使って「音楽を聴く」こと
左手作品では、様々な要素を一つの手だけで処理しなければならないわけなので、まず両手で音楽の構造を理解するという方法は必ずしも否定できません。作曲家や編曲者が片手で弾くことを想定して書いた音楽を、いったん両手で分解して弾いてみる。これは単に「楽をする」ための行為ではなく、むしろ「この左手は、実際には何の役割を担っているのか」を理解するための、分析的な方法になり得ます。
筆者自身は、教育的には、最初は両手で弾いてもよい、しかし最終的に片手で弾くのであれば、片手で弾いたときに何が起こるかを知っておくべき、という立場を取っています。
ただし、これは現在の自分の左手の技術だけでは、音楽の構造を理解することが難しい場合の補助的な手段として考えるのがいいでしょう。最終的に左手のみで演奏するつもりであれば、それを前提に学習を進められるに越したことはないからです。
‣「両手で弾くと簡単になる」とは限らない
ここは非常に重要なポイントだと考えています。左手作品を両手に分けると、確かに音を分担することはできます。しかし、必ずしも単純に易しくなるわけではありません。
両手に分けると、音は出しやすくなる一方で、別の課題が生まれてくるのです。
特に、一つの流動的なパッセージにおいては、両手間の受け渡しが「音楽の流れ」をかえってギクシャクさせてしまう可能性があります。片手であれば一つの運動として自然に繋がっていた音型が、両手に分けた途端に、右手と左手それぞれの独立した運動として処理しなければならなくなるからです。
► 具体例:片手で弾くこと自体が音楽的効果になるパッセージ
シューマン「幻想曲 Op.17 第1楽章」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、77-79小節)

このメロディを含む左手のパッセージは、片手で弾くアルペッジョの表現も含めて、ソリスティックな性格が出る音型となっています。こうした箇所では、もう一方の手で音を取ることができたとしても、あえて取らないほうが音楽的になることが多いでしょう。
言葉で説明するのは難しいのですが、両手で分けてしまうとこのソリスティックな性格が失われ、途端に魅力がなくなってしまいます。とりわけアルペッジョが書かれている箇所には、実に味わいがあります。親指で演奏することになるメロディの鳴るタイミングを考慮したうえで、アルペッジョを拍の前へ出して弾く。それを「一つの手の中で」行うことで独特のニュアンスが生まれてくるわけです。両手で分けてしまうと、そのニュアンスは出せなくなってしまいます。
これは両手作品の中に出てくる片手で弾くべき一例ですが、こうしたパッセージからは、両手で分けるより片手で弾いたほうが魅力的に聴こえる場合があるということが分かるでしょう。
► 片手作品に対する両手使用のケースのまとめ
内容を整理すると、片手作品に対する両手の使用には、少なくとも三つの異なるケースがあります:
・片手作品を両手で分担して演奏する:技術的もしくは身体的理由などで両手を使う(最終的に両手演奏)
・学習や分析のために両手を使う:作品の構造を理解するための補助的な手段で両手を使う(最終的には片手演奏)
・両手用に再構成する:原曲を素材として、別の演奏形態に編曲する
・作曲家が両手演奏を許容している:作曲家自身が両手演奏を明示的に認めている場合は、その演奏形態も作品の許容された選択肢の一つとなる
► 終わりに
ここまで見てきたように、左手のための作品を両手で弾くことは、必ずしも否定されるべきものではありません。手や身体の事情で原曲を弾くことが難しい方にとって、両手演奏は作品に近づくための大切な選択肢になります。また、音楽の構造を理解するための分析的な手段としても、両手での演奏は有効です。
その一方で、両手化によって失われるものがあることも、忘れてはならない点です。制約から生まれる緊張感、ペダリングとの一体感、そして作品によっては「片手で演奏する」ということと結びついたコンセプトそのものが、両手で弾くことで薄れてしまう場合があります。
大切なのは、両手で弾くことと片手のみで弾くことを同一視せず、それぞれの意義と限界を理解したうえで、目的に応じて使い分けることではないでしょうか。そして何よりも、タイトルや説明において「何をしているのか」を正確に伝える姿勢を、忘れないようにしたいものです。
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