【ピアノ】ヴィルトゥオーゾ文化から読み解く左手ピアノ音楽の歴史

【ピアノ】ヴィルトゥオーゾ文化から読み解く左手ピアノ音楽の歴史

► はじめに

 

左手ピアノ音楽の歴史をさかのぼっていくと、19世紀のヴィルトゥオーゾ全盛期が重要な地点の一つだということが見えてきます。リストやタールベルクが聴衆を熱狂させていたあの時代、「片手だけで弾く」という行為そのものが、一つのショーとして、そして一つの「挑戦」として成立していました。

本記事では、エーデル(Theodore Edel)の著作「Piano Music for One Hand」(Indiana University Press, 1994)を主な手がかりとしながら、19世紀のヴィルトゥオーゾ文化のなかで「片手でピアノを演奏する」という発想がどのように成立し、それが後の左手音楽へどのようにつながっていったのかを追っていきます。

 

► ヴィルトゥオーゾ文化から読み解く

‣ ヴィルトゥオーゾの時代:「できること」への熱狂

 

19世紀前半のパリは、まさにピアノ・ヴィルトゥオーゾたちの戦場でした。リスト、タールベルク、エルツといった演奏家たちが、聴衆を驚かせることを競い合っていた時代です。エラール社が考案したダブルエスケープメント・アクションによって連打や急速なパッセージが容易になり、フレームへの金属使用によって音量と輝きが増したことも、この技巧競争を後押ししました。

当時の演奏会は、演奏家自身が作った超絶技巧的な楽曲を披露し、聴衆を圧倒する場としても機能していました。詩人ハインリヒ・ハイネが1844年の評論『ルテツィア』(Lutetia)所収「1844年の音楽シーズン」の中で「技術の精密さ、人間の機械化が最高善として讃えられている」と皮肉ったように、当時の聴衆と批評家は「指がどこまで動くか」ということ自体に強い関心を寄せていたのです。

 

‣ なぜ「片手」だったのか:見世物としての左手演奏

 

この「できることの拡張」という文脈の中で登場したのが、チェコ出身のアレクサンダー・ドライショク(Alexander Dreyschock, 1818–1869)でした。師トマーシェクから、ショパンの「革命」エチュードの左手パッセージをオクターヴで弾く者がいつか現れるだろうと言われた彼は、一日12時間、6週間の練習の末に本当にそれを成し遂げてしまいます。1843年のパリ・デビューで左手だけのための作品を披露した際には、批評家アンリ・ブランシャールを「見るには珍しいが、聴いて優雅とは言い難い」と困惑させながらも、聴衆を熱狂させました。

続いて登場したのがイタリアの若きピアニスト、アドルフォ・フマガッリ(Adolfo Fumagalli, 1828–1856)です。1855年、パリのサル・エラールで「《ロベール・ル・ディアーブル》による大幻想曲(マイアベーア) Op.106」を披露した際、聴衆は片手だけでこれほどの音が出ていることが信じられず、演奏中に立ち上がって手元を確認したと伝えられています。批評家が、右手が膝の上に静かに置かれているのを見て初めて種明かしに気づいたという逸話は、この演奏がどれほど「見世物」として機能していたかを物語っているでしょう。

つまり19世紀半ばの左手音楽の多くは、まだ「左手のための芸術」というより、両手で弾くことが前提の楽器を片手だけで操ってみせる、ヴィルトゥオーゾ的な挑戦としての性格を強く持っていたと言えます。

 

ドライショクやフマガッリについてさらに詳しくは、以下の記事をご覧ください。

【ピアノ】左手作品から読み解くドライショク:片手で二人分を弾いた男
【ピアノ】左手作品から読み解くフマガッリ:28歳で逝った「ピアノのパガニーニ」

 

‣ レオポルド・ゴドフスキー:技巧から様式へ

 

この「見世物としての片手」を、演奏様式そのものの探求へと引き上げたのがレオポルド・ゴドフスキー(Leopold Godowsky, 1870–1938)でした。ゴドフスキーは1890年代から、ショパンのエチュードを左手だけで演奏できるように編曲する仕事に取り組み始めました。こうして生まれたのが、「ショパンのエチュードによる練習曲 より 左手独奏編曲 全22曲」でした。

ゴドフスキーは序文の中で、左手は力の強い指が高音域を担当するのに適しており、低音域を扱うにも都合が良いと述べ、左手には右手にはない構造的な利点があると主張しています。1900年のベルリン公演でこれらのパラフレーズを披露した際には会場が総立ちの熱狂に包まれ、批評家たちが「誰もこれほどの評を受けたことはない」と書き送るほどの成功を収めました。

ここで重要なのは、ゴドフスキーがもはや「片手で弾けること」を証明するためだけに演奏していたわけではないという点でしょう。彼は左手という限られた条件の中で、多声的で色彩豊かな書法をどこまで拡張できるかという、創作そのものの実験に取り組んでいたのです。ドライショクやフマガッリの見世物が、ゴドフスキーの手によって精緻な音楽語法へと変換されていったと見ることができます。

 

ゴドフスキーについては、【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群 でさらに詳しく解説しています。

 

‣ 作曲家たちの視点転換:より幅広い動機での創作

 

一方で、左手音楽のもう一つの源流として見落とせないのが、演奏効果とは別の動機から生まれた作品群です。ブラームスは、1877年にJ.S.バッハのヴァイオリンのための「シャコンヌ」を左手だけで演奏できるように編曲しましたが、これは技巧の誇示というより「クララ・シューマンへ送るため」そして「一つの楽器の限られた条件の中で、これほどの世界を描いたJ.S.バッハへの敬意」という、極めて知的で内省的な動機から生まれたものでした。クララ・シューマンへの手紙の中で彼は、両手で弾くとかえって曲の魅力が損なわれてしまうとまで書いています。

一方で、スクリャービンは19歳の頃に右手を痛め、2年以上にわたって療養する経験をしました。右手の故障を経験したことが、その後の彼のピアノ書法、とりわけ左手の扱いを考えるうえで重要な意味を持ち、その経験が回復後の作品における左手書法の豊かさにつながっていったと考えられています。近年の音楽医学研究でも、この右手の慢性的な痛みがスクリャービンの演奏様式そのものに長く影響を与え続けたことが指摘されています。

この段階になると、左手音楽は「左手の訓練」や「片手でここまでできる」という技巧の誇示ではなく、より内面的な発見の場へと変わっていったと言えるでしょう。

 

あわせて読みたい

【ピアノ】左手のみで演奏するJ.S.バッハ「シャコンヌ」編曲版の種類と背景
【ピアノ】左手作品から読み解くスクリャービン:右手への執着と、左手のための名品

 

‣ そして20世紀へ:必然としての左手音楽

 

第一次世界大戦では、多くのピアニストが右腕を失ったり麻痺させたりして戦場から帰還しました。ウィーンのパウル・ヴィトゲンシュタインはその代表的な存在で、ラヴェル、プロコフィエフ、リヒャルト・シュトラウス、コルンゴルトをはじめとする作曲家たちに次々と作品を委嘱し、「左手のための協奏曲」や「左手ピアノが編成に入った室内楽」というジャンルを確立させていきます。

この時代の左手音楽が19世紀のそれと決定的に違うのは、「見せるため」ではなく、切実な必然性から出発している点にあります。しかし同時に、こうした20世紀の作曲家たちが自在に左手の書法を操れたのは、ドライショクやフマガッリが切り開き、ゴドフスキーが精緻化した「片手でどこまで音楽的な密度を作れるか」という蓄積があったからこそだとも言えるのではないでしょうか。

 

ヴィトゲンシュタインについては、【ピアノ】パウル・ヴィトゲンシュタイン 完全ガイド:右腕を失ったピアニストが切り拓いた「左手音楽」の世界 でより詳しく解説しています。

 

► ヴィルトゥオーゾ左手ピアノ音楽の系譜:簡易年表

 

人物 年代 動機・性格 主な位置づけ
アレクサンダー・ドライショク 1840年代 卓越した技巧の披露、聴衆への驚異の提示 見世物としての片手演奏
アドルフォ・フマガッリ 1855年 片手による超絶技巧の披露 見世物としての片手演奏
ヨハネス・ブラームス 1877年 クララ・シューマンへの贈り物、J.S.バッハへの敬意 知的・内省的な片手編曲
アレクサンドル・スクリャービン 1890年代 右手の故障を経験したことによる身体的制約 身体的制約からの音楽的発見
レオポルド・ゴドフスキー 1890年代以降 左手によるピアノ書法そのものの探求 技巧から音楽語法へ
パウル・ヴィトゲンシュタイン 1910年代以降 右腕喪失による必然、作曲家への委嘱 20世紀左手レパートリーの拡大

 

► 終わりに

 

左手ピアノ音楽の成り立ちを「技巧への挑戦だった」という一言だけで片付けてしまうのは、乱暴かもしれません。実際には、①教育的目的の訓練作品、②聴衆を驚かせるための見世物としての片手演奏、③その技巧を精緻な音楽語法へと発展させたゴドフスキーのような作曲家、④作品そのものへの美学的・創作的関心、⑤怪我や身体的制約から必然的に左手と向き合った演奏家たち、という複数の動機と目的が重なり合いながら、今日の左手音楽につながる豊かな歴史が形成されてきました。

ヴィトゲンシュタインやラヴェルの名作だけを眺めていては見えてこない、19世紀ヴィルトゥオーゾ文化という土壌もまた、20世紀の左手音楽が豊かな語法を獲得していくうえで重要な背景の一つだったと考えられます。こうした背景を知ったうえで改めて左手作品に耳を傾けると、これまでとは少し違う音楽の姿が見えてくるかもしれません。

 

参考文献:

・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Altenmüller, Eckart. “Alexander Scriabin: His Chronic Right-Hand Pain and Its Impact on His Piano Compositions.” In Eckart Altenmüller, Stanley Finger, and François Boller (eds.), Progress in Brain Research, Vol. 216. Amsterdam: Elsevier, 2015, pp. 197–215. DOI: 10.1016/bs.pbr.2014.11.031.

 

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