【ピアノ】左手演奏特有の問題と解決策

【ピアノ】左手演奏特有の問題と解決策

► はじめに

 

今回は、カルクブレンナーが遺した「左手のための4声のフーガ」を例に取りながら、左手だけで演奏する際に起こりやすい問題と、その解決の糸口をいくつか紹介します。

片手ですべての声部や音楽的要素を処理しなければならない左手作品には、両手演奏とは異なる特有の難しさがあります。本記事で取り上げる視点は、他の左手作品に取り組む際にも応用できるでしょう。

 

► 具体例

‣ ① 多声の中でのトリル

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、63-67小節)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」63-67小節の譜例(トリル部分)

左手作品では、すべての声部を一つの手でまかなう必要があるため、66小節目のように、ある声部でトリルを行いながら他の声部も同時に動く場面は、非常に扱いにくく感じられます。

こうした箇所への対処法としては、トリルと他の声部との噛み合わせをあらかじめ決め、実際にどのように弾くのかを楽譜に書き込んだうえで練習する方法が有効でしょう。

 

譜例(66-67小節の奏法例)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」66-67小節の奏法例(トリル)

複数の声部が絡み合う中でのトリル処理は、左手作品では特に重要なポイントになります。

その都度その場で弾き方を決めるのではなく、毎回同じ形で再現できるようにしておくことが、練習を積み重ねるうえでのポイントになります。この考え方については以下の記事で詳しく取り上げているので、あわせてご覧ください。

【ピアノ】練習を真の積み重ねに変える4つのヒント(姉妹サイトへリンク)

 

‣ ② 対位法と前後の流れを踏まえた音の分割

 

譜例(58-62小節)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」58-62小節の譜例

61小節目の3拍目については、手の大きさによっては同時に押さえきれない方もいるかもしれません。その場合、アルペッジョにする方法と、「1音+3音」に分けて弾く方法の二つが候補として挙がってくるでしょう。

思い出しておきたいのは、この作品が4声のフーガだということです。この箇所は書法としてかなりホモフォニックに近づいていますが、演奏上も4声の流れを意識しておく必要があります。直前までは3音が同時に打鍵されて進行しているため、赤で示した音をアルペッジョにしてしまうと、前後のつながりに違和感が生じてしまいます。

したがって、この場面ではアルペッジョではなく、「1音+3音」に分けて弾く方法が妥当でしょう。前の流れを踏まえると、「2音+2音」や「3音+1音」といった分け方も避けたほうが無難です。

左手だけの演奏では、両手で弾く場合に比べて同時に押さえられる音の数そのものに制約があるため、こうした視点は特に意識しておきたいところです。

 

‣ ③ ペダリング

 

譜例(51-55小節)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」51-55小節の譜例(ペダリング)

先述の通り、左手演奏では同時に鳴らせる音数が限られるため、音の薄さを補おうとしてダンパーペダルに頼りすぎてしまうことがあります。

この箇所も書法としてかなりホモフォニックに近づいていますが、それでも4声である前提は崩さず考える必要があります。

ペダルを多用しすぎると、対位法としての意図がぼやけてしまいかねません。声部同士が線として絡み合っていく様子こそが対位法作品の核でありながら、ペダルによって響きを必要以上に重ねてしまうと、「線と線」の関係ではなく単なる「メロディと伴奏」の構造に近づいてしまいます

そのため、△で示したような長く踏み続けるペダリングは、和声的には成立しますが、避けたほうがいいでしょう。○で示したように1拍ごとに踏み替え、4声としての響きをできる限り保つようにします。

 

ペダリングそのものについてさらに掘り下げたい方は、中級以上向け ペダリング学習パス(姉妹サイトへリンク) もあわせて参考にしてください。左手作品限定の内容ではありませんが、基礎から学べる構成になっています。

 

‣ ④ 運指

 

最後に、左手作品特有の問題として、運指についても触れておきましょう。

 

レイモンド・レヴェンタールが編纂した「Piano Music for One Hand:A COLLECTION OF STUDIES, EXERCISES AND PIECES」というアンソロジーの冒頭には、左手演奏について書かれた文章が収録されています。その中の「Fingering of One-Hand Pieces」という項目では、実際の譜例とともに、左手作品ならではの運指の考え方が述べられています。

※以下は原文からの筆者訳 (括弧内は補足)

手が小さいためにやむを得ない場合を除き、芸術的な観点から強く推奨したい運指上のルールのひとつは、隣り合う2つの鍵盤を親指ひとつで同時に押さえるという、しばしば用いられがちな手法を避けることである。

 

その理由として挙げられているのは、主に次の2点です。

メロディ(和音の上声)が埋もれるため
左手用の作品では一番上の音がメロディになることが多く、親指で2音を同時に押さえてしまうと、極めて高度な技術と経験がない限り、上のメロディの音を十分に際立たせることができなくなるため。

和音のバランスと対位法的な処理が損なわれるため
左右どちらの手であっても、繊細なピアノ演奏においては各声部の響き(対位法的な処理)や和音のバランスを保つことが困難になるため。

ただし、例外となる場面もあります。

 

譜例(33-36小節)

カルクブレンナー「左手のための4声のフーガ」33-36小節の譜例(運指)

33小節目では、5の指で保持しておくべきG音があるため、よほど手が大きい方でない限り、赤で示した音はすべて1の指で弾くことになります。

本来重要なのは上側のA音のほうですが、このようなやむを得ない場面では、せめて耳でしっかりと上声を聴き取るよう意識するといいでしょう。

レヴェンタールのこのアンソロジーについては、【ピアノ】レイモンド・レヴェンタール「Piano Music for One Hand」レビュー でレビューをまとめているので、こちらもご覧ください。

 

運指についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事の「演奏の技術・知識」の項目もおすすめです。

【ピアノ】左手ピアノの技術・知識 記事まとめ:作曲・編曲と演奏の視点から

 

► 終わりに

 

左手演奏には、両手演奏とは異なる制約が数多く存在します。本記事で取り上げたトリルの処理、対位法を意識した音の分割、ペダリングの選び方、そして運指の工夫は、いずれもそうした制約の中で、作品本来の音楽的な構造をどう保つかという視点から考えたものです。

これらはカルクブレンナーの作品に限らず、他の左手作品に取り組む際にも応用できるでしょう。それぞれの作品で「片手だからこそ生じる問題」に目を向けながら、演奏方法を考えてみてください。

 

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