【ピアノ】リビツキ「左手のための練習曲 Op.54」完全ガイド

【ピアノ】リビツキ「左手のための練習曲 Op.54」完全ガイド

► はじめに

 

練習曲というと、どうしても地味な音型の反復を思い浮かべがちですが、リビツキのOp.54はその印象を大きく裏切ってくれる曲集です。全20曲を通して、単なる機械的な練習曲に留まらない音楽的な魅力が保たれており、左手独奏の練習曲としての機能性と、演奏会で取り上げられる作品としての魅力を両立させています。

本記事では、この曲集の基本情報から各曲の練習目的、取り組み始める時期の目安、さらには演奏会プログラムへの組み込み方まで、まとめて紹介します。すでに左手独奏に取り組んでいる方はもちろん、これから挑戦しようと考えている方にも参考にしていただける内容を目指しました。

 

► 基本情報

 

作曲年:1964年以前(出版は1962~1965年)
演奏時間:番号による
難易度:ツェルニー30番中盤程度(易しいもの)〜ツェルニー50番入門以降程度(難しいもの)
分類:オリジナル作品(独奏)

 

全20曲からなる左手独奏のための練習曲集で、もともとは3巻に分けて1962年から65年にかけて出版されました。

第15番より後の曲には強弱記号や発想記号の指定が見当たらず、どのように表現するかは演奏者の解釈に任されています。第19番(セレナーデ)と第20番(ヴォカリーズ)にはそれぞれ標題が付けられており、練習曲を超えて演奏会での披露を意識して書かれた可能性がうかがえます。

一般的な古典的練習曲集ではあまり見かけない奏法が盛り込まれている点も、この曲集ならではの特徴と言えるでしょう:

第1番:
ソステヌート・ペダルが用いられている

第19番(セレナーデ):
サイレント・キー(鍵盤を音が鳴らないように押さえ、ダンパーだけを上げる奏法)が用いられている

こうした通常の練習曲ではあまり見られない奏法を含みながらも、全曲を通して音楽そのものは親しみやすく、聴き手を選ばない性格が保たれています。

 

►「左手のための練習曲 Op.54」の内容

 

※著作権保護期間中につき、譜例は掲載不可

 

本曲集は全20曲で構成されており、特定の技術を集中的に扱う実用的なエチュードと、演奏会でも取り上げられるような楽曲風の作品とが混在する形になっています。左手独奏の技術を段階的に身につけられるだけでなく、発表会や演奏会のレパートリーとしても使える曲が含まれているのが、この曲集の大きな魅力です。

 

‣ 全体構成

 

調性 テンポ 備考
第1番 C-dur Moderato スラー、スタッカートなどが記載なし
ソステヌート・ペダルの指示あり
第2番 a-moll Allegretto
第3番 F-dur Allegretto
第4番 d-moll Andante cantabile
第5番 B-dur Valse moderato(cantabile)
第6番 g-moll Andante con moto
第7番 G-dur Allegretto
第8番 e-moll Allegro possibile
第9番 D-dur Andantino con moto(legato e cantabile)
第10番 h-moll Con moto ma tranquillo
第11番 A-dur Allegro
第12番 fis-moll Alla polacca ポロネーズ風
第13番 E-dur Tempo di gavotta ガヴォット風
第14番 cis-moll Allegro ma non troppo
第15番 Es-dur Andante con moto この第15番以降、強弱記号や発想記号が全くつけられていない
第16番 c-moll Andantino
第17番 As-dur Andante cantabile
第18番 f-moll Lento
第19番 Des-dur Andantino con grazia 標題:Serenada(セレナーデ)
サイレント・キーの指示あり
第20番 es-moll Andante sostenuto e cantabile 標題:Wokaliza(ヴォカリーズ)

 

‣ 各曲の特徴

· 第1巻:第1番-第6番

 

第1番

主な練習課題:
・低音(下声部)でメロディを歌わせる練習

低音域のメロディを歌わせながら、その上に和音を添えていく構成になっています。曲の終盤にソステヌート・ペダルの指示が見られますが、使用範囲は最小限に留まっているため、ペダルのない環境で練習している場合でも演奏は十分可能でしょう。スラーやスタッカートといった記号は書き込まれていません。

 

第2番

主な練習課題:
・トリルの練習

3声で書かれており、それぞれの声部に交代でトリルが登場するため、結果的にすべての指を使ったトリル練習となります。

 

第3番

主な練習課題:
・低音部での旋律演奏を中心とした練習

第1番と近い音型が使われていますが、跳躍を含むぶん難易度が一段上がっています。

 

第4番

主な練習課題:
・長い音価のメロディとバスに挟まれたトリル伴奏の練習

わずか16小節というコンパクトな作りのエチュードです。短い作品でありながら比較的細かくアーティキュレーションが書き込まれているため、譜読みでの配慮が求められます。

 

第5番

主な練習課題:
・親指で奏でるメロディを響かせつつ、伴奏を邪魔しないバランス感覚の習得

第1番とは逆に、1拍目の最上声にメロディを置き、2-3拍目で伴奏を担う構成になっています。

 

第6番

主な練習課題:
・2音1組のアーティキュレーションと3度音程連続の練習

第1巻を締めくくる1曲です。ここまでは練習曲としての性格が色濃く出ていましたが、この曲でようやく楽曲らしい表情が前面に出てきます。

 

· 第2巻:第7番-第14番

 

第7番

主な練習課題:
・3度音程の連続と「♪+♬」リズムの処理

ブラームスの「6つの小品 バラード Op.118-3」を思わせる曲想が印象的な1曲。カデンツァも登場するため、練習曲というより楽曲としての存在感が強く感じられます。

 

第8番

主な練習課題:
・Allegro possibileのテンポ設定での同音連打

金管楽器のファンファーレを思わせる音型が一貫して用いられており、徐々に厚みを増しながら、最後は重厚な和音で締めくくられます。

 

第9番

主な練習課題:
・レガートを保ちながら6度音程を連続してつかむ練習

音価の長いバス音が随所に配置されているため、打鍵後も響きを聴き続ける意識が欠かせません。

 

第10番

主な練習課題:
・様々な音価が混在する中でテンポを保つ練習

弱奏を保ちながらテンポを維持しなければならない点が難所です。カデンツァも備えており、楽曲としての完成度も高い1曲と言えます。

 

第11番

主な練習課題:
・Allegroでの和音スタッカートの処理

和音の中に旋律が埋め込まれているため、それを浮き立たせる技術も求められます。9度や10度の広い音程を含む和音もわずかに登場します。

 

第12番

主な練習課題:
・和音とオクターヴの処理

ポロネーズのリズムで書かれた楽曲風の1曲で、第11番で培った和音の技術が活かせる構成になっています。

 

第13番

主な練習課題:
・オクターヴと跳躍への対応

12小節にわたってossia(代替奏法)の記譜があり、演奏者の身体的条件や技術に応じた選択肢が用意されています。

楽曲中に登場する用語:
Tempo di gavotta(テンポ・ディ・ガヴォッタ)=ガヴォットのテンポで
Ped. come sopra(ペド・コーメ・ソープラ)=これまでと同様のペダリングで

 

第14番

主な練習課題:
・単音のパッセージワークと3度音程連続の処理

この楽曲にもカデンツァが登場しますが、規模は小さく、曲全体のサイズに合わせて調整されている印象です。

 

· 第3巻:第15番-第20番

 

第15番

主な練習課題:
・総合的な技術の確認

これまでの様々な技術が盛り込まれた、楽曲風の総合エチュードです。第9番・第10番で培った経験が活きる内容になっています。なお、この曲以降は強弱記号・発想記号が一切付けられていません。

 

第16番

主な練習課題:
・分散和音とそのカンタービレ表現

テクニック面での難易度は比較的取り組みやすいものの、大きな跳躍が複数箇所に現れるため、テンポキープが鍵になってきます。

 

第17番

主な練習課題:
・跳躍と広い音域の分散和音(1曲の中に2種類の練習要素が含まれる構成)

前半は跳躍の練習で、ショパンのOp.25-4の左手パートを彷彿とさせます。後半は音域の広い分散和音が中心となり、こちらはショパンのOp.25-3の左手パートに近い印象を受けます。

 

第18番

主な練習課題:
・非和声音の処理

ショパンのOp.10-6を思わせる曲想と音の扱いが特徴の1曲。非和声音が多く含まれているため、ペダルを長く踏み続けると響きが濁りやすく、音の濁りをコントロールするための注意深いペダリングが求められます。

 

第19番(セレナーデ)

主な練習課題:
・総合的な技術の確認

あらゆるテクニックが凝縮された、楽曲風の総合エチュードです。後半では黒鍵によるグリッサンドや、サイレント・キー(鍵盤を音が鳴らないように押さえ、ダンパーだけを上げる奏法)が用いられており、随所に工夫が見られます。前半はリズムが主体、中間部ではテンポが上がりレガートの16分音符でカンタービレに歌わせる構成となっており、対照的な場面展開が楽しめる1曲です。

 

第20番(ヴォカリーズ)

主な練習課題:
・総合的な技術の確認

第1番から第19番までの技術を総合的にまとめ上げた集大成的な1曲です。標題を持ち、カデンツァを備え、場面転換も明瞭であるため、演奏会のプログラムに組み込むにも適した作品と言えるでしょう。メランコリックな雰囲気で始まり、最後は明暗を反転させるように平行長調の主和音で締めくくられます。

 

► 開始時期と本番への取り入れ方

‣ 推奨開始時期

 

難易度の目安:ツェルニー30番中盤程度の基礎力から取り組める曲もあるが、難しい番号ではツェルニー50番程度以上の技術を求められる

 

この曲集の効果を十分に引き出すには、ある程度の基礎技術が必要になります。番号が進むにつれて全体的な難易度は上がっていく傾向にありますが、必ずしも番号順に難しくなっているわけではない点にも注意しておきましょう。

取り組み始める前に、以下の2点を満たしているかを確認しておくと安心です:

・ツェルニー30番中盤程度の作品を無理なく弾ける、またはそのレベルに達している
・他のシンプルな左手独奏作品をすでに数曲経験している

これらを満たしていれば、この曲集に無理なく取り組み始められるでしょう。左手のみでの演奏は独特の技術を要し、片手だけに負担が集中しやすい点も見逃せません。過去に左手独奏の経験がない場合は、まず易しい作品から始めることをおすすめします。

左手独奏の入門については、以下の記事もあわせてご覧ください。座り方の調整や脱力のコツ、右手の扱いなど基本姿勢を図解付きで解説しているほか、C.P.E.バッハやケーラーの入門的な作品も紹介しています。

【ピアノ】左手のみで演奏するピアノ曲:魅力と実践の入門ガイド

 

‣ 演奏発表会に適した番号

 

楽曲としての色合いが濃く、発表会向きと言える番号は、第12番、第15番、第19番、第20番です。

この4曲は、曲想・構成の面で完成度が高く、技術的には曲集の中で比較的難しい部類(ツェルニー40番中盤程度〜ツェルニー50番入門以降程度)に入ります。とはいえ、いずれもコンパクトにまとまっているため取り組みやすく、本番の持ち時間に応じて2〜3曲を組み合わせて披露したり、他の左手作品と一緒にプログラムに組み込んだりするのもいいでしょう。

 

‣ プログラム作成例

 

ここでは、リビツキのOp.54を他の左手作品と組み合わせて演奏会プログラムを作る際のアイデアを紹介します。

 

1. ポーランド音楽の系譜を意識したプログラム

・リビツキ「左手のための練習曲 Op.54」より抜粋
・モシュコフスキー「左手のための12の練習曲 Op.92」より抜粋
・ゴドフスキー「ショパンのエチュードによる練習曲」より抜粋

ポーランドにゆかりのある作曲家だけで組んだ構成です。ゴドフスキーは別の作品を選んでも問題ありませんが、「ショパンのエチュードによる練習曲」から選曲すれば、エチュードという共通点を持たせることもできます。演奏時間の幅が広いシリーズなので、本番の持ち時間に合わせて選んでみてください。

 

2. エチュードの系譜をたどる組み合わせ

・ベレンス「左手のトレーニング Op.89」第2部 25の練習曲より抜粋
・リビツキ「左手のための練習曲 Op.54」より抜粋
・モシュコフスキー「左手のための12の練習曲 Op.92」より抜粋

ここにゴドフスキーの「ショパンのエチュードによる練習曲」を加えても構いませんが、オリジナル作品のエチュードとしての流れをより強調したいのであれば、ベレンスから始めてモシュコフスキーで締めくくる構成がまとまりやすいでしょう。

 

併読推奨記事:

【ピアノ】ベレンス「左手のトレーニング Op.89」導入完全ガイド
【ピアノ】モシュコフスキー「左手のための12の練習曲 Op.92」完全ガイド

 

‣ 初めて取り組むなら、何番から始める?

 

初めてリビツキのOp.54に取り組む場合、まずは第1番や第2番あたりから始めるといいでしょう。技術的な課題が比較的明確で、曲の規模も大きくありません。

すでに左手独奏の経験がある場合は、第10番・第16番など、比較的取り組みやすく、なおかつより楽曲的な番号に進むのもおすすめです。演奏会用の作品を探している場合は、第12番・第15番・第19番・第20番が候補になります。

 

► 楽譜の選び方:音楽之友社版とポーランド音楽出版社版

 

全20曲が1冊にまとまっている音楽之友社版(F.リビツキ 左手のためのピアノ・エチュード 作品54)には、各曲について詳しい日本語の演奏解説が付けられており、学習の参考として非常に役立ちます。ただし現在は新品での入手が難しく、中古市場での購入が中心となるため、ポーランド音楽出版社の定番楽譜もあわせて検討してみるといいでしょう。

 

第1巻 / ポーランド音楽出版社

 

► 終わりに

 

リビツキのOp.54は、練習曲としての実用性と、演奏会で聴かせる音楽としての完成度を両立させた、左手独奏のレパートリーの中でも扱いやすい曲集です。番号を追うごとにおおむね技術的な要求は高まっていきますが、どの曲も比較的コンパクトにまとまっているため、無理なく段階を踏んで取り組めるのも魅力の一つでしょう。

特に第12番・第15番・第19番・第20番は、練習の成果をそのまま発表会や演奏会の舞台に持っていける完成度を備えています。本記事を参考に、少しずつレパートリーを広げてみてください。

 

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