【ピアノ】セルジオ・バレル「Piano Music for One Hand」レビュー
► はじめに
今回取り上げるセルジオ・バレルのアルバム「Piano Music for One Hand」は、比較的よく知られた作品に加え、演奏機会の少ない作品も収録した一枚です。左手のための作品が中心ですが、右手のための作品も含まれている点に特徴があります。
本記事では、演奏者セルジオ・バレルの経歴やアルバム制作の背景、収録曲の特徴、そして実際に聴いて感じた演奏や音色の印象を紹介します。
演奏:Sergio Barer(セルジオ・バレル)
リリース年:1992年
レーベル:Corsaire Records
総収録時間:40分33秒
Sergio Barer: Piano Music for One Hand
► 演奏者 セルジオ・バレルについて
セルジオ・バレル(Sergio Barer)は、メキシコシティ生まれのピアニスト・作曲家です。日本語では「セルヒオ・バレール」と表記されることもあります。
6歳でピアノを始め、メキシコではキューバ出身のピアニスト、マルシア・フレイレ・デ・アンドラーデに師事。その後、アメリカではマリオ・フェニンガーやイアン・ブルックスに学びました。また、バロック音楽の演奏習慣を研究したソル・バビッツのもとで、バロック音楽の解釈についても研鑽を積んでいます。
1985年にはメキシコシティでリサイタル・シリーズに出演したほか、テレビ番組「Estudio 54」にもたびたび登場しました。
その後、1988年に練習中に左手を痛めたことが、活動の転機となります。治療を続けても長時間の練習が難しい状態となり、片手のためのピアノ作品に本格的に取り組むようになりました。
左手を痛めながら左手の作品にも取り組んでいるのは意外に思えますが、長時間の練習が難しかったとはいえ、短時間であれば左手も使えたようです。右手と左手に負担を分けることができ、また片手作品の多くが左手のために書かれていることも、こうした選曲につながったのかもしれません。
1990年代に入ると作曲にも活動の幅を広げ、合唱作品なども手がけています。
► 収録内容の詳細
‣ 収録曲一覧
| No. | Composer | Title | Time |
|---|---|---|---|
| 1 | Camille Saint-Saëns | Bourrée | 4:39 |
| 2 | Camille Saint-Saëns | Elegy | 5:39 |
| 3 | Miriam Hyde | Staccato Study | 1:51 |
| 4 | Miriam Hyde | Study on White Keys | 2:18 |
| 5 | Alexander Scriabin | Prelude | 3:32 |
| 6 | Enrique Santos | For the Right Hand | 3:25 |
| 7 | Frank Bridge | At Dawn | 4:02 |
| 8 | Frank Bridge | A Vigil | 2:55 |
| 9 | Frank Bridge | A Revel | 2:12 |
| 10 | Dinu Lipatti | Andante | 2:54 |
| 11 | Michael Webster | Canción | 3:48 |
| 12 | Michael Webster | Danza | 3:18 |
‣ アルバムの特徴
このアルバムの背景には、バレル自身の左手の負傷があります。負傷をきっかけに片手作品に集中的に取り組むようになり、メキシコやロサンゼルスでは、片手作品のみを取り上げたリサイタルも開催しました。さらに、前述の「Estudio 54」では、アルバムと同じ「Piano Music for One Hand」というタイトルで全6回のシリーズを制作しています。
1990年には、メキシコ国立工科大学交響楽団(Orquesta Sinfónica del Instituto Politécnico Nacional)と共演し、ブリテンの「左手ピアノと管弦楽のための主題と変奏 ディヴァージョンズ Op.21」を演奏しました。本アルバムも、こうした活動が続いていた時期に録音されたものです。
選曲面で注目したいのは、ミリアム・ハイド、エンリケ・サントス、マイケル・ウェブスターの作品が収録されている点です。これらは、サン=サーンスやスクリャービンなどの作品と比べると、一般に広く知られたレパートリーとは言いにくい作品群です。特にサントスとウェブスターは、バレルのために作品を書いたとされる作曲家です。片手作品のレパートリーを幅広く知りたい方にとって、本アルバムは貴重な音源資料となるでしょう。
もう一つ興味深いのが、選曲の仕方です。サン=サーンスは6曲からなるOp.135から2曲、スクリャービンはOp.9から前奏曲だけ、リパッティは3楽章制のソナチネから中間楽章のみと、曲集や多楽章作品から一部を抜き出して収めている例が少なくありません。
作品全体を通して聴かせるというより、一曲一曲を独立したピースとして捉え、アルバム全体の流れの中に配置しているような印象を受けます。一方、フランク・ブリッジの「3つのインプロヴィゼーション」は全曲が収録されており、短い作品が連なる構成の中に自然に溶け込んでいます。
こうした選曲には、個々の作品の魅力を紹介しながら、一つのリサイタルのような流れを生み出そうとする意図もあるのかもしれません。
‣ 演奏の印象
バレルの演奏は、技巧を誇示するというよりも、一曲一曲の音楽を落ち着いて聴かせるスタイルです。全体を通して穏やかな運びが印象的で、個々の作品の性格にじっくりと耳を傾けることができます。
特徴的なのは、録音に収められたピアノの音色。響きには乾いた質感があり、華やかに広がるというよりも、輪郭のはっきりした素朴な響きが前面に出ています。どこか古楽器を思わせるような感触もあり、バレルの落ち着いた演奏スタイルとよく調和しています。
華やかさよりも素朴さが際立つ音色が、アルバム全体に独特の統一感を与えていると感じました。バロック音楽の解釈を学んだ経歴も興味深く、こうした響きの特徴と合わせて聴くと、演奏者の音楽的背景にも関心が広がります。
► 終わりに
「Piano Music for One Hand」は、サン=サーンスやスクリャービン、ブリッジなどの作品に加え、ハイド、サントス、ウェブスターといった作曲家の片手作品にも触れられるアルバムです。
収録曲の選び方にも特徴があり、片手作品のレパートリーを知るうえでも貴重な一枚です。乾いた質感のピアノと落ち着いた演奏が生み出す独特の雰囲気も、聴きどころの一つと言えるでしょう。
作品を探している方はもちろん、まだ広く知られていないレパートリーに関心のある方にもおすすめしたいアルバムです。
Sergio Barer: Piano Music for One Hand
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