【ピアノ】左手ピアノ音楽を探す手がかり:「The Pianist’s Resource Guide」の書誌情報から
► はじめに
※本書は英語で書かれている洋書です。
左手だけで弾くピアノ作品について調べていると、今のインターネット検索だけではなかなかたどり着けない曲や、かつて出版されていた楽譜の情報に出くわすことがあります。
今回紹介するのは、Joseph RezitsとGerald Deatsmanによる書誌資料「The Pianist’s Resource Guide: Piano Music in Print and Literature on the Pianistic Art」です。1978〜79年にかけて改訂刊行されたこの本は、左手音楽専用の資料ではなく、ピアノ音楽やピアノに関する文献を幅広く検索できるよう、約1500ページにおよぶ大部の索引・書誌資料としてまとめられました。
その中に、特定のジャンルや演奏形態ごとに作品を拾い出せる「Special Retrievals(特別検索項目)」という仕組みが用意されており、その一つに「Music For Left Hand Alone」という項目があります。
本記事では、そのページに記載された内容を見ていきます。
なお、本記事で取り上げている楽曲の原題は、この書誌資料に記載された文言をそのまま使用しました。
►「The Pianist’s Resource Guide」の書誌情報から
‣ この本の構成について
正式名称は「The Pianist’s Resource Guide: Piano Music in Print and Literature on the Pianistic Art」といい、改訂版の1978〜79年版はピアノ音楽の出版情報を軸に、演奏・教育・楽器に関わるあらゆる情報を検索できる形にまとめられました。
Part I「Piano Music in Print」には作曲家別索引に加え、次のような特別検索項目が並んでいます。
・Arrangements and Transcriptions
・Christmas Music
・Church Music
・Etudes and Studies
・Folk Music
・Music For Left Hand Alone
・Popular Music
・Preludes
・Simplified Versions
・Sonatas and Sonatinas
・Technical Material
・Variations
「Music For Left Hand Alone」は2ページにわたって組まれており、本文の片隅に付随的に触れられているものではなく、左手音楽をまとめて検索できる独立した検索項目として設けられているのが特徴と言えるでしょう。その中には、左手中心の両手で演奏する曲も多少含まれています。
‣ 掲載されている項目の内容
この2ページには、おおむね次のような書誌情報が並んでいます。
・作曲家名
・編曲者・校訂者・編纂者
・作品タイトル
・出版社名
・出版社の整理番号
収録内容も演奏用のレパートリーに限らず、左手のための練習曲集、教則本、既存作品の編曲・トランスクリプション、協奏曲まで幅広く含まれています。単なる「左手作品の曲目リスト」というより、1978〜79年当時の左手音楽の出版状況を知るための書誌資料として読むのがふさわしいと言えるでしょう。
‣ 件数の数え方には注意が必要
この資料を扱ううえで気をつけたいのが、掲載されている項目の数がそのまま「作品数」を示しているわけではない点です。同じ作品であっても、出版社などが異なれば、それぞれ別の項目として記載されており、さらに全曲版とその中の個別の曲が別々に立てられているケースも見られました。
例えば、サン=サーンスの「Six Études pour la main gauche seule, Op.135」は、作品集全体の項目とは別に、《Prelude》《Bourrée》《Élégie》《Moto perpetuo》《Gigue》がそれぞれ単独の項目として立てられています。
ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」についても、
・Concerto for the Left Hand
・Concerto for the Left Hand—Solo Part
・Concerto pour la main gauche
のように出版形態違いの表記が並んでおり、単純に行数を数えるだけでは正確な曲数は把握できません。件数を把握する際には、まずこうした重複・版違い・個別曲の項目を整理する必要があります。
‣ 教則本・練習曲としての左手作品
項目「Music For Left Hand Alone」には、演奏会用の作品だけでなく、左手の技術強化を目的とした教材(左手中心の両手で演奏する曲も含む)も多く並んでいます。
例えば、Hermann Berens「Training of the Left Hand, Op.89」は複数の出版情報が記載されているほか、次のような教材も挙げられていました。
・A. Biehl「Twenty-five Easy and Progressive Studies with Special References to the Left Hand, Op.44」
・I. Philippによる左手用の練習曲・技術教材
・Hérard「Twelve Etudes Pianistiques pour la Main Gauche, Op.101」(校訂:I. Philipp)
・L. Wurmser「Gradus Moderne」中の左手用エチュード
・P. Wittgenstein「School for the Left Hand」
とりわけ、Wittgensteinの「School for the Left Hand」は、Book I(Exercises)、Book II(Etudes)、Book III(Transcriptions)の3巻から構成されており、左手のための練習・練習曲・編曲を体系的にまとめた出版物が存在していたことを物語っています。
‣ 演奏会用レパートリーとしての作品群
もちろん、この項目に含まれるのは教材だけではありません。現在の左手ピアノのレパートリーとして重要な作品も、次のように数多く見つかります。
・Charles-Valentin Alkan「Fantaisie in A-flat, Op.76 No.1」
・Paul Wittgensteinのために書かれた作品や編曲
・Alexander Scriabin「Prelude and Nocturne, Op.9」
・Felix Blumenfeld「Étude for the Left Hand, Op.36」
・Moritz Moszkowski「Fifteen Studies for the Left Hand, Op.92」
・Carl Reinecke「Sonata for Left Hand Alone, Op.179」
・Britten「Diversions for Piano—Left Hand, Op.21」
・Ravel「Concerto for the Left Hand」
・Saint-Saëns「Six Études pour la main gauche seule, Op.135」
・Bohuslav Martinů「Concertino for Klavier—Linke Hand—und Orchester」
現在も左手ピアノの主要レパートリーとして知られるこれらの作品が、すでに1970年代末の時点で一つの検索項目にまとめられていたことは、この資料の興味深い点です。
‣ 既存作品からの編曲・トランスクリプション
もう一つ注目したいのが、他楽器もしくは、両手ピアノ用に書かれた既存の作品を左手用に編み直した楽譜が数多く記載されている点でしょう。J.S.バッハの「シャコンヌ」については、ブラームスによる左手用編曲版が複数の出版情報とともに掲載されています。
そのほかにも、例えば次のような編曲作品が見つかりました。
・C.P.E. Bach《Solfeggietto》の左手用編曲
・ショパンのエチュードの左手用トランスクリプション
・Donizetti《Lucia di Lammermoor》Andante finaleの左手用編曲
左手音楽というと、ブルーメンフェルドやスクリャービン、ラヴェル、ヴィトゲンシュタインのために書かれた作品のように、最初から片手専用に作曲されたものを思い浮かべることが多いかもしれません。しかし実際には、この資料を見る限り、既存の作品を左手用に編曲した出版物も、1970年代末の左手音楽の資料群の中に数多く含まれていたことが分かります。
‣「Mano Sinistra」という珍しい出版物
2ページ目の終盤には、作曲家別の一般的な項目とは異なる、注目すべき曲集も記載されています。その一つが「Mano Sinistra—Six Pieces for Left Hand Only by Dutch Composers」。
タイトルの通り、オランダの作曲家たちによる左手のためのピアノ作品を集めた曲集で、20世紀の左手音楽の広がりを知るうえで貴重な手がかりとなります。収録作品の一つ、Herman Strategierの「Tema con variazioni per la mano sinistra」は1959年に作曲されました。右手を負傷し左手用作品に取り組んでいたオランダのピアニスト、コル・デ・フロートのために書かれた作品です。
こうした事例からも、「Music For Left Hand Alone」の2ページには、よく知られた定番作品だけでなく、特定の地域における左手音楽の出版・作品情報への手がかりも含まれていることが分かります。
► どのように活用するか
‣ 1970年代末という時代の出版状況を伝える資料として
この本の価値は、単に「古い左手作品がまとまっている」という点だけに留まりません。むしろ、1978〜79年という特定の時点において、どのような左手用楽譜が出版され、検索可能な形で流通していたのかを確認できることにこそ意味があります。
掲載されている楽譜の中には、現在では絶版になっているものや、出版社自体が変わってしまったものも少なくありません。それでも、作品名・編曲者・出版社・出版番号といった情報が記録として残されていることは、今の時代に楽譜を探す際の手がかりとして十分に役立ちます。
特に出版社名と出版番号が残されている点は重要です。作品名だけでは別版との区別が難しい場合でも、これらの情報を手がかりにすることで、古書店の在庫、図書館の蔵書、旧出版社カタログなどをさらに追跡できる可能性があるでしょう。
‣ 現在の左手音楽研究・楽譜探しに活かす
「The Pianist’s Resource Guide」の「Music For Left Hand Alone」は、現行の左手ピアノ作品を網羅したデータベースというわけではありません。1978〜79年時点の資料である以上、それ以降に作曲・出版された作品は含まれていませんし、掲載されている楽譜のすべてが現在も入手できるとは限りません。
それでも、この2ページには次のような情報を調べる際の出発点となる材料が詰まっています。
・かつて出版されていた左手用楽譜
・複数の出版社から刊行された作品の版違い
・既存作品を左手用に編み直した楽譜
・左手のための教則本や練習曲集
・現在では情報の少ない曲や曲集
► 本書の入手方法
本記事で扱っている1978〜79年の改訂版が本書の最新版とされており、それも現在は中古市場でしか出回っていない状況です。筆者自身も、オランダの音楽専門の古本書店から中古品を取り寄せて手に入れました。
Amazonにも書籍ページがあるため、中古在庫が出ることがあるかもしれません。
► 終わりに
「The Pianist’s Resource Guide」は左手音楽の専門書ではなく、約1500ページにおよぶピアノ音楽全般の書誌資料です。その中に「Music For Left Hand Alone」という独立した検索項目が用意されていること自体が、この本のユニークなところだと感じました。
大切なのは、これらを曲目の羅列として眺めるのではなく、1970年代末における左手ピアノ音楽の出版状況の様子を伝える書誌資料として読み解くことでしょう。
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