【ピアノ】片手ピアノ関連ドキュメンタリー映画「大戦時代の音楽」レビュー
► はじめに
今回紹介するのは、片手ピアノそのものをテーマにした作品ではなく、第一次世界大戦が音楽界に与えた影響を扱ったドキュメンタリーの一本です。全体として左手演奏を扱う時間はわずかですが、ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」とパウル・ヴィトゲンシュタインを取り上げた場面があり、片手ピアノに関心のある方にとっては見逃せない内容となっています。
本記事では、作品全体をくまなく解説するというより、左手演奏に関係する場面を軸に振り返っていきます。
原題:Music, Power and Revolution Part I – Music in the Time of the Great War
邦題:大戦時代の音楽 音楽、戦争、そして革命:第1巻
監督:アンドレアス・モレル(Andreas Morell)
制作:アクセンタス・ミュージック(WDRとの共同制作、ARTE協力)
制作年:2016年
制作国:ドイツ
上映時間:54分
片手ピアノ関連度:★★☆☆☆(明確な左手演奏のシーンが含まれるが、総量としては少ない)
備考:日本語字幕選択可能
本作は、クラシック音楽の映像配信サービス「medici.tv」で視聴できます。
Music, Power and Revolution Part I – Music in the Time of the Great War
► 内容について
‣ 本編の構成
冒頭では、「第一次世界大戦がなければ生まれなかったであろう作品が数多くあるのではないか」「大戦がヨーロッパの音楽史そのものに決定的な影響を与えたのではないか」という問いが投げかけられるところから始まります。
歴史学者たちの発言を交えながら、当時の状況が丁寧に紐解かれていく構成で、新ウィーン楽派の作曲家たちやバルトークなど、大戦期と縁の深い作曲家やその作品が次々と取り上げられていきます。俳優による再現映像も多く用いられているほか、時折、プロの演奏家による演奏シーンが挟み込まれるのも見どころと言えるでしょう。
‣ 左手演奏が登場する場面について
片手ピアノに関わる内容が描かれるのは、本編47分を過ぎたあたりからです。時間にしてわずか3分ほどと、決して長い尺ではありません。片手ピアノを目当てにこの作品を選ぶ場合は、あらかじめこの点を踏まえておくといいでしょう。
この場面は独立した「左手演奏」の項目としてではなく、あくまでラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」を戦争というテーマの中に位置づける形で紹介されています。中心となるのは、この協奏曲とパウル・ヴィトゲンシュタインという人物であり、数々の写真資料とともに、次のような内容が語られていきます。
・ロシア軍の捕虜となっていた期間、ヴィトゲンシュタインがどのように音楽の練習を続けていたか
・その後、どのような経緯でウィーンへ帰還できたのか
・生い立ちに関する背景
・そこから左手演奏というテーマへの展開
・1933年のパリ公演に関連するとされる、ヴィトゲンシュタイン本人による演奏映像
その後、ピエール=ローラン・エマールがラヴェルの左手協奏曲について解説を加えています。楽曲が生まれた背景や、左手だけの演奏であっても物足りなさを感じさせない理由を、実際に弾く仕草を交えながら一般の視聴者にも伝わるように説明しているのが印象的でした。あわせて、この楽曲と戦争との結びつきについても触れられています。
その後、ヒンデミットがヴィトゲンシュタインから演奏を断られたというエピソードを橋渡しに、話題はヒンデミットの項目へと移っていき、左手演奏に関する部分はここで一区切りとなります。
► なぜ、このドキュメンタリーに左手演奏の話が入っているのか
本作はもともと片手ピアノを主題にした映画ではなく、第一次世界大戦が音楽界全体に何をもたらしたかを描く作品です。そうした大きな枠組みの中に、なぜヴィトゲンシュタインと左手協奏曲のエピソードが組み込まれているのでしょうか。
この映画が扱っているのは、作曲家や演奏家たちが、それぞれの形で戦争と向き合わざるを得なかった様子です。志願して従軍した若い音楽家、戦地で命を落とした音楽家、国家への熱狂からやがて幻滅へと転じていった音楽家など、大戦は多くの人物の演奏家人生やその作品に、さまざまな爪痕を残しました。
その中でヴィトゲンシュタインの物語が取り上げられているのは、戦争によって右腕という演奏家としての生命線を失いながら、それでも音楽と関わり続けることを選んだ、いわば「戦争の被害が、演奏家としての身体に直接刻まれた音楽家」の一人だからでしょう。捕虜収容所の中でさえ音の出ない練習をしていたという逸話は、単なる美談としてではなく、大戦が個人の身体と創作活動そのものを容赦なく変えてしまった一例として、映画の中に位置づけられているように感じます。
さらに重要なのは、彼の物語がそこで終わらない点です。右腕を失ったことをきっかけに、ラヴェルやプロコフィエフ、コルンゴルト、ブリテン、リヒャルト・シュトラウスらが、ヴィトゲンシュタインのために左手だけの作品を書くことになります。こうして、演奏家からの委嘱によって左手作品が生み出される流れが広がっていきました。このエピソードが、戦争が音楽から何かを奪っただけでなく、思いがけない形で新たな可能性を生み出したという、本作に通底する「戦争と創造」という視点を象徴する具体例のようにも感じられました。
悲劇の記録であると同時に、そこから何が生まれたのかという視点も含んでいる点に、このエピソードが選ばれた意味があるのではないでしょうか。
► 終わりに
片手ピアノという観点から見ると、左手演奏が登場するのは本編のごく一部です。しかし、その短い場面の中には、ヴィトゲンシュタイン、戦争、ラヴェル、そして左手作品の委嘱という、片手音楽の歴史を考えるうえで重要な要素が凝縮されています。
日本語字幕付きで視聴できる点も含め、片手ピアノに関心があり、ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」やパウル・ヴィトゲンシュタインについて映像で知りたい方には、特に興味深い作品でしょう。また、20世紀初頭のクラシック音楽史そのものに興味のある方にもおすすめできます。
medici.tvで視聴を検討される際は、下記のリンクから作品を探してみてください。
Music, Power and Revolution Part I – Music in the Time of the Great War
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