【ピアノ】左手作品から読み解くコル・デ・フロート:オランダ左手ピアノ音楽の一章

【ピアノ】左手作品から読み解くコル・デ・フロート:オランダ左手ピアノ音楽の一章

► はじめに

 

コル・デ・フロート(Cor de Groot, 1914-1993)は、20世紀中盤を代表するオランダのピアニストです。フィリップス・レコードに数多くの録音を残し、ベートーヴェンやショパン、スペイン音楽などの演奏で国際的に活躍しました。

しかし1959年、右手に障がいが生じたことで、それまでの両手による演奏活動を一時中断することになります。そこで彼が目を向けたのが、左手のためのピアノ音楽でした。

デ・フロート自身も左手作品を書き、さらに1959年以降、複数のオランダ人作曲家が彼のために左手作品を作曲しました。こうして生まれた作品群は、20世紀オランダの左手ピアノ音楽を考えるうえで、非常に興味深い一群を形成しています。

本記事では、デ・フロート自身による左手用作曲・編曲作品と、彼のために書かれた同時代のオランダ人作曲家たちの作品を中心に紹介します。

 

► コル・デ・フロートという人物

 

1914年7月7日、アムステルダムに生まれたデ・フロートは、エフベルト・フェーンとウルフェルト・シュルツのもとでピアノを、セム・ドレスデンのもとで作曲と指揮を学びました。1932年にアムステルダム音楽院を最優秀の成績で修了しました。

1936年、ウィーンの国際ピアノコンクール(Internationale Musikwettbewerb der Wiener Musikakademie)に参加し、エミール・ギレリスやヤコフ・フリエールとともに入賞を果たしました(第5位)。

コンセルトヘボウ管弦楽団のソリストとして活躍するかたわら、ハーグ王立音楽院ではピアノ科の主任教授を、1956年にはエリザベート王妃国際コンクールの審査員も務めるなど、演奏・教育・審査の各方面で活動しました。

作曲家としての側面も見逃せません。ピアノ協奏曲、室内楽、管弦楽曲など幅広いジャンルに作品を残したほか、「ガイ・シャーウッド(Guy Sherwood)」というペンネームで実用音楽の作曲・演奏も手がけ、ラジオ番組を通じて広く親しまれました。

1959年、録音セッション中に右手の不自由が生じ、リストの演奏をかろうじて終えることができたというのが記録に残るエピソードです。その後の治療でも完全な回復には至らなかったため、デ・フロートは左手のレパートリーを開拓する道に進みました。TIME誌はこの出来事を取り上げ、当時45歳だったデ・フロートを、左手音楽の分野に「加わったばかりの人物(a recent recruit to the field)」と表現しています。

右手の機能はのちに回復(1971年)しましたが、以前のような国際的な演奏活動には戻りませんでした。その後は放送局(NRU/オランダ放送財団)の音楽監督として現代オランダ音楽の普及に力を注ぎ、1993年5月26日、生まれ故郷のアムステルダムで78歳の生涯を閉じました。

 

► 左手作品から読み解くコル・デ・フロート

‣ 左手作品をめぐる二つの柱

 

デ・フロートの左手ピアノ作品は、① 彼自身が書いたオリジナル作品・編曲、② 彼のために同時代のオランダ人作曲家たちが書いた作品——この二つが両輪となって形成されています。後者の多くはDonemus出版社からまとめて刊行されました。

1959年に右手の自由が効かなくなった後、デ・フロートは周囲の音楽家たちからの反応を「驚くほど魅力的な新曲を次々に書いてもらっている」と喜びをもって語っています(TIME誌、1960年頃)。こうして生まれた委嘱作品群は、左手音楽の歴史において、ヴィトゲンシュタインの事例とは異なるもう一つの形——地域の音楽コミュニティが一人のピアニストの困難に応答した記録——として注目に値します。

 

‣ デ・フロート自身による片手・左手関連作品

– アパリシオン(左手独奏のための)

 

Apparitions, voor piano (linkerhand alleen)

作曲:1960年 / 出版:1963年頃 / 演奏時間:全曲合計 約14分50秒 / 楽譜:Donemusウェブショップ

性格の異なる7曲からなる小品集。とりわけ第6曲はデ・フロート自身が最も満足していた作品とされ、後にコンサート・ヴァージョンへと拡張されました。

 

構成(全7曲)

第1曲 Marcia 約2分
第2曲 Agitato 約1分10秒
第3曲 Con moto 約1分10秒
第4曲 Andante 約2分
第5曲 Poco lento 約1分10秒
第6曲 Vehemente, tumultuoso(Concert Version) 約4分30秒
第7曲 Andante tranquillo 約2分50秒

 

第1曲 Marcia
民謡的な親しみやすさを持つ行進曲。メロディが非和声音をはらみながら進む箇所でも長くダンパーペダルを踏み続けるよう指示されており、左手ならではの書法が活きています。やがて行進が遠ざかるように静かに終わる締めくくりが印象的です。

第2曲 Agitato
冒頭に「Con fierezza(誇らかに)」と書かれており、クラシックギターをかき鳴らすような伴奏形の上で情熱的な断片が現れては消えていきます。メロディ自体はシンプルながら、どことなく気骨のある一曲。

第3曲 Con moto
「molto rubato」の指示通り、テンポの変化が頻繁に現れる夜想的な一曲。民族的な色彩を帯び、中高音域中心の書法のため、時折現れる低音が際立って聴こえます。

第4曲 Andante
懐かしさと切なさが同居する、親しみやすい旋律の作品。中間部で一度動きが出て対照をなしたのち、旋律が回帰して儚く終わります。

第5曲 Poco lento
わずか3段のごく短い曲。複付点リズムの旋律が印象的で、それ以外の声部は簡素な和音に徹しています。

第6曲 Vehemente, tumultuoso
第1曲と共鳴するような民謡的・旋律的な性格を持ちつつ、ノリの良いエネルギーに満ちた一曲。デ・フロート自身がこの曲を後に拡張していることが、その愛着を物語っています。

第7曲 Andante tranquillo
付点リズムが構造的な役割を担い、ギター的な音響が印象を引き締めます。さまざまな旋法が交代しながら現れる終曲にふさわしい奥行きのある一曲です。

 

– 悲しみのカンツォーネ

 

Canzone dolorosa

作曲:1983年 / 出版:1983年 / 演奏時間:約2分30秒 / 献呈:ヤン・ウェイン / 楽譜:Donemusウェブショップ

ピアニスト、ヤン・ウェインに捧げられた作品。ウェインもこの時期、右手の障がいを経験していました。その後、オランダのピアノ教育者として高い評価を得ました。小節の序奏にはテンポの揺れを細かく指示する書き込みが多く、そこに孤独感を帯びた旋律が乗っていきます。中間部では回想的な性格が顔を出し、曲全体に内省的なトーンが漂います。

 

– 朝の鐘

 

Cloches dans le matin

作曲:1979年 / 出版:1982年 / 演奏時間:約2分 / 楽譜:Donemusウェブショップ

「16分音符+4分音符」という音型が高音域で繰り返し現れ、透明な朝の空気を想起させます。広がりのある情景の中に切ないメロディが挿入され、左手一つでありながら豊かな空間感を持つ小品です。

 

– アイリッシュ・ワルツ

 

Irish waltz

作曲:1980年9月 / 出版:1983年 / 演奏時間:約2分 / 献呈:ヤン・ウェイン / 楽譜:Donemusウェブショップ / 備考:両手版、および2台アイリッシュ・ハープのための版も存在

「悲しみのカンツォーネ」と同じくヤン・ウェインへの献呈作品。長調の明るさの中にどこか哀愁が漂う旋律を持ち、薄めのテクスチュアと中高音域中心の書法が相まって、清澄な印象を与えます。

 

– 愛の夢 第3番(左手独奏編曲版)

 

Liebestraum No.3(Franz Liszt, arr. Cor de Groot)

原曲:1850年 / 編曲:1959年 / 演奏時間:約5分20秒

右手が不自由になった1959年に、デ・フロートが自身で編曲したリスト「愛の夢 第3番」の左手独奏編曲。この曲はゲザ・ジチーをはじめ複数の音楽家が左手用に編曲していますが、デ・フロート版は原曲の流れを自然に残した作りになっています。また、カデンツァの箇所でも左手一つでの演奏効果が十分に発揮されるよう音の選択に工夫が凝らされています。

デ・フロート自身の録音がLP「Voor de linkerhand alleen」(Philips Minigroove、1960年頃)に残されているほか、近年ではフォルケ・ナウタが2022年のCD「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」に収録しました。このCDのブックレットによると、デ・フロートについて、「この曲はその魅力を何ら失わず、片手でも演奏できる。リスト自身も多くの編曲を手がけており、私のこの編曲を咎めないでくれるだろう」という趣旨の発言が伝わっています。

 

– 左手と管弦楽のための幻想変奏曲

 

Variations-imaginaires pour la main gauche et orchestre

作曲:1960〜1962年 / 出版:1962年頃 / 演奏時間:約22分 / 献呈:ヨハン・ワーヘナール財団 / 備考:ピアノ主奏部付きの2台ピアノ縮刷版として出版

7つの楽章(序奏、夜想曲、スケルツォ、クワジ・ワルツァー、バーレスク、喚起、フィナーレ:プレスト)からなる、活気のある大規模な演奏会用作品。楽章は1〜3、4〜5、6〜7の3グループに分かれ、各グループ内はアタッカで演奏されます。独奏ピアノのパートは、比較的シンプルな音遣いが保たれており、傾向としてはブリテンの左手協奏曲に近いと言えるでしょう。

 

– 3手のためのティラージュ

 

Tirage pour trois mains (“avant-la-garde et avant la lettre”)

作曲:1975年 / 演奏時間:約2分40秒 / 献呈:ジェラール・ファン・ブレルクとその夫人 / 校訂:フォルケ・ナウタ(2021年、録音のために自筆スケッチを解読・補完)

ピアニストのジェラール・ファン・ブレルクとその夫人に捧げられた作品で、3手(片手+両手)のために書かれています。自筆スケッチの状態で残されていたものを、フォルケ・ナウタが2021年の録音にあわせて解読・補完しました。軽快で楽しげな音楽の中に急なリズムの停止が複数仕掛けられており、プーランクを思わせる「ヴァリエテ」的な機知が光ります。

 

– 81秒(81小節) J.S.へのピアノ曲(2手または3手)

 

Eighty-one seconds (in eighty-one bars) for J.S. for piano (two or three hands)

出版:1983年頃 / 演奏時間:約1分20秒 / 献呈:トン・ウェステルバーン / 楽譜:Donemusウェブショップ

四分音符=184の速いテンポを「厳密に」守るように指定された小品。10小節のオクターブによる序奏に続き、高音部にオスティナートのワルツ伴奏が現れ、最上声部がB-A-C-Hの音型を軽やかに展開します。2手で演奏する場合はワルツ伴奏と上声部をそれぞれ担当しますが、下パートも片手奏者が弾けるよう書かれています。

 

–「あらゆる方向へ」 2つのペダルを使った右手のための詩

 

“In any Direction,” a poem for the right hand only with 2 pedals

出版:1974年 / 演奏時間:約5分20秒 / 楽譜:Donemusウェブショップ

左手ではなく右手のみのための演奏会用作品。「曲全体を通じて両ペダルを踏み続けること」「右足でスロー・トレモロ・ペダルまたはハーフ・ペダルを使うこと」「最後のフェルマータの伸ばし方」など、細かな演奏指示が書き込まれています。

左手作品の対として参照される興味深い一曲と言えるでしょう。

 

‣ デ・フロートのために書かれた作品たち

 

1959年に右手の不自由が生じて以降、複数のオランダ人作曲家がデ・フロートのために左手作品を書きました。その多くはDonemusから出版されており、一部は「Mano sinistra」という題の楽譜集にまとめられています。アンドリーセン家からウィレム、ユリアン、ルイの3人が作品を寄せていることも、この時期のデ・フロートとオランダ音楽界との結びつきを示す興味深い事実です。

これらの作品の一部は、フォルケ・ナウタの演奏による2022年のCD「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」で初録音されました。

 

 

前奏曲
Preludium

作曲:1960年 / 出版:1963年 / 演奏時間:約4分 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

アムステルダム音楽院長を務めたウィレム・アンドリーセンが、当時73歳のときに書いた作品。「Molto adagio e mesto(非常にゆるやかに、悲しげに)」という発想標語がそのまま曲の性格を言い表しており、ためらうような付点リズムの旋律と3度音程の連続が、しみじみとした情感を作り出しています。機能和声からは逸脱しつつも響きは親しみやすく、A-durの主和音で締めくくられるエンディングが清新な印象を残します。

 

 

4つの小品
Quattro Pezzi

作曲:1960年 / 出版:1961年頃 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

ヘンドリック・アンドリーセンの長男にあたるユリアンが書いた4曲からなる組曲。調性的な基盤を持ちつつ、定型化されたソナタ風の構成を上手く崩した形をしています。

 

構成(全4曲)

第1曲 Fanfare(Andante) 約1分10秒
第2曲 Allegro deciso 約1分40秒
第3曲 Adagio 約2分20秒
第4曲 Vivo 約2分

 

第1曲 Fanfare. Andante
空間的な広がりの中でファンファーレが鳴り響き、最後は空虚な5度の和音が弱奏で締めくくります。

第2曲 Allegro deciso
同音連打が印象的な諧謔的な一曲で、アクセントが随所に仕掛けられ、リズムの引っかかりが小気味よく続きます。

第3曲 Adagio
冒頭に示されるリズムパターンが、見えやすい形と隠れた形の両方で曲全体を貫くメランコリックな楽章です。

第4曲 Vivo
全パートが一斉に休む「間」が多用され、無調的な語法の中にも音型の繰り返しが聴きやすさをもたらします。唐突な終わり方も個性的と言えるでしょう。

 

 

3つの小品
Trois Pièces

作曲:1961年 / 出版:1963年 / 演奏時間:全曲合計 約8分 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

ユリアンの弟、22歳だった若きルイ・アンドリーセンの前衛的な作風が表れた3曲。CD「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」のブックレットでは、この作品を当時の時代を伝える「fine document of the times」と位置づけています。

 

構成(全3曲)

第1曲 Promenade 約3分20秒
第2曲 Fracas 約1分30秒
第3曲 Hymne(Promenade II) 約3分

 

第1曲 Promenade(約3分20秒)
ピアノが持つ和音の豊かさをあえて抑え、単音の空間的な魅力を追求した一曲。最低音域から最高音域までを自由に行き来し、ペダルの有無による音響的な対比が効果的に使われています。

第2曲 Fracas(約1分30秒)
「騒音・騒乱」というタイトルそのままに、同音連打が不協和な響きの中で執拗に繰り返されるトッカータ的な作品。随所に旋律的な動きが浮かび上がり、一種の聴きどころを作っています。

第3曲 Hymne(Promenade II)(約3分)
add9的な柔らかい和音で始まりながら、すぐに不協和な世界へと移行します。協和音と不協和音が交互に現れる浮遊感のある作品で、第1曲「プロムナード」の変容として位置づけられています。

 

 

2つの前奏曲
2 Preludes

作曲:第1曲 1959年 / 第2曲 1961年(それぞれ19歳・21歳の作) / 出版:1991年頃 / 演奏時間:全曲合計 約6分 / 献呈:コル・デ・フロート

フランス印象主義の影響のもとに書かれたボンの作品。1959年から1978年にかけて書き継がれた「ピアノのための前奏曲集 Op.14」のうち最初の2曲で、この2曲が左手独奏用に書かれました。

 

第1曲 Adagio(約3分30秒)
終始、神秘的な静けさに包まれた曲で、音と音の間の空気感を大切に聴きたい一曲。さまよい歩くような性格が漂います。

第2曲 Sostenuto(約2分30秒)
第1曲と比べると動きとダイナミクスの起伏が増し、明確なクライマックスへ向かう構成になっています。全音音階が現れる箇所では響きの色合いがふと変わり、また、弱音で鳴らされる低音が余韻を残します。

 

 

5つの前奏曲
5 Préludes

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第4曲 1-2小節)

リリエン「5つの前奏曲 より 第4曲」1-2小節

作曲:1959年 / 演奏時間:全曲合計 約8分20秒 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

化学工場の技師として働きながら作曲を続けたリリエンが書いた5曲。もともとはC-D-Gの動機(Cor de Grootの頭文字を音名に見立てたと思われます)によるショパン風マズルカ1曲から始まり、性格の異なる4曲が加えられて曲集に発展しました。

 

構成(全5曲)

第1曲 Tempo di Mazurka(motif: C-D-G) 約1分50秒
第2曲 Presto leggiero 約1分
第3曲 Andante 約2分
第4曲 Andante cantabile 約1分30秒
第5曲 Allegro scherzando. Tempo di Polka 約2分

 

第1曲 Tempo di Mazurka
ショパン風の書法の中に、ロマン派の語法ではあまり出てこない和声がさりげなく顔を出す愛嬌のある作品です。

第2曲 Presto leggiero
短い序奏から無窮動パッセージへと一気に動き出す曲で、冒頭の完全4度が要所で姿を変えながら再登場します。

第3曲 Andante
持続低音の上で旋律が語りかけるようなレチタティーヴォ的な性格を持ち、静かな語り口は最後まで貫かれます。

第4曲 Andante cantabile
アルペッジョの流れの中に口数の少ない旋律が浮かび上がる曲。終結部の反復が印象に残ります。

第5曲 Allegro scherzando. Tempo di Polka
前曲との対照が鮮やかな諧謔的終曲。跳躍が多いながらも演奏効果は高く、独特の余韻を残す終わり方が楽しい一曲です。

 

 

ソナチネ 第5番 Op.44
Sonatine No.5, Op.44

作曲:1959年 / 出版:1963年頃 / 演奏時間:全曲合計 約8分 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ
新聞でデ・フロートの受傷を知ったオルテルが、2日後には第2楽章を抱えてデ・フロートを見舞いに訪れたというエピソードが残っています。コンパクトながら技術的な要求は高く、フランス的な音の選び方が随所に光ります。

 

第1楽章 Poco Allegro(約2分50秒)
速い和音の連続によるコミカルな部分とカンタービレな部分が交互に現れる、技術的に最も要求の高い楽章です。

第2楽章 Molto tranquillo e rubato(約2分50秒)
美しい旋律を和音伴奏と細やかなパッセージが彩る緩徐楽章。どことなくオンディーヌを思わせる柔らかな雰囲気があります。

第3楽章 Allegretto(約2分20秒)
民謡的な性格を帯びた旋律と、ラヴェルの「ソナチネ 嬰ヘ短調」第3楽章を思わせる音遣いが印象的な終楽章。終結部にはちょっとした仕掛けもあります。

 

 

主題と変奏
Tema con Variazioni

作曲:1959年 / 出版:1963年 / 演奏時間:約3分50秒 / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

5/8拍子による素朴でメランコリックな主題に5つの変奏とコーダが続く作品。モーダルな音の動きと平行和音の使用に、ラヴェルを思わせる色彩感があります。コンパクトな規模ながら、充実した書き方がされた魅力的な一曲です。

 

 

インプレッション
Impression

作曲:1959年 / 出版:1963年頃(Donemus) / 献呈:コル・デ・フロート / 楽譜:Donemusウェブショップ

「Quasi improvisando(即興風に)」という指示のもとに、自由な呼吸感で展開する3部構成の作品(Andante rubato — Più mosso — Tempo I)です。無調的な色彩が随所に漂い、切なさを帯びた表情が印象に残ります。

 

 

左手のためのソナチネ
Sonatine voor de linkerhand = pour la main gauche

作曲:1959年 / 出版:1959年 / 献呈:コル・デ・フロート / 初演:1960年4月1日、アムステルダム(コル・デ・フロート独奏) / 楽譜:Donemusウェブショップ

3楽章構成(Allegro — Passacaglia(Moderato) — Con allegrezza)の左手のためのソナチネ。全体的にシンプルな書法で構成され、随所に不協和音も顔を出します。なかでも第2楽章のパッサカリアが際立っており、音数の少ない静かな主題から始まり、補足リズムを伴う伴奏などを経て次第に運動性が高まっていく構成をとっています。

 

 

左手のための3つの小品 Op.46
Drei Klavierstücke für die linke Hand(Tre pianostycken för vänstra hand), Op.46

作曲:1959年 / 演奏時間:約6分 / 献呈:コル・デ・フロート

スウェーデンの作曲家カルコフがデ・フロートのために書いた3曲(Impromptu — Intermezzo capriccioso — Elegie)。無調語法によるシンプルで点描的な書法が特徴で、静寂と音の隙間における空気感が魅力の一つです。強弱とアーティキュレーションの工夫により立体的な音楽が形作られています。

 

‣ 関連CD

 

デ・フロートの左手作品を現代に伝える録音として、フォルケ・ナウタとヤコブ・ボハールトによる2枚組CD「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」(Piano Classics、2022年)がおすすめです。上記の左手作品の多くがここで初録音されています。詳しくは、【ピアノ】ナウタ&ボハールト「Cor de Groot: Hommage – Piano Music」レビュー をご覧ください。

 

► 終わりに

 

ヴィトゲンシュタインが戦争による右腕の喪失をきっかけに、国際的な作曲家たちへの委嘱によって左手レパートリーを広げていったのに対し、デ・フロートの場合は、1959年以降のオランダ音楽界から相次いで作品が寄せられました。両者は、身体的な困難を契機として新たなレパートリーが生まれたという共通点を持ちながら、その背景となった音楽的ネットワークには違いがあります。

コル・デ・フロートの左手ピアノ音楽は、一人の演奏家が困難を受け入れ、そこから新たなレパートリーと作曲家との関係を作り出した過程の記録です。

 

参考文献:

・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.
・Folke Nauta & Jacob Bogaart, Cor de Groot: Hommage – Piano Music(Piano Classics、PCL10259、2022)liner notes

 

参考資料・ウェブ資料

・Donemus webshop, individual score pages(webshop.donemus.com)
・「Left Hand Alone」, TIME(c.1960)

 

併読推奨記事

・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演会などを行っています。
また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲、編曲、演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。
日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、その知見を活かして情報発信を行っています。すべてのコンクールでは、左手ピアノが編成に入ったアンサンブル作品および左手ソロ作品で受賞してきました。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作・編曲に関するテーマで研究をし、首席で修了しています。
左手音楽の魅力をもっと多くの方に知っていただけたら嬉しいです。

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