【ピアノ】片手ピアノ音楽に関わった人物はどの国に多い?:パターソン「One Handed」の掲載人物を国別に集計

【ピアノ】片手ピアノ音楽に関わった人物はどの国に多い?:パターソン「One Handed」の掲載人物を国別に集計

► はじめに

 

片手だけで演奏するためのピアノ音楽は、特定の国や時代に限られた特殊なレパートリーではありません。18世紀以来、ヨーロッパを中心にさまざまな作曲家が片手のための作品を残し、19世紀から20世紀にかけては、独奏作品だけでなく、編曲、協奏曲、室内楽、教材、アンソロジーなどへとその裾野を広げていきました。

では、こうした片手音楽を生み出し、広めてきた音楽家たちは、どの国に多かったのでしょうか。本記事では、片手ピアノ音楽を幅広く収録したDonald L. Pattersonの「One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand」をもとに、掲載人物を名寄せし、人物欄に記載された国名をもとに国別の分布を集計しました。

※1999年の刊行時点までの情報をもとにしたデータです。

 

► パターソン「One Handed」とは

 

Donald L. Patterson による「One Handed:A Guide to Piano Music for One Hand」は、1999年に刊行された片手で演奏するピアノ音楽を幅広く扱った資料です。右手独奏、左手独奏、右手のための編曲、左手のための編曲、協奏曲や室内楽などのコンサート作品、さらにアンソロジーを編纂・出版した人物まで、片手音楽をめぐるさまざまな活動が記録されています。今回はこの分類を尊重しながら、掲載人物の国別分布を集計しました。

 

► 集計の考え方

 

片手音楽の「作品数」を正確に比較することは、意外と簡単ではありません。同一曲集の12曲のうち片手作品は2曲だけというケースもありますし、左右どちらでも演奏できる作品も存在します。そこで本記事では、作品数ではなく、Pattersonに掲載されている「人物」を基本の集計単位としました

もう一つ悩ましいのが、一人の人物が複数のカテゴリーにまたがって登場する点です。左手独奏を書き、左手編曲も手がけ、アンサンブル作品にも関わった人物は珍しくありません。今回は、書籍全体を通して同一人物を1回だけ数える形で名寄せを行いました。その結果、片手音楽の担い手として掲載されていた人物は、判明する範囲で635名にのぼり、このうち何らかの国名が記載されていたのは538名でした。

国の集計方法についても、あらかじめ明確にしておきます。Pattersonの本文には、人物ごとに「Germany」「Great Britain/USA」「USA born Germany」のように国名が記載されていますが、これが出身地・国籍・活動拠点のいずれを指しているかは、項目によって書き方が統一されていません。本記事では、この違いを本文の記載から判断し直すことはせず、印刷されている国名表記をそのまま採用し、複数の国名が記載されている人物についてはその国それぞれを1回ずつ集計するという単純なルールで処理しています。したがって、538名を対象に国名を数え上げた結果、複数国にまたがる人物の分だけ件数が膨らみ、延べ596件になりました。以下のグラフや本文中の数字は、特に断りのない限りこの「延べ596件」を基準にしています。

※国名表記が出身地・国籍・活動拠点のどれを意味するかを区別していないため、「国別分布」は厳密な出身国統計ではなく、Pattersonの記載をそのまま国名ベースで数え上げたものである点にご留意ください。

 

► パターソン「One Handed」に見る片手音楽の担い手の国別分布

‣ 片手音楽に関わった人物の国別分布

 

Pattersonの記載にある国名表記を国別に集計すると、次のような結果になりました。前述のとおり、複数国にまたがる人物はその国それぞれで1回ずつ数えているため、以下の数値は538名を対象とした延べ596件の集計です。

片手音楽に関わった人物の国別分布 グラフ

※Patterson掲載人物のうち国名が判明した538名を対象に、複数国にまたがる人物は該当国それぞれで1回ずつ数えた延べ596件を基準に集計。バーの幅はアメリカを100とした相対値です。

 

このグラフを見てまず目に入るのは、アメリカが群を抜いて多いという点です。次いでドイツ、イギリス、フランス、オーストリアといったヨーロッパの主要な音楽文化圏が続きます。国別の延べ596件を基準にすると、上位10か国だけで502件、全体の約84%を占めており、片手音楽の担い手は決して世界中に均等に分布しているわけではなく、いくつかの地域に厚みが集中していることがうかがえます。とはいえ、「その他の国々」だけでも延べ94件、国の数にすると20以上に広がっており、日本、ブラジル、ウルグアイ、イスラエルといった国の名前も確認できました。

 

‣ 国別に見る片手音楽

 

ドイツ・オーストリア

ドイツとオーストリアという2つの国を合わせると、国別の延べ596件のうち132件、2割以上を占めます。19世紀のピアノ教育や出版文化の中心地だったこともあり、練習曲・編曲の担い手が多いのが特徴です。特に左手のための編曲や教材の分野では、Louis Köhler や Carl Czerny のように、教育目的で片手用の練習曲集を編んだ人物が目立ちます。

 

フランス

フランスからは41件が確認できました。Charles-Henri Valentin Alkan や Camille Saint-Saëns のように、19世紀の著名な作曲家も名を連ねている点が印象的です。フランスの場合、独奏の新作というより、既存の名曲を片手用に洗練させた編曲の系譜が厚いことも見て取れます。

 

イギリス

イギリスは60件と、ドイツに次ぐ規模を持ちます。特に教育用の小品や、子ども向けの左手用ピアノ曲を手がけた人物が多く、演奏会用の大作というより、実用的なレパートリーの充実が目立つ地域と言えるでしょう。

 

アメリカ

アメリカは182件と、他を大きく引き離す規模です。20世紀に活動した作曲家が多数を占めており、その背景には、20世紀のアメリカにおけるピアノ教育・楽譜出版の発展や、ヨーロッパから移住した音楽家の存在など、複数の要因が考えられます。実際、「Germany/USA」「Poland/USA」のように、アメリカと他の国が併記されている人物も少なくなく、複数国にまたがってカウントされる例が、この地域では特に多く見られました(どの国が出身地・国籍・活動拠点に当たるのかは、今回の集計では区別していません)。

 

その他の国々

少数派の国の中にも興味深い名前が並びます。日本からは高橋悠治、ブラジルからはアルベルト・ネポムセーノなど、地理的にも経歴的にも多様な人物が含まれていました。片手音楽が特定の文化圏だけの現象ではなかったことを、こうした少数例が物語っています。

※なお、Pattersonの「One Handed」は1999年刊行の資料であるため、21世紀に入ってから発展した日本の左手ピアノ作品の動向は、この集計には反映されていません。

 

‣「右手」と「左手」で国別分布は違うのか

 

Pattersonの分類を利用して、右手独奏と左手独奏に登場する人物の国名をそれぞれ集計してみると、興味深い違いが浮かび上がりました。

ここでの「計103件」「計385件」は、それぞれの章に登場する人物について国名を集計した延べ件数です(章内で複数国にまたがる人物は、その国それぞれで1回ずつ数えています)。また、右手独奏と左手独奏以外にも、編曲、協奏曲、室内楽、アンソロジーなどのカテゴリーがあるため、103件と385件を合計しても、書籍全体の延べ596件とは一致しません。

 

順位 右手独奏(延べ103件) 左手独奏(延べ385件)
1位 アメリカ 44件 アメリカ 118件
2位 イギリス 9件/オーストラリア 9件 ドイツ 63件
3位 オーストリア 6件/カナダ 6件 イギリス 37件
4位 スイス 5件 フランス 25件
5位 オランダ 4件/イタリア 4件 オーストリア 18件

※各列とも上位5位までを抜粋しています。6位以下の国もあるため、表中の数値の合計は各列の延べ件数とは一致しません。

 

右手独奏ではアメリカに加えて、オーストラリアやカナダなど英語圏の国も上位に入っています。今回の集計では、左手独奏に比べて20世紀以降の人物が目立つ傾向も見られました。ただし、これはPattersonの掲載基準に基づく分布であり、右手作品そのものの歴史的起源を示すものではありません。

一方、左手独奏の分野ではドイツが2位に入り、フランスやオーストリアも上位に並んでいます。左手のための作品は、19世紀から第一次世界大戦にかけてのヨーロッパで積み重ねられてきた歴史が長く、今回の国別分布にも、そうした歴史的な蓄積の一端が表れているように見えます。

 

► 作曲家だけではない「片手音楽の担い手」

 

片手音楽の歴史を考えるうえで見落とせないのは、支えてきたのが作曲家だけではないということです。

Pattersonの分類を眺めると、新作を書いた作曲家に加え、既存曲を片手用に編曲した編曲家、教材や曲集をまとめた編集者、初演や普及に関わったピアニストなど、さまざまな立場の人物が登場します。左手ピアノの世界では、第一次世界大戦での負傷がきっかけで右腕を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインの存在が特によく知られていますが、彼のように演奏家として作品を委嘱し、編曲まで手がけた人物も少なくありません。

片手音楽の歴史は、「片手作品を書いた作曲家の歴史」というより、「片手で音楽を演奏する文化を、書き手・弾き手・編み手が一緒になって支えてきた歴史」として捉えるほうが実情に近いのかもしれません。

 

► 注意点:これは「世界の片手作品の国別統計」ではない

 

最後に、今回のデータの性質について触れておきます。

ここで示した数字は、あくまでPattersonの One Handed に掲載された人物を対象とした集計です。したがって、「世界の片手作品の何パーセントがどの国のものか」を示す統計ではありません。Pattersonに掲載されていない作曲家は当然この集計に含まれませんし、生没年や出身国の記載がなかった約100名についても、今回は集計から除いています。国籍・出身地の扱いも資料に準じているため、実際の活動拠点や自己認識とは異なる場合もあり得ます。また、1999年という世紀末に刊行された資料なので、当然ながら21世紀の音楽は含まれていません。

この点を踏まえたうえで、一つの資料が映し出す傾向として読んでいただければと思います。

 

► 終わりに

 

Pattersonの One Handed を国別に整理してみると、片手ピアノ音楽が特定の作曲家や国だけによって作られてきたものではなく、さまざまな地域・時代・立場の音楽家によって少しずつ積み上げられてきたことが浮かび上がってきました。アメリカとドイツ語圏、イギリス、フランスといった主要国が全体の骨格を作りつつ、その周辺には日本や南米など、幅広い国々の名前が点在しています。

片手音楽の世界は、一般的な認知度の低さよりもずっと広く、そして奥行きのあるものだったと言えそうです。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)

 

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