【ピアノ】左手作品から読み解くイグナツ・フリードマン:名ピアニストと帰属の定まらない左手編曲

【ピアノ】左手作品から読み解くイグナツ・フリードマン:名ピアニストと帰属の定まらない左手編曲

► はじめに

 

イグナツ・フリードマン(Ignaz Friedman, 1882–1948)は、20世紀前半を代表するポーランド生まれのピアニストです。生涯に2800回以上のコンサートやリサイタルをこなし、多くの編曲と校訂も手がけました。

ショパンのエチュードをなぜあれほど速く弾くのかと尋ねられた際、フリードマンは「Because I can(私にはできるからだ)」と答えたという逸話が残っています。その卓越した技巧は同時代でも広く知られていました。

左手ピアノ音楽との関わりは、フリードマンの活動全体から見ると多くはありません。しかし左手ピアノ史の資料を丁寧にたどると、ある作品の編曲者として彼の名が浮かび上がり、そこに複数の資料が異なる見解を示すという興味深い事態が生じています。

本記事では、フリードマンという人物を紹介したうえで、この帰属問題を整理します。

 

► 左手作品から読み解くフリードマン

‣ フリードマンという人物

 

1882年2月14日、クラクフ近郊のポドグジェに生まれたフリードマンは、クラクフで一般教育と音楽教育を受けた後、レシェティツキーのもとで4年間ピアノを学び、ウィーンでデビューします。作曲をグイード・アードラーに、音楽理論をライプツィヒでフーゴ・リーマンに学んでいます。

1905年からヨーロッパ、南アメリカ、オーストラリアへと演奏旅行を広げ、ベルリンに拠点を置きながら国際的なキャリアを積みました。しばしばヴァイオリニストのブロニスワフ・フーベルマンと共演し、1927年にはウィーンで行われたベートーヴェン没後100年記念行事の一環として、フーベルマンとカザルスとともにベートーヴェンのピアノ三重奏曲を演奏しています。1940年にオーストラリアへ移住し、1948年1月26日にシドニーで没しました。

ニューグローブ音楽大事典はフリードマンの演奏をこう評しています。「すぐれた技術と見事な音色のコントロールが合わさっていたが、こうした能力に甘えすぎる傾向のため、時として音楽に対して厳正に取り組む姿勢から逸脱してしまうこともあった」と。技術的な卓越性と、それゆえの緩みという両面を率直に指摘した評言です。

作曲家・校訂者としてのフリードマンも見逃せません。90曲以上の作品を残し、ピアノ曲が大半を占めます。18世紀の作曲家の音楽を編曲したほか、ショパン、リスト、シューマンの作品の校訂も行っており、この分野への関与は演奏家としての活動と並行して続けられました。

 

‣ 帰属の定まらない作品

 

フリードマンの名前が左手ピアノ音楽の資料に現れるのは、主として次の作品をめぐってです。

イゾルデの愛の死(ワーグナー=リスト)左手独奏版
Isoldes Liebestod (Wagner–Liszt), arr. for piano left hand

この作品の左手独奏版について、複数の資料が異なる編曲者を示しています。

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、33-36小節)

「イゾルデの愛の死」左手独奏編曲の譜例(33〜36小節)

※なお、この問題はフリードマンの人物評価そのものに関わるものではありません。資料によって編曲者の記載が一致していないという、左手ピアノ音楽の文献学的な問題として紹介します。

 

· 主要資料の比較

 

現在確認できる主要な資料における扱いを整理すると、次のようになります。

 

資料 編曲者表記 備考
Universal Edition 原出版譜
(ヴィトゲンシュタイン編集
「School for the Left Hand」所収)
記載なし
(WAGNER–LISZTとのみ表記)
左手版の編曲者名は記載されていない
IMSLP Ignaz Friedman 「イゾルデの愛の死」左手版の編曲者として登録
ヴィトゲンシュタインはEditorとして記載
Donald Patterson 編
「One Handed」
Paul Wittgenstein ヴィトゲンシュタイン自身の編曲として紹介
Ruby Morgan 編
「An Anthology of Piano Music
for the Left Hand Alone」(2021年)
Paul Wittgenstein ヴィトゲンシュタインとして掲載
現在出版されているアンソロジーとしては最も新しい見解

 

核心的な問題は、原出版譜そのものに左手版の編曲者名が印刷されていない点にあります。ヴィトゲンシュタインはこの楽譜集の「Editor(編者)」として記載されているにすぎず、掲載された個々の作品の編曲者が誰であるかは原典から確認できません。この空白が、後の資料において異なる名前が記されることにつながっています。

 

· 各資料をどう読むか

 

IMSLPではフリードマンが編曲者として登録されています。ただし、その登録根拠となる一次資料は現時点で確認できません。

パターソンの「One Handed」はヴィトゲンシュタイン説をとっており、左手ピアノ音楽の専門的なカタログとして信頼性の高い資料です。しかし原典の空白を埋める根拠についての説明は記されていません。

2021年刊行のRuby Morganのアンソロジーも同様にヴィトゲンシュタイン説をとっており、現在出版されている代表的な左手アンソロジーでは最も新しい見解の一つです。ただしこちらも、ヴィトゲンシュタインとする根拠の詳細は示されていません。

現段階では、フリードマン説とヴィトゲンシュタイン説のどちらかを断定できる資料は確認されていません。「資料によって見解が分かれている作品」として扱うことが、現時点でもっとも慎重かつ誠実な立場です。

 

· この帰属問題が持つ意味

 

この問題を「フリードマンの左手作品」という視点だけで見るよりも、左手ピアノ音楽の資料という文脈で捉え直すと、異なる意味が見えてきます。

ヴィトゲンシュタインが編集した楽譜集は、左手ピアノ音楽の歴史的資料として重要な位置を占めています。しかしその編集方針上、収録作品の編曲者が必ずしも明記されていないという特徴を持ち、収録作品の多くがヴィトゲンシュタイン自身による編曲ではないかと考えがちです。

ヴィトゲンシュタイン編集による編曲作品の一部には、このような帰属上の問題が見られ、フリードマン名義の「イゾルデの愛の死」はその一例です。

 

► 終わりに

 

フリードマンは、ゴドフスキーやジチー、ヴィトゲンシュタインのように左手レパートリーを体系的に開拓した人物ではありません。左手ピアノ音楽史の全体像の中では、「名ピアニスト兼編曲家として、左手のための作品に何らかの形で関与した可能性のある人物」という位置づけになります。

本記事で紹介したように、左手ピアノ音楽の歴史をたどる際には、作品そのものだけでなく、それを伝える資料の成り立ちにも目を向けることで、新たな発見が得られることがあります。

 

参考文献:

・ニューグローブ音楽大事典「Friedman, Ignacy」の項
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・Universal Edition(ヴィトゲンシュタイン 編)原出版譜
・Ruby Morgan 編「An Anthology of Piano Music for the Left Hand Alone」(2021年)
・IMSLP

 

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