【ピアノ】左手作品の譜読みをはじめる前に

【ピアノ】左手作品の譜読みをはじめる前に

► はじめに

 

本記事では、左手作品の譜読みを始める前に済ませておきたい準備を、学習法の考え方も交えながら整理しました。

作品や作曲家について調べる、楽譜の版を確認する、小節番号を書き込む、楽譜や記号を調べる、簡単なアナリーゼで区切りをつくる——。こうした「鍵盤に向かう前の準備」は、譜読みそのものと同じくらい重要です。

内容の多くは両手作品にも通じるものですが、左手作品ならではの事情にも踏み込んでいきます。

 

► 左手作品の譜読みをはじめる前に

‣ 譜読みの前に「仕込み」が必要な理由

· 英語学習法に学ぶ「仕込み」の考え方

 

英語学習の分野に「K/Hシステム(アルク)」と呼ばれる参考書のシリーズがあります。1996年、アメリカで駐在員向けに開かれた英語学習セミナーを起点とする方法で、その核にあるのは、次のような考え方です。

ごく短い英文だけを教材にして、多様な方法で何度もその英文にアプローチし、英語そのものの特徴を身体に染み込ませていく

数百ページに及ぶ本でありながら、扱われる英文はほんの数文。大量の英文に触れる多読・多聴型の学習とは、対照的な発想と言えるでしょう。

このシリーズで繰り返し説かれているのが、「仕込み」の大切さです。ここでいう仕込みとは、教材の英文について文法上の疑問を一つ残らず解消しておくことを指します。大人の学習者の場合、構造を理解していない英文をいくら耳にしても本当の力にはつながりにくい、という考え方です。

つまり、リスニングや音読といった練習に入る前の段階にも、しっかり時間をかける。先に教材の中身を理解しておくことで、その後の練習をより意識的に行えるようにするわけです。

この「まず対象をよく理解してから、繰り返し練習する」という考え方は、ピアノの譜読みにも応用できるのではないでしょうか。

 

· ピアノにおける「仕込み」とは

 

では、ピアノの譜読みにおける仕込みとは何でしょうか。例えば次のようなものが挙げられます。

・その作品や作曲家の背景を知り、左手ピアノ音楽そのものへの関心を育てる
・楽譜に書かれた楽語や記号を、意味の分からないものがなくなるまで調べる
・簡単なアナリーゼ(楽曲分析)で、曲全体の見取り図をつくる

先ほどの英語参考書では「deliberate practice(考え抜いた練習)」という言葉にも触れられています。考え抜いた練習は、取り組む曲の中身を理解していてはじめて成り立つものです。

 

‣ 作品と作曲家を知る

· 作品が生まれた背景を調べる

 

左手作品のなかには、負傷や病気など、作曲家や依頼者の切実な事情から生まれたものが少なくありません。音だけを追うのと、成立の経緯や作曲の意図を踏まえて向き合うのとでは、作品から受け取るものがまったく違ってきます。背景を理解することもまた、左手作品に取り組む意義の一つと言えるでしょう。

情報源としては、片手のためのピアノ作品を網羅的に扱った次の2冊が特に心強い味方になります。

・Edel, Theodore. Piano Music for One Hand. Indiana University Press, 1994.
・Patterson, Donald L. One Handed: A Guide to Piano Music for One Hand. Greenwood Press, 1999.

それぞれの内容は、当サイトのレビュー記事で詳しく紹介しています。

・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 

· 出版年は「©表記」から探れることも

 

専門資料に載っていない作品や、出版年が記されていない作品に出会うこともあるでしょう。そんなときは、楽譜に印刷された「©表記」を確認してみてください。その楽譜の出版年を知る手がかりが得られる場合があります。

例として、アルフレッド社から出ているキャロル・マッツの「ミッドナイト・ブルース(左手のための)」を見てみましょう。楽譜ページの下部には「© MMIII(中略)」とあります。MMIIIはローマ数字で2003を意味するため、この楽譜が2003年に著作権表示されたことが分かります。出版年を確認する手がかりの一つになるでしょう。ただし、©の年は著作権表示の年であり、実際の刊行年や作曲年とずれる場合もある点には注意が必要です。

上記の専門書が刊行された後に出版された教育用作品なども多いので、この方法は覚えておいて損はありません。

 

· 作曲家の人物像を広げる

 

左手作品を弾いていると、両手作品では出会うことのなかった作曲家に巡り合うことがあります。よく知っているはずの作曲家の、これまで見えていなかった一面に気づかされることもあるかもしれません。作曲家への理解が深まれば作品の見え方も変わり、学ぶこと自体がいっそう楽しくなるでしょう。

当サイトの【ピアノ】左手作品から読み解く作曲家シリーズ 記事まとめでは、左手ピアノ音楽の黎明期から現代までの作曲家を、時代順に取り上げています。広く知られた名前だけでなく、一般的な知名度は高くないものの左手ピアノ音楽の歴史には欠かせない人物も紹介しているので、調べものの出発点としてご活用ください。

 

‣ 楽譜を整える

· 手元の楽譜(版)を確認する

 

左手作品は出版点数が限られており、絶版になっている楽譜や、古い版しか手に入らない作品も珍しくありません。また、両手作品を左手用に編曲したものでは、同じ曲名でも編曲者によって内容が大きく異なることがあります。

譜読みを始める前に、手元の楽譜が誰によるどの版なのか、オリジナル作品なのか編曲なのかを確認しておきましょう。専門資料や録音と照らし合わせるときにも、この確認が役立ちます。

 

· 四の五の言わずに小節番号を書き込む

 

小節番号が印刷されていない楽譜は、練習の場面で思いのほか不便なものです。あくまで個人的な実感ですが、筆者がこれまで確認してきた左手作品では、教育用の作品を除き、小節番号のない楽譜もかなり多いように感じました。

練習の効率を少しでも上げたいのであれば、迷わず書き込んでしまいましょう。各段の頭に番号を振っておけば十分です。

番号があれば、「○小節目と○小節目は音が同じで、強弱の指示だけが違う」といったメモも残しやすくなります。

さらに、楽曲分析や解釈を扱った資料の多くは、小節番号を手がかりに話を進めていきます。そういった専門資料を読む際にも、番号が書き込まれていれば該当箇所をすぐに見つけられるはずです。

 

· 楽語・記号を調べ尽くす

 

英語学習の「仕込み」で文法上の疑問を一つ残らず解消するのと同じように、楽譜に書かれた楽語や記号も、意味の分からないものがなくなるまで調べておきましょう。

左手作品には、ドイツ語やフランス語など、イタリア語以外の言葉で指示が書かれた楽譜も少なくありません。また、見慣れた楽語であっても、作曲家によって独特の使い方をしていることがあります。なんとなく意味を推測して済ませず、楽語辞典などで一つひとつ確かめることが大切です。

調べた意味は、楽譜の余白に書き込んでおきましょう。練習のたびに調べ直す手間が省けるうえ、指示を見落とすことも減らせます。

左手作品では、次のような指示にも注意を払っておきたいところです。

・旋律を浮かび上がらせるための指示(「旋律を際立たせて」といった趣旨の言葉や、アクセント記号など)
・楽譜の冒頭や巻末に置かれた作曲家・編曲者の序文や注記

特に序文や注記には、作品の成立事情や演奏上の意図が書かれていることがあります。本文の音符と同じくらい丁寧に読んでおくといいでしょう。

 

‣ 軽く分析して区切りを入れる

· 小さな単位で積み上げる

 

一つの曲を最初から最後まで何度も読むのではなく、小さな単位に区切って少しずつ譜読みを進める方法もあります。

例えば160小節の曲であれば、まず8小節程度を一つの単位として、音やリズム、アーティキュレーション、運指などを確認しながら確実に読んでいきます。そこまで読めたら次の8小節へ進み、少しずつ範囲を広げていきます。区切りは、曲のフレーズや楽節のまとまりに合わせてもいいでしょう。

こうして小さな単位を積み重ねていくことで、一度に処理しなければならない情報量を減らすことができます。特に左手作品では一つの手で複数の役割を受け持つことがあるため、最初から大きな範囲を読もうとすると、かえって情報を整理しにくくなってしまいかねません。

大切なのは、読んだ内容を忘れないうちに繰り返し確認することです。短い範囲を確実に理解してから次へ進み、必要に応じて前の範囲に戻る。この積み重ねが、最終的に曲全体を把握することにつながります。

そのためにも、本格的な譜読みを始める前に簡単なアナリーゼを行い、フレーズや楽節の切れ目に線を入れておきましょう。あらかじめ区切りをつくっておけば、実際の譜読みでも「今日はここまで」という単位を設定しやすくなります。

 

具体的な分析学習方法については、初級 楽曲分析学習パス(姉妹サイトへリンク)をご覧ください。

 

· 左手作品で特に確認しておきたいこと

 

区切りを入れる際には、左手作品ならではの次のような点にも目を向けておくと、その後の譜読みが楽になります。

 

各声部の役割分担の把握
・一つの手でメロディ以外の要素も同時に担うため、各声部の役割分担を把握しておく
・役割分担を調べるのは、もっとも基本的かつ効果的な分析方法の一つ

大譜表の使われ方
・左手作品であっても上下2段の大譜表で書かれることは多い
・理由としては、音域が広い場合や、複数の声部を視覚的に整理する必要がある場合などが考えられる
・「なぜ、この曲では大譜表が使われているのか」を考える癖をつける

作曲家指定の運指・ペダリング
・テクニック面での制約も伴う左手作品では特に、作曲家自身が指示した運指とペダリングとの関係が重要
・これについては、【ピアノ】左手編曲のテクニック 完全ガイド の第2部を参照
・作曲家が指定した運指やペダリングがある場合は、まずはそれを尊重して弾いてみる

 

► 終わりに

 

譜読みの質は、鍵盤に向かう前の準備によって大きく変わります。本記事で紹介した手順はどれも地味な作業ですが、こういった仕込みがあってこそ、考え抜いた練習が可能になります。

譜読みを始めてからのポイントは、姉妹サイトの記事、【ピアノ】譜読み関連記事まとめ:基礎から応用まで全カテゴリー一覧 にまとめました。両手作品を前提とした内容ですが、左手作品の譜読みにも十分に応用できるはずです。

 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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