【ピアノ】片手ピアノ関連ドキュメンタリー映画「Die Martins-Passion」レビュー
► はじめに
今回紹介するのは、ブラジルを代表するピアニスト、ジョアン・カルロス・マルティンス(João Carlos Martins)を追ったドキュメンタリー映画「Die Martins-Passion」です。度重なる怪我や治療によって演奏活動に大きな影響を受けながらも、音楽と向き合い続ける彼の姿を追った作品で、片手ピアノというテーマに関心がある方にも興味深い一本です。
タイトル:Die Martins-Passion(英題:Martins’ Passion)
製作:2003年
ドイツ公開:2004年
上映時間:96分
監督:イレーネ・ランゲマン(Irene Langemann)
片手ピアノ関連度:★★★☆☆
※DVDは現在入手しにくい状況です。現在はVimeo On Demandでも視聴できますが、Vimeoは同サービスを2026年11月20日に終了すると発表しており、2026年9月21日以降は新規購入・購読ができなくなる予定です。視聴を検討される方は、Vimeoの公式案内もご確認ください。
Martins’ Passion – english subtitles(日本語対応なし、英語字幕版)
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ 前半の見どころ
本作は、マルティンス本人がカメラに向かって自らのエピソードを語る場面が随所に挟み込まれながら進んでいく形式です。単なる第三者視点のナレーションではなく、本人の言葉で語られることで、より生々しい説得力が生まれているように感じました。
冒頭の非日常的な光景
冒頭は、クレーンでグランドピアノを吊り上げ、高層マンションの部屋へ運び入れようとしている印象的な場面から始まります。この非日常的な光景が、これから始まる、マルティンスの波乱に満ちた人生を象徴するような、強く印象に残る導入です。
左手作品からスタート
オープニング直後、本編2分頃に流れるのが、バッハ=ブラームス「シャコンヌ」。マルティンス本人が自宅で演奏する姿が映し出されますが、ここで取り上げられるのが左手のための作品であることが印象的です。
その後、物語はマルティンスの若き日の活躍へと遡っていきます。つまり、後年の彼の姿を最初に示す場面で左手作品を置き、その後に両手で活躍していた時代へと時間を戻す構成になっています。この構成は、片手ピアノという観点から見ると非常に興味深いものと言えるでしょう。
全盛期を印象づける映像
続いて登場するのが、ロサンゼルスでの1970年の協奏曲の映像です。かつて超絶技巧のヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして活躍していたことが強く印象づけられ、これから描かれる苦難とのコントラストが際立つ構成になっています。
ペレとの語らい
作中では、サッカー選手ペレとの対談シーンも登場します。かしこまった対談というより、日常的に会話をしているかのような自然な雰囲気で撮影されているのが印象的でした。ペレ自身も怪我の経験を抱えていたことから、お互いの共通点について語り合う場面もあり、二人の友情の深さが伝わってきます。
無人ホールでのスクリャービン
本編17分頃には、スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」がホールで演奏される場面があります。客席には誰もいない状態なので、この映画のために収録された映像なのかもしれません。この段階ではある程度、右手の怪我について明らかにされていることもあるため、左手のみの演奏で静けさの中に響く旋律が印象深く残ります。
過去と現在の対比
作中には、若かりし頃の自身の演奏がBGMとして使われたり、モノクロの演奏シーンが挟み込まれたりする場面が度々登場します。こうした過去の映像が挟まることによって、右手を思うように使えない「今」との対比が、観る側により伝わってくるように感じました。電気治療を受ける様子が映されるシーンもあり、その苦しみの一端がうかがえます。
32分頃のやりとり
本編32分頃には、右手が不自由な状況にもかかわらず、今度は左手についても「ジストニア」と診断されるという、何とも皮肉な場面が登場します。
サッカーとケガの記憶
本編40分あたりでは、サッカーで右腕を大きく怪我した当時のことを、実際にサッカーをしている若者たちのそばに行きながらカメラに向かって話す場面があります。ただし、そのサッカーをしている若者たちには、マルティンスの声は聞こえていません。本人が過去の出来事を語る映像と、現在の若者たちがサッカーをする映像が交互に取り上げられており、過去と現在が不思議な形で交差する場面になっています。
‣ 中盤以降の見どころ
序盤は治療やケガの話題が中心でしたが、中盤以降になると、ジュリアード音楽院でのマスタークラスで後進を指導する姿や、音楽以外の仕事に携わっていた経験、結婚生活などにも話題が広がり、ピアニストとしての顔だけでなく、一人の人間としての波乱に満ちた人生が浮かび上がってきます。
カーネギーホールでのラヴェル
1996年、カーネギーホールでラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」を演奏するシーンも収められています。さまざまな治療を経たうえでの再復帰公演だったため、ヒナステラの両手作品も演奏されていますが、ここで演奏されるラヴェルは、マルティンスが再びピアニストとして舞台に立つことの象徴のようにも感じられます。後に収録されている、友人のジャズピアニスト、デイヴ・ブルーベックにピアノを弾いて聴かせるシーンでは、再びラヴェルのこの作品が演奏されます。
ソフィアにおける、2000年の手術前最後の演奏
2000年には、ソフィアで手術前のファイナルコンサートを行う様子が描かれます。右手にテーピングのようなものを施しながらハイドンを演奏する姿が印象的でしたが、この後に受けた手術は、残念ながら望んだ結果には至りませんでした。この事実を知ってから改めて演奏シーンを見返すと、より一層胸に迫るものがあります。
ラストシーン
物語の締めくくりは、2003年のサンパウロ。屋外で、左手と右手一本の指だけを使って演奏する姿で幕を閉じます。派手さはないものの、ここまでの道のりを知ったうえで見ると、静かな余韻を残す幕引きになっています。
‣ 登場する左手作品について
実際に演奏シーンとして登場する左手のための作品は、以下の3曲のみとなっています:
・バッハ=ブラームス「シャコンヌ」
・スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」
・ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」
ただし会話の中では、サン=サーンスやゴドフスキーの左手作品についても話題にのぼる場面があり、片手ピアノ音楽に興味がある方にとっては、そうした固有名詞が出てくるだけでも見どころの一つと言えるでしょう。
► 終わりに
この映画から強く感じられるのは、マルティンスが「左手のピアニスト」になることを目指していたわけではなく、あくまで両手で演奏するピアニストとして歩んできたということです。しかし、度重なる怪我や治療によって両手での演奏が困難になる中で、左手のために書かれた作品が重要な意味を持つようになっていきます。
その意味で「Die Martins-Passion」は、左手ピアノの歴史や作品を紹介する映画ではありません。しかし、一人のピアニストが身体的な困難によって演奏の形を変えながら、それでも音楽を手放さなかった過程を見ることができる作品です。
Vimeo:Martins’ Passion – english subtitles(日本語対応なし、英語字幕版、2026年11月20日まで)
併読推奨記事
本Webメディアの全記事への入り口となる総合ガイドです。入門・基礎知識、作品ライブラリー、楽曲別ガイド、技術・知識、作曲家シリーズ、参考文献・資料・レビューまで、目的別に記事をまとめています。
► おすすめのピアノ関連映画レビューを一覧で見る
年代順:ピアノ関連映画紹介ライブラリー(姉妹サイトへリンク)
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

コメント