【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群

【ピアノ】左手作品から読み解くゴドフスキー:「左手の使徒」が遺した作品群

► はじめに

 

レオポルド・ゴドフスキー(Leopold Godowsky, 1870–1938)は、左手のためのピアノ音楽を語るうえで避けて通れません。ホフマンやラフマニノフが神業と言い表したその演奏技術は、作曲・編曲においても類まれな独自性を生み出しており、「左手の使徒(Apostle of the Left Hand)」という異名がいまも受け継がれています。

ゴドフスキーの左手作品は、大きく二つの時期に分けられます。1890年代から1910年代にかけてのショパン・エチュード編曲群と、1920年代後半から再び活発になった左手作品群です。その間には約15年のブランクがあります。そして1930年、ショパンのレコード制作中に右手が麻痺し、演奏活動から退くことになりました。

本記事では、この「左手の使徒」の軌跡を一本の記事で通観します。

 

► 左手作品から読み解くゴドフスキー

‣ ゴドフスキーという人物

 

1870年2月13日、ヴィリニュス近郊のソシリーに生まれたゴドフスキーは、医者の息子でした。3歳頃から音楽的才能を示し、9歳で初めてリサイタルを開いて大成功を収めたことをきっかけに、ドイツとポーランドへの演奏旅行が組まれています。1884年、ベルリン高等音楽学校で短期間学んだ後、次第にアメリカへと拠点を移し、やがてサン=サーンスの庇護を受けてパリの音楽社会にも参入しました。

ピアノをほぼ独学で修得したというのも、ゴドフスキーを語るうえで見逃せない事実です。受けた唯一の正式なレッスンは、1883年のベルリン高等音楽学校での12週間のみとされており、作曲についても、体系的な教育を受けたとは言いがたく、実質的に独学で自身の作曲語法を築いていきました。この「正統な教育を受けなかった」という来歴が、彼の作風の大胆さや独自性と無縁ではないと指摘する識者もいます。

1900年のベルリン・デビューは大成功を収め、その演奏はヨーロッパの音楽界に強烈な印象を残しました。ゴドフスキーをよく知るエイブラム・チェイジンズはこう書き残しています——「彼ほど、多くの芸術分野の創造的な仲間を常に周りに集められる音楽家はいなかった。ゴドフスキーはいつも、自分は聴衆に刺激されて壇上で最も上手に演奏できると言っていた。たぶん彼の若い頃にはこれは本当だったであろう。しかし私が聴いたかぎり、公演でもレコードでも、ゴドフスキーが彼を賞賛する友人や同僚に囲まれ、親密な雰囲気のなかで演奏するときの自由さと美しさにかなうものはなかった」と(*Speaking of Pianists*, ニューヨーク 1957年)。

ラフマニノフは言っています——「ゴドフスキーはこの時代において、ピアノ音楽の発達に対して永続的で真の貢献を果たした唯一の音楽家である」と。またジェームズ・ギボンズ・ハネカーは彼を「鍵盤のブラフマー」と呼びました。

しかし1930年、ショパンのレコード制作中に突然右手が麻痺し、演奏活動は幕を閉じます。大恐慌で財産を失ったことも重なり、不遇のうちに1938年11月21日、ニューヨークで没しました。

 

‣ 左手作品の全体像:二つの時期

 

ゴドフスキーの左手作品は、①ショパンのエチュードに基づく編曲群(1894〜1914年)と、②1928年以降に再び活発になった左手作品群という二つの時期に大きく分かれ、その間、左手作品が再びまとまって現れるまで、約15年のブランクがあります。

この15年のブランクは興味深い問いを生みます。1900年のベルリン・デビュー以降、ゴドフスキーは左手のトランスクリプションを演奏会プログラムに載せることはなく、単独のシリンダー(ロール)への録音を除けばほとんど演奏もしていませんでした。1910年代は主にオリジナル作品の作曲に注力した時期でもあります。左手音楽への関心が1920年代末に再燃した理由については、明確な記録は残っていません。しかし、その直後に右手が麻痺したという事実は、「何かを予感していたのだろうか」という問いを呼び起こします。

 

· ① ショパンのエチュードによる練習曲(左手独奏版 全22曲)

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、No.22 Op.10-12 革命 1-2小節)

ゴドフスキー「ショパンのエチュードによる練習曲 より No.22 Op.10-12 革命」1-2小節

ショパンの「練習曲」Op.10、Op.25、および「3つの新しい練習曲」をもとにした53曲の「ショパンのエチュードによる練習曲」は、ゴドフスキーの代名詞とも言える作品群です。1893年に最初の作品が書かれたとされ、1894年から1914年にかけて順次出版されました。このうち22曲が左手独奏のために書かれています

左手独奏版は単なる「片手での再現」ではありません。調性の変更、和声の変更、内声の追加、対位的な声部の書き加えなど、時には最低限のメロディの変更など、再創作が行われています。その姿勢をゴドフスキー自身はこう説明しています。

「ショパンの原曲は、私のどんな編曲が出版される前と変わらず、完全なままそこにある。むしろ、本バージョンを丹念に勉強したのちには、原曲の多くの隠れた美しさが、それほど注意深くない学習者にも明らかになるだろう。」

しかしその言葉とは裏腹に、世間の反応は手厳しいものでした。ゴドフスキー自身、こう回顧しています——「この練習曲は、私が『悪魔に魂を売り渡した技術屋』というレッテルを貼られる原因となった。仮に私が過激な改革者や政治的指導者であったとしても、これほど誤解され、目的や意図が歪められることはなかっただろう」と。

それでも聴衆の反応は劇的でした。1900年のベルリン・デビューでゴドフスキーがショパンのトランスクリプションを演奏すると、聴衆は一丸となって驚愕の目でステージ上の姿を見つめるために立ち上がったと伝えられています。イシドール・フィリップはこう評しました——「考えられるあらゆるリズムの組み合わせが詰め込まれており、近代ピアニズムに多大な影響を与えるだろう」と(*The Etude*, January 1911)。

エーデルはこれらの左手版について「レパートリーのなかで、さらにはピアノ音楽の歴史のなかで、きわめて特別な位置を占める」と述べています。左手だけで、ショパンが本来右手に託した音楽まで表現する。その到達点は、左手という制約を超えて、ピアノという楽器そのものの可能性を考えさせるものでしょう。

なお、Op.25の第6・7・8番は左手版に編曲されながら出版されることなく、第一次世界大戦の勃発時にウィーンに残されたまま行方不明になっているとも伝えられています。

 

左手独奏版 収録曲一覧

No. 原曲 調性(ゴドフスキー版)
No.2 Op.10-1 変ニ長調
No.3 Op.10-2 イ短調
No.5 Op.10-3「別れ」 変ニ長調
No.6 Op.10-4 嬰ハ短調
No.12a Op.10-5「黒鍵」 変ト長調
No.13 Op.10-6 変ホ短調
No.15a Op.10-7 変ホ長調
No.16a Op.10-8 変ト長調
No.18a Op.10-9 嬰ヘ短調
No.20 Op.10-10 変イ長調
No.21 Op.10-11 イ長調
No.22 Op.10-12「革命」 嬰ハ短調
No.23 Op.25-1「エオリアンハープ」 変イ長調
No.28a Op.25-2 嬰ヘ短調
No.30 Op.25-3 ヘ長調
No.31 Op.25-4 イ短調
No.35 Op.25-5 変ロ短調
No.40 Op.25-9「蝶々」 変ト長調
No.41 Op.25-10 ロ短調
No.43 Op.25-12「大洋」 嬰ハ短調
No.44 3つの新しいエチュード No.1 ヘ短調
No.45a 3つの新しいエチュード No.2 変ニ長調

 

全体的に難度は高く、エーデルは「その絶大な難しさゆえ、これらのパラフレーズが広く演奏されることはないだろう」と評しています。

 

移調の工夫:黒鍵を活かす

22曲のうち11曲が原曲と異なる調に移調されています。これは偶然ではありません。左手の単独演奏においては、主音や属音が黒鍵に置かれる調のほうが、手の位置決めが安定しやすく演奏を助けるという実践的な理由があります。原曲が白鍵中心の調から、黒鍵を含む調へ移された例は、左手用トランスクリプションに集中しており、ゴドフスキーが移調した理由の一つにこのことがあったと考えることもできるでしょう。

 

· ② 1928年以降に再燃した左手作品群

 

約15年のブランクを経て、1928年5月、ゴドフスキーはマジョルカ島パルマに滞在中に新たな左手作品の構想を手紙に書き記しています。1929年から1930年にかけて、彼は一気に複数の左手オリジナル作品と編曲を完成させました

「左手のための書き方において、私は非凡な技巧を身につけた。左手作品はすべて、本物のインスピレーションから生まれており、製造品ではない。フィリップとブランシェだけが聴いてくれたが、二人ともこの上なく熱狂的だった。私はB-A-C-Hの音型による本物のフーガを含む前奏曲とフーガを持っている……」(1929年2月19日、パリよりモーリス・アロンソンへの手紙)

 

この時期に生まれた作品群の一覧は以下のとおりです。

 

– オリジナル作品

 

左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)
Prelude and Fugue for the Left Hand Alone (B.A.C.H.)

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」1-2小節

作曲:1929年 / 出版:1930年 / 献呈:アーサー・ローサー

ゴドフスキーにとって最初の左手独奏用オリジナル作品。無窮動風の前奏曲に続き、B-A-C-Hの音型を主題とするフーガが置かれています。前奏曲の末尾にフーガ主題の先取りが、フーガの結尾に前奏曲の回想がさりげなく織り込まれている構成が印象的です。

 

左手のための組曲
Suite for the Left Hand Alone

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第6曲 1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための組曲 より 第6曲」1-2小節

作曲:1929年頃(資料によっては1926年作曲との記載もあり) / 出版:1930年 / 献呈:イシドール・フィリップ

マジョルカ島パルマで着想した8つの舞曲からなる組曲。アルマンド、クーラント、ガヴォット、サラバンド、ブーレ、シシリエンヌ、メヌエット、ジーグという18世紀の舞曲形式を下敷きにしながら、ゴドフスキー独特の重厚な対位法と和声を凝縮させた内容になっています。ゴドフスキー自身、この組曲を全作品中「パッサカリア」(1928年)と並ぶ重要な作品の一つと考えていたと伝えられています。

 

左手のための6つのワルツポエム
Waltz-Poems for the Left Hand Alone

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ゴドフスキー「左手のための6つのワルツポエム より 第1曲」1-4小節

出版:1930年(序文は1937年1月1日付で追加) / 献呈:Carl Engel

既存の旋律に依拠せず、ゴドフスキー自身の楽想で書かれたサロン風小品集で、全6曲。ゴドフスキーの左手作品の中では取り組みやすい部類に入り、比較的平易な曲集と言えるでしょう。特に第1番と第4番は、正しく弾けばピアノが豊かに鳴るように書かれており、筆者自身も魅力を感じている作品です。

 

左手のための即興曲
Impromptu

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための即興曲」1-2小節

作曲:1920年 / 出版:1930年 / 献呈:ヨーゼフ・レヴィーン、エミール・R・ブランシェ

1929〜30年に出版された左手作品群のなかで、比較的早い時期(1920年)に書かれた作品。断片的なメロディをつなぎ合わせるような構成で、どこか情熱的な性格を持ちます。臨時記号が非常に多い点が特徴。

 

カプリッチョ(パテティコ)
Capriccio (Patetico)

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「カプリッチョ」1-2小節

出版:1931年 / 献呈:アーネスト・ハッチソン、エミール・R・ブランシェ

同音連打が多彩な音価で繰り返し登場する、リズムの生命力に富んだ高難度の作品。曲末は対照的な静けさで閉じられます。

 

間奏曲(マリンコニコ)
Intermezzo (Malinconico)

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ゴドフスキー「間奏曲(マリンコニコ)」1-3小節

出版:1930年 / 献呈:アレクサンダー・ジロティ、エミール・R・ブランシェ

物憂げ(マリンコニコ)な性格を持つインテルメッツォ。随所に用いられるスタッカートの表情に独特の味わいがあり、哀愁に留まらないしゃれた雰囲気が漂います。左手作品への導入としても取り組みやすい一曲です。

 

左手のための悲歌
Elegy

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1小節目)

ゴドフスキー「左手のための悲歌」1小節目

出版:1931年 / 献呈:ゴットフリート・ガルストン、エミール・R・ブランシェ

冒頭に「mesto(悲しげに)」と記されていますが、単純な悲しみよりも遠くを見つめるような奥行きのある音楽です。レヴェンタール編のアンソロジーへの収録で知名度が上がり、ゴドフスキーの左手作品のなかでは比較的よく知られています。中低音域中心の重厚な書き方が印象的。

 

エチュード・マカーブル
Etude Macabre

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「エチュード・マカーブル」1-2小節 B

作曲:1929年 / 出版:1930年頃 / 献呈:エミール・R・ブランシェ

もとは「Wailing Winds(泣き叫ぶ風)」という題名で構想されていた無窮動の練習曲。1段の譜表に書かれ、アクセントの位置をずらす仕掛けが随所に組み込まれており、無窮動の中にメリハリを生み出しています。

 

左手のための瞑想曲
Meditation

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ゴドフスキー「左手のための瞑想曲」1-2小節

出版:1930年頃 / 献呈:ドミトリ・ティオムキン、エミール・R・ブランシェ

半音階的な伴奏とともに穏やかな旋律が紡がれる作品。レヴェンタール編のアンソロジーへの収録で知られるようになりました。取り組みやすい難易度の一曲。

 

– 編曲作品

 

宝石のワルツの主題による交響的変容(《ジプシー男爵》より)
Symphonic Metamorphosis of the Schatz-Walzer Themes from “The Gypsy Baron”

※本楽曲自体の著作権は消滅していますが、手元の楽譜(サパートン校訂版)における校訂・編集部分の著作権が存続しているため、譜例の掲載は見送っております。

 

作曲:1928年5月 / 出版:1941年(死後、娘婿デイヴィッド・サパトン校訂) / 献呈:サイモン・バレア(当初はパウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれた)

 

ヨハン・シュトラウス2世の音楽に基づくゴドフスキーのパラフレーズのなかで、左手独奏のために書かれた唯一の作品。もともとヴィトゲンシュタインのために書かれ、3年間の独占使用権が与えられましたが、結局ヴィトゲンシュタインが演奏することはなく、献呈先も変更されました。

7回のテンポ変化によって次々と表情を変える構成で、演奏時間は約10分。難易度・規模ともに充実した名作です。ゴドフスキー自身、この作品の出来映えについて「ヴィトゲンシュタインには少々もったいないほどの音楽」という趣旨のことを妻への手紙に書き残していたとも伝えられています。

 

‣ 音楽的な評価:技巧の奇跡か、音楽そのものか

 

エーデルは後期のオリジナル作品群についてこう書いています——「両手のパラフレーズ群に比べれば、後期の作品の大部分は著しい単純化を示している」と。その一方で「ピアニスティックな発明の絶対的な奇跡であり、二本の忙しい手の効果を連続して生み出している」とも評しています。

ラフマニノフの影響が後期作品に顕著である一方、「あの巨匠の深みや強度はない」という批評もあります。また「流麗なテクスチャーと多くの半音階的な彩りにもかかわらず、旋律が記憶に残らず、感情的なメッセージが中立的」であることが、ゴドフスキーの音楽が演奏会プログラムからほぼ消えてしまった理由かもしれない、という指摘もあり、この点については、筆者自身も実際に作品と向き合うなかで感じるところがあります。

しかし批評家の言葉とは別に、実際にこの作品群と向き合うピアニストからの評価の中には高いものも確認できました。ヴィルヘルム・バックハウスはこう語っています——「作品の美しさの中に、技術的複雑さを忘れてしまう。原曲の本来の美しさが高められたとは言えないが、ゴドフスキーは学習者を苦しめる複雑さにもかかわらず、それらを驚くほど魅力的な楽曲に仕上げている」と。

 

‣ なぜ、ゴドフスキーは左手のピアニストにならなかったのか

 

「左手の使徒」と呼ばれたゴドフスキーは、なぜ右手麻痺後も左手ピアニストとして活動しなかったのでしょうか。以下の記事では、その理由を考察しています。

【ピアノ】なぜ、ゴドフスキーは左手のピアニストにならなかったのか

 

► 参考音源と楽譜

‣ 参考音源

 

ゴドフスキーの左手作品を聴くためのCDとして、おすすめの2枚を紹介します:

 

Godowsky: Complete Studies on Chopin’s Etudes

演奏:Marc-André Hamelin / Hyperion、2000年

グラモフォン賞受賞。ショパン・エチュード全53曲を収録した決定盤。左手独奏版22曲も含まれています。

 

Leopold Godowsky: Apostle of the Left Hand

演奏:Nicholas Ross / Centaur、2020年

ゴドフスキーの左手オリジナル作品に特化したアルバム。本記事で紹介したオリジナル作品は、「前奏曲とフーガ(B.A.C.H.)」を除き、全曲収録。

 

‣ 楽譜

 

THE GODOWSKY COLLECTION, Vol.3 / Carl Fischer

ショパンのエチュードによる練習曲(全53曲)をすべて収録。左手独奏版22曲も含まれます。

 

THE GODOWSKY COLLECTION, Vol.4 / Carl Fischer

本記事で紹介した後期の左手作品(「ショパンのエチュードによる練習曲」以外のすべての作品)を収録しています。

 

► 終わりに

 

ゴドフスキーの左手作品を一本の糸でたどると、二つの大きな時期と、その間にある約15年の空白が見えてきます。まず1890年代から1910年代、ショパンのエチュードを左手のみで再創造した時期。次いで約15年のブランク。そして1928年以降、まるで何かを完結させるように書き続けた左手作品群。その後、1930年に右手が麻痺し、公開の演奏活動から退くことになります。ここまで含めて考えると、ゴドフスキーの左手をめぐる物語は、一人の音楽家の生涯そのものを映し出しているようにも思えます。

ゴドフスキーの左手音楽に興味を持った方は、【ピアノ】ゴドフスキー左手オリジナル作品入門:最初に挑戦したいおすすめ3曲 を参考に、まずは取り組みやすい作品から手にとってみてください。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・THE GODOWSKY COLLECTION, Vol.3 Vol.4 / Carl Fischer 序論エッセイ
・ニューグローブ音楽大事典「Godowsky, Leopold」の項

 

併読推奨記事

【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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